とりあえず大晦日を過ごす
宿のある生活は思ったより快適だった。朝食はおばちゃんの宿で取るようになったので俺は昼食だけを作れば良くなったし、帰って来たら清潔なシーツに取り換えられて部屋も掃除されている。おばちゃんいい仕事してるぜ。
ちなみに朝食を食べるのははっきり言ってそれだけを作るのが割高になるからだ。1人分だし、昼と同じメニューなら安くなるが目標30品目を掲げている俺としてはそんなことは出来ない。そうなるとどうしても1人分の材料を買わざるをえないので高いのだ。冷蔵庫でもあればまた違うのかもしれんが、買った食材は保存のきくもの以外は基本翌日には使う方がいい。そういったもろもろのことを考えるとおばちゃんの宿の朝食を食べるのがコストも効率もいいんだよな。
ちなみに畑で採れた野菜をおばちゃんに渡すと朝食をただにしてくれたりするのでお得だ。しかも育てた野菜が料理になって出てくると言う特典付き。これにはカヤノも感動しておばちゃんに何度も礼を言っていた。「そんなことをしても料金は安くしてやらないからね!」と言いながらちょっとだけ量を増やしたおばちゃんのツンデレ具合を俺は見逃していない。
カヤノが宿を借りてしばらくしてから案の定、ミーゼが宿へ突然遊びに来た。予想が当たりほっとした俺とカヤノだったが、ミーゼ、お前は人の迷惑をちょっと考えろ。約束も無く人の家をしかも初めてなのに訪ねてくるなんてちょっと常識からずれて・・・あぁそういえばあいつ常識からずれてやがったわ。カヤノもカヤノだが、ミーゼもミーゼでちょっと人付き合いの経験が足りてない気がする。いや、大商店の娘ともなれば相手の都合に合わせるってこともあんまりなかったのか?逆に多そうな気もするんだがそこらへんは謎だ。
まあカヤノは結局楽しそうにしていたからいいんだけどな。それからちょくちょくミーゼは遊びに来ている。とは言ってもカヤノも調薬の仕事があるから食べ歩きの時間を削ってや朝なんかの短い時間だけだがな。
年齢は少し離れているがカヤノとミーゼはもう親友と言ってもいい感じだ。さすがにダブルと言うことはまだ隠しているがカヤノが1人で住んでいることもミーゼは知っている。2人でいると何をしている訳じゃなくても楽しそうだし気が合うんだろう。良いことだ。
「お待たせ、カヤノちゃん。」
「いえ、大丈夫です。」
ミーゼが宿のカヤノの部屋へとやってくる。ノックは無しだ。まあもうこの辺はどうでもいいや。カヤノもあんまり気にしてねえみたいだし。
ミーゼの格好はいつもの薬草採取の時につけているような皮鎧やショートソードを外した普通の街着だ。とは言っても今は夜であるし、季節は巡って既に冬なので防寒の為にファーのついたコートを着込んでいる。一目で物がいいとわかるようなコートだが、まあ今日なら目立たないだろ。対するカヤノも最近新調したばかりの厚手のローブを着こんでいる。もちろんフードつきだ。
「じゃあ行こっか。」
「はい。」
ミーゼがカヤノの手を引いて歩き出す。今日は日本風に言うなら大晦日。一年が終わる最後の日だ。
この世界の大晦日も日本と変わらず特別な日だ。いつもは日が暮れたら外に出ることさえまれな住人達が篝火の焚かれた街へと晴れ着を着て繰り出し、年が明けるまでどんちゃん騒ぎをするのだ。まあ去年のカヤノは早々に寝たので、その様子を見てそういえば大晦日だったなって気づいたぐらいだったんだがな。しかし今年は違う。なんとミーゼと一緒に大晦日の街へと繰り出すことになっているのだ。
宿を出ると、普段は真っ暗な通りが炎によって照らされており、そこを人々が街の中心へと向かって歩いている。肉屋のオヤジの店はさすがに閉まっているが、その隣の兄ちゃんの料理屋には灯りがついており、中から笑い声が溢れている。というか店に入りきれなくて外で飲んでいる奴さえいる始末だ。
通りを歩いていると同じように飲食店系は開いているがどこも人でいっぱいだ。人々が笑い、時に殴り合いの喧嘩をしながらそれでも楽しそうにめいめいの大晦日を楽しんでいる。
「とりあえず最初は屋台よね。」
「そうですね。」
ミーゼの提案にカヤノがうなずく。もちろん屋台も営業しているはずだ。去年は営業していたしな。今年だけ違うってことはねえだろ。人ごみの中を手をつないだ2人が歩いていく。そしていつもの屋台の広場へと着いた。
「「うっわー。」」
2人の声が重なる。いや、わからんでもない。俺も同じ気持ちだ。
広場は人で溢れていた。屋台に並んでいるってレベルじゃない。人々がごった返し、並んでいるのかさえわからない状況だったのだ。さすがにここに突っ込むのは無謀じゃねえか?
