とりあえず捕まる
おいおいおい、誰かこの状況を説明しやがれ。
「ミルネーゼ様、やはり店内にはいないようです。どうされますか?」
店の中を捜索していたらしき兵士が戻ってきてミーゼへと報告する。何の冗談だ?あのミーゼを様づけだと。森の歩き方さえわかってなかったような奴だぞ。カヤノと一緒にウィードをポリポリ食べたり、俺の弁当を美味しそうに食べたり、屋台で買い食いしたり、くそっ、食べてばっかりじゃねえかこいつの思い出!!
兵士の態度は明らかに上位の者に対する態度だ。ミーゼの倍ほどの年齢であろう貫禄のある兵士がだ。そしてミーゼもそれを当然のように受けている。
「そうでしょうね。わざわざ危険を冒して自宅へ戻るようなことはしないでしょう。とりあえずハロルド様へ報告を。他の者は目撃情報がないか周囲への聞き込みに回ってください。」
「はっ!おい領主様へ伝令に行け。」
その貫禄のある兵士に指示されたまだ10代と思われる若い兵士が足早に店を出ていった。
おい、どういうことだミーゼ!説明しやがれ!!
ミーゼはカヤノを見ていない。そしてカヤノは兵士に床に組み伏せられながら信じられないものを見るような目でミーゼをじっと見つめていた。そしてカヤノの被っていたフードが兵士によって脱がされる。カヤノの頭に生えた蕾が衆目にさらされた。
「おい、こいつ忌み子だぜ。」
「ぐっ!!」
てめぇ!!
カヤノの背中を抑えていた兵士の膝にさらに体重が加わったようで、カヤノが苦しそうなうめき声をあげる。そんなカヤノの様子をミーゼは見もせずに先ほどの兵士と何かを話していた。
俺の中でどす黒い感情が渦巻いている。こいつらを全員地面に埋めるだけならそう大した手間じゃない。カヤノが何をしたってんだ!?いつも通り薬草を採ってきただけだし、今まで人に迷惑なんてかけたこともねえ。逆に人に侮蔑されつつもそのことを恨まずに一生懸命生きてきたんだ。それどころか人の役に立ちたいって人助けばっかりしてきたようなお人よしだぞ。お前たちにカヤノをこんな目に遭わせる権利があるってのか?そんなの俺は認めねえぞ!!
しかしそんな俺の爆発しそうな思いを止めているのもまたカヤノだった。カヤノはミーゼを悲しそうに見つめたまま、しかしそれでもどこかまだミーゼを信じていることが俺にはわかってしまうのだ。
もしここで俺が暴れてしまえばミーゼを信じているカヤノの思いを踏みにじってしまうことになる。ミーゼ以外を埋めて話し合わせるって方法も考えないではないが、店の中にいるのが全員なのか、そして床の上にいる奴をうまく埋めることが出来るのかがわからない。よしんばそれが出来たとしてもミーゼが素直に話さない可能性もあるし、さっきの伝令が応援を連れてくる可能性もある。くそっ、何が最善手だ?
「ミルネーゼ様。忌み子はどうされますか?」
「少ないですが共謀した可能性もあります。城の地下牢で取り調べをしてください。」
「わかりました。おいっ、こいつを連れていけ。」
兵士に引っ立てられ腕を縛られたカヤノがそのまま外へと連れ出され、領主の城へと向かって連行されていく。その様子を街の人々が見ながらひそひそと眉をひそめて話していた。くそっ、まるっきり悪人の扱いじゃねえか。しかもフードも外されたままだからカヤノがダブルだってこともわかっちまってる。ろくでもねえ噂になりそうだ。
カヤノは店から連れ出される最後の時までミーゼを見続けていたが、ミーゼは一切視線を合わそうとはしなかった。まるでカヤノには興味がないかのように。
あれは本当にミーゼだったのか?カヤノと一緒に遊んだり、大晦日を過ごしたあいつなのか?顔のそっくりな別人じゃねえかとも思う。しかしあいつは最初に「ごめんね」と言っていた。なら同一人物ってことか?なんなんだこれは?
