とりあえず旅立つ
サンタのプレゼントはインフルエンザでした。
毎日更新が途切れてすみません。その代わりと言ってはなんですが今日はちょっと長めです。文章が変だったら頭がおかしいんだなと・・・あっ、それはいつものことだった。
約一週間ぶりの宿屋だったのだが何事も無く・・・なんてことは無くって帰って早々におばちゃんに抱きしめられた。おばちゃんはちょっと泣いていた。もちろんカヤノにはわからないようにしていたようだが、俺からはばっちりと見えていた。離れる前に涙を自然に拭くと言う無駄な高等技術を見せられたが。
「別にあんたが心配じゃなくって、宿代をもらい損ねるかと思っただけだよ!!何嬉しそうにしてんだい、掃除の邪魔だよ!!」
そう言って慌てて去っていくおばちゃんを見送ったカヤノの顔は先ほどまでの落ち込みようが嘘のように嬉しそうだった。そうだよな、カヤノを心配してくれる人がちゃんといるんだ。ツンデレだけど。
このままここに居ると照れたおばちゃんにさらに怒られそうなので俺たちは早々に自分の部屋へと戻った。部屋は1か月単位で借りているので元の状態のままだ。いない間もちゃんと掃除していたのだろう。埃やなんかが落ちているような様子は無かった。
「リク先生、どうしましょう?」
(まあ出て行くしかないだろうな。3日の猶予があって助かったと思おう。)
部屋に持ち込んだ植物用の植木鉢を使って俺とカヤノは相談を始めた。この植木鉢には実は何も植わっていない。ただ単に俺とカヤノが会話するのに不便だったので不自然にならないようなものと言うことで持ち込んだものだ。ちょっと宿のおばちゃんには不評だったんだが、水をあげるときは外ですることなど条件付きで許可してくれた。
領主直々の命令があったのだから、この街にこのまま住むと言うのは難しい、というか不可能だ。俺がこの世界で生まれた地でもあるし、カヤノと出会った場所でもあるので離れがたいと言う気持ちが無いわけではない。
しかしこの街はあのハロルドの管理する領地なのだ。日本であれば人権や先住権などを盾に歯向かうことも出来るかもしれないが、いかんせんこの世界は領主と言うか貴族の権能が強すぎる。家ではなく宿暮らしのカヤノなどそれに比べれば吹けば飛ぶ木の葉のような存在なのだ。無視できるはずがない。というか無視した場合に何が起こるのか想像がつかないのでそんな危険は冒せない。
カヤノとこの3日間の過ごし方を相談していく。一番の問題はどうやって旅をするかと言うことだ。
安全なのはやはり街の間を走っている乗合馬車に乗ることだ。料金はかかるが護衛は就くしなにより確実に別の街へと向かってくれると言うのが良い。俺もカヤノもこの街の外なんて森以外は行ったことがないからな。問題点としては最低でも数日間は同じメンバーで旅をすることになるためカヤノがダブルだと言うことがばれないのかと言うことと、俺が動きづらいってことだな。
また冒険者ギルドに行って護衛を頼んだり、街を行き来する行商人に相乗りさせてもらうと言う案も出たが、料金が割高になることや護衛になるわけでもないカヤノを商人が乗せるわけがないということでこちらは決まり手に欠けた。まあ俺が全力を出せば普通に護衛できるとは思うんだがそうしたら意味が無いしな。
最後の手段は2人で徒歩で旅をすると言うことだが、これはあまりしたくない。と言うか2人とはいったものの他人から見たらカヤノの1人旅だしな。魔物や盗賊なんてのも出るらしいこの世界ではそれこそカモにしか見えないだろう。いやそういう展開に憧れが無いわけじゃない。襲ってくる盗賊を撃退して宝物を奪うって言うのはウェブ小説なんかでは良くあったシチュエーションだ。ただなぁ、実際カヤノをそんな目に遭わせたいかと言われればNOだ!なんで家の可愛いカヤノをそんな危険な目に遭わせなければいかんのだ!!
