とりあえずちょっと成長する
今実際に起こったことを話すぜ・・・(以下略)
まあ、お決まりの冗談はさておき、俺は自分の身に起こったことに驚いてしばらく呆然としてしまった。いつの間にかオヤジは店の中へと消えているし、日も高くなり住民も次第に通りへと出て来ている。肉屋の隣の宿(もう宿でいいだろう。お姉さん方以外にも旅人っぽい人が昨日入って行ったし。)のおばちゃんがキョロキョロと肉屋の辺りを訝しげな表情で見回しているのは肉屋のオヤジを探しているんだろう。お前、実は肉屋のオヤジのこと大好きだろ。
それはこの際どうでもいいや。
俺の視線の先にあるのは、俺が初めて気が付き、フンを落とされ、チュウタたちと出会い、そして別れた思い出の場所だ。そこから肉屋の方へ1メートルほど離れたこの場所からその記念すべき場所を見ている。チュウタたちによって食べられ、ほとんど形の崩れた馬のフンが哀愁を誘っている。
やっぱり移動してるよな。
冷静に分析とかするまでも無く明らかに動いている。昨日1日、いろいろな方法を試しても全く動かなかったのに。とりあえず今も動けるのか確認しないとな。
手足を使って動くわけじゃないからどうしようかと思ったが、オヤジを追いかけたいと思っただけで動いたんだから、とりあえず意思の力だけで十分だよな。
じゃあいくぞ。動け!
おお!俺の意思の通りに体?が動いていく。歩くって感じじゃなくてセグ〇ェイみたいにスーって動く感じだな。勝ったな。これでただの地面とはおさらばよ。
最初にいた場所の周りをくるくると回り運動性を確かめる。
フッフッフ。動けることが出来るようになればこっちのもんだ。よし、せっかくの異世界なんだから旅でもしてみるか。地面だから危険はあんまりないだろうし、というか気づく奴なんかいないだろうしな。
それに普段は入れないあーんな所やこーんな所にも入れるだろうしな。あっ、もちろん出入りが禁止されている貴重な寺院とかだぞ。決して女子更衣室とかそういう卑劣な真似はしない。俺は紳士だからな。
よーし、そうと決まれば善は急げだ!!とりあえずこの街の観光だな。
フベッ。
意気揚々と中心街の方へと進んでいこうとした俺だったが、最初の地点からちょうど1メートルほどの所で止まってしまう。
何だこれは?まるで見えない壁でもあるかのようにその先へ進むことが出来ない。
とりあえずこの壁がどうなってるのか確認してみるか?
壁に手をついて(まあ手は無いからそんな感じで)進んでみる。見えない壁は俺が生まれた場所を中心に1メートルほどの円をぐるっと描いていた。この円の範囲であれば自由に動けるのだがどんなに勢いをつけてもこの壁を超えることは出来なかった。ちなみにここまで検証するのに1時間以上かけている。だってこれ以上に優先すべき事項は今のところないしな。
ふう、いい汗かいた。
とりあえず全く動けないという最悪の事態は改善されたな。1メートルの範囲だが。現状確認できたところで次は原因の究明だ。とりあえず考えられることを適当に挙げてみるか。
まず1つ目は時間の経過によるものだな。
日が昇ってオヤジが体操に出てきたところから、俺がこの世界に生まれてちょうど1日経ったと言う事になる。地面としての体?に慣れて動ける範囲が広がった。
この可能性は低いか。もし体が慣れたというなら徐々に行動できる範囲が広がるはずだ。まあ、ある一定の水準に達したから動けるようになったという可能性も捨てきれないが。
この場合だったら楽だな。何もしないでも時が過ぎれば勝手に行動範囲が増えるんだから。
2つ目はフンの栄養を吸収して育った可能性だ。
地面なんだから栄養を吸収して豊かな土壌になり、動ける範囲が広がった。
自分で言っていて何だがこれは無いな。フンだってすぐに栄養を吸収できるはずが無い。微生物とかに分解されながら栄養となるはず。次だ、次。
3つ目は感情の爆発によって新たな力が解放された可能性だ。
あの時俺はチュウタたちをオヤジに殺されたことでかなり怒り狂っていた。まあ今冷静になって考えてみればオヤジの行動は正しいと言える。ネズミは肉屋のオヤジにとっては商品を食べる害獣でしかないだろうし、病気の蔓延を防ぐという観点から考えてもそうだしな。オヤジにそこまでの知識があるかはわからないが。
