とりあえず冒険者ギルドへ行く
チチチチチチチチチチチ・・・
無人の冒険者ギルドに鳴り響くベルの音。もはやチーンと言う本来の音を発することもなくなってるな。別にそんなに連打しなくても1分間に99回なら楽勝なんだが。むしろカウントはどうやってるんだ?チーンとならないと1回とカウントされないとかか?
ミーゼはいまだにムキになって連打している。カヤノはちょっと自分でもやりたそうに指を咥えて見守っている。いや、やらなくていいからな。
そして待つこと約30秒。チチチチチチーン。最後のチーンと言う音が綺麗に響く。
「どう?鳴らし切ったわよ!」
叩いていた手を高らかに上げながらミーゼが宣言する。パチパチパチという拍手の音は俺とカヤノの両方の思いだ。こいつ、半分の時間でやり切りやがった。なかなかいい連打だったぜ。
・・・
・・
・
静けさが辺りを支配する。
誰も出てこない。何と言うか気まずいな。ミーゼも手を上げた姿のまま止まっちまってるし。何か出てこねえかなーと俺とカヤノはキョロキョロとギルド内を見るが全く変化なんてない。
もうこのまま宿を探しに行ってもいいんじゃねえのと思い始めるくらいの時間が経過したとき、先ほどミーゼが鳴らしていたベルがパカッと開き、ポロリと丸まった紙が転がりだしてきた。んっ、なんだ?
「何ですか、これ?・・・・・大当たり?」
くしゃくしゃに丸まった紙をカヤノが広い広げるとそこには赤い大きな文字で(大当たり!?)と書いてあった。せめて?マークをつけるなよとツッコミたいが誰にツッコむべきなんだ?
そんな風に思っていると受付の背後にあるドアが勢いよく開き、若い女性が出てきた。女性と言うよりも少女に近い。ミーゼよりは多少年上に見えるが赤い髪をショートカットにし、そばかすのあるその顔は愛嬌があるんだが幼く見える。20は超えてねえと思うが微妙なところだな。身長は160くらいなので大人と言われればそうかなと思わなくもない微妙な線だ。
「おめでとーございまーす。無事試練を成し遂げしかも大当たりを引かれるとはなんと運の良い方々でしょう!大当たりの景品は2週間無償で依頼を受ける権利になります。どうぞお受け取りを。そしてこちらに受け取りのサインをお願いいたします。」
受付嬢?はその登場の勢いのままに紙をミーゼに差し出すと、驚いているミーゼの手にペンを持たせそしてサインの欄をトントンと指で連打して早く書くように促してきた。ミーゼも勢いにのせられそのままサインを書こうとして・・・ってちょっと待てい!!
右腕を動かしミーゼの手を止める。ミーゼと受付嬢の視線を受けたカヤノが自分じゃないよと伝えるためにフルフルと首を横に振っている。それを見て受付嬢が「チッ。」と舌打ちした。確信犯かよ、こいつ。
ミーゼも少し落ち着いたのか自分が書こうとしていた紙を見直す。そして・・・
「2週間無償で依頼を受けるってただ働きってことじゃない!!」
「気づきましたか。ふふっ、これはアレですよ、アレ。えーっと、あの・・・・・試していたのですよ、あなた達を。そしてあなたたちはそれを見事にクリアした。合格です。」
「よかったですね、ミーゼさん。合格らしいですよ。」
わーい、やったぜ。合格だってよ・・・ってなるわけねえだろ!
