とりあえず救護所で働く
「あっ、そうだ。カヤノちゃん。」
救護所の中へと歩き出そうとしたカヤノを姉御が呼び止める。そしてちょいちょいっと小さくて招きした。カヤノがそれを見てトトトトっと近寄っていく。カヤノも人に慣れたもんだ。以前だったら絶対にビクッと体が警戒するみたいに動いていただろうしな。良きかな、良きかな。
姉御は膝を曲げると、近寄って行ったカヤノの耳元でささやく。
「もしあんまり注目されたくないなら詠唱はした方がいいわよ。せめてヒールとかだけでも言わないと目立っちゃうわ。」
「は、はい。」
「無詠唱で治癒魔法を使える人がいないわけじゃないけど、カヤノちゃんくらいの歳で出来る子なんて見たこと無いわ。気を付けてね。」
「ありがとうございます。」
カヤノが頭を下げてお礼を言う。そんなカヤノに手を振りながら「じゃあね。」と言って姉御と岩さんは去って行った。がれき除去などの依頼が冒険者ギルドで出ているだろうから受けに行くらしい。しばらくこの辺にいるんだ。また会えるだろう。
カヤノの為に色々とありがとうな。
あの2人と会えなかったらカヤノが人は助けることも無く俺の指示通りに待っているだけだっただろう。別にそれが悪いって訳じゃねえが、カヤノが率先して自分の力を使って自分の生き方を考えてくれたことがとても嬉しい。その結果がどうなるかは分かんねえが、どうなろうとも俺はカヤノを守るだけだ。自分の人生を切り開くのは最後は自分だしな。
カヤノがテントの兵士へと声をかける。治癒魔法が使えると聞くと兵士は嬉しそうにカヤノを別のテントへと案内した。どうも民間人の協力者はあまり多くないらしく、連携に慣れている教会関係者や兵士たちとは別の1つのテントで治療を行っているらしい。そこでは重傷患者の治療を主に行っているそうだ。いわゆる死にはしないが大怪我ってやつだな。重体じゃなくて助かったぜ。こういう場に慣れていないカヤノにとってはありがたい。
案内されたテントには大勢の患者が寝ており、そして先ほどのテントよりはよほど少ない人数が治療に回っていた。人手は明らかに足りない。そしてその治療に回っている人の中で俺たちは知り合いを見つけた。
フラウニだ。
フラウニはその蔦の手足をウニョウニョと動かしながら患者を見ている。そして患部に当てられていたフラウニの手が光ったかと思うと、その傷が逆再生のように癒されていき怪我をしていた男の顔が穏やかになる。それを確認するとフラウニはふぅ、と息を整え隣の患者へと移って行った。あの光は・・・
「フラウニさん。」
カヤノがフラウニへと駆け寄る。声をかけられたフラウニはこちらの方を見るとぽややーんとした微笑みをカヤノに向けた。
「あら~、カヤノさん。こんにちは。」
「こんにちは。無事でよかったです。」
一応カヤノにはフラウニは助けたって伝えておいたんだが、やはり自分の目で見るのと聞くのとでは違うからな。カヤノは嬉しそうにフラウニと話しているがちょっとこの場は適して無いな。
カヤノの腕をコンコンと叩き本来の目的を思い出させる。
「あっ、そうですよね。今は治療をしないと。」
「あっ、そういえばそうね~。」
いやいや、フラウニ。お前まで忘れているんじゃねえよ。
俺の突っ込みは当然聞こえるわけは無いんだが言わずにはいられなかった。2人は軽く挨拶を交わすとそれぞれ怪我人の元へと向かった。カヤノの目の前にいるのは右足を開放骨折している40代ほどの男だ。突き破った骨には血がついており、患部には布が申し訳程度に巻かれている。太ももの位置で棒を使ってきつく布で絞めているのは止血のためだろう。そのせいか足先の方は青黒く色が変わっていっている。
いや、駄目だろ。間接圧迫止血は一時的な止血方法としては確かに有効だ。ただこれはあくまで一時的な物であって継続していいものじゃない。間接圧迫止血をするなら開始時間を記入し、30分に1回程度は緩めて血液を流してやらねえと血液の流れなくなった部分が紫色に変色し壊死しちまうんだ。
しかしこの男の様子を見る限りそんな管理をしている様子はねえ。足しか怪我して無いように見えるが結構まずい状況だぞこいつ。放置すればそのまま死ぬレベルだ。
それに開放骨折ってことは細菌感染も心配だ。医者はいねえのかよ!
