とりあえず初恋は終わらない
イケメンによる熱いまなざし。
うむ、言葉だけ聞くと何と言うか物語が展開していきそうな感じだよな。主に恋愛方向として。しかしこの場合は明後日の方向に転がっていく予感しかしねえ。
カヤノはイケメンの火傷の治療に集中していて気づいていないようだ。そして治療が完了し、カヤノがふぅっと息を吐いた。
「良い。」
「えっ?」
「あっ、いえ、えっと、その違うんです。そうそう、治療していただきありがとうございました。あの、お、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「カヤノですけど。」
カヤノにじっと見つめられ、わたわたとしながら言い訳をするイケメンの様子にカヤノが少し首をかしげる。というかさっきカヤノは自己紹介したからな。
なんだろう人が恋に落ちる瞬間を見たのは初めてだ。こんな風になるんだな。しかし明らかに勘違いによるもので、ゴール出来そうにないこの状況はなんというか・・・笑えるな。
いや、イケメンじゃなかったら可哀想とか思うかもしれんが、こいつの場合、この恋が失敗に終わったとしてもチャンスなんていくらでもあるんだし、ちょっとぐらい不幸を笑っても罰は当たらんだろ。
「カヤノさん、カヤノさんですか。」
小さな声でかみしめるようにイケメンがカヤノの名前を繰り返す。なんとなく嬉しそうだ。
「それよりも火傷は大丈夫ですか?痛いところとかおかしいところとかありませんか?」
「い、いえ。すっかり元気ですよ。ほら、この通り。」
イケメンがカヤノが治療した手をグーパーして動かす。見た感じも赤くなっているところもねえし、ケロイドになりそうな感じもねえ。やっぱり便利だよな、回復魔法。もし地球にあったら医学の根底から変わっちまうかもしれねえな。
「ほっ。良かったです。」
心配そうに手を見ていたカヤノが安堵し、イケメンに向かってほほ笑む。カヤノの笑顔を向けられたイケメンが胸と鼻の頭を押さえうずくまる。効果はてき面だ!!
いや、まあふざけていたわけなんだが、今までのリアクションを見るにこいつは本当に純情な奴なのかもしれんな。スペックは高いのにそれを全く生かせていないというか。ギルドに依頼するくらいだから改善する気はあるんだよな。方法は著しく間違っている気がしねえでもないが。
そのリアクションに再び心配し始めるカヤノに「だ、大丈夫です。」と言いながら席を勧めるイケメン。だんだんと生暖かい目になっちまうな。そしてカヤノが席へ着くと同時にイケメンも椅子へと座った。そしてしばらく沈黙が続き、カヤノに合図を出そうかと俺が考え始めたその時、イケメンが意を決して話しかけた。
「あの、ご、ご趣味は?」
見合いかよ!というかまずは自分の名前を名乗れお前は!!
