とりあえず宿屋で落ち着く
カヤノとミーゼの結婚云々についてはとりあえず保留と言う事で決着がついた。というよりもまずはカヤノに一般常識を教え込んだ上じゃないと正確な判断なんか出来ねえだろうし、教えたからと言ってそれをすぐに実感できるようなものでもないからな。とりあえずカヤノがこちらの世界で成人、つまり15歳になる時に返事をすると言う事になった。まあ決定したのは俺とミーゼで当のカヤノはその話し合いを聞いていただけだが。
「なんかどっと疲れたわ。」
(気が合うな、俺もだ。)
「えっととりあえず15歳に返事をすればいいんですよね。頑張りますね。」
何を頑張るつもりだよ、と突っ込む気力もないほどに不毛な時間だった。別にカヤノが悪いわけじゃねえからこのイライラが向かう先が無いって言うのもそれを後押ししているんだけどな。あと5年あればカヤノもちゃんと結婚について判断できるようになるだろう。
でも結婚についてなんて誰が教えるんだ?って言うか俺だよな。うわ~、俺自身結婚なんてしてねえのに結婚を語るのか、凹むわ~、思わず落とし穴を作っちまうくらい凹むわ~。しかし保護者としては教えんなんてことは出来んしな。はあ~。
くぅ~。
この音はカヤノのお腹だな。まぁ確かにもうすぐ街だということもあって昼は食べずにここまで歩いてきたからな。お腹はすいているだろう。まあいいか。とりあえず徐々に教えていけばいいんだ。分散すれば俺のダメージも少ないはず。
「そういえばお腹すきましたね。」
「そうね。夕食が食べられるか下で聞いてみましょ。ちょっと気になることもあるし。じゃあちょっとカヤノ君は外に出てくれる?私も着替えちゃうから。」
(やっぱ着てなかったのか。)
「仕方ないでしょ。私だっていっぱいいっぱいだったんだから!」
ぷくーっとリスみたいに頬を膨らませるミーゼを残して義手ゴーレムに変形した俺はカヤノと一緒に部屋の外へ出て一階へと降りていく。今は午後の5時過ぎくらいか。夕食にはちょっと早いかもしれんが食べられるのか?
この踊る子豚亭は2階は宿屋として営業しているが1階は食堂になっており大きな広間にいくつかの机が並べられ、カウンターの席もある。合わせると大体30から40人くらいが食事できる大きさだ。一応酒の提供もしているようだが、店内の造りは酒場と言うよりは家族で来るようなレストランのような気軽さがある。客層もその通りなのか、もうすでに家族連れの客が2組、年配の夫婦が一組テーブルに座っていた。年配の夫婦以外の机には料理が並んでいるところを見るともう食事は食べられそうだな。
「あの、食事ってお願いできますか?」
老夫婦に料理を運んだ宿のオヤジにカヤノが声をかける。オヤジは無駄にクルッとターンを決めながらトレイをくるくる回して脇へと挟んだ。おぉ、洗練された動きだ。意味は分からんが。
「大丈夫だ。宿泊客なら日替わり定食は30オルだな。酒なんかは別会計だ。追加料金を払ってくれれば他の料理も出せるぞ。」
「じゃあとりあえず定食を2人分お願いします。」
「わかった。ちょっと待ってろ。」
オヤジが不自然な動き、まあ俗にいうムーンウォークってやつで厨房へと戻っていく。しかも顔はどや顔である。カヤノは素直に感心して見送っていたが、俺は激しく突っ込みたい。いや、ここは踊る子豚亭、踊る主人がいたとしても驚くことじゃねえ。そう思っておかないとダメだ。ここに泊まっている限り際限なく突っ込むことになる気がする。
カヤノが近くのカウンターへと座り待っていると、ほどなくミーゼがやってきた。そしてそれを見計らっていたようなタイミングでオヤジが定食2人前を2人の前に差し出す。
今日の定食は、400グラムはありそうなでかいステーキと黒パン。付け合わせにサラダとコンソメのように透き通ったスープがついている。これで30オルならかなりお得だな。
2人も目を輝かせておざなりに「いただきます。」と言うとステーキにかぶりついた。OH、肉食女子だ。あっ、カヤノは男だったわ。少々噛みごたえはありそうな肉だが、肉汁が流れ出る様子や2人の幸せそうな顔を見ると美味いんだろうな。さすがに御飯がおいしいところと言うリクエストで紹介されただけはあるか。
お昼を抜いた2人はもう1人分を追加注文すると仲良く半分に分けて食べていた。そうこうしている間にどんどんと席が埋まっていく。最初はいなかったウエイトレスの女性も途中でやってきてくるくると注文や支払いなど忙しそうに動き回っている。やはり安くてうまい人気店のようだな。こういうのを見ると俺も食べられたらな~と切実に思うな。
