とりあえず道具を手に入れる
いや~、安定した張りのある生活っていいよな。
防壁の工事が始まってすでに半年。カヤノの調薬の腕も上がり、ポーションに関してはフラウニからお墨付きをもらえる程度になった。バイト代も上がり、今やカヤノは日に800オルを稼ぐスーパー9歳児になっている。日本円に換算すると大体8千円から1万6千円くらいの金額だ。ちなみにこの新しい防壁工事に従事する成人男性の給料が同じ一日800オルらしいからその凄さもわかろうってなもんだ。
これだけ稼げればおばちゃんの宿に普通に泊まることが出来るし、俺もそう勧めたんだがカヤノは断固としてこれを拒否した。「僕の稼ぎの半分はリク先生の物ですし、お金も貯めておきたいです。」と言われてはどうしようもなかった。カヤノに半分は俺の物って言われたが地面の俺が買い物なんかできるわけねえし、結局はカヤノの為になる物を買うことになるんだがそれは言わぬが花だな。
で、宿は拒否されちまったが服は前に買った物以外に2着上等な服を買った。カヤノは渋ったが半分は俺のお金なんだろと言ってちょっと強引に進めたんだ。カヤノもちょっとずつ成長して服がきつくなっていたしな。服を買ったのはもちろんあの服屋じゃなくて、新しく出来た店だ。防壁はまだまだ完成しそうにもないがこうして店が増えるのは助かる。選択肢が広がるからな。というかあんな店は二度と行かねえよ!!
まあおニューと言っても古着だし、選んだのも前と同じような白いシャツと黒のズボンだ。と言うより柄物なんかのおしゃれアイテムが無いんだよな。フリル付きとかは普通にあるんだがあんまりデザインは発展していないようだ。
カヤノが稼いだお金を貯めている地面貯金には今結構な金額が入っている。大体65,000オルってところだ。カヤノは買い食いぐらいしかしないし、俺が主導でちょくちょくカヤノに必要だと思われるものを買ってもらっているぐらいなので結構溜まっている。この年齢でこれだけ貯金している奴は日本でもまれだろう。すごいぞカヤノ!
そういえばカヤノと言えば1つ年を取って9歳になった。ひょんなことから誕生日の話になっていつなのか聞いてみたんだが、新しい年が始まると同時に歳を取るようだ。なんか昔の日本みたいだな。ちなみに誕生日を祝うようなことはあまり庶民ではしないようだ。新年のお祝いをするくらいで、誕生日として祝うのは10歳の時ぐらいなのだそうだ。
この情報は俺にとって結構重要だった。来年はカヤノが10歳になる年だ。俺も祝ってやらんとな。誕生日とか記念日は忘れると禍根が残るのは前世で経験して重々承知している。
新しい防壁は古い防壁を囲むように円形に作られているんだが、今は半分程度まで工事が進んでいる。おばちゃんの宿のある正門付近はもう工事は終わっており、門こそ入っていないものの出入り口には兵士が立って目を光らせるようになった。安全にはなったんだがその分、カヤノの昔のような浮浪児の格好ではうろつけなくなり、今は一番前に買った服を普段着として使用するようになっていた。カヤノとしては不満みたいだが俺としては満足だな。服は生活水準を現すバロメーターだ。ちゃんとした格好をすればそれなりに対応してもらえるからな。
「リク先生、楽しそうですね。」
おっ、意識して動いていたわけじゃないんだがカヤノに気づかれたか。だんだんとカヤノも俺の感情がわかるようになってきたのか最近はこうやって指摘されることも多い。まあその通りなのでコンコンと腕を叩いて応じておく。
いや~、楽しくもなろうってなもんだよ。ついに念願のカヤノ専用の調薬の道具がそろうんだからな。
この半年、カヤノの様子を見てきたがカヤノは調薬に向いている。ひたむきに同じ作業を続けられるしその作業を嫌がっているどころか楽しそうにしている。今は建設の特需もあるがそうでなくてもこの魔物がいる世界ではポーションなどの薬は必需品だ。つまり調薬さえ出来ればはっきり言って食うに困らない生活が出来るのだ。カヤノの将来の選択肢としては悪くない。それどころか明るい未来が待っているとさえ言える。
もちろん新品の道具を買うわけじゃない。そんな店は外街には無いし、あったとしても今のカヤノでも買えないくらい高いらしい。じゃあどうするかと言うと・・・
「こんにちはー。」
「いらっしゃ~い。カヤノさん。準備できてるわよ~。」
フラウニが一抱えほどある木の箱を指し示す。その中に入っているのは見覚えのある調薬の道具たちだ。カヤノがそれを見て目を輝かせる。
「ありがとうございます、フラウニさん。」
