とりあえず薬屋へ行く
カヤノがするすると今まで着ていたローブを脱ぎ、そしてパンツ一丁になる。うん、相変わらず犯罪臭のする姿だ。その手の奴に見つかったら連れ去られそうな光景だな。カヤノは男だが。いや、ショタコンと言う線もあるのか。どっちにしろ危ねえな。一応カヤノも路地に置いてある1メートルくらいの大きさの木箱に隠れるように着替えているし、俺も見張っているから誰かに見られているって心配は無いんだが。
「先生、着替えました。」
カヤノに言われて視線をカヤノへと戻す。そこには今までとは比べ物にならないくらい小ざっぱりとした姿のカヤノがいた。ちょっと黄みがかっているが白いシャツに丈夫そうな黒のズボン。その上から茶色のフードつきのコートを被った姿は少なくとも浮浪児には見えない。この辺りでも少しいいところの坊ちゃんか普通の子が特別な日に着るような服だからだ。
(良く似合っているぞ。)
「そうですか?えへへ。」
ローブをひらひらと動かしながら恥ずかしそうに自分の格好を見ているその姿はどう見ても女の子に見える。少し男らしくしてやりてえ気もするが、まあ、それはどうでもいいか。今はどうしようもないしな。
カヤノが脱いだ方のローブはきちんと四角に折りたたまれていた。俺としてはもう捨ててもいいかと思ったのだが、採取とかに行くとせっかくの新しい服が汚れるから取っておくとカヤノが言っていたので盗まれないように(まあ、わざわざこんなぼろローブを盗む奴がいるのかって話なんだが)地面を凹まして穴を作りそこへと隠して元の通りに覆っておく。
「じゃあ行きましょう。」
(おう。)
カヤノの体を伝い、義手ゴーレム体型になる。しっかり接合したことを右手を動かして確かめるとカヤノに親指を立てて合図をする。オーケーだ。
カヤノ少し微笑んで歩き出す。今日の目的地はあの薬屋だ。
カヤノは堂々と大通りを歩いている。いつもの人目を気にしたこそこそとした感じでは無く、どことなく胸を張って堂々としているように見える。周囲から特別浮いていると言うことも無いし誰からも注目されていない。まあ頭の花さえ見えなければ普通の人間と同じだしな。今まではあのボロボロのローブのせいで悪目立ちしていただけだ。やっぱりあの店で服を買って正解だった。ボラれたことに腹は立つが。
薬屋については一度カヤノと見に行っているので変な道を通らなければ迷うことは無いだろう。少し暇だからその間に他人の服でも観察するか。
カヤノの服装はこの辺りでもなかなかいい服だと言える。この街の住人の服装は良く言えばシンプルな、悪く言えば適当な服が多い。それはこの世界の服飾が関係しているんだと思う。
この世界で服と言えば基本的にオーダーメイドか自分で作るかのようだ。工場による同一品質の服の大量販売なんてものは無いと思われる。住人も似ているようで微妙に違う服を着ているしな。それが新品の服屋が無い理由なんだろう。金持ちはオーダーメイドで、庶民は手作りでって感じだな。
カヤノが服を買った店はオーダーメイドで作られた服の中古品を売っている店だ。中古品とは言え、職人によって作られた服は貴重だからそれなりの値段はする。しかし前にも言ったが服と言うか外見が与える印象って言うのは馬鹿に出来ないからな。舐められないためにもカヤノにはそれなりの服が必要なのだ。
まあそれ以上にカヤノが喜んでいるみたいだから別にごちゃごちゃ考えなくてもいいかとも思うが。
ファッションチェックをしつつカヤノと進んでいき、あの男が入って行った薬屋らしき店の前に着く。前見た時は店の外から眺めるだけだったのでたぶん薬屋としか言えないが。まあ薬品らしき瓶が置いてあるから多分薬屋だろ、薬草買い取ってるみたいだし。
カヤノが躊躇なくドアを開ける。買い物の経験も増え少し慣れたのかそれとも服のおかげなのかわからないがいい変化だ。今回は大丈夫そうだな。
そして店内に入る。良い言い方をすれば開放的な店が多いこのバルダックの外街の店にしては薄暗い店内だ。日の光がほとんど入っていないからだな。薬品に影響を与えないためか?
一見したところ店内には誰もいない。棚には良くわからない薬品が所狭しと並んでいるし、乾燥させた葉っぱのような物が束になっていたり、10円玉くらいの丸薬がごろごろと並んでいたりする。おっ、ここは文字で値段が書いてあるんだな。ってこれ1個5000オルかよ。この丸薬なんの薬なんだ!?
カヤノと一緒にキョロキョロと店内を見回しつつ待っていたが店員は出てきそうにも無い。コンコンと興味津々で商品棚を眺めているカヤノを突く。カヤノがはっ、とした表情を浮かべそして頷いた。
「しゅみませーん。」
やっぱ噛むのかよ!!
