とりあえず治療する
「すまなかったな。」
「ごめんなさいね。」
「いえ。頭なんか下げないでください。」
数分にわたる殴り合いの後、やっと誤解が解けて状況がわかったのか男と女がカヤノに向かって頭を下げる。謝られ慣れていないカヤノはあわあわと手を振ってやめさせようとする。そんなカヤノの様子に女がくすっと笑った。
「私はシェリー、こっちのごついのがロックよ。」
「なんだよ、ごついってのは。」
「あら、事実でしょ。」
立ち上がったシェリーは背が高く、肩まであるウェーブした茶髪をなびかせながら、そのそばかすの多い親しみやすい顔でカヤノへ笑いかける。ごついと言われたロックは確かにその通りで、同じく短い茶髪でそこまで背は大きくない。シェリーと同じ170センチくらいなのだが体重はすらっとしたシェリーの2倍はあるのではないかと思われるほどその体は横に大きい。しかし太っているわけでは無く全てのパーツが太いのだ。そしてそのすべてのパーツは筋肉でもれなく覆われている。
「えっと、カヤノです。」
「カヤノちゃんね。ありがとう。助けてもらったみたいね。」
「いえ、僕に出来ることをしただけですから。」
シェリーの顔の笑みが更に深くなる。カヤノとしては本当に出来ることをしただけという意識なのだが、他人から見たら謙遜しているようにしか見えない。
「あぁ~、可愛いわ。お持ち帰りしたいくらい。」
「お前がロリコンじゃねえか。」
「あっ!?なんか言った?」
ドスの利いた声でシェリーがロックを脅すと、ロックはぼそぼそと愚痴を言いながら黙った。そのままカヤノに抱き着いてきそうなシェリーに少し警戒しながらカヤノは2人を見返した。
「あの、街で何が起こっているんですか?」
「あっ、そうそう私もそれが知りたかったのよね。ほら木偶の坊、さっさと話しな。ったく気が利かないわね~。」
「シェリー、てめえ、後で覚えてろよ。」
手をわきわきと動かしながら、カヤノの手前何もせず、ロックが実際にあったことを話していく。
ロックはシェリーの買い物に付き合うために雑貨屋の入り口の所で立っていたらしい。そしてズズズズという細かい振動がしたかと思うと、突然雑貨屋が崩れ始めロックは背中に傷を負いながらも何とか崩れ落ちる店から退避することが出来たが、シェリーは間に合わず埋もれてしまったそうだ。
埋もれたシェリーをなんとか助けだしたロックだったが、周囲の建物すべてが同じように崩れており、近くで火も上がっていたためシェリーを背負いそのまま街から逃げ出しそしてここでカヤノと出会ったと言う訳だった。
「女を見捨てて自分だけ逃げるなんて最低よね、カヤノちゃん。」
「えっ、あの・・・」
「おい、カヤノが困ってるだろ。それに結局助けてもらったのに何て言い草だ。」
「違います~。私を助けてくれたのはカヤノちゃんです~。」
「とことんむかつくな、お前。」
べ~、と舌を出して挑発するシェリーを捕まえようとロックが掴みかかるが、カヤノをうまく使いながらシェリーが逃げる。とまどうカヤノの周りを2人がぐるぐると回っていた。
「あのっ!!」
カヤノの大声に2人の動きがぴたりと止まる。カヤノを見つめながらただ止まっているロックとは違い、シェリーはじりじりと動いて距離を離していた。
しかしそんなことには構いもせず、カヤノは決心していた。自分に今出来ることがあるとそれがわかったから。カヤノの翠の目に強い意志のこもった光が籠る。
「お2人みたいに怪我をしている人がたくさんいるんですよね。」
「そうだな。」
「おそらくね。」
カヤノの言葉を2人が肯定する。怪我人だけじゃなくて死んでいる人も多いだろうと2人は思っていたがさすがにそれは言わなかった。
「あの、僕治療してきます。薬草もあるし、助けられる人がいると思うんです。お話、ありがとうございました。行ってきます。」
ロックから薬草を受け取り、そのままカヤノが街へ向かって走り出していく。
カヤノの頭の中からリクとの約束が抜け落ちてしまったわけではない。街の中まで入るのは先生に禁じられたけれど、ロックやシェリーのように街から避難してくる人を治療することは問題ないはずだと解釈したのだ。
