とりあえず再会する
「ふぅ、これあと何回やるんですかね。」
(お疲れ、カヤノ。)
カヤノが牢屋に入れられてから既に5日目。未だにミーゼとは会うことは出来ていない。そしてカヤノと言えば拷問のようなことを受けることも無く毎日同じような取り調べを受けていた。人は毎回変わるし、ちょっと恫喝気味だったりすることもあったが基本的に聞いてくることは一緒で、フラウニとの関係だったり、新年の2日から3日にかけての行動だったりで、一応カヤノの生まれなどについても聞かれたがそれはどうでも良いような扱いだった。
まあ俺たちには全く後ろ暗いところなんてないから全部正直にカヤノが答えていたけどな。
後はずっと牢屋で退屈に過ごしているのかと言えばそうでもない。治癒魔法が使えることが知られているので怪我をした人の所に治療に向かったり、空になってしまった魔石へと魔法力を補充したりしている。もちろん見張りの兵士がつき従ってくるのだが、一日中退屈な牢屋にいるよりはよっぽどましだ。
もちろんカヤノが捕まっている囚人だと言うことは一部を除いて秘密になっているようで、牢屋の外に出るときはいつも通りフードを被らせてもらっているのでダブルだとばバレている様子も無い。扱いがかなり緩いなと思わないでもないんだが別に犯罪者って訳じゃねえから普通なのか。良いように使われている気がしないでもないがな。
まあそんな訳で領主の城で働いている人ともある程度関わりが出来、空の魔石を持ってくるメイドや怪我を治療した使用人たちからはカヤノは才能を見出された治癒術師見習いとでも思われているようだ。ちなみに空の魔石を持ってくるメイドには特に気に入られたらしく、抱き着かれたり魔石に魔法力を補充した後にお菓子をくれたりと親切にしてもらっている。なんていうか兵士に強引に連れてこられた時には怒りの感情が湧いていたんだが、こうして過ごしてみるとこの城に住む人たちも普通の人なんだなって実感してそれが収まってしまった。カヤノも人の役に立てるのが嬉しいらしくて嬉々として動いているしな。
一応フラウニのことについても情報収集をしてみたんだが、これはそう大して苦労せずに何が起きたかわかってしまった。
あいつ、領主の妻の1人を誘拐してやがった!!
重婚が認められるなんてうらやまけしからんっ!という俺の思いは置いておいて、どうもフラウニは3日の昼、領主が第二防壁の完成式典に向かい警備が手薄になったところで堂々と城を訪ねていき、面識のある兵士に領主に呼ばれたので待たせてほしいと言ってまんまと城に入ったらしい。そして眠り薬の煙幕を使って次々と兵士たちを眠らせ、執事を脅迫してその領主の妻の所まで案内させた挙句昏倒させ、最近嫁いできた領主の妻をさらって逃げたようだ。
そりゃ兵士が必死になって探すし、同じ家にいたカヤノが捕まるわ!!
ひそひそと使用人たちが話していることをつなぎ合わせただけだがかなりの確度で正しい情報だと思う。実際に眠らされたって言う兵士の愚痴も聞いたしな。
牢屋も破るわ、人をさらうわ、こう考えるとフラウニって完全に犯罪者だよな。そんなことをしそうには全く見えなかったんだけどな。あのほわほわとした姿からは全く想像もつかん。しかし心の中で何を思っているのかなんて親しい中でもなければわからんし、そんな仲の奴でさえ本当に心の底からわかりあっていると言えるなんて自身は俺には無い。誰だって隠し事や秘めた思いの1つや2つあるだろうし。
フラウニにもなにか事情があったのかもしれない。あったのかもしれないが、もうちょっと迷惑を考えてからやれ!っていうか3日まで休みってカヤノに言っておけばカヤノが店に行くことも無かったんだし拘束されなかったんじゃねえのか?