俺が混乱しているようにカヤノも同じく思考がぐちゃぐちゃになっているんだろう。兵士に引っ張られながら歩くカヤノは顔を地面へと向けたままぶつぶつと独り言を言っている。
「なんで・・・ミーゼさんは・・・・フラウニさんが・・・」
とりあえず俺もカヤノも思考を整理する時間が必要だ。本当にカヤノが危なくなったら何をおいたとしても全力で逃げるくらいなら俺には出来る。だって地面と接していない建物なんてないだろうしな。それにこれから行くのは地下牢と言う話だ。俺の能力を十二分に発揮できる場所だ。いざとなれば脱獄すればいい。
今はこの理不尽な状況も受け入れてやる。覚えてやがれよ、ミーゼ。絶対にカヤノを連れて会いに行ってやるからな。
ガチャンという大きな音と共に金属の扉が閉まる。何と言うか所々に苔が生えていることを考えるとじめじめしていて居心地は悪そうだ。
カヤノが連れてこられた領主の城にある地下牢は、城門を通り抜け、城に入る手前の通路を右に曲がった奥にある階段を降りたところにあった。あんまり使われていないのか、他に人はいなかったし、苔なんかが所々に生えている以外は綺麗なもんだ。カヤノが入れられた部屋は6畳ほどの広さの牢屋であり、ぼろいがちゃんとベッドもあった。トイレがおまる方式なのはいただけねえがまあ路上生活に比べればましな感じだな。
「大人しくしてろよ。直に取り調べに来る。それと言っておくがその牢屋は魔法を使用できなくする特殊な結界が張ってある。お前は魔法を使えるらしいが無駄だからな。」
そう言い残して兵士はカツカツと石の階段を昇って行った。
うわっ、マジかよ。魔法を防ぐ結界なんてものがあるのか。いや確かに魔法を使える奴が普通にいるこの世界なら俺と同じように地面を掘ったり、牢屋を破壊して逃げるような奴もいるか。対策がされるのも当然だ。
しまったな。何かあったら牢屋の地面でも凹まして逃げればいいやと考えていたんだがちょっと油断し過ぎたか。いや、牢屋の外なら動かせるはずだからチャンスがない訳じゃない。何とかなるか。
俺が何気なく地面を凹まそうとすると、特に何の抵抗もなく凹んだ。
はぁ!?
いや、さっきの兵士、なんていうか自信満々に魔法は使えないから無駄だみたいなこと言ってたじゃねえか。なんだこれ?
間違えて結界のない部屋に入れられたのか、それとも結界が壊れていたのか、はたまた俺が地面だからその効果の範囲外なのかはわからねえが、まあ好都合だ。なんと言うか釈然としない思いは残るもののこれでカヤノが危険にさらされる可能性が低くなったことに変わりはねえ。ポジティブシンキングだな。
「リク先生。」
(なんだ?)
ずっと1人で考え込んでいたカヤノが俺へ声をかける。周囲には見張りの兵すらいないので人目を気にすることなく会話ができる。うかつなのか、この牢に絶対の自信があるのかわからねえが。後者だとしたらかなり滑稽だな。数秒で脱出できるぞこんな牢。
薄暗い地下牢の中でカヤノの表情は同じように暗い。それでもカヤノの翠の瞳にはまだまだ力があった。
「ミーゼさんはどうしたんでしょう?それにフラウニさんはなんでいなくなったんでしょう?そして僕はどうするべきなんでしょうか?」
(俺にも2人の事情はわからん。だが何かがあったことは確かだろうな。じゃなきゃ問答無用でカヤノを兵士が捕まえるなんてことはねえだろうし。そして最後の問いだが、俺は逆に聞きたい。カヤノはどうしたいんだ?)
