とりあえず領主と面会する
「ミルネーゼです。カヤノちゃ・・カヤノを連れてきました。」
「入れ。」
こいつ今普通にカヤノちゃんって言いそうになったよな。気が緩みすぎだろ。一応この街で一番偉い奴なんだろ。しかもミーゼの立場からすれば社長みたいなもののはずだ。そんな奴の前で気を抜くとはまだまだミーゼも子供ってことだな。実際15歳だしな。
扉を開けたミーゼに続いてカヤノが部屋の中へと入る。目の前にいたのは執務机だと思われる2メートルほどの幅の大きな机に大量の書類を載せ、その書類の1枚に何かを書きながら座ったままこちらを見ているやせ気味の男だ。白髪でしかも忙しいのか、くぼんだ目の周りには隈がはっきりと出来ておりしかも目が血走っている。これは純粋に怖いな。夜中とかに絶対に会いたくない顔だ。お化けと間違えそうだ。
こいつがこのバルダックの領主のハロルドか。何というか今まで聞いていた評判から想像していた姿とは似ても似つかない。俺たちが知っている情報は、外街の崩壊後にすぐに防壁の工事を始めて防備と被害に遭った人々の生活を支える決断力と行動力があり、そして魔物の襲撃に対して自ら先陣を切って指揮をとる勇気にあふれる人物だと言うことだ。俺は勝手ながら厳ついマッチョマンを想像していた。男臭い学生服なんかを着込んだ応援団長だったり、ガトリングガンを持ちながらぶっ放すシュワちゃんみたいな奴だ。
目の前の人物はそれとは反対にいると言ってもいい姿だ。書類がきっちりと碁盤目に分けられているところから見ても何となく神経質そうな印象を受けるし、少なくとも前線で指揮をとるようなタイプには見えない。なんというか折れそうという印象だ。
俺の予想の範囲外の人物にちょっと戸惑ったのだが、カヤノはそこまで驚いたような様子は見せていない。緊張はしているようだが、あくまで初めて偉い人に会うことに対する緊張であってハロルド自身に対して思うところは無いようだ。うーん、俺の思いこみすぎか?
ハロルドは書いていた書類を1つの束の上にしっかりとずれなく載せると立ち上がりこちらへと歩み寄ってくる。なんかフラフラしていて怖いんだが。そのルックスって言うよりも今にも倒れそうって言う意味で。
「そこに座れ。」
「は、はい。」
執務机の前にあった二人掛けのソファを指差したハロルドの指示に従い、カヤノが慌ててソファへと座る。こげ茶色の高級そうなソファに腰を下ろしたカヤノの「うわぁ。」という小さな感嘆の声が聞こえた。やっぱり領主だけあって良いソファなんだろうな。カヤノがちょっと体を上下させて確かめている。やめなさい!
ハロルドはそんなカヤノの様子を気にした様子も無くその対面にある1人がけのソファへと座った。もちろんミーゼは立ったままハロルドの後ろに控えている。というかこの部屋に護衛とかいないのか。ハロルドとカヤノとミーゼ、その3人しかいない。領主って護衛とかに囲まれているイメージだったんだが。
ごほんとハロルドが咳をし、ソファを楽しんでいたカヤノがちょっと申し訳なさそうな顔をしながら大人しくなりハロルドを見つめる。なんかうちの子がすみません。そしてミーゼ、ハロルドから見えないからって笑いそうになってんじゃねえよ。
「まずは謝罪だ。今回はこちらの不手際で君には迷惑をかけた。君が誘拐犯をほう助したと言う証拠は無かった。それはここに居るミルネーゼも証言している。」
名指しされたミルネーゼがドヤ顔をしている。ありがたい、ありがたいんだが何となくむかつく。頬を思いっきりつねってやりたくなるんだが。あっ、そういえばカヤノを騙したお仕置きしてなかったわ。後で地面に半分埋めてやろう。いや、さすがにそれはきついか。よし、転ばすぐらいで勘弁してやるかな。これが大岡裁きってやつだな。
ハロルドは頭を下げていない。カヤノをじっと見つめているだけだ。領主としてなかなか頭を下げるわけにはいかないんだろう。しかし本当に謝罪していると言うことはその口調から伝わった。
「また私が不在にしていたため君の拘束が長くなり、さらにその間、魔石の補給や治癒までしてもらい感謝する。君のおかげで助かった部下もいる。魔物との戦いを余裕をもって行えたのは君が補給してくれた魔石のおかげもあった。」
おお、意外とカヤノが役に立ってたんだな。というか魔石って戦いに使うんだな。ポーションに使ったり、灯りの魔道具に使われているのは知っていたが、もしかして魔石を飛ばすと爆発するとかあるのか?いや、でもゴリゴリ潰しても爆発なんてしないしな。まあ使用方法は不明だがカヤノの行動が街を守る一助になったなら悪いことにはならないだろ。
「しかしこちらとしても妻を誘拐されたのだ。その事情は考慮して欲しい。」
「はい。あの奥さんはまだ見つかってないんですか?」
「まだだ。」
カヤノの言葉にハロルドが顔を歪め、苦渋に満ちた表情をする。その短い言葉の中にも妻を心配する思い、そして誘拐したフラウニに対する憎しみとも思える感情がこもっていた。その暗い感情にカヤノがビクッと反応する。カヤノは人一倍そう言う感情に敏感だからな。仕方がない。
「なんでフラウニさんは、その・・・奥さんを誘拐なんか・・・」
あっ、その質問はまずい!