「待て。」
そんなカヤノをロックの太い声が呼び止める。カヤノが振り返るとロックがその丸太のような太い腕を組んで仁王立ちしていた。そしてその横でシェリーが笑っていた。
「治療するにしても怪我人をどう運ぶ気だ?埋もれている奴もいるはずだぞ。」
「え、ええっと。」
カヤノは言葉に詰まる。カヤノにしても明確な計画があってのことではない。ただ単に人を助けたい、自分にできることをしたいと言う衝動に突き動かされるようにして動いただけなのだ。答えられるはずが無かった。
「すみません。考えていませんでした。」
「あぁ、落ち込まなくてもいいのよ、カヤノちゃん。もう、ロックは不器用なんだから。こいつは自分たちを使えって言いたいのよ。わかりにくいでしょ。」
ロックの頭をはたきながらシェリーが笑う。叩かれたロックもそれを気にした様子も無くその相好を崩し、笑顔で頷いていた。そんな2人の様子にカヤノは戸惑った。しかし今の自分にとって2人からの申し出は願っても無い事だとも理解していた。
だからカヤノは2人に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
「おう。」
「助けてもらった分はしっかり働くわよ。」
街に向かって3人が走っていく。とは言ってもカヤノは街の中へ入らない予定だし、2人からも入らない方がいいと言われていたので街から50メートルほどの所で待っていた。そこには既に避難していた人もいたのだが、その人たちは怪我も無く、カヤノの治療を必要としていなかった。カヤノが手持無沙汰になりながら辺りを見回しているその時、自分に向けられる視線を感じ振り返る。そこにはカヤノと同じように全身をローブで隠しながらカヤノを見つめている人がいた。ローブに隠されその顔さえはっきりとは見えないのになぜかカヤノはその人と目が合った気がした。その目からは懐かしい匂いを感じた。
「薬草のお兄さん?」
「おーい、カヤノ。怪我人を連れてきたぞ!!」
カヤノが首を傾げながらその人物に近づこうとした時、遠くの方からロックの大声が聞こえカヤノはそちらを向く。ロックがその両肩に2人の怪我人を乗せたまま走ってくる様子が見えていた。
「ここです。ロックさん。」
大きく手を振ってロックに場所を知らせるカヤノがあっ、と気づき振り返った時にはそのローブの人物の姿はそこには既に無い。カヤノが首を傾げ、辺りをキョロキョロと見回したがまるで幻であったかのように消えていなくなっていた。そんな眉を寄せるカヤノの元にロックがやってくる。
「こっちは足、こっちは左腕が折れているな。治せるなら治してくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
怪我人を地面に置くとロックは片手をあげてカヤノに応え、そして再び街の方へと走って行った。
痛そうに顔を歪める怪我人たちの患部へカヤノの手が添えられ、そしてカヤノの手から放たれる光が骨折した部分を覆うとその腫れ上がった足や腕が綺麗に元通りに戻っていく。そんな奇跡のような光景を周りの住人はじっと眺めていた。
その後も次々と怪我人が運び込まれ、それを癒し、怪我の程度が軽い者には薬草を食べさせたりしながらカヤノは忙しく動き回った。その献身的な働きに最初は胡散臭いものを見るかのようだった住人の視線も、やわらかな、それどころか尊敬するようなまなざしを向ける者も増えていた。
そして辺りも真っ暗になってしまったころ、ロックとシェリーが2人して戻ってきた。
「今日はこれで終わりだな。これ以上はこっちが危険だ。」
「あの、お疲れ様でした。」
「いいのよ、カヤノちゃんの方が疲れているでしょ。これだけの人数を治したんだから。」
そう言って周りを見回すシェリー。そこにはカヤノに治療された住人が30人以上いた。この時期の夜は冷えるので皆でたき火にあたっており、その炎の揺らめきが人々の顔を照らしていた。
「魔物の襲撃の可能性もある。見張りが必要だな。」
「そうね、あっちにいるのは冒険者っぽいから後で相談しましょ。」
「あの、僕も・・・」
