とりあえず初依頼を受ける
「別にカヤノ君は無理しなくてもいいんだよ。」
「大丈夫です。今はお金に余裕がありますけどお金を稼ぐことは大切ですから。」
宿屋のオヤジからこの街のギルドの現状とその原因を聞いた翌日、日の出とともに起き出したカヤノとミーゼは朝食をかきこむように食べるとすぐに冒険者ギルドへと向かった。 もちろん依頼を受けるためだ。
理由を聞いたミーゼが依頼を受けたいと言ったのが大きな理由だが、俺としても思うところがあったし、カヤノが言うようにお金を稼ぐことは大事だ。まあ冒険者として依頼を受けてみたいという俺の欲望も無いとはいえねえな。ロマンがあるだろ、やっぱり。
日が昇りぽつぽつと人々が活動を始めた通りを歩き、冒険者ギルドの扉を開ける。そこに人の姿があることにホッとする。朝は依頼が貼られる一番ギルドが混む時間帯だ。見た限り10人くらいの冒険者が依頼ボードを見ている。多いようにも感じるがミーゼのしかめられた顔を見る限りこれでも少ないようだな。
それにしても人がいることにホッとする時点でやばいよな。
まあこんなところで突っ立っていても仕方ねえからカヤノを誘導して俺達も依頼ボードの前へと歩いていく。ボードは横長に壁の一面を使って作られており、いくつかの区切りがされている。これは冒険者のランクによって受けられる依頼が違うための措置だそうな。
ちなみにこの世界の冒険者のランクとしては、木<銅<鉄<銀<金<ミスリル<オリハルコンというランク分けになっており、もちろん初心者が「木」で一人前が「鉄」、ベテランが「銀」、そして「金」以上は本当に一部の化け物のような強さの奴しかなれないらしい。
もちろんカヤノは「木」だ。そのランクの特徴としては魔物の討伐のような危険な依頼が無いってことだな。もちろん薬草の採取の最中に魔物と遭遇する危険はあるが、自ら狩りに行くような依頼は最低でも「銅」ランクからだそうだ。ちょっと残念な気もするがカヤノを危険な目に遭わせるのもなんだかなあと思うのでとりあえずはいいかと自分を納得させた。ミーゼは一応「銅」ランクらしい。
で、まあカヤノが受けられる「木」ランクの依頼を見ているんだが・・・見事に雑用ばっかだ。と言うかこれって冒険者ギルドに依頼する必要があるのかって依頼ばっかだな。
草むしり、倉庫の片づけ、買い物代行、ゴミ拾い、畑を耕してほしい、ちょっと変わった物だと話し相手の依頼なんかもある。と言うか話し相手の依頼ってどんなんだよと気になったので見てみると、女性と話すのが苦手なのでその練習相手になってほしいそうだ。そんなもん冒険者に依頼すんな!まあどっちにしろ女性限定だし、カヤノには関係ないがな。
依頼書には掲示板に貼られた日とその期限が書かれている。カヤノは特に何でもいいとの事だったので期限が追っている中で前から貼られていた依頼にすることにした。受けたのは草むしりとゴミ拾いだ。今日が期限の依頼がそのまま貼ってあるってどうよ?もうちょっと目立つようにするとか方法があるんじゃねえの?と思わなくもない。
カヤノに2枚の依頼書を持たせて受付へと向かう。ちなみにミーゼとは別行動だ。「木」ランクの依頼は簡単な物ばかりで2人で受けるメリットはあまり無い。本来ならここでお金をこつこつと稼ぎながら一緒に冒険をしていく仲間を見つけたり、経験を積むためのランクなのだそうな。逆にミーゼの「銅」ランクの依頼を一緒に受けるという手も無いわけではないが、ミーゼに言わせると昨日ちらっと確認した限り一人でも十分にこなせる程度の依頼ばかりだったそうなので別れることに決めた。それぞれ別れた方が効率が良さそうだしな。
窓口にいたのは昨日のおかしな受付嬢ではなく、若い男性職員だ。しかし目の下に隈が出来ていてなんていうか思わず大丈夫かって声かけてくなる感じだ。まともに睡眠を取ってんのか心配になるな。
「あの、この依頼を受けたいんですが。」
そう言って草むしりとゴミ拾いの依頼書を差し出すカヤノを見て男性職員が目をゴシゴシと擦り始める。それどころか自分の頬をつねって引っ張っている。おいおい、結構な強さで引っ張ってねえか?というかあんなに皮って伸びるもんなのか。3センチぐらい伸びてんだけど大丈夫なんだよな?
そこまでしても自分が見たものが信じられないのか今度は両手でつねり始めた。おお、顔の輪郭がホームベースのようだ。
「えっと・・・」
「夢じゃない・・・」
「えっ?」
「夢じゃないんだね。ありがとう、ありがとう!」
男性職員はいきなりカヤノの手をとりブンブンと勢いよく上下に振りながら頭を下げている。ちょっと瞳が潤んでいる気がするんだが気のせいじゃなさそうだな。
「ちょっと待っててくれ、すぐに手続きをするから。ギルドカードを出してくれるかい?」
「あっ、今日の昼過ぎに出来るって聞いてます。」
「ああ、君がそうなのか。早速依頼を受けてくれて助かるよ。じゃあこっちで手続きしておくから。はい、これが依頼書の写しね。裏に地図もあるし指定の場所に行けばいいから。よろしくね。」
さっきまでとは一転キビキビと動き始めた職員に背中を押されるように依頼書の写しを受け取ったカヤノはまだ依頼ボードの前で依頼書とにらめっこしているミーゼを残しギルドを後にした。というかお前も早く依頼を受けろよ!
