とりあえず薬草採取を教える
ミーゼと薬草採取を教えると言う約束をして、3日後、俺とカヤノがいつも通り畑の世話をして森へと向かうと森の入り口の所に立っている人がいた。その人は俺たちを見つけると嬉しそうに手を振りながらこちらへ向かって走ってくる。もちろんミーゼだ。
「カヤノちゃ~ん。」
おい、そんな大声を出して手をぶんぶんと振りながら走ると転ぶ・・・。
ベチャッ。そんな音が聞こえそうなほど見事に顔面からミーゼが地面へとダイブする。あいつの手は飾りなのか?なんで顔面から地面に突撃するんだ。
「だ、大丈夫ですか!!」
カヤノが慌てて走り寄っていく。しばらく鼻を押さえたまま地面を転がっていたミーゼだったがしばらくして何事も無かったかのように立ち上がった。鼻は赤いし、ちょっと血が出ている。
「おはよう、カヤノちゃん。」
いやいやいや。なんか普通に転んだことをスルーしようとしているけど無理だからな。現に鼻血が垂れてきて口に入りそうになってるじゃねえか。目にも若干涙が溜まってるし、ほら、無理すんなよ。
「えっとおはようございます。ミーゼさん。とりあえず治療しますね。癒しの女神フランドール、その腕にてこの者を抱き癒したまえ、ヒール。」
カヤノの左手から放たれた光が優しくミーゼの鼻を包んでいく。挨拶からいきなり治療されたミーゼは目をぱちくりとしながらその治癒魔法を受けていたが、痛みが引いていくにしたがってその顔が驚きへと変わっていく。
「カヤノちゃん、治癒魔法まで使えるの!?治してくれてありがとう。だけど、いいな~。治癒魔法が使えれば就職なんて引く手あまただよ。しかも高待遇。私もあやかりたいよ。」
「もし良かったら治癒魔法、教えましょうか?」
おい、カヤノ。教えるってどうやるつもりだ?もしかしてあの心の中のあったかい何かにお願いするって言う良くわからんことを伝えるつもりか?魔法のことは俺も良く知っている訳じゃねえがたぶんカヤノのそれは一般的じゃねえと思うぞ。
たぶんカヤノも思わず言ってしまっただけだと思うが、教えてほしいって言われたらどうするべきなんだ?正解がわからんから対応のとり様がないぞ。
そんな俺の苦悩を打ち消すかのように、ミーゼが手をパタパタと振りながら笑う。
「いいです、いいです。私、治癒魔法の才能ないんですよ。楽して生きるがモットーの私がそんな高待遇を受けられる可能性を試していないとでも思ったんですか?」
何ていうか、志がものすごく低いことを自慢されてしまった。というかモットーが楽して生きるってその年で夢が無さすぎるだろ。確かに俺も宝くじが当たって一生楽に暮らせねえかな~とか思ったこともあるがあくまでそれは一時の話であってモットーじゃねえしな。その年ならもっとこう、看護師とかプロテニスプレイヤーとか青春って感じの夢を見ろよ。いや、テニスがこの世界にあるかは知らんがな。
カヤノもどう反応していいのかわからずにあいまいに笑っている。なんていうか悪い奴じゃないんだが独特な奴だよな。B型か?こいつ。
「そんなことよりもさっそく薬草を採取に行きましょう。薬草採取で楽してがっぽり儲けるんです。えいえいおー!ほらっ、カヤノちゃんも一緒に。」
「えっ?えいえいおー?」
勢いよく手を振り上げるミーゼに促されて戸惑いながらもカヤノも手を振り上げる。
いや、そんなことじゃねえかと思ってたがよ。そんな楽なもんじゃねえぞ。薬草採取って。
ポリポリ、ポリポリ、ポリポリ。
くそっ、増殖しやがった。この世界じゃウィードを食べながら歩くのがトレンドなのか?カヤノとミーゼは薬草を探しながら2人で見つけたウィードをポリポリとかじっている。カヤノについてはさすがに俺も慣れたが、それに普通に同調したミーゼもおかしいだろ!なんだ?チュロスか?チュロス感覚なのか、このウィードって奴は!?
「いや~、なかなかありませんね。」
「そうですね。一応大きな木の近くとかには比較的良く生えてますから注意してみてください。」
歩きながら辺りを見回して進んでいく。多分カヤノはもう大体の場所がわかっているんだろうがそれは教えようがないしな。
薬草は何処に生えるかわからない不思議な草ではあるが、全く条件がわからないって訳じゃない。この半年以上カヤノと採取し続けた経験上、さっきカヤノが言ったように周りの木に比べて大きな木の付近には比較的生えていることが多い。後は逆にうっそうと茂った草むらの中心とかな。何というか他の場所と違うところに生えていることが多い印象だ。もちろん必ずあるわけじゃないんだけどな。
というか地下の畑の繁殖力を考えると普通に森いっぱいに広がっていても不思議じゃないと思うんだがそんなことは無い。もしかしたら葉っぱを緑にするのに栄養を結構使ってしまって繁殖力が抑えられるのか?もしくは地下の薬草には薬としての効果が無くって、その分の栄養が異常な繁殖力に繋がってるとかか?