「いいのよ~。私も新しい道具を買って処分に困っていたところだしね~。」
そう。今のやり取りでもわかるようにいらなくなったフラウニの調薬道具を格安で譲ってもらったのだ。なんとお値段30,000オル。ちなみにこのお金は俺からカヤノへのプレゼント兼俺も使いたいからってことで、カヤノ曰く俺の取り分から払っている。だからカヤノの貯金が減るわけじゃない。これでも格安ってことからわかるように新規に調薬を始めるのは壁が高いんだよな。
フラウニみたいにほいほい調薬の技術を教えるのもどうも一般的じゃないっぽい。まあ他の調薬師を知っている訳じゃないのでお手伝いのカーラがボソッと言っていたのを聞いただけで確定じゃないが。
とりあえずそろえてもらった道具は店の隅に置いておいて奥の調薬室へと行くとそこには前よりも立派な道具たち、それどころか使いやすそうな新しい机まで入っていた。うわ~、やっぱもうかってんな。
フラウニの作るポーションなんかはやっぱり効き目が良いらしく、それを認めた領主が領軍の支給品として一部採用したらしい。そのおかげもあってフラウニの店はかなり景気がいい。どのぐらい良いかって言うとカーラの代わりに自分を雇ってほしいって言う奴が売り込みに来るくらいだ。カーラの働きに満足しているフラウニに一蹴されていたがな。
そんなうっはうはのフラウニなんだが、あんまり本人はお金に執着しているようには見えない。嬉しそうではあるんだが、どちらかと言うとお金が貯まって嬉しいと言うよりは今回のように道具を新調したり、珍しい素材を手に入れられるのが嬉しいようだ。
冒険者から珍しい素材なんかが持ち込まれると手や足がウニョウニョと動き、喜びを隠しきれていないのだ。一応買い取り交渉の為に顔は平生を装っているがアレは絶対にばれてる。
「この値段でどうだ?」
「うう~、高いですね~。もう一声~。」
なんていうどっちの立場が上なんだってやりとりをした後、結局はちょっとお高めの値段で買い取りをしている。手に入れた後、本人は小躍りしたりして楽しそうなのでまあそれもいいかなと思っている。
カヤノにその趣味がうつらなければな!!
フラウニが新しい道具を使って薬を作っていく横で、カヤノも同じように新しい薬研を使って乾燥した薬草をいつも通りすり潰していく。売れる量が増えたためカヤノの作業量も当然多くなっているが効率も上がっているためそこまで作業時間が増えた訳ではない。ゴロゴロと擦っていく姿は堂にいったものだ。
最近ではポーションづくりのほとんどの作業はカヤノがやってるんだよな。フラウニのポーションって言うかカヤノのポーションと言っても過言ではないかもしれん。フラウニがするのは最終段階の煮ながら回復魔法をかける部分だけだ。なんかアシスタントにほとんど書かせて最後にちょっとだけ手を加える漫画家に・・・おっと危険な気がするからこの思考はやめておこう。
まあフラウニも遊んでいる訳じゃない。良くわからない薬を楽しそうに作っている。いや表情だけ見れば遊んでいるようにも見えるな。そうじゃない、そうじゃない。あれは新薬を開発するための研究をしているんだと思おう。半年とちょっとの付き合いだがフラウニがカヤノを一方的に利用するような奴には見えないからな。
普通のポーションづくりが終わったら、毒消し、酔い止め、疲労回復、麻痺消しのそれぞれのポーションづくりの下準備だ。カヤノが今フラウニに習っているのがこの4つだ。作り方の基礎は普通のポーションと変わらないので、手順や材料、温める温度、そしてそれぞれへの愛情の注ぎ方をフラウニが熱心に教えてくれている。そしてカヤノも真面目にそれを習っている最中だ。もう俺は何も言わねえよ。
そして今日の報酬の800エルを受け取ると両手で箱を抱えておばちゃんの宿へと帰る。いつもとは違うずしりとした重みに大丈夫かとカヤノを見るが、その顔は夕日に赤く照らされながら太陽のように晴れやかに笑っていた。
「ふん、ふふーん。」
カヤノの嬉しそうな鼻歌を聞きながら俺は箱を落とさないようにしっかりと箱を掴んだ。俺たちの影はユラユラと楽しそうに揺れながらバルダックの外街の道にゆっくりと伸びていくのだった。
ついに幻の道具、チョウ・ヤク・キザイを手に入れたカヤノ。しかし手に入れたことを知った悪の組織ビョウ・キニ・スルがそれを放置するはずが無かった。こうしてカヤノは泥沼の闘争へと否応なしに巻き込まれていく。
次回:インフル、流行するってよ!
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