カヤノの言葉を、何も言わず手を広げるだけでロックが止める。実際これだけの人数を治療するというのはかなりの重労働であることは知っていた。教会で治療してもらったこともあるし、実際冒険者の中で治癒魔法を使える者と一緒に依頼を受けたこともあるからだ。
カヤノが平気そうな顔をしていたためどんどんと連れてきてしまったが、良く考えればカヤノの体調をもっと気遣うべきだったと2人は帰り道で話し合っていたのだ。
「カヤノちゃんはまだ子供なんだからお姉さんたちに甘えなさい。」
「お姉さんって歳かよ、おまえ・・・」
「何か言った!?」
「うおっ、相変わらずの地獄耳。」
じゃれる2人を見ながらカヤノが笑う。カヤノは楽しかった。こんな風に人と触れ合うことなんて初めてだったからだ。心のどこかでダブルだと言うことがわかってしまえばこんな関係は終わってしまうと言う弱気な自分もいたが、それでもなお、この時間が続けばいいなと祈らずにはいられなかった。
「寝た?」
「ああ、ぐっすりだ。気丈に振る舞っていたがやはり疲れていたんだろうな。」
夜番をするロックとシェリーの視線の先にはたき火に照らされながら眠る集団の隅っこの方で丸くなっているカヤノの姿があった。
シェリーが狩った野兎とカヤノが自分達の畑だと言うところから採ってきた野菜でスープを作り、そして冒険者たちが持っていた携帯食料を少しずつ分けてとりあえずお腹を膨らませるとカヤノはすぐに船をこぎ始めたのだ。緊張の糸が切れてしまったのだろう。
「あんたが馬鹿力で運びすぎるから。」
「いや、お前だって最後まで気づかなかっただろうが。」
いつも通りのやり取りだが小声であるため迫力も威勢も無い。しばらく睨み合っていた2人はどちらからともなく目をそらす。どちらにしろ今更の話であることは2人とも十分にわかっていたからだ。
「そもそもおかしいんだ。俺は怪我人がいるとしてもお前みたいに埋まっているだろうと思っていたからな。それが街に行ってみれば、どうだ。怪我人が路地で寝てるんだぜ。」
「そうね。私も同じよ。助けだすことが出来ても数人だと思っていたわ。この状況は異常すぎる。それに・・・」
火の回りに固まっている人々をシェリーが見つめる。カヤノのように横になっている人もいるがほとんどの人は眠ることが出来ないのか火を見つめたまま座り込んで休んでいるだけだ。
そんなシェリーの視線を追いながら、ロックもシェリーが何を言いかけたのかわかっていた。怪我人を避難させるときに何人からも聞いたことだからだ。
「ゴーレムが助けてくれた、か。」
「ええ、これだけ大勢が言うんだからおそらく本当よね。相当な術者がいたか、それとも・・・」
「精霊の気まぐれか、ってとこか。」
ロックの言葉にシェリーがうなずく。
冒険者をしていればその手の話は珍しくは無い。森でさまよっていたらなぜか地面に矢印があって帰り道を教えてくれた。川でおぼれていたら誰かがすくい上げてくれた。洞窟の奥で寒さに震えていたらなぜか周囲が温かくなった等々。
理由はわからないが困った人を気まぐれに助ける存在。エルフ等の一部の種族にしか見ることが出来ないと言われる特殊な存在、それが精霊だ。
「運が良かったのかしらね。彼らは。」
「そうだな。ここに治癒魔法を使えるカヤノがいたことを含めてな。」
ロックの含みを持たせた言い回しにシェリーの機嫌が悪くなる。そんなシェリーの顔を見ながらロックは相好を崩した。
「俺だってカヤノが何か噛んでるなんて本気で思っちゃいない。ただ冒険者なら常に最悪を想定する、それが常識だろ。」
「ええ、そうね。」
納得のいかない顔をしながらもシェリーは眠るカヤノを見ていた。揺れる炎が時折その影を揺らす以外何も起こらず、シェリーとロックはおしゃべりをやめ、見張りに戻るのだった。
治療を終え、眠りにつくカヤノに近づく怪しい気配。それは見張りの目をすり抜けついにカヤノまであと一歩の所で止まる。果たして怪しい影の正体とは!?
次回:俺だよ、オレ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




