とりあえず勇気を出す
仕方がない。人は死ぬ。しかも突然に。
自分で自分を納得させる。ここで俺が膝をつき嘆き続けても事態が好転するようなことなんかない。ならば今はやるべきことをやるだけだ。
まずは、そうだな。フラウニを外へ出してやろう。がれきの中で誰にも気づかれずに腐っていってしまうなんてあまりにも可哀想だ。
静かにまるで眠っているかのような穏やかな表情のフラウニへと近づいていく。ごめんな、フラウニ。お前を助けられなかったのは俺の判断ミスだ。空の上からどれだけ罵倒してくれてもいい。今となってはお前を外に出すことぐらいしか俺には出来ねえ。とりあえず今はこれで我慢してくれ。
フラウニの真下へと着く。じゃあ地面を凹まして通りへと移動させるか。それにしても本当に寝ているような穏やかな顔だ。寝ているような・・・
「くぅ~。」
んんっ!?気のせいか今呼吸音が聞こえたような。
「くぅ~。そんな~私の為に争わないでください~。えへへ~。むにゃむにゃ。」
フラウニの顔が嬉しそうな表情へと変わり、そしてそんな寝言を言うとまた規則的な呼吸へと戻っていった。その顔は眠っているかのように穏やかだ。眠っているかのように・・・。
こいつ、生きてやがる。って言うか寝ているだけだ。いや、生きていることは喜ばしいことだ。喜ばしいことなんだが、こんな非常事態になんて夢見てやがるんだ!!
うわ~、なんか穴があったら入りたいぐらい恥ずかしいわ。あっ、無理だ。俺自身が地面だから穴に入るなんて出来ねえわ。むしろ俺が穴だわ。てめえ、俺の懺悔とか覚悟とかを返しやがれ。そんな幸せそうな寝顔しやがって。くそっ!
しっかりと近くで確認したが怪我らしい怪我は無い。血に見えたあの液体は地面に落ちて割れている容器があったので、あの中に入っていた何らかの液体だろう。ちっ、紛らわしい。
そうとわかればちゃっちゃとこの寝坊助を外に捨てておこう。
ゴーレムでがれきを支えつつ、地面を凹ましフラウニを回収する。散々同じことを繰り返してきたので行動量は最小限に抑えられている。まあ範囲外で多く動くための練習としても範囲内の救助を優先したことは無駄じゃないな。そうだ、そうに違いない。
地中を移動させたフラウニを店の前にていっ、と捨てる。その衝撃で目覚めたようで眠そうに蔦の手で目をこすりながらあくびをすると周囲を見回し、口に手を当てて驚いている。もうフラウニは大丈夫だろう。よし、次行くぞ、次。
事態の把握できていないフラウニを置いて俺は元の道を戻っていく。とりあえずは俺のテリトリーに近い地域の救助からだ。もどかしいが休憩と救助を繰り返すしかねえだろうな。
さあ、行くぞ!
カヤノは1人じっとリクとの約束を守り待っていた。じりじりとしたもどかしい時間が過ぎていく。リクの言うことはカヤノにもわかっている。カヤノはまだ子供で一緒に居ればリクの動きを邪魔することしか出来ないと自分自身でも理解していた。カヤノにとってリクはいろいろなことを知っていて何でもできるものすごく頼りになる先生なのだ。
しかしそれでもカヤノは何かしたかった。大切な知り合いのため、数少ない自分を普通に扱ってくれるステラやフラウニの為に。もしかしてそのためにダブルであることを知られてしまい、今の関係が終わってしまったとしても。
「ダメだな、僕は・・・。」
街を見つめたままカヤノが悔しそうに手を握りしめる。自分の無力さが悔しかった。悲しかった。でもそれ以上に何かがしたかった。こんな時に何もできず立っているだけと言うことがカヤノには我慢できなかった。
それでもリクとの約束は絶対だ。街に入ることは出来ない。ただ街道の傍らの草むらで待つしかない。そうカヤノは思っていた。
その時、街の方から2人が街道をカヤノの方へと逃げてくる。2人と言っても1人の男が気絶している女を背負っているのだ。カヤノの視線の先で男が街の方を振り返り、そして安心したのかゆっくりと女を地面へと置く。男も限界だったのか地面へと座り込んだ。女を置いたその男のシャツの背中には赤黒い血のシミがついていた。
それを見た瞬間、カヤノは走り出していた。自分でもなぜかはわからない。自分で出来ることが見つかった、そう思ったわけでも無い。ただあそこへ行かなくてはと言う使命感に突き動かされるようにカヤノは走る。
カヤノの足音に男が気づき、警戒するかのように眼を鋭くする。当然だ。カヤノの今の格好は森で採取するためのいつものぼろいローブのままであり、まともな者には見えない。良くて浮浪児、悪ければ犯罪者だ。
「近づくな!そこで止まれ。」
男との距離が10メートルほどの所まで近づいたところで、カヤノはその言葉に動きを止める。男は脂汗を流し苦しそうにしながらも女を守るように手を広げている。男の座っていた地面には男の尻の形の血の跡がうっすらと残っており、男が怪我をしていることは明らかだった。
「あの、怪我を・・・」
カヤノが袋を差し出しながら近づいていく。その袋に入っているのは今日カヤノが採取した薬草だ。薬師がしっかりと作ったポーションの方がはるかに効果はあるが、薬草をそのまま食べても治癒効果はある。経験上それを知っているカヤノはこれを男に使ってほしかった。
リクがいない状態で知らない人に話しかける緊張感でカヤノの声は小さく、差し出した手も震えていた。だから男にカヤノの声は届かなかった。
