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とりあえず10歳になる

 むくり、とカヤノがベッドから起きる。ぼーっとした表情のまま周りを見回しそして右腕(オレ)へと目を向けた。


「おはよう、リク先生。」


 俺はコンコンと腕の付け根をノックして返す。宿に泊まるようになって不便なのは地面じゃないからカヤノと会話しにくいんだよな。それでもある程度は意思疎通ができるから別にいいんだが。

 今は既に日が昇りきった昼に近い時間だ。カヤノにしてはかなり遅い時間の起床になる。まあ昨日は深夜までミーゼと一緒に起きていたんだ。このくらいは予想通りだな。俺にとっても都合が良かった。さすがにミーゼは一緒に泊まってはいない。いらない子扱いされていると本人は言っていたがさすがに外泊の許可は下りなかったようだ。本人は残念そうにしていたんだけどな。


 カヤノが立ち上がりもそもそと着替えを始める。と言うかカヤノは宿に泊まるようになってから寝るときは下着以外履いていないので着替えと言うよりは服を着るの方が正しいか。特に急ぎの用事があるわけじゃないのでカヤノもいつもとは違いゆっくりとしている。

 とは言え今日はカヤノにとって重要な日だ。年明けの今日をもってカヤノは歳をとり、ついに10歳になったのだ。人生の節目となる記念すべき日だ。教会に行かなくてはいけないのでカヤノは昨日着ていた一番上等な新しいローブを白いシャツと黒いズボンの上から羽織る。ちゃんと頭が隠れている。服の乱れは・・・よしオッケーだ。

 鏡は貴重品で、もちろん無いから俺が腕を伸ばしてそこから見ているんだが、他の奴はどうしてんだ?あっ、家族が見んのか。ちょっと考えればわかったな。


 着替えを終えると体が動き出したのか、いきなりカヤノのお腹がぐ~っと鳴った。何というか効果音として使えそうなほどの見事な腹の音だった。多分俺がしゃべれたら絶対に笑ってたと思う。カヤノも顔を赤くしてお腹を押さえている。いやいや、健康な証拠だよ。カヤノ君。

 まあ10時間近く何も食べていないんだ。そうなるだろうと思って既に小さな丸机の上には朝食が用意されている。まあ作ったのが朝の5時くらいだから冷め切っているがな。朝食って言うか昼食か?ブランチってやつだな。優雅なカヤノの朝はブランチから始まるってな。


 年明けの2,3日はほとんどの店はお休みだ。というかほぼすべての住人が仕事なんかせずにゆっくりと過ごすのがこの街の常識だ。こんな日から働いているのはおばちゃんのような宿屋や街を守る兵士、畑の世話をする農家くらいで、それも最低限で普段に比べればはるかにゆっくりと過ごすのが普通だ。

 カヤノもさすがにこの2日ばかりはゆっくりと過ごすことにしている。とは言え今年は教会に行かなくてはいけない。午前中は混むと言うミーゼからのアドバイスもあったので夕方ごろにゆっくりと行くつもりだ。それまでの予定は何もない。


 食事を食べ終えたカヤノは何もしていないのが落ち着かないのか部屋の中でそわそわしていたがおばちゃんに掃除の邪魔と言われて部屋を追い出された。まあいい機会なので外へ出て畑へと向かい草取りや水やりをする。夏に比べれば雑草の生えるペースが減るのでその辺りは楽なんだが、逆に今はすぐに終わってしまい時間が余ってしまった。相談の結果適当に街を見て歩くことにした。

 街は店が閉まっているせいか閑散としている。こんな時に訪問してくる旅人もほとんどいないこともそれに拍車をかけている。寒い時期だし皆家の中で家族で過ごしているんだろう。そう考えるとちょっと寂しいけどな。まっ、カヤノには俺がいるがな。