カヤノと一緒に地図を見ながら街を進んでいく。昨日も思ったが、同じ国だし地域も近いということもあって懐かしさすら感じる街並みだ。もちろん住んでいる住人は違う人だし、細かい点を挙げればキリはないのだがそれでも全体としての雰囲気は似ているな。俺たちが向かっているのはギルドから見て東の方向、少しずつ家の敷地が広くなり建物も比較的綺麗で立派なものが増えている。高級住宅街ってところか。その中の一軒、白塗りの壁が特徴的な2階建ての家が草むしりの依頼者の家のようだ。まあ立派とは言っても門がある訳でもないので普通に玄関まで歩き、ノッカーを鳴らす。カンカンというちょっと甲高い音が響いた。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね。」
声がしたのは家の中からではなく外、ここからでは家が邪魔になって見えないが確かにおっとりとした老婆の声が聞こえた。しばらく待っていると腰の曲がった老婆が杖をつきながらこちらへとやってくるのが見えたが・・・遅いな。
なんていうかよちよちって感じの早さだ。精一杯頑張っているのかもしれんが見てるこっちが心配になってくる。それは俺だけじゃなくてカヤノも同じだったようでソワソワと心配そうに老婆を見ていた。というか近づいていけばいいじゃねえか。カヤノにコンコンと合図を送り、カヤノが老婆のもとへと駆け寄っていく。
「冒険者ギルドの依頼できましたカヤノです。どこの草むしりをすればいいですか?」
「ありがとうね。とりあえずこの庭全部なんだけど大丈夫かしら?」
「はい、頑張ります。」
カヤノが盛り上がらない力こぶを作ってやる気を見せる。老婆もそんなカヤノの様子を見て微笑んでいるがマジでこの庭全部の草むしりかよ。
確かに草自体は今は冬だしあまり多くはない。それでもこの家の庭は結構な広さだ。フットサルのコート一面分ぐらいはありそうな敷地に花壇や木が植わっておりその所々に雑草が生えているのだ。カヤノ1人でやるのは結構大変そうだ。
カヤノは喜々として草をむしっていく。とは言え普通に草むしりをしたらけ結構な時間が経つのは目に見えている。仕方がねえな、ちょっと本気を出すか。
(カヤノ、俺も手伝うわ。)
「えっ、本当ですか。ありがとうございます。」
(とりあえず俺が大まかな雑草を抜いちまうからカヤノはそれを拾い集めてくれ。)
そうカヤノに指示し、俺はじめんに潜る。そして雑草があるところに移動しては地面を動かしては雑草を抜き、また地面を動かしては雑草を放り投げる。カヤノは俺が抜いた雑草を拾い集めて一箇所にまとめている。なんというかバルダックの畑仕事を思い出すな。夏は最悪だった。毎日抜いているはずなのに翌日になると雑草が生えてるんだぞ。あいつらはゴキ並だ。
30分ほどで大まかな雑草の草むしりが終わった。庭の片隅にはカヤノが集めた雑草の山が出来ている。バスケットボール4つ分くらいだ。まあまあの量だな。庭の手入れが行き届いていないのか地面が少しボコボコになっていたり、無意味に傾斜になっている部分があったのでついでに綺麗に均しておいた。これであの老婆も庭いじりがしやすいだろう。
「ちょっと休憩でも・・・ってあら?」
カヤノがパンパンと手を払っているとちょうど老婆がクッキーのようなものを持ってやってきたところで、庭の状況を見て驚いている。ふふっ、どうだ。生まれ変わった庭だぞ。
「あっ、おばあさん。とりあえず大まかなところは終わりました。えっと後はどのくらいまでやればいいですか?」
「ここまでやってくれれば十分ですよ。あなたすごいのね~。」
老婆はカヤノがギルドで受け取った依頼書の写しにサラサラっとサインを書くとそれをカヤノへと渡した。そしてその写しの上には数枚のクッキーが乗せられていた。
「ありがとうね。そのクッキーはお礼の印ね。こんな安い依頼を誰も受けてくれないだろうと思っていたんだけど本当に助かったわ。」
「いえいえ。」
カヤノと老婆が微笑み合う。確かに依頼料は安かった。この依頼の報酬は100オルだ。つまり最大でも2千円程度である。俺が協力したからこんなに簡単に終わったがだらだらと働けば昼くらいまでかかったはずだ。決して高くはない。
カヤノと老婆の交流は微笑ましいものではあるんだが、のんびりしている暇はねえ。一応次の依頼もあるしな。ということで次のゴミ拾いへと向かった。
ゴミ拾いは大通り沿いの商店が依頼してきたもので大通りとその脇道を重点的に綺麗にするというものだった。これもカヤノが一人でするなら一日がかりになるような依頼だ。決して難しくはないんだが何しろ範囲が広い。一応地区が決まっているので街全体というわけじゃねえがそれでも広範囲には違いない。
とは言えこれも俺が手伝うことで簡単に終わっていく。日本なんかと違って落ちているゴミっていうのはほとんどが有機的なものでプラスチックみたいなもんはもちろんない。だから地面に埋めちまえばいいのだ。さすがに大通りのゴミはちょっと無理だが裏路地は俺がさっさと綺麗にしたことでなんとか昼には依頼を終わらすことが出来た。
よし、いい感じだ。とりあえず昼食を食ってからギルドに戻って報告とギルドカードの受け取りだな。冒険者っぽくない依頼ではあるが、初めての依頼を達成できて嬉しそうなカヤノと一緒に俺は美味しそうな店を探し始めた。
奴が、奴が来る。そんな噂でギルドは持ちきりだった。次々と依頼をこなす期待のニュービー。依頼者の満足度は高くリピーターさえも出る始末。そうそんな奴の名は・・・
次回:雑用屋 カヤノ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




