とりあえず昼食が変わる
青々と茂った草を踏みしめながらカヤノと森を進んでいく。まあ、毎度おなじみ薬草採取だ。冬の方が他の草が枯れているため薬草が見つけやすかったのだが、動き回るには初夏の今の方が過ごしやすそうだ。あっちを取ればこっちが取れずだな。
とは言え俺もある程度自由に動けるようになり、そして・・・
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
いやぁ、良いね~、この音。音に合わせて背の高い草や邪魔な枝なんかがなぎ倒されていく。後に続くカヤノも楽そうだ。だってぽりぽりウィードをかじって、のんきに歩いているくらいだしな。
カヤノの右手、つまり俺の義手なんだが今は杖を持っているように見えるはずだ。拳の中から一本の茶色い棒が地面へと伸びて突き刺さっている。実はこの杖は俺の小指だ。何を言っているのかわからないかもしれないがその言葉のままで小指を巨大化させて杖に見えるようにしているのだ。そして草や枝を折っているのは俺の親指から薬指の4本の指だ。傍目から見たら杖から4本の触手が飛び出して邪魔な物を排除していっているように見えるだろう。想像してみると気持ち悪いな。
異様な光景なんだろうが、この森の奥地で人に会ったことは今まで一度もないので問題ないだろう。もし運悪く見つかったとしても土魔法ってことで押し通せば何とかなると思っている。魔法に比べれば土が動くなんて普通だ、普通。
この形態変化はある意味修行の副産物だ。万能斧とかの形に手を変化できないかと言う訓練を続けていたんだが、そういえば巨大な手に変化できれば万事解決するんじゃね?と思いつきで試してみたら出来てしまったのだ。
いや、修行が全く無駄って訳じゃねえよ。形はほぼ理想通りの物が出来るようになったし、梯子なんて最初は1段さえ出来なかったのに今では普通に建物の2階の屋根まで上れるくらいまで変化できるようになってんだ。いつか役に立つはず。立つといいな~。
梯子はいいとして、問題は万能斧とかなんだよな。ある程度硬くできると言っても所詮は土なんだ。どうしても金属で作られたそれと比べると切れ味が落ちちまうんだよな。すぐに直せるって言う利点もあるんだが使いどころが難しい。買えるなら普通の金属の斧を買った方がはるかに効率はいいと思う。まあこの形態変化は非常事態用だと思っておこう。ほら、やっぱり無駄じゃない。大丈夫だ。
で、この巨大な手を普通に義手として使うとカヤノに負担がかかりすぎるので小指を杖の形の支えにして、そこを支点に残りを動かしているのだ。支点の小指も俺が跳ねるようにして動いている。だからほとんどのカヤノに負担はかかっていない。俺も大きいとはいえ、ただ手を動かしているだけなので集中しなくていいから楽だ。
見た目を気にしなければ非常に効率的だと言わざるをえないな。まあ人目があるところでは全く使えないところが難点だが。
「じゃあそろそろ休憩しましょう。」
おう、と言う返事の変わりにカヤノの腕の付け根をコンコンと2回ノックし、その場の薬草採取を終えたカヤノが立ち上がるのに合わせて俺も動きだし、先ほどまでと進路を変える。もはやこの森は俺たちの縄張りと言ってもいい。自分がどこにいて休憩場所がどこかなんて簡単にわかるようになったしな。一見同じように見える森なんだが、毎日通っていると特徴のある木とかがわかってくるし、適当に歩いていても大体森のどの辺りにいるかがわかるようになる。慣れとは恐ろしいもんだ。
俺の予想通りの進路をカヤノが進み、いつもの小川近くの休憩所へと到着した。少しではあるがこの場所も手が入っている。カヤノが寝転べるような平らな部分のある大きな石を日なたと日陰にそれぞれ配置したし、食事が食べやすいように土と岩で作ったテーブルと椅子まであるのだ。ただの岩がごろごろしていた当初と比べれば雲泥の差だ。まだまだ改良の余地はあるがひとまずこんなもんだろ。
カヤノが一度背伸びをすると、背負っていたナップザックから弁当と水筒を取り出す。
わかるか。弁当と水筒なんだぞ。今までみたいな生の薬草やウィードをむしゃむしゃ食べたり、小川の水をそのまま飲むような昼食じゃないんだ。ちゃんとした人間らしいご飯をカヤノが食べているんだぞ。
まあ当然のごとくこの弁当と水筒の中身を用意したのは俺だ。カヤノは料理したことが無いんだよな。そんなカヤノにいきなり料理させるほど俺は無謀じゃない。俺が料理を教えるって言う案も無いわけじゃないんだが、人目を気にしないといけないことや話せないのに教えることの効率の悪さを考えると二の足を踏んじまうんだよな。