これは治らんのか?いや、経験を積めばどうにかなるはずだ。たぶん。
カヤノの声が響いたきり店内は静寂に包まれる。あれっ、やっぱり留守なのか?だとしたら貴重品もあるのにずいぶん不用心な店だ。盗まれるぞ。
カヤノが右腕を困ったように見る。いや、俺を見たとしてもどうしようもないぞ。仕方ねえ、帰るしかないか。
カヤノに帰るように促そうと右手を動かし始めた時、店の奥の方からごそごそと音が聞こえてきた。一応人はいるらしいな。全然慌てている様子が無いからその人となりが知れる。
カヤノと2人でゆっくりとその音が近づいてくるのを待っていると、奥の扉を開けて1人の女性が姿を現した。その瞬間カヤノが息を飲んだのが聞こえた。
その女性の手は植物の蔦だった。カヤノと同じように頭には花が咲いており、うねうねと足の蔦を動かしながら近づいてくる。その目の下にはくっきりとしたクマが出来ており、眠そうな空気を隠そうともしていない。少しやつれてはいるが、入社5年目の綺麗なOLって感じの人だ。カヤノとは違う深い緑色の瞳が特徴的なおそらくアルラウネの女性だ。
「はいは~い。何の御用?」
ふぁああ~、と盛大なあくびをしながらその女性が俺たちを見返す。カヤノの視線はその女性に釘付けになったまま動こうともしない。まさかカヤノのお母さんか?いや、それにしては若すぎるし、顔もカヤノとは似ていない。普通に同族に会ってびっくりしているだけか。
何も言わないカヤノをじっと見つめていた女性だが、飽きたのかカウンターの椅子に座ると顔を突っ伏して寝る体勢に入った。いや、お前寝るなよ!!
ぼーっとしたままその様子を眺めていたカヤノを突き、早く動けと伝える。カヤノは再びはっとした様子で意識を戻し、そして一度深呼吸するとその女性へと近づいて行った。
「あの、薬草の買い取りをお願いしたいんです。」
「薬草~。あぁ~、ちょうど良かったわ。定期的に仕入れていた奴が来なくなっちゃったのよね。」
カヤノが差し出した薬草入りの袋を開けて中身を取り出しながら女性が言う。その言葉を聞いたカヤノが少しビクッ、と反応したがまあそれは仕方がねえか。あの男がこの店に薬草を売っていたって言うのはカヤノにはもう伝えてあるしな。
女性が丁寧に薬草を見ていくのを何となくカヤノと一緒に眺める。蔦の手が器用に葉っぱを掴んでひっくり返したり袋に入れたりしているのはちょっと面白い。
「うん、品質も問題ないし、これなら150オルで買い取るわ~。それでいい?」
「はい、お願いします。」
よし、カヤノの今までの報酬のなんと25倍のお金が手に入った。カヤノも嬉しそうに女性からお金を受け取っている。これでカヤノの生活も少しは良くなるだろう。
「また来てね~。」
お金を渡し、ゆったりと手を振る女性の顔をカヤノがじっと見る。女性が何?とでも言いたげな顔で首を傾げた。
「あの・・・お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」
「私の名前はフラウニって言うの。よろしくね~。」
「僕はカヤノです。これからよろしくお願いします。」
カヤノがぺこりと頭を下げる。それをフラウニはそのふわっとした笑顔でそんなカヤノを見つめていた。そしてカヤノはそのまま店を出た。その歩調は軽く楽しげで、顔には笑みが浮かんでいた。かくいう俺も上機嫌だ。やっと生活改善の目処がたったからな。
たったと思ったんだがな・・・。
カヤノは今日もらったお金を全て宿のおばちゃんへとあげてしまった。おい馬鹿止めろ!と止めたかったがおばちゃんの前で動けない俺にはどうすることも出来なかった。
困惑した表情をしながら受け取るおばちゃんとそんなおばちゃんを満面の笑みで見つめるカヤノ。カヤノにしてみたら今までの恩返しみたいなもんかもしれない。
しかしもったいねえと俺は思ってしまった。あのお金があればカヤノの生活が楽になったはずなのに。満足げなカヤノには悪いが俺にはそうとしか思えなかった。
その日の夜はしっかりとした肉の入ったスープなどの普通の食事をおばちゃんが持ってきた。おばちゃんに「ありがとうございます」と伝え、カヤノは感動しながらその食事を汁一滴残さず食べつくした。その顔は満面の笑みが浮かんでいた。
そして、おばちゃんが食事と一緒に持ってきた少し古びた毛布にくるまってすやすやと眠るカヤノを見ながら、これで良かったかもしれねえなと俺は星空に語りかけた。
いつも眠そうなフラウニを不審に思ったリクは密かに監視をし、そして夜中に箱を背負い出かけ、怪しげな黒服の男と魂を蘇らせる霊薬の取引する現場を目撃する。果たしてフラウニの正体とは!?
次回:越中、富山の薬売り
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




