とりあえず和解する
うおぉ、うちのカヤノが可愛いすぎる件っていうスレッドを思わず立てそうになっちまうところだった。いや、この世界にそんな場所はもちろんないけどな。
身内びいきの所はあるかもしれんがカヤノは本当に可愛いと俺は思っている。他人からしたらわざとじゃないのかと思われるのかもしれないが、俺にはわかる。カヤノは完全に天然ものだ。下手をすればあざといと思われるような仕草が天然であるがゆえに嫌味なくすっと入って来る。くそっ、かえすがえすもなぜカヤノは男なんだ。
そんなカヤノの顔を見ているのは、今は俺だけだ。辺りには誰もいないし、ミーゼも前を歩いたままこちらを見ていない。くそっ、見たやつがいれば絶対にカヤノが可愛いと言う話題で盛り上がる自身があるんだが、まあ話せないけどな。
ミーゼはカヤノの回答に足を止める。それに気付くのに遅れたカヤノがそのままミーゼの背中にぶつかった。「ぺぎょ。」と言う正体不明の音とゴスっという鈍い音が響く。カヤノが鼻を押さえてうずくまっている。ああ~、鼻の頭が思いっきり赤くなってるな。鼻血は出ていないようだが。可愛いと思った途端にこれか。まあこれがカヤノだよな。
「えっ、あっ。大丈夫、カヤノちゃん?」
ミーゼが慌ててこちらを振り返る。そこにフラウニの店や牢で見たようなカヤノに無関心の冷たい印象などなく、その姿はただ単にカヤノを心配するいつものミーゼだった。
あぁ、こっちが本当のミーゼだ。
不意に出てしまったんだろうが、その様子は俺にそう確信させるに足る証拠だった。ミーゼは無理をしてカヤノに冷たいように接している。その理由はわからんがおそらくその方がカヤノにとって有利に働くと少なくともミーゼは考えてそうしているんだろう。
そして俺にわかったと言うことは当然・・・
「えへへ。やっとミーゼさんがちゃんと見てくれました。」
カヤノが真っ赤になった鼻の頭をさすりながらミーゼにほほ笑む。ミーゼはとっさに顔をそらそうとし、そして諦めたのかひとつため息を吐くとカヤノを真っ直ぐに見つめた。そこにあの冷たさは無かった。
「詳しい事情は省くけど私の正式な名前はミルネーゼ・リュラーって言うの。このバルダックの領主親衛隊を代々輩出しているリュラー家って言う男爵家の三女よ。私が与えられた任務は前回の外街の崩壊時に治癒魔術を使用し人々を助けた子供、まあカヤノちゃんを監視し、顔を繋ぎ、領軍にスカウトするべき人材か判断することだったんだ。」
ミーゼの独白をカヤノは真剣な表情で聞いている。ミーゼの握り拳は真っ白になるほど力がこもっており、それを言うことがミーゼにとってどれだけ重大な事なのかわかってしまった。それが立場や任務を明かすと言うことに対してなのか、それともカヤノに自分が故意に近づいたことを知られてしまうことに対してなのかはわからな・・・いや、嘘だな。俺にはわかる。ミーゼが恐れているのはカヤノに本当のことを知られて嫌われることだ。そうでなければあんな泣きそうな顔なのに涙を流さず、じっとカヤノを見つめ続けるなんて出来ねえだろ。あれはミーゼの誠意だ。騙してしまったカヤノに対するせめてもの償いなんだろう。
「そのためにわざと近づいたの。カヤノちゃんが食事するのを見てお腹が減ってオオキノコを食べようとしたのは本当だけどちゃんとそれ用に麻痺消しポーションも持ってたんだよ。1人じゃ飲めなかったけど。」
やっぱ馬鹿だこいつ。
いや、そこはオオキノコを食べようとしたのもカヤノに近づくためだったんだって所じゃないのか?あれは故意じゃなかったのか。麻痺したら動けなくなるんだからポーションなんて飲めなくなるって事前に気づくだろ。
カヤノはうんうんとうなずきながら「お腹が減るのは辛いですからね。」と同意しているがそうじゃねえだろ!突っ込みどころはそこじゃねえよ。
「友達になったのも任務の内。このまま薬草採取を教えてもらうって名目で監視を続けるつもりだったんだ。でもね・・・」
ミーゼの瞳から一筋の涙が流れた。一度決壊した涙腺はもう留めることなど出来ずミーゼの顔を次々と濡らしていく。
「楽しかったの。カヤノちゃんと一緒に薬草を採ることが。お弁当を食べたり、屋台を回ったり、宿でおしゃべりしたり。新年になるまで誰かと一緒に過ごすことなんて今までなかった。ただ、楽しかったの。こんな時がずっと続けばいいな、何て思っちゃったの。」
ミーゼが顔を手で覆う。ぐずぐずと言う鼻をすする音が響き、手で押さえているのにもかかわらずその涙は床を濡らしていく。カヤノは・・・だよなぁ。カヤノの方を確認すると同じように顔をくしゃくしゃにして涙を流している。そうだよな、カヤノも楽しかったもんな。俺にどれだけミーゼの話をしたことか。
