とりあえずパトロールする
日が昇り、オヤジが体操し、宿のおばちゃんが怒り、それを契機に人々が通りに顔を出し始める。うむ、いつも通りの朝だ。
3年間毎日変わらず繰り返されるそれはもはやこの辺りの人々にとっては目覚まし代わりなんじゃないだろうかと俺は思う。
というわけで、おはようだ。
特に変わり映えの無い朝が始まった。この下町の住人はほとんどが規則正しい生活をしている。朝に出てくるメンツも一緒だし。パン屋に買い物に来る兎幼女も、まあ3年間で成長してもう少女と言ってもいいかもしれないが、いつも通りだ。退勤されてきたお姉さま方にお疲れ様です、と挨拶しながら見上げ、そして俺も行動を開始する。
言葉がほとんど理解できるようになってからは情報収集を主に行っている。下町の住人の話はあまり変わり映えのしないものなので狙うのは外から来る商人やそれを護衛する冒険者だ。
あっ、そうそう。この世界にもやはり定番の冒険者ギルドがあるらしい。ただギルドは本当の街の中にあるらしく見ることは出来ていないのだが。いつか見てみたいもんだ。
俺が話を聞くことが出来るのは直線距離にして40メートル。はっきり言って情報を収集するには厳しい距離だ。しかし話している冒険者や商人を見つけたら積極的に聞きに行く。やはり外を旅している人の話は重要だし新鮮で面白いからな。
そんな風に過ごしていると路地の片隅からキョロキョロと通りを見回しながらきつね顔の男が出てきた。きつね顔って言っても狐の獣人じゃない、普通の人なんだが何となく小ずるそうな顔をしていて顔の形が縦長の三角形できつねっぽいのだ。
はぁ、また来たのか、あいつ。
ため息を吐きながらそいつを監視する。男はしばらく通りを歩く人を眺めていたが、目標が決まったのかふらふらと歩き出す。俺はその後ろをそろそろと気づかれないようについて行く。まあ気づかれるはずがないんだが。
そしてきつね顔の男が、身なりの整った商人の男へと足をよろめかせぶつかろうとした瞬間、俺はそいつの足元の土を一気に掘り下げる。それに引っかかったきつね顔の男が前へとずっこけた。人々の視線が男に向かっている間に穴を塞いでしまえば証拠隠滅成功だ。
「大丈夫かね、君?」
「ああ大丈夫。悪いな。」
商人風の男がきつね顔の男へと手を差し伸べ立たせてやると、きつね顔の男は礼を言い、そのまま2人は別れていった。きつね顔の男が首をひねりながら路地へと消えていく。
よしっ!!
なぜ俺がこんなことをしたかと言うとあいつがスリだからだ。1年くらい前にいつもはいない変な奴がいるなと観察していたんだが、あいつは裕福そうで隙のある人を見かけるとぶつかってその瞬間に財布をスっていたのだ。
俺の土地でなにさらすんじゃい、ワレ!!
と言うわけであいつが来るごとに俺はあいつの邪魔をしているって訳だ。本当なら証拠を掴んで官憲にでも突き出したいところだが俺にはどうしようもない。俺のわかる範囲で犯罪が起きないように努力するくらいだ。
ちなみに俺はこの3年間で犯罪者の逮捕に7件関与している。とは言ってもそのうち6件は肉屋の隣の食堂から食い逃げした犯人を転ばせただけだが。後の1件は犯罪かどうかは微妙だが路地裏に連れ込まれそうになっている女性を助けるため男の足を掴んで転ばせただけだ。女性が一目散に逃げて行ったのでまあ犯罪者でいいだろ。女性が逃げ込んだのか兵士がその男を捕まえてたし。
逮捕はそこまでないが未然に防いだのは結構ある。先ほどの男のようにスリをしようとする輩は結構いるんだ。俺も日夜この辺りの主として鎮座している関係上、この辺りの住人でない者がいればすぐにわかる。そういう奴は大体悪いことをしようとしている場合が多いのだ。治安が悪いな。
ちなみにあのきつね顔を見るのはこれで10回目くらいだ。全部失敗してんだからいい加減諦めればいいのに。面倒な奴だ。
まあスリなんかは言っては悪いがまだそこまで問題じゃない。いや、れっきとした犯罪だから悪いことは悪いと思ってるぞ。ただもっと最悪なのが最近いるんだ。
そいつは1か月ほど前からで急に現れ始めた。現れる時間帯は深夜だ。
俺がいつも通りネズミの駆除に走り回っている最中だった。視線の先を何かが横切るのを感じ、少しびっくりしたのを覚えている。慌てて穴を塞いでしっかりと見てみると、真っ黒な布を被った怪しい人が隠れるように通りを歩いていたんだ。
その挙動不審な行動、そして怪しげな衣装に俺はピンと来た。こいつ、犯罪者だ。
と言うわけで俺は音も無くそいつをストーキングした。そいつは路地に入るとこそこそと何かをし始める。怪しいとは思うがさすがに何もしていないうちに問答無用で埋めるとかはちょっとな、と俺が思っているうちにそいつが走り去り、そしていきなり火が上がった。
馬鹿野郎!放火かよ!!
