とりあえず話を聞く
「僕は忌み子なんです。」
宿に戻らずそのまま畑に移動したカヤノがぽつり、ぽつりと語り出す。俺が聞かなくても話してくれるみたいだな。
持っていた服を丁寧に草むらの上に置くとそのままカヤノはその横に座り込んだ。いつも畑を世話するときは楽しげなその翠の瞳が、話すことをためらうように不安げに揺れている。地面に置かれた手はかすかに震えていた。
「リク先生は神様って知っていますか?」
(・・・1人知ってるな。)
唐突な神の存在の確認と言う、もし日本で生きていたころなら宗教の勧誘かと逃げだしそうな問いかけだが、俺自身が1回会っているから存在は疑いようがないし答えは1つだ。
キュベレー様、元気かな?もう一度踏んでもらいたいな~。
そういえば神様って人間じゃないよな。思わず1人って答えちまったが。
まあいいか、キュベレー様の美しさは人智を超えていたけれど見た目は一応人っぽかったし。
「そうなんですか。リク先生も祝福してくれる神様がいるんですね。」
カヤノがさらに肩を落とし、全体的にどんよりとした空気を醸し出している。心なしか影を背負っているように見える。効果音をつけるなら、ずーんって感じだ。
おい、ちょっと待て。俺は知っているって言っただけで祝福をしてもらった覚えは無いぞ。踏みつけは確かにもらったが。
(会ったことはあるが、祝福はもらった覚えがない。)
「そうなんですか。」
カヤノが微笑む。ただそれは心底ほっとしたという感じではなく、なんとなく自嘲の入ったものだったが。まあだとしても先ほどまでの落ち込みようから考えたらましだ。さっきまでのは話しかけるのをためらうくらいの落ち込みようだったしな。
「リク先生がどこまで知っているかわかりませんからとりあえず最初から話しますね。僕もお母さんから聞いた話ですけど。」
そう言ってカヤノが話してくれたのはこの世界と神様の密接な関りについてだった。
この世界では神様がたくさんいるらしい。まあ日本でも八百万の神って言うくらいだから不思議ではないんだが、その神様が実際に祝福を行うって言うことがまるっきり違う。この世界では神はいるかもしれないではなく、確実に存在するのだ。
そして種族ごとにその種族を保護する神様がそれぞれいるそうだ。たとえば人間には人間担当の神様が、ドワーフにはドワーフ担当の神様がって感じだな。猫とか犬とかいる獣人はどうなるのか聞いてみたら、獣人については獣人の神様がまとめて保護しているそうだ。まあカヤノもたしかと言っていたのでもしかしたら違うのかもしれないが。でももしそうなら獣人の神様って種類がいろいろだし大変そうだな。いや神様からしてみればアジア人と欧米人、アフリカ人程度の違いなのか?うむ、良くわからん。
まあとりあえず個人的に神様に祝福してもらえる世界ってことだな。
「神様の祝福が理由なのかわかりませんが、たとえば獣人族とエルフ族の父母の間に生まれた子供もどちらか一方の種族になるんです。ほとんどの場合は。」
どうやらこの世界では遺伝子さんはサボりぎみのようだ。メンデルさん涙目だな。
しかし、カヤノのその言葉でわかってしまった。「ほとんどの場合は」その言葉に込められたカヤノの悲しみが俺にダイレクトに伝わってくる。
俺がこれまで地面生3年以上過ごしてきた中で見てきた往来の人々の中でカヤノと同じように人間とアルラウネ両方の種族の特徴を持っている人は見かけなかった。獣人は二本足で立つ猫や犬だったし、人間は人間だった。カヤノだけが異色なのだ。
「僕のような2つの種族の特徴を持って生まれてくることはまずありえません。そんな僕たちはいろいろな呼ばれ方をするんです。半分、出来損ない、くず、そして忌み子。」
(カヤノ。)
カヤノが渇いた笑いを浮かべる。くそっ、何て励ましていいのか思い浮かばねえ。人間だったらただ抱きしめてやることだってできるのに、地面の俺じゃあそんなことも出来ねえ。
「普通の人は10歳になってから教会へ行くと神様から祝福してもらえるんです。でも僕たち忌み子は祝福されません。だって神に愛されていないから。だけど忌み子は祝福されていないのに両種族の特徴を持っているんです。ああ、そういえば盗人とも言われました。神が保護する種族の特徴を愛されてもいないのに盗んだって。」
(それは・・・)
「だから忌み子は嫌われています。これが僕の秘密です。リク先生も僕を嫌いになりましたか?」