感情の爆発によって新たな力に目覚めるって言うのは定番だ。いわゆる「クリ○ンのことかー!!」効果だ。この場合、今の俺はただの地面じゃない。スーパー地面なのだ。そのうちスーパー地面2とか3になるはずだ。
ただこの感情の爆発がきっかけだとすると今後の成長がかなり難しくなる。さすがにチュウタたちほどの思い入れをただのネズミには抱けないし、それに親父の行動にも納得してしまった今の俺ではオヤジが同じ行動を取ったとしても我を忘れるくらい怒ることなんかできないだろう。
最後は俺の願望も含まれているんだが、チュウタたちが俺の上で死んだことによる成長だ。
異世界物で良くある生き物を殺すと経験値がもらえてレベルアップするってやつだな。
俺自身が動けないから自ら倒すってことが出来ないのがある意味で絶望的だが、今回のオヤジのように地面に叩きつけて殺してくれれば俺にも経験値が入るってことになる。かなりの偶然が必要だが、不可能ではない。
俺の願望というのはその方が異世界っぽくてかっこいいってだけじゃない。もしそうならチュウタたちは無駄死にではなく俺の中で永遠に生き続けるのだ、経験値として。
俺に考え付くのはこのくらいだがもしかしたら全く違う可能性もある。とりあえず動ける範囲が広がることを信じて待つしかないだろうな。
次は地面の動かし方だ。俺はオヤジを引き留めたくて足を掴もうとした。もちろん掴むことは出来なかったが地面が少し盛り上がり転ばすことは出来たのだ。もし仮に大きく地面を動かすことが出来るようなら自分で生き物を倒すことも出来るかもしれない。
とっとと検証したいところだが、地面が勝手に動くなんてあまりにも不自然だ。さっきまでの位置の移動は地面には全く変化が無いことは確認済みだ。だからこそ地面を動かすことはあまり人目につきたくはない。ほとんど動けないのに俺の存在がばれて、例えばこの辺りの一帯の土を掘り起こされて捨てられたりしたら目も当てられない。もしかしたら掘られたら俺は死んでしまうかもしれないのだ。慎重に確かめる必要がある。
と言う事で俺は夜まで地面を動かすことは待った。待ち遠しくてほとんど言語の習得の勉強が手につかなかったほどだ。今日の収穫は100オル硬貨は銀色の小さな硬貨だったと言う事だけだ。多分1000オル硬貨は大きい銀色の硬貨なんだろうな。
そして夜。人々は眠りについたと思うが、はやる気持ちを押さえ俺は我慢した。油断は大敵だ。そしてネズミたちが連日の大運動会を開始した深夜近く行動を開始した。
とりあえず土を限界まで盛り上げてみるか。
出ろ!!
俺が気合を込めると地面が盛り上がっていく。
おおー!!
自分でやっておいてなんだが何の変哲もない地面がいきなり盛り上がるとびっくりするな。モグラでも出てきたのかと思った。
でもしょぼいな。力いっぱい動かそうとしたんだが盛り上がったのは10センチほどだ。広さも大体10センチくらいでなだらかな山を作っている。子供が作った土遊びの山みたいだ。
じゃあお次は凹ますかな。
凹め!!
先ほどの山が少しずつ凹んでいき平らになった後、そのまま沈み込んでやはり10センチくらいのなだらかな穴を作って止まった。
くっ、これ以上は無理だ。
結構力を入れてこれ以上動かないかなと頑張ったんだが無理だ。どうも動かせる範囲も決まっているっぽいな。上下10センチか。さすがにこれで生き物を倒すのは無理があるか?
その後も俺は地面の中で動かしてみたり(ちなみに地中も大体1メートルの範囲までは動かせた。もちろん10センチだけ。)一番端っこから、反対側の端を動かそうとしてみたり、動かす形を変えられないか検証してみたりしていた。
一通りやりつくした時にはもうすぐ日が昇りそうでネズミたちは既に消え去っていた。結局一晩中検証していたわけだが、俺はその結果に満足していた。
うむ、面白いことが出来るかもしれん。
仲間の屍を乗り越え、修羅の道を歩くことを決意した陸人。その血塗られた道の先に見えた頂の景色とは!?
次回:決戦、クロダイ釣り
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。