とりあえず変な依頼を受けさせられる
ドレークの街に滞在し始めて1か月が経過しようとしていた。当初は10日間の滞在で先の街へと向かう予定だったのだが、なんというかずるずると延びてしまっている。まあ冒険者ギルドがあんな感じになっちまってたしそれを何とかしたいってミーゼも言っていたしな。
ちなみに昨日3回目の滞在延長の申請をしたので合計200オル支払ったことになる。まあそれ以上に稼いでいるからどうってこともねえが。ただで安全が手に入っていた日本が懐かしい。
「この依頼ですか?」
「ええ、カヤノさんにぜひお願いしたいんです。」
今日も朝、いつも通り依頼を受けようとしたのだが、依頼ボードから適当な依頼を3件取りハッサンのところへと持っていくと持って行ったのとは違う依頼を受けてくれないかと言われたのだ。その依頼とは・・・
「えっと話し相手ですか?」
「はい。通常の依頼はカヤノさんがかなりこなしてくれていますし、ライルさんとスゥさんも毎日受けてくれているので余裕があるんです。しかしこの依頼を受けてくれる方が誰もおらずこちらも苦慮しておりまして。スゥさんは基本的にライルさんと一緒に依頼を受けますし。」
依頼されたのは俺が気になっていた女性に慣れていないシャイボーイからの話す練習相手になってほしいという依頼だった。まあ毎日ギルドに行ってもいつも貼ってあったんだが、気にはなりはすれど却下していた依頼だ。そもそもカヤノはこう見えて男の子だ。きめ細かく白い肌、綺麗に整った顔、ほんのりと赤い頬っぺたとなんでこいつが女じゃないんだと思うこともあるが男だ。確認済みだ。
「いえ、でも僕は・・・」
「一度だけ、一度だけでいいんです。フローラさんに代わりに何回も行ってもらっているんですが先方からさすがにギルドの同じ人ばかりはと言われてしまい・・・。ご面倒かとは思いますがお願いします。」
ハッサンがカヤノに向かって頭を下げる。カヤノがあわあわと手を振って頭を上げるように言っているがハッサンは頭を上げようとはしない。
俺の個人的な意見だがこいつは良い奴だ。真面目だし、カヤノが来るまでの消化できない依頼なんかを睡眠時間を削ってまでやっていたのはこのハッサンらしい。それに何と言うかあのフローラが毎度毎度話し相手じゃあな~。なんというか変な契約書を依頼者に突き出しているところしか想像できねえんだが。いや、さすがにねえよな。
まあ仕方ねえ。見た目はカヤノは女に見えるし、話し相手なら問題はねえだろ。まあ最初に性別が男だということを告げて、キャンセルされるならそれで終わりになるだろうしな。
コンコンとカヤノをつついて受けてやれと伝える。カヤノは少し驚いていたようだがコクリとうなずいた。
「わかりました。行ってみますけどダメって言われても知りませんからね。」
「ありがとうございます。助かります。」
ハッサンがやっと頭を上げる。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。なんというかカヤノの性格を把握したうえで頼まれたみてえだな。意外にしたたかな奴かもしれん。
以前、雑用の依頼で草むしりをした家から5分ほど離れたところに目的の家はあった。この地域の他の家に漏れず、比較的広い庭に立派な建物が立っている。庭なんかもしっかりと手入れされていて几帳面な性格なのかきっちりと左右対称になるように作りこまれていた。岩なんかも同じような岩を置く念の入れようだ。間違い探しみてえだな。
玄関の扉の前に立ちドアノッカーを鳴らす。
「すみません。冒険者ギルドの依頼で来ました。」
「・・・」
カヤノが結構な大きな声で呼びかけたが全く返事がない。家の中はひっそりとしており本当に人がいるのかさえわからない。カヤノが首をかしげながらももう一度ドアノッカーを鳴らし呼びかける。
返事は無かった。
「留守・・・かな?」
カヤノが腕を組んで考え込む。確かに午後の2時と言う時間の指定はあったし、ギルドから連絡も言っていると思うんだが忘れてどこかへ出かけちまったかもしれねえしな。まあ人間多少のミスは起こす。運が悪かったと思って帰るか。
カヤノへと合図を出し、帰らせようかと思ったその時、こちらを見つめる視線を感じ玄関の隣のカーテンのかかった扉を何気なく見る。
うおっ!!
