とりあえず何かが変わる
なんだこれ、なんだこれ!!
カヤノが土の塊に手を差し込んだ途端俺の体をぞわぞわっとした何かが走る。羽毛でそっと体をこしょぐられているような鳥肌が立つあの感じだ。触られるか触られていないか微妙なその感覚が逆に敏感にさせる高等テクニックだ。
いやん♪カヤノったらテクニシャン。
じゃねえよ。これは俺が失っていたはずの触覚じゃねえのか?どういうことだ?
あぁ~、でもやっぱりちょっと気持ちいいかも。久しぶりすぎて忘れていたけれど触られるとこんな感じになるんだったよな。地面としてはおかしいのかもしれねえがやっぱり俺としてはこっちの方がしっくりくるな。
「大丈夫ですか、リク先生?」
(・・・ああ、大丈夫だ。)
俺がもぞもぞしている気配を察したのかカヤノが手を止める。するとそのもどかしい感覚も消えてしまう。やっぱりあの感覚はカヤノが掘っている土が原因のようだ。そのことで俺は確信する。やはりここには何かがあるってことを。
カヤノが再び土玉を掘りだし、その様子を身もだえしながら見守る。多分見ている人がいたら奇妙な光景だろうな。だって土を掘るカヤノのそばの地面がうねうねと動いているんだからな。
そしてついにカヤノの手が止まる。
「うわぁ、綺麗。」
カヤノが感嘆の声を上げる。土玉から姿を現したのは、縦3センチ幅一センチほどの滴型の茶色の宝石だ。いや、宝石と言っていいのかどうかはわかんねえが、ガラスのようにつるりとした表面をしており、まるで心臓の鼓動かのように明滅を繰り返している。
あぁ、アレは俺だ。
なぜかわかった。アレは俺の核となるものだ。俺の頭?俺の心臓?何と言っていいかわからねえが力の源みたいなもんだ。アレが近くにあったからここに戻ってくると安心したし回復も早かったんだ。そして同時に理解する。アレを壊されたら多分俺は死ぬ。
そう理解した瞬間俺の中で冷や汗が流れる。今回はたまたま家の真下の地面ばかりが被害をくらっていたがもしこの核の部分まで被害が出ていたら俺は死んでいたんじゃねえか?カヤノと薬草採取に出かけたまま訳もわからないまま死んでいた可能性さえあるのだ。やっぱりこれをこのまま放置するわけにはいかねえな。
(カヤノ、それは俺の核だ。)
「核、核って何ですか?」
(心臓みたいなもんだ。大事に持っていてくれ。)
俺の言葉に驚いたのかカヤノがまじまじとその核を見つめ、そして落とさないようにギュッと握りしめる。その瞬間その核から3色の光が放たれた。茶色、緑色そして白色の光がカヤノの手から溢れ空へと放たれる。
「えっ、何ですか。何なんですか、先生?」
俺はそのカヤノの問いに答えることが出来なかった。体の中を濁流か何かが駆け巡るようなそんな強烈な衝動が襲っていたからだ。でもそれは痛いわけじゃない。ものすごい勢いで駆け巡りながらもどこか優しいそんな温かさを感じる流れだ。
「先生?リク先生?」
(あ、ああ。大丈夫だ。大丈夫。)
光が消えていくとともに俺の中にあった流れも落ち着き、元へと戻っていく。ふぅ、一時はどうなるかと思ったがとりあえず良かった。原因の追求をしたいところだがヒントも時間も無い。とりあえず核は回収できたし皆の所へと戻らねえとな。
しかし核なんだがカヤノにこのまま持たせるって言うのも無理だよな。今のカヤノは人の目もあるから左手しか使えねえし。あっ、そうか俺が持っていればいいのか。
俺は腕なし義手ゴーレム体型に移行する。もぞもぞと体を這っていく気配にカヤノがくすぐったそうにしているが何とか動かないように努力してくれている。うむ、いつもすまん。
そして右腕の部分に見えないように土の腕を少しだけ作った。
(カヤノ、右手に核を渡してくれ。)
「はい。」
カヤノが渡してくれた核を作った右手で持ちそれを取り込む。ビクン、と言う衝撃と共にまるで全身に血液が流れるかのように何かが流れ出す。先ほどとは違う穏やかな流れだ。あぁ、気持ちいい。
気持ちいい、気持ちいいか。こんな感覚は久しぶりだ。俺に涙が流せるのなら多分もう既に流れている。それは俺が人間だったことの証。そんな証さえ流せない地面の体が少し憎くなるが、こんな異世界で比較的まったりと生きてこられたのはこの地面ボディのおかげだ。
人として生まれ変わったなら、言葉もわからず、お金も無く、今まで生き残れていたのかさえわからない。魔物なんかの危険も多い世界だし、治癒魔法があるせいで医療も発達してねえから病気にかかって死んじまった可能性だってあるのだ。
まあ現状に満足しておこう。
「先生、リク先生?」
おぉ、やばい考え事をしすぎて動きが止まっちまってたようだ。とりあえずこの核とこの感覚のことは後で考えるとして岩さんと姉御のところまで戻らねえとな。
(戻ろう。)
「はい。」
カヤノと一緒に街の外の避難所まで戻る。いつも通りのはずなのになぜかカヤノとの繋がりが深くなったそんな気がした。