まあそれは置いておいて、お弁当を作ろうと思ったきっかけは調薬キットの中にポーションを煮る時に使うコンロがあったからだ。最初は全然気にしてなかったが、ある日、火があるんだから料理出来んじゃん、と気づいたのだ。あの時は自分の馬鹿さ加減に思わず呆れたね。それからカヤノにお願いして即行で調理道具や食材、調味料なんかを買いに走り、今では地下空間の1つに俺のキッチンが出来上がっている。いや、正確に言えばキッチン兼調薬部屋だけどな。
最近はカヤノも俺が何かを買おうとするのに慣れてきたのか、別にいいですと少し遠慮はされたが結局は買いに回ってくれた。この体のダメなところは買い物が出来ないからサプライズとかしにくいってことなんだよな。結構好きなんだが。
問題の俺の料理の腕だがまあ普通だ。1人暮らしをしていたって言うのもあるし、消防士の夕食は基本的に自炊だ。弁当や店屋物を取る者もいるがだいたいはみんなで食費を出して食材を買ってきて料理している。その方が連帯感が生まれるしな。
作るのは俺みたいな下っ端がローテーションで受け持っており、作る奴の調理センスが問われる。たまにあまりに下手な奴は外されたりする。俺は、まあうまいと言われる方だな。やたら献立とか味にうるさい上司がいたから鍛えられたってのもあるし、まあうまい食事は士気が上がるっていうのの他に単純に俺自身がうまい食事を食べたかったってのもあるんだが。
今日のお弁当はオーソドックスにサンドイッチだ。軽くトーストしたドーム型の黒パンを水平に半分に切り、その間にレタス、塩で味付けして焼いた鶏肉、トマトを挟んだどちらかと言えばハンバーガーに近い見た目のサンドイッチ2つになっている。野菜が少ない気もするが道中ウィード食べてるし大丈夫だろ。
料理の買い出しをしていて気づいたんだが、この世界は調味料が圧倒的に少ない。塩はそれなりの値段だったが、胡椒や砂糖なんて馬鹿みたいな値段がついていたのだ。そりゃあカヤノが甘いものを食べたことが無いって言うのも納得だわと実感してしまうくらいだ。ちなみに日本人おなじみの味噌や醤油は影も形も無かった。このせいでかなり料理のレパートリーが絞られてしまったんだがな。
まあそれでもカヤノはお弁当に満足しているようで、今も一つ目のサンドイッチにかぶりついて幸せそうな顔をしている。ちょっとトマトが落ちそうになっているのでハラハラするが落ちても・・・食べるだろうな。カヤノなら。
ちなみに水筒は2リットルくらい入るようなでかいスキットルだ。スキットルって言うのは良く映画とかで外国人の俳優が胸ポケットから取り出して中の酒をぐいっとあおるアレだな。あれは手のひらサイズだったがカヤノが持っているのは両手で持つようなサイズなのでスキットルと言っていいかはわからんが。
水筒の中身はもちろんカ〇ピスソ・・・じゃなかった。リク先生特製元気ジュースだ。ちなみに命名したのはカヤノな。言わなくてもわかると思うが。
元気ジュースは特に悪影響は無さそうなのでカヤノの要望に従って量産することにした。甘いジュースをあんまり飲むのは体に良くねえかなと思ったりもしたんだが、半日以上森で動き回っているし、甘みに飢えていたカヤノが甘いと言っているだけでそこまでじゃねえんじゃないかなってことでとりあえず様子見することにした。最悪魔法でどうにかなるだろ。
ちなみにこの水筒を見つけた時にこれにポーション入れればいいんじゃねとも思ったんだが、フラウニいわく、金属製の容器だと普通に比べてポーションの効果の劣化が早いらしく長期保存に向いていないんだそうだ。まあ容器ひとつとっても理由があるってことだな。
カヤノはサンドイッチを食べつつ、水筒から元気ジュースを飲んでいる。こうして美味しそうに食べている姿を見ると作ってよかったなとしみじみと思うんだよな。少しずつカヤノの生活も良くなって、肌艶も子供らしくプニッとした張りのある物になって、さらにカヤノの可愛らしさに磨きがかかってきている。日本なら芸能界入りしても目立つくらいだ。
うむ、カヤノの身辺警護にもう少し比重を置くか。
そんな馬鹿なことを考えているときだった。森の中から「キャー!!」という悲鳴が聞こえてきたのは。
その命題は幾多の人々を惑わし、時に争いを生んだ。正解があるのかさえ不確かなそれに人々は苦悩し続ける。そして、それはリクにも襲いかかるのだった。
次回:献立どうしよう?
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