「止まれって言ってるだろうが!!」
5メートルほどの所まで近づいた時、男がカヤノに殴り掛かってきた。鬼気迫る表情で拳を振り上げる男にカヤノは薬草の入った袋を差し出したままぎゅっ、と体を強張らせ目を閉じてしまう。
「薬草です!使ってください!!」
カヤノは大声でそれだけを言い、来るであろう衝撃を覚悟した。
1秒、2秒。
衝撃は来なかった。
カヤノが恐る恐る目を開ける。カヤノの目の前で男の拳は止まっていた。ぺたん、とカヤノが尻餅をつく。それでも薬草の入った袋を差し出したまま手放さなかった。
「薬草・・・いいのか?」
男の言葉をカヤノはコクコクと首を縦に振って答える。恐る恐ると言った感じで差し出された男の手にカヤノも恐る恐る薬草の入った袋を置いた。男がその袋の中を見る。そしてほっと胸をなでおろした。
「すまん、感謝する。」
男が数枚の薬草を袋から取り出し口に放りこむと苦虫を噛み潰したような渋い顔で咀嚼していく。カヤノはただじっとその様子を見ているだけだった。そして男の喉がコクリと鳴り薬草を嚥下したことがわかった。
「く~、相変わらず苦くてまずいな。新人時代を思い出すぜ。」
そう言いながら男がカヤノに向かって手を差し出す。意味が分からず首をひねって見つめるだけのカヤノの様子を笑いながら、男はカヤノの手を取って立ち上がらせた。
「ありがとう。着の身着のまま逃げてきたから助かった。この礼は街へ戻ってからちゃんとさせてもらう。」
その言葉にカヤノは再びコクコクと首を縦に振った。別にカヤノとしてはお礼なんていらなかったが、男の言葉には有無を言わさぬ迫力があった。そのカヤノの様子を見た男が再び男臭い笑みを浮かべる。そして振り返り、地面に横たわっている女を見て心配そうに顔を歪めた。女は規則的な呼吸をしているだけで全く動いていなかった。頭には赤黒いアザがありその周囲が膨らんでいる。
「ポーション、なんて持ってねえよな。」
カヤノが首を横に振る。男は「だよなぁ。」と呟きながら女とカヤノを交互に見つめる。カヤノが首を傾げていると男が街へと視線を向けた。
「悪いが、こいつのことを見ていてくれ。俺は街まで荷物を取ってくる。運が良ければポーションが見つかるだろう。」
男がそう言い残して街へと走り出そうとする。カヤノはそのまま見送りそうになり、そして慌てて声をかけた。
「あの、僕治療できます!!」
「本当か!!」
「たぶん、ですけど・・・」
カヤノの自信なさげな様子に男が困惑しているが、カヤノはそんな男の様子を気にせずに女へと近づいて行った。
カヤノはリクから聞いていた。前のホブゴブリンキングに自分の右腕とステラを斬られた時にカヤノが光を放ちながらその傷を治療したと言うことを。自分自身治療したなんて意識は無く、ただステラが助かって欲しいと言う思いでいっぱいで、無我夢中の状態だったのだが。でもその話を聞いてカヤノは納得したのだ。自分自身の中にずっと昔からあったよくわからない温かい光の役割に。それを使えば怪我を治せる。そんな確信が今のカヤノにはあった。
「いきます。」
女の頭へと手を当て、治してあげて!とカヤノが心の中の温かい光へと語りかける。その光は徐々に大きくなりカヤノの体を満たすと、カヤノの手から光が溢れ、女の怪我をしている頭へと伝っていく。そして逆再生するかのように女のアザは消えていき綺麗な肌が戻ってきた。
「無詠唱の治癒魔法だと。こんな子が。」
男の呟きは集中しているカヤノには聞こえなかった。必死になって女を治療しているカヤノをあっけにとられた顔で男が見つめ続け、完全にあざが消えたところでカヤノの手から光が消える。ふぅ、とカヤノが息をついた。
「たぶん、治ったと思います。」
「あ、ああ。すまん。ありがとう。」
慌てて男が返事をする。急に挙動不審となった男を不思議そうに眺めながらカヤノは女から離れた。そして入れ替わりに男が女へと近づき様子を見る。カヤノの言った通り目に見える怪我は無く、ただ気絶しているだけに見えた。男が女の肩を揺さぶる。
「おい、シェリー、起きろ。」
「んっ・・ん。後5分・・・」
その言葉に男の表情が明るくなり、そしてすぐに怒りの為か、顔が赤く染まる。
「5分じゃねえよ!!」
男のげんこつが女の頭へと振り下ろされる。
「痛いわね!何すんのよ、この馬鹿!!」
「馬鹿はてめえだ。良く状況を見て見ろ!!」
女がキョロキョロと周りを見る。自分が居たはずの雑貨屋の中では無い事を不思議に思いながら、そしてカヤノへと視線を向ける。座っている女からはカヤノの顔がしっかりと見えていた。もちろんフードをしっかりかぶっているので頭の花までは見えていないが。
「わかったわ。」
「大変だったん・・・」
「あんたが誘拐までするようになるなんて思わなかったわ。ついに正体を現したわね、このロリコン!!」
「なんでそうなるんだよ。この馬鹿女!!」
カヤノは愉快な殴り合いを続ける2人の男女をあわあわしながら見つめ続けることしか出来なかった。
卑劣な罠にかかり、ロリコン野郎に捕まってしまったカヤノ。リクは男の性癖を見抜き、様子を伺いつつ隙を狙う。そしてカヤノが男の子であることに気づいた男が動転するその時リクは動き出した。
次回:ショタに目覚めし時
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