予想通り今まではなんとか平生を保っていたハロルドの顔が般若のように怒りに染まり、その血走った眼と相まって昔話の山姥のように見える。いや、男だけどな。
「それは私が知りたいことだ!!大方、私の妻の親族だったのだろう。しかし私は正式な手続きを得て妻に迎えたのだ。やましいところなど一つも無い!!」
先ほどまでの落ち着いた口調が嘘のように感情のこもったその声は怒っているだけでなく泣いているようだった。顔が赤く染まって、さらに目が血走っているだけで、それ以外が全く動いていないことが更に異様さをあおる。「ひっ!」とカヤノが息を飲む。怖えよ。何だよ、その怒りかた。
ハロルドは立ち上がると執務机の後ろの壁に向かって歩き始めた。そして両手で思いっきり壁を掴んだ。んっ、何のつもりだ?
次の瞬間、俺は自分の目を疑った。いや目は無いんだがそんなこと言ってる場合じゃねえ。
ハロルドがその掴んだ壁を思いっきり横に引っ張るとその壁が動いたのだ。それだけならおお~、隠し部屋なんて本当にあるんだなぐらいだったと思う。しかしそれだけでは無かった。
動いた壁の後ろ、隠されていたその場所にいたのは様々な種族の女性だった。皆きらびやかな衣装を着て直立不動のまま立っている。その目には意思の光が無く、そしてそのドレスとは合わない首に巻いた首輪が異様さを際立たせていた。
立っている女性は8人。エルフや普通の人間、獣人からドワーフまでそれぞれに似合った衣装を着た彼女たちは美しかった。いや、さすがに獣人の美人とかはあんまりわからんが少なくともわかる範囲の女性陣はみな美人なので獣人も美人なんだろう、たぶん。
ハロルドは耳の長いエルフと思われる女性に近づくといたわるように優しく彼女を抱き上げ、そしてこちらへ戻ってくる。さすがエルフと言ったらいいのかわからないが茶色の髪の毛は絹のように繊細でさらさらとし艶やかで、そしてその顔は本当は人形なんじゃないかと思うほどに整っている。その白い肌は何物にも犯されたことのない清純さを現しているようだった。
しかしハロルドに抱えられて運ばれるその姿は異常の一言に尽きる。自らの意思が無いかのように体を全てだらんとハロルドに預け、髪と同じ綺麗な茶の瞳はあらぬ方向を見たままで焦点すら合っていないように見える。
何なんだ、これは。
そして俺の中で今まで集めた情報とこの光景が繋がり始める。ハロルドには8名の妻がいる。しかしどこにも姿を現さず、その情報さえほぼ無い。そしてここに居る8名の女性、おそらく件の妻なのだろう。9人目の妻をフラウニが誘拐した。それはアルラウネの女性。フラウニの親族?異様な首輪。アルラウネの女性も首輪をしていた?焦点の合わない女性たち。まるで誰かに意思の力を抜かれたような。これは・・・まさか・・・
妻にするために無理やり奴隷にしたっていうのか!?
虎の尾を踏んでしまったカヤノ。そしてハロルドの魔の手はそのカヤノにも向いていく。果たしてカヤノは無事に城を脱出出来るのか!?
次回:くっ、殺せ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