どうするのかと2人の様子を見ていたが、2人は顔を見合わせるとうなずきあい、そして視線を人ごみの中へと向けた。
「「行こう。」」
マジかよ。
「ははははっ。つっかれた~。」
「さすがにきつかったです。」
いや、そりゃあそうだろうよ。そこまで大きくないカヤノとミーゼだ。あんな大人でさえぐちゃぐちゃにされそうな人ごみに突っ込めばこうなるのは当たり前だ。2人は広場から離れたちょっとした路地にある家の壁に背中を預けて呼吸を整えている。その顔は疲れているがそれでも楽しそうだ。そして2人はしっかりと屋台で食べ物を買っていた。俺もはぐれそうになる2人の為に地味に人を退かしたりして協力したんだがあの人ごみは精神的に来るものがあるな。満員電車を思いだす。
「よし、食料は手に入れたし行こっか?」
「はい。」
再び2人が歩き出す。人々が向かっている街の中心街とは反対方向、街の外へと向かう方向だ。そちらに向かうにしたがって篝火の数も人も減っていくので少しずつ静かになっていく。それでも普段と比べれば騒がしいがな。
おばちゃんの宿も通り過ぎ、最近完成した新しい防壁の門近くまで来る。ここまで来るともう普段と一緒だ。門は閉じているし、それを守る兵士のための魔道具の灯りがついているだけだ。
「誰だ!?」
兵士の厳しい声が飛ぶが、カヤノとミーゼが普通に姿を見せるとその表情を緩めた。さすがに警戒しているな。
兵士がこんなにピリピリしているのにはちょっと理由がある。最近魔物の出没が増えてきているのだ。そう大して強い魔物が出たと言うわけでは無く、ゴブリンなどの弱い魔物が増えていると言うだけなんだが。実際カヤノが薬草採取している森でもゴブリンに遭遇することが多くなった。ミーゼが主体となって、カヤノがフォローすれば倒せるくらいなのであまり問題は無いがちょっと気になっている。まあミーゼにしてみたらゴブリン分の魔石が手に入ってちょっとした小遣い稼ぎ感覚みたいだが。カヤノの畑を襲う魔物も多くて俺もちょっと面倒くさい。まあ倒した魔物は肥料兼元気ジュースの材料として有効利用しているんだけどな。
「お疲れ様です。ちょっと防壁に登らせてもらいますね。」
「ああ、足元が暗いから注意してくれ。」
門の脇に作られた階段を2人は上がっていく。まあ防壁と言ってもそこまで高くは無い。高さとしては3メートルほどだ。その代わり横幅は広く作られていて4メートルもある。耐久力に重点を置いた感じだな。
つい先日完成したばかりのこの防壁、うーん防壁って言うと内側と区別がつかんから古い方を第一防壁、新しい方を第二防壁とでもするか、第二防壁はちょっといびつな形をしている。ちなみに第一防壁は大体真円の形をしているらしい。第二防壁も同じようにする予定だったようだがそこで問題が生じた。何を隠そう俺の作った畑のせいだ。俺としては別に畑を潰してもらっても良かったんだが精霊の畑を潰すなんてとんでもないと言うことでほとんど円だが俺の畑を作った部分だけその縁から突き出すように四角形の角が出ている。そのせいで工期も少し伸びてしまい完成が年内ぎりぎりになったそうだ。
なんか、すまん。
防壁の上はWのような形の塀が街の外側を覆っている。非常時にはここで投石や弓矢、魔法なんかで攻撃することになるから外側からの攻撃を防いでこっちの攻撃をするための形だろうな。逆に内側は低い段差があるだけなのでちょっと落ちそうで怖い。まあ俺が落ちても全く怪我するイメージはないんだがな。
防壁の上にはカップルが何組かいた。寒空の下、肩を寄せ合って震えながらも幸せそうだ。爆発しろ!
