とりあえず火災発生
「また来てね~。」
「はい。」
にこにこと手を振るフラウニにカヤノも手を振り返して店を出て行く。この店に薬草を納入し始めて既に10日。すっかりカヤノは常連になっていた。
実際ポーションなどの材料になる薬草はいつでも不足気味らしい。魔物のいるこの世界では襲われて怪我をするってことは珍しいことではないし、特に冒険者なんかはそれがあるかないかで生死にかかわってくることが多いため需要が高いからな。
しかし薬草自体は珍しい物でもないため値段はそこまで高くなく、決まった場所に生えると言った物でもないため手間の割にお金にならないと言う認識らしい。だから薬草採取をするのは冒険者になったばかりの新人がゴブリンなどの弱い魔物と戦うついでにお小遣い稼ぎ程度に行うのが常なのだそうだ。
もちろんこの前のような魔物の集団での襲撃なんかの時には需要が急激に高まるから薬草の値段も跳ね上がるらしいが。
まあつまり薬草採取だけで生活しているような人はほとんどおらず、カヤノが特殊と言うことが改めてわかっただけだ。
カヤノが街の通りを歩いていく。この10日の成果かキョロキョロと周りを見ることも無く街になじんでいる。まさかここに忌み嫌っている存在がいるとは誰も思うまい。別に俺としては忌み嫌う必要はねえと思うから本当ならこれが当たり前であってほしいんだがな。
カヤノの手には先ほど受け取った150オルがしっかりと握られている。
そうそう、薬草を初めて店に売った次の日、カヤノと話し合っておばちゃんに渡すのは100オルということにした。ちょっとカヤノが渋ったが、買い物や計算の練習に必要だし、いつか何かあった時のため貯金をしておくべきと俺が説得したのだ。
よ~く考えよ~、お金は大事だよ~ってアヒルも歌ってたしな。
ってことで1日につきだいたい50オルがカヤノの元に残るわけだ。まあそのまま地面貯金してもいいんだが、俺はカヤノに1つ宿題を出した。毎日何かしらでお金を使うこと、と言うものだ。
カヤノには絶対的に人と触れ合う経験が少ない。ヘイブラザー、遊びに行こうぜ。なんて見知らぬ人相手にもできればいいが、(もちろんそんな風になって欲しいわけじゃないが)とりあえず会話に慣れさせて普通に生活できるようにしてやらなければと考えたのだ。
そのために買い物と言うのは良い手段だ。あくまで客と言う立場だからカヤノがダブルだと言うことがばれなければ邪険に扱われることは無いし、むしろ好意的に接してもらえる。それに計算の練習にもなるし一石二鳥ってやつだ。
カヤノの足取りは軽い。カヤノが向かっているのは俺の通りを中心へと進んだところにある広場だ。そこには屋台が並び、食べ物が色々と売られている。何となく韓国の屋台街を思い出すようなごちゃっとした感じだ。
やはり最初は緊張していたカヤノだったが、それでも毎日買い物を続けていれば慣れてくる。お釣りをごまかされそうになったこともあったが、ちゃんと気づいて訂正してもらうことも出来た。カヤノの成長に思わずホロリと来ちまったのは内緒だ。
もちろんその夜に俺によってカヤノを騙そうとした屋台の足の部分の地面が凹まされたのは言うまでもない。ふっ、グラグラ不安定になってイライラするがいいわ!!
広場に着きカヤノが店を物色していく。パンやスープ、定番の焼き串など匂いが立ち込めており、見ているだけでお腹が空いてきそうだ。まあ俺には匂いわからないし食欲も無いんだけどな。
カヤノのお腹がきゅるるる~と可愛らしく鳴く。おっ、今日は肉サンドか。40オルとはカヤノも気張ったな。まあ確かにパンの間から流れ落ちる肉汁は食欲をそそる。
カヤノがしっかりと大銅貨4枚を店主へと渡し、肉サンドを受け取る。そして他の人の邪魔にならないように広場の隅っこに座ってかぶりつき始めた。小さなカヤノの口に入りきらなかった肉汁が服につかないように俺も注意してやる。
カヤノはこの10日間ずっとこの広場の屋台で買い食いをしていた。雑貨とか買わないのかとも思ったがよく考えれば路上生活しているカヤノには必要ないもんな。
まあこの買い食いのおかげか、おばちゃんの食事がちゃんとした物になったおかげかはわからないがカヤノの顔色はつやつやと血色がよくなり、骨と皮だけとは言い過ぎだが、ほとんど肉が無いように見えた細い手足も少し肉がついて子供らしいプクプクとした感じに変わってきている。良いことだ。
唯一不満な点と言えば、薬草採取の時に食べる物も買って行ってほしいのだが、それは頑なに俺の育てた白い薬草とウィードと言う組み合わせなのだ。もしかしたら本当に美味しいのかもしれん。
夕方の食事の時間を迎える広場は活気にあふれている。赤く染まっていく中、おかずを買って家に持ち帰るおばさんもいるし、カヤノのようにその場で食べ始める犬の獣人の冒険者もいる。子供が鬼ごっこをしながら走り回っていたりと幸せな光景だ。
カヤノと2人なんとなくそんな風景を眺めるのが最近の日課だ。
「じゃあ帰りましょう。」
カヤノが立ち上がり、パンパンとお尻についた砂を払うとそのまま宿へ向かって歩き出す。これからは勉強の時間だ。文字はほとんど習得したカヤノだが教えることはまだまだある。カヤノがしっかりと独り立ちできるまで俺の先生としての役割は終わらないのだ。