 何の目的も無く歩き、たまたまやっていた焼き串の店で軽く食事をしてからまた歩く。フラウニの店も通りかかったがやはり閉まっていた。本人も出かけているようだ。

 カヤノは元気ジュースを時々飲みながら時間を潰している。なんか本格的に遊びでも教えてやらんといかんな。リバーシくらいなら大丈夫か?地面に○×を書いて俺が直せば出来るだろ。

 そうこうしている間に良い時間になったので第一防壁の門へ向かう。第一防壁の前の道で兵士が通行人に声をかけている。3日に行われる第二防壁の完成式典に領主が出席するために、一時的にその門が使えなくなることのお知らせだ。まあ今日以外でカヤノがこの門を使う予定は無いので問題は無いのでスルーするが。やっぱ偉い人の移動って大変なんだな。


 普段は通るのに厳重なチェックとお金がかかる門を簡単なチェックだけで通り抜け、カヤノがすぐそばに立っている教会へと向かう。俺としては内街の探検をしてみたかったんだがこの3日は原則外街から内街へ移動は教会のみしか出来ず、兵士が許可証のない者が変な所へと行かないように見張っていると聞いて断念した。外街の10歳になる子供が皆来るし、連れの親なんかも来るんだからいちいち全員厳重なチェックなんて出来ないんだろう。その代わり変な所へは行かないように制限するって訳だな。


 カヤノの他に人はほとんどいない。ミーゼの情報通り午前中の方が混んでいるみたいだな。早い方が神の祝福が厚いとかそういう言い伝えでもあるのかもしれん。残り物には福があるって考え方はこのぶんだとなさそうだな。

 初めて見る内街は外街とは違い煉瓦造りのしっかりとした建物ばかりだ。本当に同じ街かと疑いたくなるような光景だが、外街の中でも煉瓦造りの家なんかが出来始めているのでそのうち同じような街並みになるのかもしれん。いつまでかかるかは知らんが。

 その中でも教会は段違いに立派だ。他の建物と同じ煉瓦造りではあるが、3階建てくらいの高さがあり、さらにその上に尖塔が突き出している。そこには頂上には金色に輝く鐘が見えていた。年替わりを告げた鐘の音はあれだな。

 やっぱり神様関係は金持ちだ。でもこれを見ると外街にある教会がぼろ屋に見えちまう。いや、俺は好きだぞ、外街の教会。文字をロハで教えてもらった義理もあるしな。


 開いている教会の扉をカヤノとくぐり、長椅子の並ぶ大部屋を進み、同じような年頃の少年少女が出てきた部屋へと向かう。出てきた子供たちは家族に迎えられて嬉しそうに頬をほころばしている。そういえばこれでやっと自分たちの子供ってことになるんだったな。改めて家族として迎えるって感じか。抱き合ったり何かを渡しているその家族をしり目にカヤノが『祝福の間』と書かれた部屋をノックする。


「どうぞ。」


 部屋の中からくぐもった男性の声が許可をだしたので、その言葉の通りに扉を開けカヤノが部屋へと入る。そこにいたのは真っ白な生地に青の細かい刺繍の入った高そうな服を着た神父と、同じような黄色の模様の入った服を着たシスターがいた。神父は白髪に白いひげをした50台近くと思われるおっちゃんだ。ちょいぽっちゃりのうすハゲ系の何というかザ・中間管理職って感じだな。シスターは若い。まだ20代前半じゃねえか?特筆すべきところはな・・・なんだと!?ま、まさかここであの光景を生で見るとは!?


 卓上の乳だ!!