カーテンの隙間から人の目がじっと俺たちの方を見ていた。っていうか怖いわ!!ぎょろりとしたその目はカヤノを上から下まで舐めるように見るとふっと消えていった。思わず俺の右手の義手がビクッと動く。
「?」
カヤノがそんな俺の様子に気づいたのか右手を見つめるが、今この状況で伝えられるわけがねえ。っていうか俺としては今すぐ帰りたい気分だ。
しかしそれは叶わぬ夢だったようだ。
キィィィと言う木のきしむ音と共に玄関の扉が少しずつ開いていく。その様子をじっと見ていると、いきなり白く細い手がガッ!と扉の隙間から出てきてその扉を掴んだ。
ホラーだ、完全にホラー映画じゃねえか!?
扉がゆっくりと開いていく。鬼が出るか、幽霊が出るか?せめて物理攻撃が通じる相手であってほしい。
「ぼ、冒険者さん・・・ですか?」
「あっ、良かった。こんにちは、冒険者ギルドから来たカヤノです。」
扉の奥から出てきたのは意外や意外、と言うか当たり前なんだが普通の人だった。おれはこっそり胸を撫で下ろす。とりあえず幽霊でなければ大丈夫だ。
不健康そうな真っ白な肌に、やせて頬のこけた顔。少し長めの赤毛は無造作に跳ねているんだがそれでもイケメンと言っても過言でない20代中盤ほどの青年だった。くそっ、イケメンかよ。まさかこの依頼は女の冒険者を誘うためのデコイなんじゃねえだろうな。カヤノは男だがとりあえず警戒レベルを上げておこう。
「え、えっとどうぞ奥に。一人暮らしなんでむさくるしいかもしれませんが。」
「ありがとうございます。」
妙に腰の低いイケメンに案内されカヤノが無警戒に家の中へと入っていく。というかカヤノは度胸があるな。なんて言うか登場からして怪しさ爆発しすぎなのに。まあその分俺がフォローする必要があるよな。
家の中はむさくるしいとは言っていたがそんなことは全く無かった。とてもきれいに片付いているし、余計な家具なんかは一切なく、むしろ生活感さえも置き去りにしてきた感がある。無駄なものは一切置かない、これが俺のライフスタイルってか。くそっ、イケメンが調子乗りやがって!!
机と椅子が2客しかない部屋へと案内され、椅子に座るように言われると男は部屋を出ていった。カヤノが何もない部屋を珍しそうに見まわしていたのでコンコンコンと3回つついてやめさせる。主人がいない部屋をじろじろと見るのはマナー違反だからな。
「あの、お、お待たせしました。」
コトリとカヤノの前に湯気の立ったカップが置かれる。どうやら紅茶のようだ。イケメンは自分の前にも同じカップを置くと一度深呼吸をしてからカヤノの対面の椅子へと座った。
「依頼を受けてくださってあ、ありがとうございます。」
イケメンが頭を下げる。何と言うかこっちまで緊張が伝わってくるようだ。しゃべる時につっかえているし。しかしこんだけ顔がいいならそれこそ依頼なんかしなくても女性との付き合いなんてあるだろうに、なんでこんな依頼を出してんだ?
紅茶の匂いに気を取られていたカヤノが頭を下げているのに気づいてぶんぶんと手を振る。
「いえ大丈夫です。それと1つ事前に謝らないといけないことがあるんです。」
「えっ、な、なんでしょうか?や、やっぱり私なんかが女性の前に立つなんて100年早いとか?も、もしや紅茶がまずかったですか?とりかえます、今すぐとりかえますから!!」
イケメンが立ち上がり、カヤノの前のカップを慌てて掴み引き寄せるとその勢いのまま紅茶がこぼれイケメンの手にかかった。
「熱いー!!」
イケメンが紅茶のかかった手を思いっきり振り上げ、カップが宙を舞う。熱い紅茶がカヤノにもかかりそうになっていたので慌てて俺がカヤノの体を動かして床に転がして回避した。ふぅ、危ねえ。
パリン。
一時遅れてカップの割れる音、椅子が倒れる音、そしてイケメンの「熱い、熱い」と言う声が部屋を満たす。何だこの惨状は。
立ち上がったカヤノが火傷したイケメンが痛がっていることに気づくと慌てて駆け寄り、そしてイケメンの手を取った。
「じっとしていてください。ヒール!」
カヤノの回復魔法の光がイケメンの手を包み、火傷を治していく。
手を取られたイケメンはぽーっとカヤノを見つめていた。そして
「良い。」
イケメンの熱いまなざしとその言葉に俺は頭を抱えるのだった。
奪われてしまった一族の宝物を奪い返すため賊徒の船へと乗り込んだカヤノたち一行。奪って行った政府機関の船を追いかけるうちカヤノたちは幻と言われた島へ着くのだった。
次回:台所は壊滅状態
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