俺は慌てて燃えているゴミの山を地面に引き込み土の中へくるむ。火は土の中ですぐに消えた。まあ空気の供給が出来ない場所に閉じ込めれば火はすぐに消えるからな。土で埋めるって言うのは比較的昔から知られている消火法だ。ほら、たき火を消すときに砂をかけたりするだろ。あんな感じだ。それはさておき・・・
あいつどこ行きやがった!!
周囲を探ったが放火魔がいる様子はない。俺の動ける範囲からは逃げてしまったようだ。くそっ!!
仕方がないので捜索を諦め、だいぶ時間が経過してから燃えていたゴミを地上へと戻す。ああ、ちなみに土で埋めて消した場合、酸素の供給が出来なくなって火が消えただけで温度は高いままだからすぐに土をどけるとまた火がつくから注意な。これ豆な。
まあ若干燃えた跡が残っているが問題ないだろ。むしろ自然に消えたと思われればいいし、それに気付いた住民がゴミを外に捨てないって考えてくれれば一番いい。
一応その晩はネズミの駆除を諦めてずっと見回りを続けたがそいつが戻って来ることは無かった。放火魔は自分のつけた火が燃え盛るのを見に戻ることが多いんだが・・・もっと遠くから見ているのかもしれんな。
それから5回、そいつは放火をしに来た。俺はその度に火を消した。俺のそいつに対するイラつきは最高潮だ。
俺が前の世界で死んだ原因の一端、ってこともあるんだが、俺に言わせれば放火は最悪の犯罪だ。その建物に人が住んでいれば人に被害が及ぶと言う事は当たり前で、よしんば人に被害が無かったとしても建物が燃えてしまえばその人の財産に重要な損害を与えるし、それに建物って言うのはもろいもんで一部でも損失してしまえば改修にかなりの金額がかかるのだ。それを燃え盛るところが見たかったとかの身勝手な理由でするんだぞ。馬鹿野郎としか言えねえだろ。
しかもここらの建物はほぼ木造だし、密集して建築されている。もし燃え広がったらここら一体が火の海と化したはずだ。そうなれば肉屋のオヤジも宿のおばちゃんも夜の蝶のお姉さま方も下手したら死んじまう。絶対許さねえ!!
もうそいつ、埋めちまえばいいんじゃね、とささやく俺がいるんだが実行できないでいた。日本人として育ったためどうしても人を殺すと言う行為には忌避感があるのだ。
もちろん段差を作って転ばそうとしたりはしてるんだ。でもそいつ無駄に運動神経がいいのかバランスは崩すんだけど転ばないんだよな。くそ、そんな力があるんなら放火なんかじゃなくもっとまっとうな方面で才能を発揮しろよ。
そいつは何かこだわりがあるのか放火するのはいつも同じ食堂の裏手だった。見張りやすくて結構なんだが、これは怨恨かもしれん。おい食堂のお兄さん。二股とかしてないよな。
街の他の場所で不審火があったって言う話は聞かないんだよな。
まあそんな放火魔だが、前は4日置きくらいに現れていたんだが、ここ10日くらいは姿を見ていない。やっと諦めたのかもしれん。まあしばらくはパトロールは続けるけどね。
消防士として俺の土地で火事は起こさせんよ!
火遊びをするとおねしょをする。そんな噂を検証するために日夜人々の洗濯物を調査し続ける陸人。そしてついにある一軒家でそれを発見する。
次回:ゆうたくんの世界地図
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。