とりあえず救助する
マジかよ。
街の中に入って最初に俺が思ったのはその言葉だ。街の外から近づくにつれて違和感があるなとは思っていたんだ。しかし街の中へ入ってその理由がすぐにわかった。建物が軒並み崩壊しているのだ。適当な造りだったほとんどの店は言うまでも無く、割としっかりとした造りになっていたはずのおばちゃんの宿でさえ地面に沈んでしまったかのように家自体が傾いてしまっている。まだ原型をとどめているだけましな方だ。
通りには混乱した人、崩壊した自分の家を見て呆然とする人、家の中にいる誰かを思って泣き叫ぶ人としっちゃかめっちゃかの状態だ。
何が起こったんだ!?
その疑問が頭の中に浮かび、考え込んでしまいそうになるが今はそんな時じゃねえ。まずは消火だ。火の延焼が起これば下敷きにされて生きている人が焼け死んじまう可能性が高い。焼け死ななくても動けねえから煙に巻かれても逃げられねえんだ。
火元は予想通り肉屋の隣の食堂だった。今は3時過ぎ、こんな中途半端な時間に火を使っているような場所は限られる。夕食時だったりしたらもっとヤバかっただろう。半壊した食堂の地面を進んでいき、耳を澄ませ、目と両方を使って人を探していく。数人のうめき声が聞こえるがまだ火からは遠い。客だろう。あいつらはまだ大丈夫だ。
バチバチと木の爆ぜる音のする火元へと向かう。熱を感じない地面ボディのおかげでその場まで向かえるのはラッキーだ。人の気配は・・・いた!!
火元のすぐそば、炎が赤く食堂の兄ちゃんの顔を照らしている。兄ちゃんは何かで打ったらしく頭から血を流して倒れている。あと少しで焼け死ぬところだ。今でも火傷はしているだろうが、呼吸はあるしこれなら命に別状はないはずだ。頭は心配だが。
運よく食堂の兄ちゃんは倒壊した建物の隙間に入っていたので、邪魔な床をゴーレムボディで慎重に壊し、地面を凹ませてそのまま地面の中を移動させ表通り近くの路地へと置いておく。これで誰かが気づくだろ。
あの食堂の兄ちゃん以外は火元には誰もいなかった。なら、次は火事を止めるだけだ。火事を止める方法はいろいろだ。要は燃えている物の温度を下げるか、空気を遮断するか、燃える反応を抑制しちまえばいい。消火器なんかはこの3つをうまく利用した道具だな。
今、俺に出来る消火方法はただ1つ。
燃えている木材を地面を凹まして落とし、すべて土で覆っていく。火事は炎が舞い上がり慣れていない人には派手に見える。実際の火事で消火器などを使った時に炎に向かって噴射する人も多いがそれじゃあ意味がねえ。火を消すならその燃えている物に噴射する必要があるんだ。
あの名作風に言うなら 炎なんて飾りですよ。素人にはそれがわからんのです、だな。
おっと馬鹿なこと言ってる場合じゃなかった。
土で完全に火元を覆うと派手に舞い上がっていた炎はなりを潜める。よし、これで火の粉が飛んで二次被害が発生する危険性は減ったはずだ。まだ土の中でくすぶっているから油断は出来ねえが当面問題はないはず。なら次だ!
宿のおばちゃんはすでに通りに出ていたから無事は確認できている。フラウニの所へ行きたいところだがあの店は一階建てでしかもあちらの方向で火が上がっている様子は無い。俺の活動範囲の外だから動けなくなる可能性も考慮すると先に俺の範囲内だけでも助けられる奴を助けねえと。
はるか3年以上前の記憶を思い出す。
『大規模災害時における優先救助マニュアル』
大地震の反省をもとに作成されたその文書はこんな時のための物だ。
1、意識、呼吸、血液循環のうち一つでも大きな異常のある者
2、自立歩行できず頭頸部などに負傷のある者
優先的に救助が必要なのはこの2つだ。もちろん子供、老人、病人などは別としてだが。優先順位をつけるなんておかしいと思う奴もいるかもしれない。だがこれはより多くの命を救うための判断基準だ。こんな時に迷いは不要だ。迷った時間だけ人が死ぬ。例え救助の遅れた被害者に後で恨まれようとも、その家族に殴り掛かられたとしてもそれさえも飲み込んで進むしかない。
そうでしょう、隊長!!
