とりあえずペットと会う
おはようございます。ただいまの時刻はおそらく午前4時くらい。まだ日は昇っていないので街灯のないこの場所は真っ暗だ。
ちなみになんでこんな時間に起きているのかと言うと全く眠くならなかったからだ。ついでに言うと腹も減ってない。この俺の地面ボディは睡眠と食事を必要としないようだ。
まあ動けないから腹が減ったらどうしようかとちょっと不安だったんだが、その心配は無いようだ。まあ地面なんだから当たり前と言えば当たり前なんだろうが何と言うか本当に人間じゃねぇんだなと実感してしまった。
とりあえず昨日1日観察を続けてみて、挨拶と数字は大体わかった。まあ一番聞く機会が多いからな。一応数字は十進法でお金の単位はオルと言うようだ。ちなみに1オルは小さい銅色の丸い硬貨で黒い丸パンが8枚で買えるようなので、大体10円から20円くらいかなと想像している。ちなみに10オルになると大きい銅色の硬貨になる。パン屋の釣りで確認したからこれは確かだ。おそらく100オル硬貨や1000オル硬貨なんてものもあるんだろうが今のところ俺が確認できたのは1オル硬貨と10オル硬貨だけだ。この辺ではあんまり必要ないのかもしれんな。
オヤジの肉屋なら100オル硬貨くらい使われるんじゃないかと予想しているんだがちょうど真正面だから客の背中で支払い姿が見えなかったんだよな。とりあえず観察は続けよう。
で、だ。今俺は重大な問題に直面している。俺の視界が半分になってしまっているのだ。
それが起こったのは昨日の夕方ごろだ。寮?宿?どちらかはわからないが肉屋の隣の建物からあのお姉さん方がどこかに出勤していくのを感謝しながら見送った直後だった。空から降ってきたその物体が俺に降り注いだのだ。それにより俺の視界は半分に塞がれ、観察が困難になってしまった。
その物体の名は・・・
フンだよ、フン!!馬車を引いていた馬のな!!
まあ予想していた通りこの世界に自動車なんてものは無く主要な交通手段は徒歩か馬車のようだ。実際、昼間には何台もの馬車が俺の上を通っていき、その荷台部分にはたくさんの荷物が乗っていた。まぁ旅商人ってやつか?それを護衛する鎧や剣を装備した男や女をかっこいいなぁと思ったり、ついでに観察したりしながら言葉の勉強を続けていたんだ。
そして運命のあの時。ちょうど俺の上を馬車を引く馬が通りかかっていたんだ。馬車の前を歩いていた人たちが道をあけるのを待つ本のわずかな間、突然馬の尻尾が持ち上がった。
何だ?と俺が思った瞬間、馬のケツからフンが落ちてきたって訳だ。地面に生まれたからにはしょうがないと言われればそうなんだが、触覚と嗅覚が無いことにこれほど感謝したことは生まれてこのかた無かったな。とはいってもまだ地面生2日目だけど。
出物腫物ところかまわずって言うし馬だからな。まぁ道でフンすることもあるだろうよ。だがよりにもよって俺の上にするってどういうことだ。
ウンがついてますね、って話じゃねえよ。どう考えてもついてねぇよ。いやついてるけどな。
まあそれは仕方がない。いまさら言ってどうにかなる問題でもないしな。今問題なのはこのフンをどうやってどかすかってこととこのフンに群がり始めたネズミたちだ。
人がいる間は出てこなかったくせに夜になって人通りが絶えるとそこらじゅうをネズミが走り回り、そして俺の上のフンを食べたりし始めたのだ。
ネズミなんて実際に目にしたのは初めてだったんだがあんなにいるんだな。中世ヨーロッパでネズミを媒介にしてペストが流行したって言うのも納得だ。
ちなみにネズミが馬のフンを食べたことには特に驚いていない。昔、小学校で飼っていたウサギが自分のフンを食べているのを目撃しているからな。アレを見る前は無邪気にウサギとキスしたりしていたのでかなりのショックを受けた。
まあそんな、俺のトラウマはどうでもいいとして俺はネズミに妙な親近感を覚え始めていた。あいつらが食べた分だけ視界が開けていくと言う事もあるのだが、この世界に来て初めて俺のそばにいてくれる存在。あいつらは俺に気づいてないかもしれないがそっとそばに居てくれる、そんな存在に愛着を持たずにいられようか、いやない。