防壁の上が解放されているなんて知っている奴は少ないと思ったんだがやっぱりそう言うのに目ざとい奴はいるんだな。とはいえ数は少ないので少し離れれば落ち着いてゆっくりできそうだ。
カヤノとミーゼが防壁の上の通路を歩いていく。通りがけにカップルがキスしたりしているのを見て2人とも顔を赤くしている。若いな。
カップルたちの姿が見えなくなり2人がこの辺りにしようかと話し合っていた時、前方に珍しい人を見つけた。その人は1人、街の方をぼーっと見ながらその蔦の手で杯を傾けていた。その手元にはもう一つの杯に同じように液体が注がれ、ただ置かれていた。
「フラウニさん?」
「あらっ、こんばんは~。珍しいところで会ったわね~。お友達?」
「あ、はい。僕の友達のミーゼです。」
「こんばんは。ミルネーゼって言います。カヤノちゃんには良くしてもらってます。」
フラウニに対してミーゼが頭を下げる。ミーゼの言葉にカヤノは「そんなことはない。僕の方が・・・」とか言って手をぶんぶんと振っている。そんなカヤノの様子にフラウニが笑う。
というかフラウニの顔がめっちゃ赤い。吐く白い息にさえアルコールが混ざってそうだ。かなり飲んでいるようだな。いつもよりぼんやりとした印象が強くなっている。1人で飲んでんのか?しかし杯は2つあるしな。一緒に来たやつがちょっと席を外しているってとこか。
「フラウニさんもお友達と一緒なんですか?」
置かれている杯に気づいたらしいカヤノがフラウニに聞く。その質問に珍しくフラウニの目に寂しそうな色が一瞬浮かんだ。しかしそれはすぐに消え、元のぼんやりとしたものに戻ってしまう。気のせいじゃないと思うが。
「うーん、友達っていうか、お姉ちゃんかな。今はもう一緒に飲めないけど気分だけでもね。」
「あっ、ごめんなさい。」
カヤノが申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。フラウニはそんなカヤノに対して手を振って「気にしないで。」と言った。
そういえばフラウニは牢屋を爆破して里を追放されたんだったな。こう考えると重罪犯のような気がするが、実際は実験で失敗しただけだ。それでも里にいた家族とは会えなくなってしまったことには変わりはない。大晦日を家族と過ごした思い出もあるんだろう。ちょっと感傷に浸っていたのかもしれない。
「本当に大丈夫よ~。それにお姉ちゃんとはもう少ししたら会えるかもしれないの。この近くにいるって知り合いに聞いたから。」
「えっ、そうなんですか?会えるといいですね。」
謝り続けていたカヤノの顔がぱあっと晴れる。そういえば里を追放されたフラウニは戻れないだろうが姉は里から出ることも出来るんだし会えないってことも無いのか。まあ魔物が溢れるこの世界で旅するのは大変だろうから、なかなか会える訳じゃねえと思うが家族と一緒に過ごせるって言うのはいいよな。カヤノにもいつかさせてやるからな。
「じゃあね~。前に伝えたけど年明け2日はお店も閉めるからね~。」
「はい、良いお年を。」
「失礼します。」
手を振りあってフラウニと別れる。さらにしばらく進み人気が無くなったところで2人が腰を下ろす。第二防壁の上から見る外街は家々の立ち並ぶ隙間から光が溢れ、通りには人影が肩を組んだりして楽しそうに歩いている姿が見えた。日本の車のヘッドライトやネオンなどで彩られた夜景も綺麗だったが、ここから見る風景は活力にあふれ、人間味がある生きた夜景だった。綺麗だな。
2人は買ってきた食事を食べ、温めた元気ジュースをちびちびと飲みながら色々な話をしていく。それは街で見た雑貨のことであったり、どの屋台のおじさんがおまけしてくれるかなんて言う取り留めのない物だ。特に意味があるわけじゃない。ただこの時間を2人で過ごすことに意味があるんだ。
そして・・・ゴーン、ゴーンと教会の鐘が鳴った。2人がお互いの顔を見つめる。
「「新年、明けましておめでとう。」」
新たな年の始まりと共にそう言い合い、そして2人は満面の笑みで笑いあったのだった。
大晦日、人々が鳴り響く鐘の音にあわせてランバダを躍り狂うという恐怖の日。ランバダを踊れないカヤノは恐怖に震えながら宿に籠っていた。
次回:タンゴじゃダメですか?
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