すったもんだの話し合いの結果、結局は乗合馬車に乗って別の街まで行きそれからのことについてはその街で考えようと言うことになった。向かう方向はフラウニから聞いたアルラウネの集落が近くにあると言う街の方向だ。いくつかの街を経由する必要があるはずだがもしそこにカヤノの家族がいるなら会わしてやりてえしな。
その後は旅に必要なものを話し合ったり、明日の買い出しの予定を考えたりしているうちに時間は過ぎ、カヤノのお腹が鳴ったのをきっかけにいったん切り上げて、久しぶりのおばちゃんの夕食をカヤノは食べた。牢で出ていた食事も粗末な物じゃなかったがやはり冷え切っていたし、何より食べる場所が最悪だった。いつもより少し豪華な湯気の立ちのぼる暖かな食事をむさぼりつくように食べるカヤノとそれを見守るおばちゃんの間の空気はどこまでも柔らかかった。
そして夜、カヤノはベッドに入るとすぐに眠ってしまった。やはり疲れていたんだろう。いつもの宿に帰ってきて安心したんだろうな。安らかな寝息を立てるカヤノをしばらく見守り俺は地面へと潜って行った。
ああ、予想はしていたさ。予想はな。だが実際に見るとうんざりするのは仕方がない。まあ俺の白い薬草畑の事なんだが、想像通り天井までびっしりと生えていた。お前ら、生命力強すぎだろ。
おれはせっせと白い薬草たちを抜いていく。と言うよりこの街から出て行くのでここも破棄しなければいけないのだ。俺が居る間は管理できていたが、いなくなってからこの空間が崩落して地上に被害が出てもまずい。よっぽど大丈夫だとは思うが未来の事なんてわからないしな。現にカヤノがこんなに早く街から出ることになるなんて想像できなかった。
白い薬草を全部抜き、月光に晒して乾燥させる。元気ジュースをカヤノとミーゼが愛飲してくれたおかげで乾燥した白い薬草の在庫もだいぶ減っているので、元気ジュースをある程度作ってしまえば何とか消費できるだろう。残ったものは箱か何かに詰めて持ち運べばいいし問題は無い。最悪別の街でまた育てればいいんだからな。
そんな訳で俺はせっせと後片付けを進めていくのだった。
翌日。
カヤノと街を歩いていたんだが、どうも空気が悪い。ひそひそとカヤノの方を見ながら話している奴や、露骨に指差している奴もいる。たびたび「忌み子が・・・」と言った声も聞こえてきた。ちょっと探ってみたが、どうも先日の魔物の襲撃についてカヤノのせいと言う噂が広がっているようだ。
そんなわけねえだろ!領主の所の取り調べでも無実が証明されたんだぞ!そう言いたいところだが自身で言ったとしても説得力がねえしな。兵士に連行されるところは大勢の人に見られているし、その時はフードも取られていたからカヤノがダブルだってこともばれちまっているみたいだ。くそっ、状況最悪だな。
そんな中を旅に必要な物を揃えるため店を巡って行ったのだが・・・
「お前に売るものは無い。」
「あんたのせいで私の息子が怪我したんだ。」
「前の崩落もお前のせいだろ。そんな奴に商品が売れるかよ。」
ほとんどの店でカヤノは物を売ってもらえなかった。売ってもらえないだけならいい方で、罵倒が飛んで追い出されることもたびたびあった。結局カヤノが物を売ってもらえたのは今まで通っていた八百屋と宿の隣のオヤジの店だけだった。つまりカヤノが以前から通っていたところしか駄目だったのだ。
日持ちする野菜やドライフルーツ、そして干し肉なんかを手に入れられたので旅の途中で飢えるようなことは無いだろうが、旅用のマントや寝袋のような物は手に入らなかった。
そんなに歩き回ったわけではないがカヤノはかなり疲れていた。まああの視線や態度の中ここまで動けたのは逆にすごい。成果はスズメの涙なんだがな。昼食をとろうと屋台広場へと行ったがそこでもやはり販売拒否の嵐だった。
一軒の屋台の店主がカヤノに目配せしたのに気付いたのでカヤノを誘導して広場を出て路地裏へと行くとその店主が追って来てくれた。店主は自分の店のスープと別の店の焼き串を数本持っていた。
「すまんな。あんたがそんなことをするとは思えんが擁護できるような雰囲気じゃなくてな。」
「いえ、ありがとうございます。」
お金を渡そうとするカヤノに、あんな目に遭わせたお詫びだから受け取れと言って店主は戻って行った。残された食事を食べながらカヤノは少し泣いた。それはこのひどい状況に対してなのか、それともそんな状況なのにカヤノを信じてくれた人がいたことに対するものなのか俺にはわからなかったが、あの店主の存在はカヤノにとっての救いだったはずだ。俺からも礼を言わせて欲しい。ありがとう。
食事を終えたカヤノに乗合馬車へと行くように俺は伝えた。嫌な予感がしたからだ。
得てしてそう言う予感は当たるものなのかここでもカヤノは乗車拒否をされた。理由としては忌み子を乗せては他の乗客から苦情が来るし、お前が魔物を操って襲われるかもしれないからだそうだ。そんな訳あるかよ!!