ほら、ほらチュウタ。あんまりがっつくとのどに詰まるぞ。
チュウジロウ。お前はちょっと太りすぎだ。他の兄弟の邪魔をせずにそこらを走り回って運動しろ。
チュウザブロウ、そんなに遠慮してるとチュウジロウに全部食べられちゃうぞ。フンはまだまだあるんだ。もっと食え。
そんな感じでネズミのチュウタ一家を眺めていると段々と日が昇ってきたようで辺りが明るくなってきた。チュウタ一家はそんなことは気にせずにフンをがっついている。
俺の視界も9割がた確保された。もうこいつらともお別れか、元気でな。チュウタ、チュウジロウ、チュウザブロウ。
この世界で初めての出会い、触れ合い、そして別れに俺が寂寥感を感じていると俺の視線の先に人がいることに気づいた。まあ変わり映えの無いメタボっ腹の肉屋のオヤジだ。
また朝の良くわからん運動をするつもりなんだろう。はあ、本格的にお別れだな。まだチュウタたちは気づいていないようだが、さすがにオヤジが運動を始めれば逃げるだろうし。
チュウタたちとの別れを惜しみつつオヤジを何気なく見ていたのだが、オヤジはチュウタたちを見つけるとしばらくその様子を見つめ、そしてそろそろと奥へと引っ込んでしまった。
どうしたんだ?んっ、そうか!オヤジも食事に夢中なチュウタたちの愛らしさに気づいて邪魔しないように運動をやめたんだな。そうだろう、そうだろう。オヤジの意味わからん運動よりもチュウタたちの食事の方が何倍も価値があるしな。
俺がしたり顔でうなずいていると(とは言っても動けないから雰囲気だが)再びオヤジが姿を現し、そろりそろりと音をたてないように近づいてきた。
あー、お客さん。それ以上アイドルに近づかないでください。おさわり禁止ですよ。
警備員風に注意するが、まあ聞こえるはずもなく、オヤジはチュウタたちのすぐそばまで近づいていた。こういうのは遠くから眺めるのがマナーってなもんだろ。近くから眺めるのは地面である俺だけの特権だ。
俺がそんなのん気なことを考えていた時、オヤジが動いた。背中に隠していた手から何かがチュウタたちに降り注ぐ。網だ!チュウタたちは網に絡まり苦しそうにチュウチュウと叫んでいる。
オヤジ、てめえ何しやがる!
俺の怒りは届かず、オヤジは苦しむチュウタたちを網から逃げないように持ち上げ、そしてその腕を振り上げると一気に俺に向かって振り下ろした。チュウタたちが俺に、つまり地面へと叩きつけられる。チュウタの口から赤い血が飛ぶのがスローモーションのように鮮明に映った。
チュウタ!チュウジロウ!チュウザブロウ!!やめろ、やめてくれ!!
俺の願いなど届くはずなく、オヤジは何度も何度も俺に向かってチュウタたちを執拗に叩きつける。チュウタたちはぐったりとし、もはや死んでいるのは明らかだ。そしてオヤジはチュウタたちが死んだことに満足したのか網ごとチュウタたちを持って店へと戻ろうとしている。
お前、お前、お前、お前。お前の血は何色だー!!
俺の中で何かがはじけたように温かさが広がる。何としてでもチュウタたちの仇を討たなくては、その思いだけが俺の中を支配した時、俺は既に1メートルほど離れていたオヤジの真下にいた。そしてオヤジの足を掴もうと必死に手を伸ばす。
俺は意識してそれをやろうとしたわけじゃない。ただオヤジを引き留めたかっただけだ。その俺の意思を反映したように少しだけ地面が盛り上がり、オヤジがそれに足を引っ掛けて転んだ。
首をひねりながら立ち上がるオヤジを俺は見送った。いや、今起こったことに思考の整理が追いつかなかったんだ。
俺は何をしたんだ?
瞬間移動と言う特殊スキルに目覚めてしまった陸人。その効果を確かめるために彼は危険なミッションを自分に課していく。
次回:目標地点、〇子更衣室
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。