あっ、ちなみに今日の夕食でカヤノが収穫したカブのスープが提供された。そのスープをカヤノはとても嬉しそうに食べていた。おばちゃんに感謝だ。
翌朝、今日も今日とて朝から畑の世話をし、森へと薬草採取に向かう。カブは全て収穫し終えてしまいその場所が余っているのでよその土と混ぜて耕してからもう一度カブを植えてみた。なぜカブかと言えばカヤノがカブがいいと言ったからだ。時期は大丈夫なのかと多少心配になるがまあなんとかなるだろ。
ウィードと言いカヤノは根菜類が好きなのかもしれん。いや、ウィードを根菜類って言っていいのかは俺は知らんが。
森についていつも通りの薬草採取を始めるが順調だ。カヤノと薬草採取を毎日繰り返したおかげか俺もどのあたりに薬草があるのか何となくわかるようになってきたのだ。とは言っても明確な基準があるわけでも無く、何となくありそうな場所がわかるだけだしカヤノに比べるべくもないが。俺が自由に動けたら二手に分かれるってことも出来るんだけどな。
休憩をはさみつつ採取を続け、いつもより少し早い午後2時ごろに一袋を集め終えた。ちなみに今日カヤノが食べたウィードの数は24本だ。その間には白い薬草も食べているんだし意外と大食漢だよな。いや男じゃねえか。違うわ、男だったわ。
今日は何を食べようかと言うカヤノの話を聞きながら家路につく。カヤノはあの広場の屋台の種類を既に全部把握しているらしくあれもいいし、これもいいしとかなり迷っている。俺はそんなカヤノにたまにコンコンと相づちを打つ。傍から見たらひとりごとに見えるだろうが俺とカヤノにとっては楽しい時間だ。やっぱお金を使うように言って良かった。
1時間ほど歩き街が見えてくる。いつも通り畑を見てからフラウニの店へと向かおうかと思っていたんだが・・・
「煙?」
カヤノが訝しげな表情をしながら声を上げる。そう、街の数か所から煙が上がっていた。しかもあの煙の登り方は料理なんかに使っているようなもんじゃねえ。
火事だ!!
消防士としての経験と直感が告げる。ここから火の手は見えないし、あの煙の量ならばまだまだ延焼を起こすほどの大きな火が起きていないとは思うが、外街の構造上、すぐにでも避難しないと被害が拡大しちまうのは明白だ。
俺はとっさに向かおうとし、カヤノのことを思い出して踏みとどまる。街から離れたこの場所にいた方がカヤノにとっては間違いなく安心だ。しかし、目の前で火事によって死んでしまう人がいるかもしれねえのに黙って見ているのか?オレンジの俺が!!
よし、カヤノはここに残っておいて、俺だけで救助に向かう。この距離なら俺が移動してもまだ持つはずだ。そう決断しカヤノへ伝えようとカヤノを見る。カヤノの顔は真っ直ぐに街を見つめ、そしてすぐにカヤノは駆けだした。
「行きましょう、リク先生。ステラさんとフラウニさんが心配です。」
馬鹿、やめろ。火事の現場は素人が思っているより危険なんだ。安全だと思った場所が突然崩れて囲まれたり、煙に巻かれて死んじまうことだってある。経験豊富な消防士ですら予測不可能な事態が起こる可能性だってあるんだ。
火事は生き物。だから細心の注意を払え。
新人時代に徹底的に教え込まれた言葉だ。現場に出て実際に俺もそう感じた。少なくとも知識のない奴や素人が入っていい現場じゃねえんだ。
カヤノが一心不乱に走っていくのを強制的に止める。「うぐっ。」という声を出しながら苦しそうな表情でカヤノが止まり、俺を非難するかのような厳しい目で見る。
「何するんですか、リク先生!」
(カヤノはここで待ってろ。俺が行ってくる。)
「でもっ!!」
カヤノが悔しそうに街を見つめる。あぁ、わかってるよ。俺だっておばちゃんやフラウニが死んでほしくねえと思っているし、それどころか街の奴ら誰一人だって死んでいいなんて思っていねえ。だけどそれとこれとは別問題だ。カヤノを危険に飛びこませるなんて俺には出来ねえ。その結果、例え俺がカヤノに恨まれたとしても。
(火事は危険だ。必ず俺が何とかしてやる。だから待ってろ。俺はカヤノを危険な場所へ連れて行きたくねえ。)
「でも・・・」
(大丈夫だ。先生を信頼しろ。)
カヤノが唇をかみしめ、拳を握りぶるぶると震わせている。
すまん、カヤノ。俺は火事の現場でお前を守りながら他の奴を助けるなんて自身は全くねえんだ。悔しいのはわかる。俺を恨んでくれてもいい。だからおまえだけは・・・
「お願いします、先生。僕は、僕じゃ力が足りない。ステラさんを、フラウニさんを助けてあげて。」
(おう!!)
カヤノの瞳から涙が流れる。切なる願いが俺の土の心を熱くする。
やってやろうじゃねえか。カヤノの願いもこの街も俺がぜってえ守ってやる。
俺は義手ゴーレム状態を解除し、街へと走り出す。待ってろ、お前ら。必ず助けてやるからな。
必死に消火活動を続けるリクの耳に、威勢の良いでらんべえ口調が届く。それは時代を越え、そして世界さえも越えてやって来た最強の男だった。
次回:漢、新門辰五郎推参
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




