とりあえずバイトをはじめる
前話の後書きを追加しました。
そう言えば無かったな~と気になったかたは是非。
よろしくお願いいたします。
m(_ _)m
薬草採取から帰ってくるといつも通りフラウニの所へと行く。フラウニの店は完全に崩壊してしまっていたので場所が変わっていた。なんと大通りの一角に店を出したのだ。まあ店を出したと言うか、領主が建てた店に要請されて入ったって言う方が正確だ。簡単に言えばフラウニ自体が建てたわけじゃなく仮店舗の店長みたいな感じで雇われただけだ。
防壁の工事が始まると怪我人が増えるし、さらに慣れない人がその作業を行っているのでより多くの怪我人が出る。そんな時にポーションなどを自分で作って売ることのできるフラウニの薬屋は必要と考えられたわけだ。大方、救護所で働いていた時に見ていた兵士から報告が行ったんだろう。
「こんにちは。」
「あっ、カヤノさん。いらっしゃ~い。」
いつも通りの緩い挨拶で迎えてくれるフラウニに薬草の入った袋を渡す。俺がある程度自由に動けるようになったので薬草採取の効率が上がり、今では午後二時くらいには帰ってこられるようになった。まあ見つからないときは見つからないが。
「うん、いつも通りありがと~。じゃあこれお代ね~。」
「ありがとうございます。」
カヤノがフラウニから200オル、つまり小銀貨2枚を受け取る。工事が始まってから薬草の需要が増えたため50オル売値が上がったのだ。ポーションを領主が定期的に買ってくれるようになったためフラウニもうはうはだそうだ。笑顔で「ぼろもうけですね~。」と言われた衝撃は忘れられない。
「じゃあカヤノさん、始めますか~?」
「はい、お願いします。」
カヤノがフラウニの後について店の奥へと入って行く。新しく店番として雇ったと言う自称四十うん歳のやせ気味のおばちゃん、カーラにぺこっと頭を下げると、カーラも「がんばって。」と手を振って応援してくれる。ちょっと目つきがきついんだが対応は穏やかだしいい人なんだよな。カヤノも最初は警戒していたが今では挨拶を交わす程度には慣れてきている。
店の奥へと行くと小さな引き出しのついた棚が壁一面に並び、机の上に薬づくりの為の道具が所狭しと並べられている。どうも匂いも独特の様で、俺にはわからないがカヤノが最初にこの部屋に入った時は、珍しく顔をしかめていた。普段から薬草採取とかで草の匂いなんかに慣れているはずのカヤノがそんな顔をするんだ。まあ推して知るべしだな。
「じゃあ最初はいつも通りお願いね~。」
「はい。」
カヤノは机の上から薬研を下ろすと、慣れた様子で乾燥させた普通の薬草を壁際の棚から取り出しそしてそれを薬研の受け皿の方へと入れるとそのローラーのようなものですりつぶし始めた。一定の間隔でゴリゴリ、ゴリゴリという薬草を引きつぶしていく音が部屋の中へと響く。
「可愛く、可愛く、細かくな~れ。」
カヤノの可愛らしい呟きがそのゴリゴリと潰す音と合わさって何と言うか遊んでいるようにも見えるがこれはれっきとしたポーションづくりのバイトだ。
文字はもう完璧に覚え、足し算、引き算もほぼ覚えたカヤノには今は掛け算と割り算を教えているのだがそれは夕方以降と決めている。昼間は人目があり、さらに明るいから目立つしな。しかし薬草採取の効率が上がったことで早く帰ってくることが出来るようになったためぽっかりと空いた時間が出来てしまったのだ。そしてその時間を利用してフラウニのところでバイトをしているという訳だ。
バイトを始めたきっかけはフラウニが忙しいって嘆いていたこととカヤノ自身が調薬を学んでみたいと珍しく自分から言い出したからだ。理由は言わなかったがおそらく植物などに詳しかったというカヤノのお母さんの影響もあるんじゃないかと思っている。別に俺としては拒否する理由もないので二つ返事で了承した。一応バイト代も出ることだしな。
フラウニはカヤノの手伝いたいという要望に「助かります~。」とあっさり受け入れた。おいおい、全く経験のない素人だぞ。少しは考えたりしなくていいのかとこちらが心配になったぐらいだ。
そんなフラウニだがやはり本職は本職であり、知識は豊富だし手順も素人の俺から見ても無駄がなく滑らかだった。いつものあのやんわりとした空気は調薬している最中は無く、まじめな顔つきで薬を作り続けるその姿に思わず綺麗だとときめいてしまったほどだ。やはり何かを真剣に頑張っている女性は美しいな。
まあそんな調薬に関してはまじめなフラウニなんだが、もちろん素人のカヤノに最初から難しいことをさせるはずもなく、まずは今やっているような薬研を使って材料を細かくしたり、秤を使って調合する量を分けたりする単純作業をしているわけだ。それはいい。当たり前のことだしな。ただ教え方がちょっとおかしいと思うのは俺だけか?