はやる俺の気持ちが通じたのかカヤノがさっそく男の足へと手を置いた。そして先ほどのテントで聞いた魔法を詠唱する。
「癒しの女神フランドール、その腕にてこの者を抱き癒したまえ、ヒール。」
ぶふぉ。やっぱりこの呪文、中二病だな。いや俺も経験があるし、嫌いって訳じゃないんだがさっきのいい年したシブい神官が真剣な表情でこの呪文を唱えているのを見たときはと不謹慎だが笑いがこみあげてきたんだ。
ねえねえ、いい年して中二病?ってつんつんしたくなる感じ、わからねえかな~。まあカヤノの年齢なら全く違和感がねえんだけどな。
カヤノの手から出た光が患部へと当たり、傷が癒えていく。開放骨折が治った段階でカヤノが次の怪我人へと向かおうとしたので慌てて止める。いやいや、このままじゃまずい。
不思議そうな顔をするカヤノにどう伝えようか考えた結果、義手を生やすことにした。今なら岩さんと姉御もいねえし、カヤノはローブをしっかりと着ているので右腕が無かったなんて気づかれてねえだろ。
止血していた布を締めていた棒をゆっくりと回し血液を流してやる。そして青黒くなったままの足を指差す。カヤノはすぐに理解し、その足に向かってもう一度詠唱しながらヒールをかけた。青黒かった足先が幾分か元の色を取り戻す。とりあえずこんなもんでいいだろ。
そしてカヤノと一緒に患者を次々と治療していく。カヤノは治癒魔法は使えるが怪我の症状なんかには詳しくない。そこを俺がカバーする感じだな。
俺だって医者って訳じゃないから正確な診断なんか出来るわけもねえが、それでも消防士として応急処置については一通り習ったし、知り合った医者や救急隊員なんかに話を聞いたり、自分で調べたりして一般人以上の知識は身につけている。本来なら殺菌、縫合や輸血が必要な怪我についても治癒魔法なんて言うチートな治療が出来るんだ。俺の半端な知識でも役に立つ。
2人で治療に専念していると、トントンとカヤノの肩が叩かれた。振り返ったさきにいたのはお椀を2つ片手で持っているフラウニだった。
「カヤノさん、そろそろお昼にしましょ~。」
「あっ、もうお昼でしたか。」
おお、もう昼か。カヤノがあまりに真剣に治療しているから俺も熱が入っちまって時間の経過に全然気づいていなかった。大体治療を始めてから2時間くらいか。まだまだ治療を待っている患者はいっぱいいるが休憩も大事だ。ありがたくフラウニの気遣いを受けよう。
カヤノはテントの外へ出て瓶からすくった水で血のついてしまった手をしっかり洗う。左手一本なので洗いにくそうだが、さすがに土の手で洗うなんてことは出来ねえしな。そして汚れが落ちたところでフラウニの所へと戻って行った。
「お待たせしました。」
「いえいえ~。」
律儀にカヤノが戻ってくるのを待っていてくれたフラウニが片方のお椀とスプーンをカヤノに差し出す。肉団子の入った野菜のスープの様だ。炊き出しはテントから少し離れたところで行われており、避難民が列を作っている。フラウニは気を利かせてカヤノの分まで持ってきてくれたようだ。ありがたい。
カヤノが美味しそうにスープを食べる。肉団子から出た油が表面に浮いている透き通ったスープはカヤノの表情も加わってとても美味しそうに見える。鶏がらスープか?あぁ、俺も食べることが出来たらな~。食欲は無いんだが、味は感じたいんだよな。あの核にぶっかければ・・・とも思うが危険だしやめておこう。そういうのはじっくりと確かめてみるべきだ。
カヤノの食べる姿を見ながら俺がそんなことを考えている中、フラウニはじっとカヤノの食べる姿を見つめていた。
「カヤノちゃんってすごいね~。」
「?・・もぐもぐ・・・何がですか?」
「休憩もせずにずっと治癒魔法を使ってたでしょ~。子供なのにすごいな~って。」
あれっ、そうなのか。フラウニもずっと治癒魔法を使い続けていたし、他のボランティアの人たちも休憩は取りつつも治癒魔法を使い続けていたから問題ないと思っていたんだが。
「フラウニさんこそ無詠唱でずっと治癒魔法を使えるなんてすごいです。」
カヤノ、ナイス切り替えし。あえて相手のすごいところを褒めることで話題をそらすという高等テクニックだ。いや、ただ単にカヤノ自身が謙遜してフラウニを褒めているだけだろうがこれはこれでオッケーだ。
「私はアルラウネだからね~、治癒魔法とは相性がいいんだよ。それに集落の中でも実力者だったんだ~。追放されちゃったけどね~。」
「・・・」
oh。なんで追放されたなんてことをあっさりと何事でもないかのように告白してるんだよ。カヤノがなんて返事していいのか困ってるだろ。しかしフラウニの表情には全く悲壮感はない。もしかして追放って言っても外に出て常識を学んできやがれって感じなのか?そうならこの気軽さも頷ける。
「ちなみに何で追放されちゃったんですか?」
カヤノが恐る恐ると言った感じで聞く。やはりカヤノも母親と一緒のアルラウネと言うことで関心があるようだ。普段だったら絶対に聞かないだろうしな。まぁ俺もそこん所は興味がある。内容次第ではお付き合いを考え直さなくてはいけないかもしれねえし。まあフラウニに限ってそんなことはねえと思うが。
フラウニは口に人差し指を一本当て眉に皺を寄せて少し考えるような仕草をした。こんな顔をするフラウニは初めてだな。やっぱ言いづらいのか?そんなフラウニの様子にカヤノが慌てて手をぶんぶん振りながら何かを言おうとする。しかしそんなカヤノの言葉が発せられる前にフラウニの口が動いた。
「うーん、牢屋をやぶっちゃった?」
いや、なんでお前が疑問形なんだよ!!
毎日看守に見つからないように少しずつ穴を掘り進める日々。それは崩落の可能性さえある危険な日々だった。それでも囚人たちは掘り続ける。この地獄から抜け出すことを願って。
次回:ギリギリで一度見つかるのは鉄板
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