本当に残念なイケメンだ。
あれから20分ほど、一度紅茶を再び淹れに行ったくらいでその他の時間は穏やかに会話して過ごしている。ちなみにこの残念イケメンの名前はヴァンだ。お見合いのような会話の最中に思い出したようで焦って舌を噛みながらも自己紹介してくれた。
最初は一方的な質問にカヤノが答えるという感じだったのだが、カヤノが自然に接していたのが良かったのか、ヴァンの緊張もほぐれたようで会話がちゃんと成立している。つっかえつっかえしていた最初に比べればかなり改善されたと言っても良いだろう。
「へ~、そんな雑用の依頼もあるんだね。冒険者はもっと魔物と戦ってばかりいるのかと思っていたよ。」
「確かにそういう人もいますけれど、僕はあんまり戦うのが好きじゃないので。それに街の人たちが嬉しそうにしてくれるから。」
カヤノにつられてヴァンも笑っている。何と言うかはた目から見れば美男子と美少女の交流って感じの光景なんだがな。
ちなみに今になるまでカヤノが男だということは言えていない。タイミングを失ったのだ。本当は最初に言うつもりだったがなし崩しに話が進んじまったしな。というか突然、僕、実は男なんです、なんて言えるか?脈絡がなさ過ぎるだろ。
それからまた20分ほどたわいもない話を続け、約束の1時間が経過した。実は少し延長したのだが話の切りがつくまで待ったのだ。カヤノは特に気にしていないようだったが、一応ギルドの依頼で来ているわけだし依頼内容を明らかに超えたことはしねえほうがいいだろと言うことで俺がやめるようにこっそりと伝えた。
ヴァンは名残惜しそうにしながらもサインをしてカヤノに返してくれた。これで依頼は達成だ。
「もし良ければ、また依頼を受けてくれると嬉しいな。」
「はい、ヴァンさんもお元気で。怪我はしちゃあダメですよ。」
「ははっ、気を付けるよ。」
カヤノとヴァンが軽くあいさつを交わし、別れる。ヴァンはカヤノが敷地を出るまで見送ってくれた。少し寂し気にカヤノを見送る姿は何となく絵になった。イケメンは得だな。
まあ依頼は達成したわけだが、ヴァンの本来の目的である女性に慣れるための練習になったかと言えばどうなんだろうな。最後の方は普通にしゃべれるようになっていたが、そもそもカヤノは男で、しかしあんな恋に落ちた様子を見るとヴァンとしてはカヤノのことを女と思っているわけで、ということは女になれるという目標は達成したと言える・・・のか?
(難しい問題だ。)
「んっ、どうかしましたか?」
俺の思考がぐるぐると渦巻いていることに気づいたのかカヤノが聞いてくるが、とりあえず言うべきことでもないのでコンコンと叩いて大丈夫と返事をした。それに安心したのかカヤノが再びギルドへの道を歩き始める。
まあこの依頼をもう一度受けるかどうかはわからんし、あんまり悩む必要もねえか。もし受けるなら次こそは最初に男だって伝えるべきだな、そんな風にシミュレーションしながら今後の対応を考えていくのだった。
「助かりました。実際あまりあの家には行きたくなかったんですよ。まったく騙されませんし。」
カヤノが依頼書の写しをフローラに見せたところ、開口一番そんなセリフが飛び出した。いいのかギルド職員。依頼主は大事にしねえとまずいと思うんだが。というか予想通り騙そうとしたんかい!!
「そうですか?いい人でしたよ。」
フローラの言葉にカヤノが疑問を呈す。確かにカヤノにしたら特に変なことをされたわけでもねえし、紳士的に接してくれたからな。まあ恋のおかげかもしれんが。そんなカヤノの反応にフローラは首を振ってやれやれと言うポーズをとった。
「カヤノさんはわかっていませんね。あんな綺麗に片づけられた几帳面そうな人の相手なんて疲れますよ。騙されませんし。」
「そうですか?僕はそんなに気になりませんでしたが。」
まあ確かに神経質っぽいところは随所に見えた。カップの置き場所を気にしていたり、家具の配置や庭の様子などきっちりとした感じだ。まあ話したのは一時間くらいなわけだからそれで気にならなかったのかもしれんがな。
「まあ何にしろカヤノさんたちが来てくれたおかげで助かっています。ありがとうございました。」
「えへへ。」
突然の感謝にカヤノがポリポリと頬をかく。少しずつ状況が改善されて来て、冒険者の数も増えてきている。もう少ししたらカヤノが頑張らなくても大丈夫になるだろう。最初はひどかったしな。
「つきましてはこの書類にサインを。」
いつものくだらない契約書を突き返しながら、今後のことに俺は思いをはせていた。
カヤノに恋をしてしまった残念イケメンことヴァン。恋するあの子に猛烈なアピールをするためにはどうしたらよいか?そうだ後をつけて好きなことを知ろう。ヴァンは行動を開始した。
次回:あかんで、それはストーカーちゅうんや
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