「フラウニがハロルド様の奥さまを誘拐して、捕縛命令が出たの。関係者もその手助けをしているかもしれないってことで一番身近にいたカヤノちゃんにも。これでもカヤノちゃんに被害が及ばないように頑張ったんだけどな。・・・やっぱり駄目だったよ。」
ミーゼが自嘲するかのように笑い、そしてごしごしと掌で顔を拭う。涙と鼻水にまみれたひどい顔だ。涙が再び流れ始めているがそれでもミーゼはカヤノの方をしっかりと向き、そして頭を下げた。
「ごめんなさい。これが真実なの。友達になったのも、一緒に遊んだのも全部・・・」
ミーゼのその言葉が続くことは無かった。ミーゼにカヤノが抱き着いたからだ。カヤノは涙を流しながらも嬉しそうに、そして絶対に離さないとばかりに力いっぱいミーゼに抱きついている。それは鎧ごしであってもミーゼにしっかりと伝わっているはずだ。
「僕も、僕も楽しかったです。ミーゼさんと一緒に居ることが好きだったんです。忌み子として嫌われる僕に友達が出来るなんて思わなかった。隠し事をしていたって言うなら僕だって同じです。だから・・・」
カヤノが鼻をすする。あぁ、お前ら2人ともひどい顔だぞ。だが今はそれでいい。多分これが正解なんだろ。
「僕と友達でいてください。お願いします。」
カヤノが少し離れ、思いっきり頭を下げる。そしてゴスっと言う鈍い音が辺りに響いた。
「「うあぁぁ。」」
2人の悲鳴がシンクロする。
そうだよな。頭を下げているミーゼのすぐそばで頭を思いっきり下げればそりゃあ頭同士がぶつかるよな。やっぱり馬鹿だろ。似た者同士の良い友達だよ、お前らは。
頭を押さえてうずくまっている2人を眺めながら、何で俺は涙を流せないんだろうなとちょっぴり悔しく思った。
しばらくして2人がほぼ同時に回復した。カヤノは鼻と額が赤く、さらに涙の跡が残った顔でミーゼを見つめ、ミーゼは後頭部をさすりながらその涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。そして見つめ合った2人は同時に噴き出し笑い始めた。それは久しぶりの友達としての2人の空気だった。しばらく2人の笑い声だけが廊下へと響いた。
そしてミーゼがカヤノに向かって手を差し伸べる。
「ごめんねカヤノちゃん。私の方こそ改めて、友達になってくれませんか?」
「はい。よろしくお願いします。ミーゼさん。」
その手をしっかりと握ったカヤノの目は本当に嬉しそうで、ミーゼも今までの思いが吹っ切れたのかすっきりとした顔をしていた。そして2人とも恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「なんか改めてすると・・・」
「恥ずかしいですね。」
何照れてるんだよ。すれ違いの末に友情を確かめ合うなんて熱いイベントだろ。これで絆が更に固くなるんだぞ。とは言ってもミーゼ、お前にはまだまだカヤノはやらんがな。カヤノが欲しいのなら俺を倒してからにしてもらおうか。
俺が馬鹿なことを考えているうちにミーゼが取り出した真っ白なハンカチでカヤノの顔を拭いてくれた。サンキュー、ミーゼ。さすがにカヤノも今はハンカチなんて持ってないからな。こういうところを見るとミーゼが貴族の娘だっていうのも納得だ。普通の住民はそんな綺麗なハンカチなんて持ってないしな。
ミーゼ自身も拭いて、多少ましになった2人は再び廊下を歩き始める。先ほどまでの後について行く形ではなく、2人は横に並んで歩いている。
「ハロルド様の所へ連れて行くわ。たぶん悪いことにはならないと思うけど、覚悟はしておいて。」
「覚悟?何のですか?」
「たぶんカヤノちゃんが見たことのない状況になると思う。」
意味深なその言葉にカヤノが首をひねる。そしてちらっと俺を見るが俺にもわからんわ。しかし覚悟か。そうだな、最悪逃げることも想定しておくか。その場合はミーゼも連れていきたいがどうするかな。まあ臨機応変で行こう。
よし、とりあえず覚悟は出来た。ちょっと不安そうなカヤノの腕の付け根をコンコンと2回ノックしてやる。俺がついているんだ。安心しろよ。
カヤノが少し笑って目の前の扉を見た。ここに領主のハロルドがいるらしい。そしてミーゼが4回、その細かな彫刻の彫られた高そうな扉をノックする。
「誰だ?」
機嫌の悪そうな低い男性のくぐもった声が聞こえた。
河原で殴りあい、友情を確かめあったカヤノとミーゼは更に絆を深くする。しかし満身創痍な二人に近づいていく謎の二人組がいた。果たして二人の運命は!?
次回:通報がありました
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