岩さんと姉御と合流し、避難した住人37人(冒険者など含む)と一緒に崩壊した街を通りながら防壁そばの避難所を目指して歩いていく。合流した時のカヤノの格好の変わりようを見た岩さんと姉御の驚きようが面白かった。とりあえずあの服装は薬草採取のための汚れてもいい服と言うことで納得してもらった。冒険者なんかも街の中と外では服と言うか装備を変えるんだし変なことはねえだろ。
街の中を歩いていくと住人の中には崩壊した自宅を改めて見て顔をうつむかせるものもいたが、それでもその歩みを止める者はいなかった。
そうだよな、辛いよな。でも俺やカヤノが助けなかったら死んでいた可能性だってあるんだ。生きているだけで儲けものくらいに思ってくれれば助けた俺としても助かる。生きていればいいことだって起こるかもしれねえんだ。
通りにまで崩れた家などに注意しながらゆったりとしたペースを保ちおよそ30分で目的の防壁近くの避難所まで到着する。カヤノの肩というあまり高くない場所からの視線ではあるが地面から見た時よりもよほど街の惨状がはっきりと見えた。
外街ははっきり言って崩壊している。立っている家なんか数えるほどしかないし、火事は既に収まっているようだが、俺が消した場所以外の2か所についてはいまだに細い煙がたなびいている。火の手は見えないが、まだくすぶっている可能性があるな。今日は風が強くないからそうそう燃え広がるようなことは無いとは思うが、後でカヤノに手伝ってもらって現場を見に行こう。最終手段としては俺が土に埋めちまえばいいしな。
住人の様子もいろいろだ。崩壊した家の前で眠っている人、その隣では必死になってがれきをどかしている人もいる。さすがに怪我をしている人は避難所に行っているのか見かけなかったが、兵士たちががれきをひっくり返して人を探している様子は見えた。
俺もカヤノが避難所に行って区切りがついたら救助を手伝うつもりだ。まあ、核を地面から取り出して初めて動くんだからちょっと慎重には動くつもりだがな。
避難所は予想通り人がごった返していた。外街の住人のほとんどがここに来ているだろうから当たり前っちゃあ当たり前なんだが。それにしても予想に反して住人の顔が暗くない。いや、もちろん明るいわけじゃあないんだが、俺の予想としてはお通夜のような感じかと思っていたのだ。しかしほとんどの住人は悲しみながらもある程度の区切りをつけているように感じる。まあ、なぜかこの避難所で屋台が何台も出て、既に商売をしているからそう感じたのかもしれないが。
「カヤノちゃんはとりあえず怪我人の治療のお手伝いをしたいのよね?」
「はい。」
三々五々と一緒に来た住人が分かれていく中で、岩さんと姉御はカヤノと一緒に残ってくれた。そして岩さんが近くにいた兵士に救護所の場所を聞いている。最後まで面倒を見てくれるみたいだな。ありがたい。
「こっちらしい。人手が不足しているらしいから治癒魔法が使えるならぜひ手伝ってほしいそうだ。」
岩さんが兵士から聞いたのか5つのテントが並んでいる場所を指さしながら先導していく。3人でそのテントまで歩いていくとそこには大勢の怪我人とその対応に走り回る神父やシスター、兵士たちがいた。
「おい、こっちだ。早くしてくれ。」
「うぅ、痛えよ、痛えよ~。」
「軽症者は後だ。重傷者を先に治癒しろ。自分で動ける奴はテントの奥でポーションをもらえるからそっちに行ってくれ。」
「・・・」
神父が1人の患者の前で祈りをささげるとそのまま足早に違う患者のところへと走っていく。神父が祈りをささげたその患者の胸の上には教会のお札のようなものが置かれており、別の兵士たちがそのお札の置かれた患者を外へと運んでいく。おそらく・・・そういうことだろう。
テントの外とは違い、そこは生と死が交錯する戦場だった。その光景にカヤノの体が震えだす。そりゃあそうだ。この光景はまだ8歳のカヤノには刺激が強すぎる。消えゆく命とそれを必死で繋ぎ止めようとする人々、その真剣な思いは今まで見たことがないほどの衝撃をカヤノに与えていた。そうだよな、俺も最初はそうだった。だからこそ・・・
俺はカヤノの右腕の付け根をコンコンと叩く。
大丈夫だ。お前は1人じゃない。俺がいる。
しゃべることは出来ないがきっと伝わる。それほどの付き合いを俺とカヤノはしてきたはずだ。1人ではしり込みしてしまうような光景でも、2人なら、仲間と一緒なら進める。
カヤノが今は無い右腕を見る。そしてうなずき、避難所の中を歩き出した。カヤノの翠の瞳には確固たる意志が宿っていた。
救護所を手伝い始めたカヤノとリク。甲斐甲斐しく怪我人を癒していくカヤノの努力とは裏腹にその救護所は病が蔓延していってしまう。果たして二人は危機的状況を切り抜けられるのか!?
次回:恋の病は治らない
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