地球の常識じゃ考えられねえが何が起こるかわからねえんだよな、この世界。なんてったって魔法があるんだからな。まあたとえ薬草としての効能が無かったとしても地下の薬草は育て続けるけどな。カヤノが元気ジュース好きだし。
それからしばらく薬草を探し続けながら歩き、そして採取を続ける。その間にもこの森の特徴や注意点なんかをカヤノが解説してそれをミーゼがしっかりと聞いていた。しっかりと先生してんじゃねえか。
薬草の貯まるペースはいつもよりもちろん遅い。俺が邪魔な草や枝を払ったりできないので進むのが遅いし、カヤノだけじゃなくミーゼも薬草を採取しているからだ。普段の6割ってところだな。ミーゼも最初は遠慮したんだが、カヤノが珍しく強引にそれぞれ採取することに決めていた。もちろんその前にどうぞどうぞ、といういつものやり取りがあったのは言うまでもない。
そろそろ昼だ。午後からはちょっとペースを上げねえとフラウニの店に行く時間が遅れてちまうな。まあ多少なら大丈夫だと思うが。
「じゃあそろそろお昼にしましょうか?」
「やった。ちょうどお腹が減ったところだったんだよね。」
いや、お前。今ウィードかじってるだろ。お昼は別腹ってか?いやウィードが別腹なのか?もう10本近く食べてるよな。どこに入るんだ?ミーゼの細い体を見つめるがお腹もポッコリしていない。謎だ。
いつもの小川近くの休憩所へ行きカヤノが石の机の上に弁当箱と水筒を取り出す。今日のカヤノの昼ごはんは特製パニーニだ。まあとは言っても自分で生地がこねれるわけじゃないので買ってきたフランスパンにトマト、ブロッコリー、チーズ、ハムを挟んでフライパンにバターを軽く引いてこんがり両面を焼いただけなんだけどな。
チーズとハムとバターが意外に高かったんだが買えないわけじゃないし、なによりカヤノにはうまいもんを食ってもらいたいからな。俺が味見を出来ないからちょっと不安も残るが、チーズはとろーり溶けていたし、ハムの塩気がアクセントになって多分うまいと思う。まあ焼き立てじゃないから数段味は落ちるんだろうがそれは仕方がない。
じゃあ食べるかとカヤノがなった段階で熱い視線を感じた。他に誰が居るわけも無いのでもちろんこの視線の主はミーゼだ。そういえばこいつは何を食べるつもりなんだ?一応小さなリュックは背負っていたからなんか用意はしているんだろうが。
そう思ってミーゼの手元を見てみると、何と言うかごつごつした黒茶色の木の固まりのような物を持っている。もしかしてと思うが・・・それは・・・。
「あの、食べますか?」
あっ、ミーゼの視線に負けたのかカヤノがパニーニの2分の1を差し出す。一応ミーゼが来るかもと約束した翌日からは1人分よりも少し多い量を作ってはいたが半分はやり過ぎだぞ。カヤノに食べさせるのが主目的だからな。まぁ、でもそこがカヤノの可愛いところなんだよな。
差し出されたパニーニを涎を垂らさんばかりの顔で見つめていたミーゼだったが、ぶんぶんと首を振ってそれを断った。
「大丈夫です。私には冒険者の定番、干し肉がありますから。これさえあれば・・・」
ミーゼが干し肉にかぶりつく。あぁ、やっぱり干し肉だったのか。
ん~ん~と謎の声を上げながらミーゼが干し肉を噛みちぎろうとしているが全く噛みちぎれるような様子が無い。そりゃそうだ。干し肉って言ってみりゃあ、ものすごく硬いビーフジャーキーの塊みたいなもんだ。冒険者の話を聞いた限りじゃあ保存用に作ってあるから塩がきついらしいし、普通はナイフで少しずつ削って使うもののはずだ。そのままかぶりつくもんじゃない。
しばらく干し肉と戯れていたミーゼだったが、はぁはぁと荒い息を吐きながら干し肉を吐き出す。干し肉はミーゼの唾液でてらてらと黒光りし、そこから糸を引いているミーゼの涎がちょっといけない物を想像させる。
「はぁはぁ。固くて太い。顎がはずれちゃうよぅ。」
ごちそうさまです。
まあ、それは置いておいて全く干し肉は削られていない。これを食べるとしたら確かにミーゼの顎がやられるだろうな。
「あの、これ食べてください。」
「ありがとう、カヤノちゃん。」
泣きそうな顔をしながらミーゼがカヤノのパニーニを受け取る。そして一口含むと目を見開き、そしてはぐはぐと勢いよく食べ始めた。いや~、良い反応だ。そんだけ夢中になって食ってくれれば作った俺としても嬉しい。カヤノもその姿を見て安心したのか自分のパニーニを食べだす。こちらもすぐに嬉しそうな表情になったが、ゆっくりと味わって食べてくれている。自分が食べられないからかもしれないが、他人が食べてくれるのがものすごく嬉しいんだよな。特にカヤノは本当にうまそうに食べてくれるし。
「ゴフッ、ミ、ムジュー!!」
「ふぁ、ふぁってくだふぁい。」
焦り過ぎて喉を詰まらせたミーゼにカヤノが慌てて水筒を差し出す。なんていうか落ち着いて感動に浸る事も出来んのかこいつらの食事は?
水筒を受け取ったミーゼがもどかしそうにふたを開け、一気にそれを飲もうとする。あっ、それはまずい!!
「ぶー!!」
「ふふぁ!!」
口に含んだ元気ジュースを盛大に噴き出すミーゼ。その噴き出した液体を顔に受けながら椅子から転げ落ちるカヤノ。阿鼻叫喚とはこのことか?
てめえら、食事ぐらい落ち着いてとりやがれ!!
カヤノの策略にはまり謎の液体を飲まされ昏倒するミーゼ。ずるずると気を失ったミーゼを引きずりながら目的の場所までカヤノはたどり着く。その顔に笑みを浮かべながら。
次回:サプライズパーティー
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