やばい、今フラウニが「ごめ~ん。うっかりしてた~。」て笑っている映像がはっきりと再生されちまった。なんというかあいつならやりかねん。
そしてその噂を集めていく中で奇妙なこともわかった。さらわれたと言う領主の妻についての情報が全く入ってこないのだ。いや、新しい奥様とは聞くんだがなんて言ったらいいのかわからんがそれ以上の情報が出てこない。領主の妻なら関わったメイドとかの思い出エピソードとかの1つでも出てくるかと思ったんだがそれも無いし、それどころかいい評判も悪い評判も聞かないのだ。
それもおかしいが更に言うなら領主の妻の姿を俺は一度も見たことが無い。妻はさらわれたのを含めて9人いるらしいがそれっぽい姿をした女性は見たことが無かった。城の中の結構な範囲をカヤノは移動しているんだがな。カヤノが行ったことのない区画に閉じこもってんのか?疑問は尽きない。
一応ミーゼについてもなにか情報が無いか探ってみたのだが、全く情報は無かった。というかさらわれた妻の方のインパクトが強すぎるのかその話ばっかりだ。まあそもそもそんな噂話をしているようなのは休憩中のメイドたちが主なのでそっちの方が面白いよな。俺とカヤノにとってはミーゼが領主の従者だったと言うこともびっくりな事態なんだが、あちらからしたら当たり前のことなんだろうし。
午前中の取り調べが終わり、そんなことを考えているうちに牢屋に着く。じめじめした場所で過ごしにくいかと思ったがカヤノは案外平気そうだ。路上生活に比べれば過ごしやすいし、3食ちゃんとした食事が出るし楽なのかもしれん。いや牢屋が良いって訳じゃないけどな。
これから食事が運ばれて来て、それを食べたら治療や魔石の補充に回ることになる。カヤノにとっての気分転換、そして俺の情報収集のための大切な時間だ。楽しみだな。
食事が終わりカヤノとちょっとリバーシしたりして時間を潰す。ちなみにあれ以来1回も勝てていない。勝率はどんどん悪くなるばかりだ。まだだ、まだ勝率は6割を超えている。俺はカヤノに負けていないからな!!くそっ、笑うなよ、余裕だなカヤノ。覚えてろよ。いつか負かせてやるからな。
そんなこんなで一方的に白熱した勝負を続けているとカツカツと階段を降りてくる音が響いた。俺は慌てて盤面を消す。よし、今の勝負は無効だな。あと数手で終わったような気もするがまだ終わってないから無効試合だ。いや~、残念だな。ここから逆転の秘策があったんだが披露できなくてめっちゃ残念だ。
カヤノ、そこで苦笑いすんじゃねえ。なんか最近カヤノに心を読まれることが増えた気がする。くっ、新たな力に目覚めたのか!?
階段を降りる音が止まり、人がこちらへと近づいてくる。カヤノと俺はそちらを見て固まった。そこにいたのは会いたいとずっと思っていたミーゼだったからだ。
ミーゼは初心者冒険者のようないつもの皮の鎧ではなく、領主の兵士が着ているような金属の鎧を身につけていた。その顔はいつものカヤノと過ごしていた笑顔ではなく、キリッとした兵士らしい引き締まった表情をしている。ミーゼは鍵を差し込み開錠するとと牢の扉を開いた。カヤノが嬉しそうな顔をしながら牢の外へ出る。
「ハロルド様の所へ連れて行く。着いてきて。」
それだけ言うとミーゼは階段へ向かって歩き始めた。カヤノはその様子にちょっと残念そうにしつつもその後を追っていった。カツカツという二人分の足音だけが響く。二人とも無言だ。それでもカヤノは楽しそうだ。まるでいつもの屋台巡りをしているときのように。
「何も聞かないの?」
しばらく歩き、ミーゼがこちらを振り返りもせずにポツリと呟いた。その表情は俺たちにはわからない。だがその声は懐かしいいつも一緒に過ごしていたときのような感情のこもったものだった。そしてその声は怯えているように俺には聞こえた。
正直に言えば俺もなぜカヤノが何も聞かないのか疑問だった。聞きたいこと、確かめたいことがない訳じゃない。何度も俺と話したんだ。カヤノがどれだけ悩んだか俺は十分過ぎるほどよく知っている。
カヤノは話しかけられたことが嬉しいのか花のような柔らかい笑みを浮かべ、そしてゆっくりと話し始めた。
「色々話したいことがあったんですが、ミーゼさんの姿を見たら全部忘れちゃいました。」
ちょっと恥ずかしそうに頬を赤く染めて話すカヤノは最高に可愛かった。
アイドルになるため地道な草の根活動を続けるカヤノ。マネージャーのリクはそんなカヤノをフォローしつつも新たな計画を練っていた。
次回:コンビ結成
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