しかし抗議したからと言ってそれが覆るわけもなかった。こうなると乗合馬車は使えない。そして冒険者ギルドや商人についても同様の理由で断られることは明白だった。つまりカヤノは独力で街を移動するしかない。
こうなっては出来ることも無いので宿へと戻った。おばちゃんの態度はいつも通りだ。そのことにカヤノがほっとしている。そりゃああれだけ悪意に晒されれば、おばちゃんのツンデレ暴言なんて癒しのようなものだろう。だってカヤノの事を心配していることが丸わかりだしな。
部屋に戻って再び相談する。とは言っても装備も不十分、乗り物にも乗れない、護衛も無い、ないないづくしのしかも初めての旅だ。俺も実際に体験したことがあるわけじゃないから明確なアドバイスなんて出来ない。わかることはなるべく朝早くに出発して日が出ている間に街からなるべく離れることだろう。今日歩いた感じじゃあいつカヤノが襲われるかわかったもんじゃない。実際カヤノに文句を言いに来た面倒な奴をおばちゃんが追い返していたしな。あんなのが増えたら厄介だ。
相談の結果、いつも薬草を採りに行っていた時間に起きて街を出ることに決めた。街の外のカヤノの野菜畑は荒らされていて見る影も無かったので収穫する必要も無い。さすがにそれをカヤノに見せるのは忍びなかったので昨夜のうちに畑は跡形も無く消した。明らかに人の手で荒らされていたから嫌がらせなんだろうな。姑息な奴だ。
カヤノは夕食を食べるとすぐに眠りについた。珍しくすこし寝苦しそうに動いていたがそれは仕方がないだろうな。明日からはなれない旅なのだ。緊張するのもわかる。
俺は俺で自分のするべきことを準備するために動き始めた。隠しておいたアレも持って行かないといけないしな。
翌朝、カヤノは目覚めるとおばちゃんの作った朝食を食べ出発の準備を始めた。リュックにパンパンに詰まった道具たちを背負うと荷物が動いているのかと思うくらいだ。まあ俺のゴーレムボディの力も使っているのでカヤノにかかる負担はそこまででは無いはずだ。
「今までありがとうございました。」
カヤノが部屋の鍵をおばちゃんに返す。おばちゃんはしばらくその様子を眺め、そしてその鍵を受け取るとカヤノをギュッと力強く抱きしめた。
「元気で生きるんだよ。何かあったら手紙を送るんだよ。私に何が出来るかわからないけどね。あんたは1人じゃない。それを忘れないようにね。」
「・・は、い。」
カヤノがその言葉に涙を流す。それにつられるようにおばちゃんの目からも涙が溢れた。くそっ、最後の最後でデレるんじゃねえよ。別れづらくなるだろ!
ありがとよ、おばちゃん。あんたのおかげでカヤノは俺と会えたし、あんたに何度救われたかわかんねえよ。あんたが居てくれて、この街のこの場所に住んでいてくれて良かった。
少し恥ずかしげに顔を見合わせた後、おばちゃんはカヤノへ籐の籠を手渡した。その中にはサンドイッチなどの昼食が入っていた。カヤノはそれを見てまた泣いた。そして頭が地面につくんじゃないかと思うほど下げて感謝した。おばちゃんはただそんなカヤノを優しく見守っていた。まるで誰かと重ねるように。
カヤノがぶんぶんと手を振っておばちゃんと別れる。何度も振り返るカヤノだったがおばちゃんはそんな俺たちをずっと見送ってくれた。こうして俺たちはバルダックの街を旅立った。
「はぁ~、行っちまったね。」
ステラは門から出て行ったカヤノが見えなくなるまで見送ると目元をごしごしと拭いて宿へと戻ろう振り返ろうとした。
「あれっ、もしかしてカヤノちゃん、もう行っちゃった?」
その声を聞き、別方向に振り返ったステラが見たのは大荷物を背負ったカヤノよりも少し年上の少女だった。茶色の髪をなびかせ、同じく茶色の瞳がじっとステラを見つめていた。ステラは思い出す。最近たびたび宿に遊びに来るようになったカヤノの友達だった。名前までは知らないが。
「さっき門から出たとこだよ。今から追えば間に合うんじゃないかい?」
ステラは嬉しいと言う感情を押し殺して平生を装って答える。忌み子であるカヤノと一緒に旅立ってくれる友達がいたことが嬉しかったのだ。前は自分の力が及ばず1人にさせてしまい、そして今回もそうなのではないかと言う思いがステラを苦しめていた。それがほんの少し救われた気がしたのだ。
ステラの答えに少女は満足そうにうなずく。そしてステラに背を向け歩き出した。
「じゃあね、ステラ。あなたが居てくれてよかった。私とカヤノちゃん。忌み子の2人を面倒見てくれたのはあなただけよ。ありがとう。」
「・・・ミーゼ様・・なのですか?」
あまりの衝撃にステラが膝から崩れ落ちる。その目からは涙が溢れ、それでも顔を上げ、目を離さないとばかりにミーゼの後姿をずっと見つめていた。ミーゼが振り返る。
「バイバイ、ステラ。またいつか会いましょう。」
「はい、お待ちしております。ずっと、ずっと。」
ミーゼは母親のチルノーゼがいたずらに成功した時と同じ、茶目っ気のある笑顔をステラに向け手を振ってから去って行った。ステラはその姿が見えなくなった後もずっと眺めていた。
ミーゼは走る。街道を歩く小さな人影が見える。荷物が歩いているかのようなその小さな背中がどんどんと近づいていく。そしてミーゼは声をあげた。
「カヤノちゃーん。」
カヤノが振り返る。そして笑顔を見せるとミーゼに向かってぶんぶんと手を振った。そしてミーゼも思いっきりそれに応えるように手を振り返し・・・そして落とし穴へ落下した。
ついにバルダックの街を旅立ったカヤノとリク。さまざまな覚悟を胸に秘めた二人を嘲笑うかのように運命は回っていく。そしてさいは投げられた。
次回:止まったマスはスタートへ戻る
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