 いや、何のことかわからんかもしれんが簡単に言うといわゆる乗せ乳ってやつだ。机の上に2つの大きなメロンがドン、ドンと置かれている。マジか。こんな光景を実際に見るなんて思ってなかったぜ。これは少年には刺激が強すぎんだろ。俺だって地面になって性欲が抑えられてなかったら思わずガン見する自信があるわ。あっ、嘘だ。今でもガン見してるわ。やっぱギャップっていいよな。貞淑なシスターの大胆な姿。ぐっとくるね!あっ、違うわ。今はカヤノの祝福の方が大事だ。危ねえ、乳の魅力にやられるところだったぜ。


 そして神父がカヤノを迎え入れるように両手を広げて立ち上がり、シスターはその状態のまま書類にペンを走らせている。神父の前、1メートルくらいでカヤノが立ち止り頭を下げた。


「よく来た、神の子よ。今この時を持って君は神の祝福を得て人の子となる。名前を言いなさい。」

「カヤノです。」


 神父がシスターへと目配せし、シスターのペンが走る。名前を書きとめているようだな。もしかしたら住民登録みたいな役目をもっているのかもしれん。身分証明ももらえるらしいし案外当たってるのかもな。


「ではカヤノよ。頭を真っ白にし、神にすべてをゆだねなさい。」

「はい。」


 カヤノが自分で目を閉じ、両手を胸の前で組んで膝をついた姿勢になったことに神父は微笑む。一応祝福を受けるときの礼儀作法についてはミーゼから習ったからな。知らない奴も多い中で、言われなくてもその姿勢をすれば信心深い奴だって心証も良くなるだろって狙いもある。まあこの後に起こることがわかっているからな。


「神よ!神の子であるカヤノに祝福を与え、人としての門出を祝いたまえー!!」


 なんというか、ノリノリのおっちゃん神父の声が『祝福の間』に響いた。

 そして静寂。


 気まずい、果てしなく気まずい。シスターも神父を見ながらあれっと小首をかしげている。神父の固まった表情にこめかみの辺りから流れ出した汗が新たに加わる。普通に祝福してくれれば良かったのに、なんでそんな気合を入れちゃうのか?そうか、カヤノが信心深いと思ったから張り切っちゃったのか。うわぁ、それは想定外だわ。


「祝福の光が・・・」

「なぜだ。私の祈りが届かないなんてことは今まで一度も・・・」

「あの、ごめんなさい。」


 困惑する2人を見て、カヤノが申し訳なさそうにフードを取る。どちらにせよ最終的には祝福した神の名前が記載されるらしいからカヤノがダブルだってことがばれちまうんだ。あんまり他人に知られたくはないが、身分証明は絶対に必要だ。そのためにはこの儀式を受けるしかない。本当に厄介だ。


「何と!忌み子であったか。ううむ、これは神が私に与えた試練と言えよう。前任の神父も忌み子へ祝福を授けたと言う。ならば私も授けよう。」


 言葉では祝福するようなことを言っているが、ピクピクと引きつる頬や、歪んだ口が嫌悪感を隠しきれていない。カヤノはそういうのに聡い。この街で1人で生きてきたんだ。人一倍嫌悪する視線にさらされてきたんだ。そりゃあ聡くもなるだろ。現にカヤノの表情は暗く、落ち込んでしまっている。くそっ、わかってはいるんだがやっぱり気分が悪ぃな!!


「よし、これで今日から君は人の子だ。人として悔いのない人生を送りたまえ。」


 シスターから神父が紙を受け取り、それをカヤノへと手渡す。その紙にはカヤノの名前、発行した都市であるバルダックの名前が書かれ、そして祝福神の欄の横は当然空欄だった。


「ありがとうございました。」


 カヤノは頭を下げフードを被り直すと足早に部屋を出て行く。その背後で神父がカヤノに触れた手をごしごしとタオルでぬぐっているのが見え、怒りが込み上げてくる。

 お前の方が脂ぎっててオヤジ臭がしそうじゃねえか!?うちのカヤノの方が万倍綺麗だわ!!

 俺の叫びは当然誰にも聞こえなかった。





(お疲れ、カヤノ。)

「はい。」


 宿には帰ってきたがカヤノは部屋に入らず、いつもいた路地裏でぼーっとしていた。少しだけ悲しそうな色の見えるその表情から、ろくでも無い事を思い出しているんだろうなと簡単に予想がついた。よし、もうちょっともったいぶる気だったが、いつやるの、今でしょ!!