カヤノは純粋に嬉しそうにしているが、ミーゼが受付嬢を見る目は見たことがないほど冷たいし、その視線を受けている受付嬢はと言えば視線を空中にそらしながら脂汗を流している。まー、なんともわかりやすいごまかし方だな。というか合格って何に合格したんだよ俺たち。
「・・・まぁいいわ。とりあえずこの子の冒険者登録と宿の紹介をお願いね。」
「えー、依頼はうけないんですか?」
「このまま帰ってもいいんだけど・・・」
「はい、こちらはドレーク冒険者ギルドです。ようこそいらっしゃいました。冒険者登録のお客様ですね。それではまずこちらの用紙にご記入をお願いいたします。」
変わり身はやっ!受付嬢は急にきりっと表情を引き締め綺麗なお辞儀を決めるとカウンターの下から一枚の紙を取り出してくる。どうやらこの紙が登録用紙みたいだな。
「代筆が必要でしょうか?」
「いえ、大丈夫です。」
まだ小さいカヤノを見て受付嬢が聞いてきたがそれをカヤノが丁寧に断る。もうカヤノは文字なんて簡単に書けるからな。とはいっても左手はまだまだ練習中なので今回は俺が書くことになるんだが。
書く項目は(名前)(生まれ年)(特技)だけか。ずいぶんと簡単なんだな。名前、生まれ年はいいとして特技か・・・。まあ薬草採取って書いておこう。特技と言えば特技だろうしな。
「ふむふむ、カヤノさんで今年で10歳ですか。薬草採取が得意とはすばらしいですね。」
「いえ、それほどでもないです。」
素直に褒められてカヤノの顔が赤くなる。なんというか本当にカヤノは褒められることに慣れてねえよな。まあそこがまた可愛いんだが。
その用紙と教会で新年の時にもらった証明書を渡す。神様の欄に何も書いてないから何か言われるかと思ったが特に何事もなく確認を取るだけでそのまま返却された。
「それではギルドカードの発行は明日の正午以降になります。しかし今日からでも依頼を受けることは可能ですがいかがですか?いまならどんな依頼も選り取り見取りですよ。」
「えっとそれじゃあ・・・」
「その前に宿の紹介をお願い。」
ちょっと乗り気だったカヤノをミーゼが止める。
ええー、せっかく冒険者になったんだから依頼受けようぜ、依頼。その後でも宿の紹介はしてもらえるじゃん。確かに荷物は重いかもしれんが数分の違いだろ。カヤノもちょっと不服なのか唇を尖らせているが、ミーゼは意見を変えようとはしなかった。
「予算はいくらぐらいでどんな宿がいいですか?」
「予算は一泊300オルまで。店の信頼があって安全なところがいいわ。カヤノちゃんは何か要望ある?」
「えっと食事が美味しければ嬉しいです。」
「それならギルドを出て中心街へ向かって100メートルほど行ったところにギルドと提携している踊る子豚亭がおすすめです。ギルド員ならば割引もされますし、食事も美味しいと思いますよ。」
「わかったわ。ありがとう。」
受付嬢にお礼を言うとそそくさとミーゼは出口に向かって歩いていく。そんなミーゼの様子にちょっと驚きながらもカヤノもぺこりと頭を下げその後を追った。受付嬢はそんなカヤノに向かってにこやかに手を振っていた。そしてカヤノが外に出る直前、俺はその受付嬢が肩を落とし大きなため息をつく光景が一瞬見えた気がした。
あっ、そういえば名前聞くの忘れたわ。まあ明日来たときに聞けばいいか。
ミーゼはギルドの外で待っていた。というよりギルドから出るまで一切振り返らなかったな。そんなに騙されそうになったのが悔しかったのか?そんなミーゼの態度を不思議に思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「あの、ミーゼさん。どうかしたんですか?」
「・・・」
ミーゼはしばらくカヤノをって言うよりカヤノの向こう側にあるギルドの扉を見つめ、そして大きなため息を吐いた。そしてその真剣な顔を崩すとカヤノの頭をポンポンっと撫でた。
「行きましょ。たぶん大丈夫だと思うけど。何なのかしらね?」
「?」
?