今重要なのはカヤノが何をしたいかだ。逃げ出したいならすぐにでも逃げることが出来るし、ミーゼと会いたいというのなら探しに行くことも出来る。さすがにフラウニの居場所を探すのは難しそうだが捜索している兵士がいるのだからどこかで情報は整理するだろう。それを聞くことだって出来るはずだ。だがこれらは出来ることであってカヤノがしたいことじゃないのだ。
「僕のしたいこと・・・」
(ああ。)
カヤノが考えるような仕草をする。しかし俺にはわかる。あの顔は、カヤノの翠の瞳に宿る力強い光が何を求めているかが。だって俺はその光がともった瞬間を見ていたんだからな。
「僕は、ミーゼさんを、僕の初めての友達を信じたいです。だからここで待ちます。ミーゼさんなら絶対に来てくれるはずです。」
(そうか、わかった。)
俺はそれだけを返事した。俺も同じ思いだ。ミーゼにどんな事情があったとしても、カヤノと一緒に楽しそうに過ごしていた姿がまるきり嘘だったなんて俺には思えなかった。
何よりカヤノが信じているんだ。先生なら生徒の信じることを信じてやらねえとな。まあ危険だと思ったらカヤノの意思を曲げてでも逃げさせるし、理由がわかったとしても腰まで地面に埋めて謝らせるけどな。それまではその姿を楽しみに牢屋生活を我慢してやろう。
しばらくしてコツコツと石段を降りてくる音が近づいてきた。複数人だ。カヤノが緊張に顔をこわばらせる。俺もいつでも逃げられるように準備万端だ。さすがに罪を犯していないカヤノに拷問なんてことは無いとは思うが、この世界ことはよくわからんしな。これ以上の油断はできん。
降りてきたのは2人の兵士だ。先ほどまでの兵士とは違い、少し落ち着いた感じの中年の兵士と年若い兵士だ。カヤノの姿を見て年若い兵士の視線が鋭くなったが、特に中年の兵士の視線はかわらなかった。珍しい奴だな。今まで会った奴はカヤノの正体がばれると基本的に嫌な顔をしたもんだが。
「君、これに手を当ててくれ。」
「えっ、あっ、はい。」
カヤノが中年の兵士に言われるがまま若い兵士が持っていた道具っぽい何かに手を当てる。その瞬間、その道具に触れていたカヤノの手から光が発せられその道具を包み込んだ。何が起こってんだ?よくわからんがカヤノがつらそうな様子はない。ただどんどんカヤノの手から光が出ているのが気になるな。カヤノも不思議そうにその様子を眺めている。
「ああ、不安にならなくていい。これは君の魔法を使うときに使う力を魔石に吸収させる道具だ。本来は魔石の再利用に使う物なんだが、便利なんでね。こういった尋問にも使われるんだ。」
中年の兵士が親切に解説してくれる。何と言うかこいつは信用が置けそうだ。カヤノを見て嫌悪感を表に出さないってことだけじゃなく、相手の心をちゃんと読んでやがる。少なくとも暴力なんかで自白させるようなことは無さそうだ。そういう意味での信用だがな。
ふんふんと手から光を発しながら素直にうなずくカヤノにその兵士が苦笑する。
「この道具を使う理由は2つ。君に魔法を使えなくするため。そして魔法を使うときの力、つまり魔法力を枯渇させて自白させやすくするためだ。魔法力が枯渇すると意志の力が弱くなるから嘘をついていても正直に話してしまう。君が嘘をついていないなら心配しなくていい。ちょっと気持ち悪くなるかもしれないがそれだけだよ。」
おぉ~、そんな便利な方法があるなら楽勝だな。カヤノが悪事になんて関わっていないのは俺が誰より知っている。むしろ無実を証明できてラッキーって感じだ。そういうことなら善は急げだ。
俺はその道具がカヤノの魔法力を吸っていく様子をじっと見守り続けた。
ついに牢屋に入れられてしまったカヤノ。しかし牢番は次第に困惑していく。何故ならいつの間にかものが増えていっていたからだ。そしてカヤノの祖父を名乗る男がターバンを巻いた男を連れて面会に来た。
次回:スタンド
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