目じりに涙を溜め、それでも必死に泣かないようにこらえながらじっとカヤノが俺を見る。そんなカヤノの姿を見て俺に浮かんだのは純粋な怒りだ。俺自身にもその怒りがカヤノを取り巻く環境に対してなのか、神に対してなのか、諦めきっているカヤノに対してなのかそれとも俺自身に対するものなのかはわからなかった。ただ生まれてきただけでこんなにいい子のカヤノがこんな状況に陥ってることがたまらなく悔しかった。
(嫌わない。)
「リク先生。」
(カヤノはカヤノだ。神に愛されているか、愛されていないかなんてどうでもいい。俺はカヤノが好きだ。)
こっぱずかしいが、今の思いをダイレクトに伝える。言葉を飾ることなんて考えられない。もともとそんなに学があるわけでもねえし。それになにより今はそうしたいと思うんだ。
カヤノの目からこらえきれなかった涙が一筋流れる。その涙はとても綺麗だった。
「僕、忌み子なんですよ。愛されてないんです。そんな僕でいいん・・・」
(違うだろ。)
カヤノの言葉を止める。
違うだろ、カヤノ。お前が今まで薬草採取や宿の裏の路地でいろいろと話してくれたことを俺は覚えている。お前がどれだけ愛されていたのか俺は知っている。
(お前は愛されていた。お母さんに。)
「うっ・・・」
カヤノの涙腺が崩壊し、涙が止めどなく流れ、カヤノの頬を伝いそして畑を黒く濡らしていく。我慢できないヒクッ、ヒクッという声が洩れる。
そうだ。カヤノは母親に愛されていたはずだ。愛されていなかったならあんなに楽しそうに母親と採取に行った話や本を読んでもらった話なんか出来ないはずだ。あんな幸せそうな笑顔が出来るはずなんてない。
カヤノは確かに愛されていたのだ。
「お母さん、お母さん。ヒクッ。会いたい、会いたいよ。1人はヒクッ。嫌なんだ。ただヒクッ。一緒にいてくれるだけでいいんだ。ヒクッ。お母さん。」
顔を手で覆い泣きじゃくるカヤノを俺は黙って見ていた。カヤノは確かに涙を流していたけれど、今の涙はカヤノにとって必要な物なんだろう。温かい涙。なぜかそんな気がした。
「ありがとうリク先生。」
(おう。)
しばらく泣いていたカヤノだったが、ごしごしとローブの袖で涙を拭うと恥ずかしそうな顔でにっこりと笑った。その目は充血して赤くなっており、多少ぎこちないところはあったがその笑みはとてもすっきりとしていて綺麗に見えた。
たぶん溜まっていたものが吐き出せたからだろう。
「こんな僕だけどこれからもよろしくお願いします。」
(任せろ。)
ぺこりと頭を下げるカヤノに苦笑しながらそう答える。どこまで行ってもカヤノはカヤノだ。ちょっと天然で、お人よしで、優しい俺の生徒だ。こんな生徒を持てた俺は幸せなんだろう。
あとは、そうだな。
(忌み子ってのは響きが悪いから俺が名前を付けてやる。)
「名前ですか?」
そうなんだよ。カヤノ自身忌み子って言うたびに自分を傷つけているような気がするんだよな。まず言葉が悪いんだ。ポジティブシンキングなのだよ、カヤノ君。
(カヤノ、お前は『ダブル』だ。)
「『ダブル』って何ですか?」
聞きなれない言葉にカヤノが不思議そうに首を傾げる。あぁ、いつものカヤノだ。やっぱりお前はそっちの方が似合ってるよ。
(『ダブル』ってのはな、2つって言う意味だな。両親の両方の特徴を持っているから『ダブル』。親に愛されていたおまえにぴったりだろ。)
「『ダブル』、『ダブル』ですか。ありがとうございます、リク先生。僕は『ダブル』です!」
(よし、じゃあカブでも収穫するか。)
「おー!!」
拳を振り上げながらカヤノが返事をする。そして畑へと歩いていき、みずみずしく実ったカブを引っこ抜こうとその葉に手をかける。
カヤノのお母さん、カヤノは俺が絶対に幸せにしてやる。だから安心してくれ。
「リク先生も手伝ってくださいよ~。」
(おう、今いく。)
ぶんぶんと収穫したカブを振り回すカヤノの元へ急いで駆け寄る。馬鹿野郎、生で齧ろうとするんじゃねえ、この野生児!!
それは苛烈な処分だった。体を細かく切られ、そしてその上で塩をかけられもみくちゃにされる。その悪魔のようなリクの所業にカヤノは思わず唾を飲み込んだ。
次回:浅漬け
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