いまいちミーゼの言っている意味がわかんねえな。まあ確かに愉快な感じの受付嬢ではあったが手続き自体は普通にしてくれたし、証明書でカヤノがダブルだとわかったはずなのに特に対応が変わらなかったから俺としては意外に好印象だったんだが。まあ後で聞いてみればいいか。
歩き始めたミーゼの後をカヤノが追い、横に並ぶ。ミーゼは特に変わった様子は無い。そしてしばらく歩いて紹介された踊る子豚亭を見つけた。踊る子豚亭は名前とは裏腹にしっかりとした石造りの2階建ての宿屋で、店の前もきれいに掃除してある。ここはいい宿っぽいな。玄関は店の顔だからな。ここが汚れているような宿は大概店の中もいい加減だ。まあ前の世界の事だがこっちでもそう変わりはねえだろ。
「こんにちは、冒険者ギルドの紹介できました。2人でとりあえず1泊したいんですが。」
「おお、久しぶりの冒険者か。2人1部屋なら合わせて一泊500オル、1人1部屋なら一泊350オルだな。どうする?」
出てきたのは中年のビール腹のオヤジだ。子豚?というには大きすぎる気がするがまあわかりやすいっちゃあわかりやすい。それにしても値段的には妥当な所か?
「別に一緒でいいわよね?」
「はい、僕は構いません。」
「じゃあこの鍵な。部屋は二階の一番奥だ。お湯を使うなら10オルで桶一杯だ。」
「520オル渡しておくから後でお湯の桶をお願いね。さすがに旅の間は洗えなかったから綺麗にしたいわ。」
「まいど。」
ミーゼがオヤジに520オルを渡して鍵を受け取る。そういえば部屋の代金とかどうするかな。と言うより各自のお金の管理をどうするのか決めてなかったな。落ち着いたら一度話を振ってみるか。お金を払うタイミングを失ったちょっとカヤノがそわそわしているし。
2階の一番奥の部屋に入るとそこはまあまあな部屋だった。といっても豪華と言う訳じゃない。ベッドとクローゼットがあるくらいの普通の部屋だ。だが掃除が行き届いているしシーツもピシッと伸びている。これはいい宿だ。
カヤノとミーゼが背負っていた荷物をそれぞれのベッドの脇によいしょっと置いて「うー」と言う声を出しながら背を伸ばしている。やっぱり重いもんな。そして必要な物を取り出そうとリュックに手をかけた時、コンコンっとドアがノックされた。
「誰?」
「お湯を持ってきたぞ。入ってもいいか?」
「早いですね。」
カヤノがちょっと笑いながら扉を開ける。オヤジが中に入ってきて50センチほどの桶に貯めたお湯を2つ置いて去って行った。本当に仕事が早いな。いつ沸かしたんだ?
「じゃあ体を拭いちゃいましょうか。カヤノちゃんも気持ち悪かったでしょ。」
「えっと僕は何日も入れなかったこともあったのであんまり・・・」
「ダメよ。カヤノちゃんは可愛いんだからそういうところに気を付けないと。じゃあ体を拭くんだけど・・・リク、見ないでよ。」
おっ、なんだ?喧嘩売ってんのか?俺は紳士だぞ。興味があるかないかって言えばあるが俺のストライクゾーンはもっと年上だかんな。お子さまのミーゼなんか誰が見るか。
悔しいのでゴーレム形態に戻って、わざわざ肩をすくませて鼻で笑うしぐさをして窓から飛び出す。文句を言われる前に戦略的撤退だ。当たりどころのないイライラにさいなまれるがいいわ!
地面に同化しながら空を見上げる。夕暮れが赤く雲を染めていく。あぁ、もみじまんじゅうみてぇな雲だな、うまそうだ。あれっ、そう言えば何か忘れているような・・・。何だったか?
「キャー!!」
俺の思考はミーゼの悲鳴で中断された。何だ!くそっ、安心なはずじゃなかったのかよ!!慌てて二階へと地面を伸ばす、間に合ってくれ!俺は出きる限り最速で上昇した。しかし次に聞こえてきた言葉が俺の動きを止めた。
「ぞうさんが、なんでぞうさんがいるの?」
何が起こったか予想がついてしまったが、説明が面倒くさそうなので俺は戻るのをやめた。まあ、危険はないしいいだろ。
あっ、空が綺麗だな。
「何でなの~!」
ミーゼの叫び声は茜色の夕空へと溶けていった。
ついに男であることがばれてしまったカヤノ。プロデューサーに脅迫されホテルへと連れ込まれたカヤノを救出するべくリクが動き出す。果たしてカヤノの貞操は無事なのか!?
次回:カヤノ先生の女装講座
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