 俺は腕の中に埋めたそれをずずいっと動かして右手の掌へと持ってくる。汚れもついてないし大丈夫だ。


(カヤノ、10歳おめでとう。これは俺からのプレゼントだ。)

「えっ!?」


 俺は右手を動かしてカヤノの前にそれを持ってきた。カヤノは目を見開き驚いた表情のまま固まっている。よしっ、サプライズ成功だ!!苦労したかいがあったぜ。

 今、俺の右手の上にあるのは特注のペンダントだ。10歳の誕生日は盛大に祝うって話だったがさすがにそんなことは無理なので記念になるプレゼントを用意することにしたんだ。

 これがまた大変だった。ペンダントを贈るのが一般的とはわかったんだがまず買う手段が無い。そしてどうせなら一点ものの特別な奴を贈りたいという思いもある。


 そこで俺が目を付けたのは外街に出来た鍛冶屋だった。まずそこにこっそりと見つからないように夜中に手紙を送り、正体を明かせないが特注でペンダントの作成をして欲しいと伝えた。当然こんな怪しい依頼を受けるわけが無いので、毎夜手紙に思いを綴ったり、作って欲しいペンダントの形を土で作って置いておいたり、お金の一部を前払いしたりしてやっと信用してもらえたのだ。「わかった。」とだけ書かれた短い手紙が店先に置いてあったときは震えたね。やれば出来るもんだ。おかげでカヤノに買ってもらった紙がだいぶ消費されちまったが。


 ただ製作に結構苦労したらしく出来上がったのは昨日のことだ。一応今日の早朝に取りに行くということで約束していたがひやひやものだった。指示通りちゃんと地面に埋められていたので発見は容易だった。いい出来だったし文句は無い。

 そのペンダントは黒光りするいぶし銀色で、表面はハート形の葉っぱに囲まれた少年が祈りをささげるように両手を胸の前に組んでいるデザインだ。まあ薬草とカヤノだな。そして裏面には力こぶの出た腕のデザインと「カヤノへ リクより」という言葉が刻まれている。まあ素人の俺がデザインしたにしては格好良く出来たと思う。良い腕してるぜ、鍛冶屋。


「リク、先・・・生・・・」

(おう、神が祝福しなかったとしても俺が祝福してやる。だから・・・泣くなよ。)


 カヤノの瞳からぼろぼろと涙が溢れ、地面を濡らしていく。俺のプレゼントしたペンダントをしっかりと握り、その手を見てカヤノは泣きながら笑っていた。おい、鼻水まで出てんじゃねえか。早く拭け。可愛い顔が台無しだろ。

 やばい、かなり照れくさい。ただカヤノにとってこの10歳になる記念日がいい思い出になればいいなと思って送ったんだが、こんな素直な反応をされるとこっちの方が照れちまうわ!!


 泣き止んだカヤノの目は真っ赤に充血しており、その顔は鼻水でぐちゃぐちゃだった。そんなカヤノに何度もお礼を言われながら俺たちはその記念日を過ごしていく。カヤノの胸元にはいぶし銀のペンダントが控えめに自己主張していた。

それは最後の切り札。起死回生の一手でありながら下手をすると逆に自らを傷つける刃ともなるうる諸刃の剣。


次回:プレゼントは難しい


お楽しみに。

あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。

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海の日記念の新作です。次のリンクから読もうのページに行くことが出来ます。

「退職記念のメガヨットは異世界の海を今日もたゆたう」
https://ncode.syosetu.com/n4258ew/

少しでも気になった方は読んでみてください。主人公が真面目です。

おまけの短編投稿しました。

「僕の母さんは地面なんだけど誰も信じてくれない」
https://ncode.syosetu.com/n9793ey/

気が向いたら見てみてください。嘘次回作がリクエストにより実現した作品です。
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