俺はまず通りに出ている人を確認する。この3年間散々見てきた面子だ。俺の範囲内ならどこに誰の家があって誰が住んでいるか知らない奴なんていない。通りで家族全員を確認できた家をまず除外していく。そして残った家の中で子供、老人の姿が見えない家を優先して探していく。人がいない家も多かったが、それでも数人はがれきに埋もれていた。俺は地面から探せるし、自分の危険を考えなくてもいいからその救助効率は人間だったころに比べて段違いだ。がれきを退かすときの俺のゴーレム姿に驚いて叫ぶ奴もいたがそれは仕方がねえ。命の方が大事だ。
中には全く怪我をしておらず元気な奴もいたのでそいつは後回しにした。あれだけ叫べればしばらくは大丈夫のはずだ。
そしてそれ以外の家も探していく。優先順位は大通り沿いの店が一番だ。客がいる可能性も高いしな。優先順位に気を付けながら救助を続ける。俺のゴーレム姿は救助したたくさんの人に見られた。まあ俺に神様のごとく祈りをささげた人もいたから魔物だとは思われてねえと思いてえが。
範囲内の救助を終えた時にはもう日が暮れはじめ、夕日に崩壊した街が赤く照らされていた。最初のころの混乱は少なくともこの辺りは今は無く、けが人を協力して運んだりしてだんだんと人気が無くなっていく。
幸いなことにこの地区の死亡者は0のはずだ。火災を初期に消火できたことが大きい。遅れていれば多大な被害が発生していただろう。
他にも2か所ほど火事が発生している場所があったのが気がかりだったがやはり優先的に消火されたのか既に立ちのぼる煙は細くなってきており大丈夫そうだ。こういう木造の燃えやすい家に住んでいるのだから火事の経験というか恐ろしさは良くわかっているのかもしれない。しかしどうやって消したんだろうな。
よし、こっちも一段落したしフラウニの所だ。俺の活動可能時間も問題はねえはずだ。行くぞ!!
範囲外へ飛出し通りを進んでいく。家の前で泣いている住人達を見ると助けてやりたい気持ちになるがすまん、まずはフラウニを確認させてくれ。後で助けに来てやるから待っていてくれ。
自分でも矛盾しているのはわかっている。自分の範囲の奴は助けたのに何で助けないんだって俺だって思う。だが俺が範囲外で動ける時間は限られているんだ。確実に助けられる奴を助け、そうでないならば知り合いを優先する。
それは消防士らしからぬ態度かもしれねえ。だが俺はカヤノと約束したんだ。その時とは想像していた状況が全く違うが、それでもおばちゃんとフラウニの無事だけは確認しねえと。
フラウニの薬屋へと急ぐ。他の家と同様フラウニの薬屋も倒壊していた。すぐに地面に潜ってフラウニを探しに行く。この時間なら家にいたはずだ。無事ならいいが。
床を壊したりしながら数分探し、そして俺はフラウニを発見した。
おい・・・嘘だろ。
フラウニの体はがれきに埋まっており、その一面が赤い液体でてらてらと濡れている。明らかに人間の許容できる出血量を超えている。それがわかってしまう。フラウニの顔は安らかだった。苦しまなかったんだろう。まるで眠っているかの表情のまま床に横たわっている。
俺だ、俺のせいだ。
安易に一階しかない建物だからフラウニは無事だろうなんて判断しちまった俺のせいだ。物事に絶対なんてないのに。それを確かめもせず違う奴らの救助を優先しちまったから。
もしかしたらすぐに来ればフラウニは生きていたかもしれない。助かったかもしれない。でもすべてが手遅れだ。フラウニは二度と起き上がらない。
うおぉぉぉ!!
俺の後悔の雄たけびは、誰に聞かれることも無く、周囲に響くことさえなかった。
判断ミスによりフラウニを失ってしまったリク。その体を持ち上げるとフラウニの頭から大きな種がこぼれ落ちた。不思議に思いながらそれを墓の上へと植え、そして芽を出したものとは?
次回:アルラウネの産まれ方
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