「うーん、やっぱり変ね。」
「何がですか?」
食事を食べ終え、追加注文した果物のジュースを飲みながら食堂の様子を見ていたミーゼがポツリと呟く。俺には特に不審な点は見当たらねえが。みんな美味そうに食ってるし、酒なんかに酔って暴れそうなやつもいねえ。平和な光景だ。カヤノも俺と同じ感想だったのか何が引っかかっているのかわからないようだった。
「冒険者がいないの。」
「あっ、本当ですね。」
ミーゼに指摘され再度見回してみると、言われた通り確かに冒険者っぽい人がいない。いるのはこの街の住人であろう人々ばかりだ。これがただの食堂なら変なことではないのかもしれないがこの踊る子豚亭は冒険者ギルドと提携している宿だ。しかも値段も良心的でサービスもよい。食事も美味しいみてえだしな。宿に泊まっている奴には割引さえあるのにわざわざよそで食べるような冒険者はいないだろう。カヤノとミーゼが食べ始めた早い時間ならいざ知らず、ちょうど夕食時の今誰も見かけないのはおかしいかもしれない。まあたまたまって可能性はない訳じゃねえが。
「カヤノ君。一旦部屋に戻って落ち着いたころにもう一度来てもいい。ちょっとオヤジさんに話を聞いてみたいの。」
「いいですよ。」
果物のジュースをズゾゾゾと飲みきり、満席近くなった食堂を2人は後にした。
部屋に戻った2人は時間を潰すということでリバーシを始める。もちろん盤を作るのもコマを作るのも、ひっくり返すのも全て俺だ。俺も含めて3人でローテーションしながら対戦していく。ローテーションの方法は勝ち抜け方式だ。じゃないと散々な目にあうからな。
ちなみにリバーシの実力で言うとミーゼ<<俺<<<<<カヤノって感じになっている。俺とミーゼの実力差も相当なものだが、それでもカヤノとの差はありえないほどに大きい。ミーゼと俺なら5回に1回くらいはミーゼが勝つこともある。しかしカヤノとの対戦ともなると2人とも一勝も上げられないのだ。俺とカヤノの通算成績もすでにカヤノの方が上だ。もうどうしようもない。勝ち抜けにしたのはそうしないとずっとカヤノのターンになるからだ。戦う前から敗北の濃厚な挑戦を続けられるやつなんかいねえよ。
そんなこんなで時間を潰し、食堂の音が静かになってきた頃を見計らって2人が階段を下りていく。あれだけ賑わっていた食堂も静けさを取り戻しており、残っているのは若い夫婦が一組だけでウエイトレスの女性も片付けが終わったのかちょうど店から出て行くところだった。
先ほど座っていたカウンターに2人が座る。しばらくすると宿のオヤジが出てきておやっ
という顔をした。
「どうした、またお腹が減ったのか?」
「違うわ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫?」
「それは聞きたいこと次第だな。」
エプロンで手を拭きながらオヤジが近づいてくる。ミーゼは少し声を潜めるようにして話し始めた。
「この宿に私たち以外に泊まっている冒険者っていないの?それにギルドも閑散としていたし、この街の冒険者ギルドって何か問題があるんじゃない?」
「ふむ、その程度ならジュース一杯ってところだな。」
ミーゼがコインを空中に弾く。オヤジはにやりと笑いながらアクセルジャンプを決め、そのコインを掴む。そしてそのまま厨房へと戻り、すぐに2人分のジュースを持ってきた。カウンターに置かれたジュースに2人が口をつけるのを確認したオヤジが話し始める。
「まあ少し調べればわかると思うが、この宿に泊まっている冒険者はお前さんたちだけだ。というよりこの街にいる冒険者は数える程だ。だからギルドも閑散としているし、依頼も滞って問題になっているらしい。」
「どうしてそんなことになってるんですか?」
カヤノが首をひねりながら尋ねる。ミーゼも原因が思いつかないのか思案顔だ。もちろん俺にもわかるわけなんてない。
オヤジが俺たちを見て一拍置いた。そして続けて出てきた言葉は俺たちの想像を超える言葉だった。
「バルダックのせいだ。」
ミラーボールがくるくると回り、色とりどりのライトが動き回る。その舞台上に佇むオヤジは対戦者を心待ちにしていた。そして今、満を持してリクがその舞台へと上がって行った。
次回:豚のゴーレムのダンスバトル
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