例えば・・・そうだな。薬研の使い方を初めて教わった時のことだ。
もちろんカヤノは薬研自体を初めて見るし、俺も映画とかで見た程度の知識しかないわけだがまあ薬研自体の形状から使い方はある程度理解できる。両手を使って作業しなければいけないからカヤノと合わせることが課題ではあるが俺とカヤノのコンビだ、すぐになれるだろうそう思っていた。
フラウニに軽く薬研の説明を聞き、そして実際にフラウニが見本を見せてくれることになった。薬研を床へと下ろし、自身も床へどっかりと腰を下ろすと乾燥させた薬草を数枚薬研へと入れる。
「いいですか~。多く入れ過ぎちゃあダメですよ~。そしてですね、さっきみたいにこれで細かくしていきます。掛け声は可愛く、可愛く、細かくな~れ。です。愛情をもってやるのが大切ですからね~。」
そのセリフを聞いた瞬間、えっ・・・と動きを止めてしまったのは仕方がないと思う。しかもフラウニは冗談を言っている様子もなく真剣だった。そして実際に「可愛く、可愛く、細かくな~れ。」と言いながら乾燥した薬草を細かくしていたのだ。
そんなフラウニの様子をカヤノは真剣に見ていた。そしてやってみることになり、カヤノはフラウニに言われた通り「可愛く、可愛く、細かくな~れ。」と歌うように呟きながら薬研で薬草を細かくしていった。
フラウニに何度か注意を受けながらもなんとなくコツが掴めてきたようになって初めてその掛け声の意味が理解できた。これは薬研を一定の速さで動かすための間隔を測る意味があるってことを。
それを理解できてからはフラウニに指摘を受けることも減ったしカヤノと合わせるのも楽になった。と言うよりカヤノは最初からこのリズムに合わせて薬研を動かすっていうのをわかっていたっぽいんだよな。俺が足を引っ張っちまったって訳だ。
それ以外もフラウニの教え方は独特でやたらと愛情を注ぐことを強調し、そしてよくわからない歌が多々出てくると言う常人である俺にはちょっと理解しがたいものがある物だったんだがカヤノはあっさりと理解し、受け入れていた。やはり日本で育った俺の感性が違うんだろうかと不安にもなったが、たまたまフラウニを呼びに来たカーラがその教え方を見て眉をひそめていたのでおそらくこの二人の方がおかしいんだろう。
ふぅ、危うく非常識な奴の仲間入りをするところだったぜ。
まあそんな感じでわかりにくいようでわかりやすいフラウニの指導を受けつつカヤノはバイトをしているのだ。給料は薬草を採取してきた時間がずれるので一定じゃないんだが大体平均して400オル、つまりカヤノが2日間、午前中いっぱいを使って薬草を一生懸命集めたのと同じくらいの金額が払われている。
その金額を聞いたときは耳を疑った。むしろここで働かせてもらった方がいいんじゃねと思ったくらいだ。
まあフラウニによるとこれはカヤノが薬草を毎日大量に採ってきてくれるからの特別価格らしいのでそんなことは無理なんだが。
そして当のフラウニと言えば調薬の肝部分である薬を混ぜ合わせたり、それを溶かして煮たりしてどんどんとポーションなどを作り上げていた。その手際はさすがと言うほかない。カヤノ自身も一通り教えてもらったので出来なくは無いのだがそれでもフラウニと比べると速さにして2倍以上、一度に作れる量も考えれば10倍近く違うだろう。なんだかんだ言ってフラウニはすごい奴だと思う。
このポーションづくりなんだが科学の実験みたいである意味で懐かしいんだがやはり異世界っぽい部分はあった。ポーションを煮る段階で治癒魔法をかけていたのだ。別に治癒魔法をかけなくても問題はないらしいんだが、愛情をこめて治癒魔法を使うとポーションの効果が上がるとフラウニは力説していた。効果の実感できない俺としてはそうか・・・と思うほかないんだがまあどちらにせよカヤノも治癒魔法を使えるわけだし問題ねえな。
薬研ですりつぶしなどの地味な作業が終わるとカヤノも道具を使わせてもらいながら実際に薬づくりをする。最初はおっかなびっくりだったカヤノも作り始めて2週間ほどした今では堂々としたものだ。一応フラウニからもポーションに関しては及第点をもらったしな。まあ「まだまだ愛情が足りませんね~。」とダメ出しを食らうがな。
そんな感じで夕方までバイトを続け、給料をもらって薬屋を出る。そして場所は少し変わってしまったが屋台街で食べ物を買いパクついてから宿へと戻り、勉強してご飯を食べて眠りにつくっていうのがカヤノの最近の1日だな。
さあ夜だ。大人の時間の始まりだぜ。
リクは慎重に動き出す。夜な夜な小さな小屋へと集まる黒ずくめの男たちを見つけていたからだ。そしてついにリクは現場への侵入に成功する。そこで行われていたのは怪しげなミサだった。
次回:カヤノちゃんファンクラブ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




