とりあえず大地に転生する
日の光を感じ意識が覚醒する。
知らない天井だ、と言う使い古された定番のセリフを言いたくなるところだが残念ながら目の前に広がっているのは青空だから天井じゃない。
昨日の記憶があいまいだ。ボランティア出勤を終えてスイートパラダイスに行き、キュベレー様に踏んでもらったことまでは覚えているんだが・・・その後どうしたんだ?空が見えるってことは屋外で寝ちまったのか?
体を動かそうとしたが全く動かない。おいおい、何の冗談だ?
消防士として鍛えられた俺は寝起きでも即座に動けるように訓練されている。と言うよりも無線連絡が入る初めの警戒音で飛び起き、数秒後には部屋を出るくらいの寝起きのよさなのだ。
今までの知識から意識はあるのに体は動かないという事態の可能性を考える。一番あり得るのは一時的な麻痺だろう。昨日スイートパラダイスを出た後に何かしらのトラブルがあり短期の記憶障害と共に一時的な麻痺の症状が出ているのかもしれない。意識ははっきりとしているから脳に損傷があるとはあまり思えないが、医者でもないから判断はできないな。
まあ、知識と言ってもたまに救急支援で協力する救急隊員や仲良くなったドクターヘリの医者から聞きかじったり、自分で興味があったからネットや本で調べたくらいだからな。
自分の体がどれだけ動くのか確認していく。手の指から確認していこうかと思ったんだが体が一切動かない。と言うより感覚がまったくない。思ったよりやばい事態かもしれないな。首の脊椎に何らかのダメージが加わって不随になったんじゃねえのか!?
慌てて自分の体を確認しようと視線を下げるが全く見えない。あっ、目は動くんだな。と言うことは口は・・・くそっ、動かねぇか。声が出せれば助けを求められるんだが。一応かくし芸として耳も動かせるが今は全く役に立たねぇからな、無視だ。
とりあえず唯一動く目を使って人を探す。まあこんな道端で人が倒れていれば親切な人が通報してくれるかもしれないが、万が一犯罪者に財布を盗まれても困る。まあ寝ているうちに既にスラれた後かもしれないがな。
周囲を見回し始めてすぐに違和感を覚えた。日の出すぐの時間だからか人の姿が見えないのはまだ理解できる。問題なのは俺の周囲にある建物だ。
俺は多分道幅3メートルくらいの道路の真ん中で倒れているみたいなんだが、その両脇に建っている家?が問題なのだ。なんて言ったらわかりやすいんだ?言うなれば祭りの屋台を全部木造で作ってそれを二階建ての家にしちゃいましたって感じか。台風とか地震とか来たら一発で全壊するんじゃねぇのか?って感じのするぼろい家だ。一応通りを眺めていったが同じような家が立ち並んでやがる。建築基準法違反じゃねぇのか?
しばらくただただその家を観察する時間が続いた。ちょっとしっかりした造りの物もあるが、コンクリートなどは全く使用されていないようだし、3階以上のビルなど影も形もない。見覚えのある景色じゃないし、ここがどこだか全く見当がつかねぇ。どうすっかな?
その時、俺の目の前の家から一人の男が出てきた。中年太りのでっぷりとした腹肉を揺らしながら歩くその姿はシャツ一枚とズボンと言ういかにもな格好だ。しかしその肌は白く、ちょっと薄れてきている髪の毛は茶髪だった。外国人みたいだな。
助けてくれーと言うかヘルプミーの方がいいのかと思ったがそういえば口が動かないんだった。仕方がないので目力をマックスにしてみる。目は口ほどにものを言うって言うしな。
届け!俺の思い!!
オヤジは俺の視線に気が付かないようで、背伸びをしたり屈伸したりと謎の体操を続けている。おいおい、目の前に身長180センチの男が倒れてるんだぞ。さっきから視界には入っているはずなんだから助けてくれよ!
そんな俺の思いが通じたのか謎の体操を終えたオヤジが俺の方へと向かってくる。
そうだ、そのまま真っ直ぐ。真っ直ぐだぞ。ほーら俺が倒れてるだろ。救急車、救急車を呼んでくれ。
男と目が合った。そして男は俺の目の前まで来ると突然俺の上でジャンプをし始めた。っておい!何てことしやがる!俺の上に乗っていいのはキュベレー様みたいな綺麗な女性だけだ!オヤジになんて乗られても痛いだけ・・・アレッ?
痛くない。と言うか乗られている感触さえほとんどない。親父の位置からして確実に俺の顔面の上でジャンプしているのに。
「ふぅ~、%〇◇▽△□!」
はっ?オヤジが数十回俺の顔の上でジャンプをした後、呟いた言葉が全く分からなかった。聞き取れなかったわけじゃない。俺が知っている外国語に当てはまるものが無かっただけだ。
それ普通じゃん、と思うだろ。違うんだよ。俺は10カ国語が何となく話せる。もちろん無料動画サイトの「ようつべ」を利用して学習しているため話すよりも聞き取る方がうまくできる。話せないけれど、おぼろげな聞き取りなら出来る言語も含めれば、世界中の主要な言葉は対応できるはずなのだ。
「□□!〇□×〇〇#¥。」
「××□☆〇〇$。」
オヤジの店の隣の比較的造りのしっかりした家から目を吊り上げた恰幅の良いおばちゃんが出て来てオヤジに怒鳴っている。いや、意味はわからねえがあの表情と口調を見れば誰でもわかる。表情こそ世界の万能言語だしな。
それに対してオヤジはごめんごめん、とでも言うようにおばちゃんに頭を下げながら肩にかけたタオルで流れる汗を拭いている。うわっ、俺の顔にも汗が滴っているじゃねぇか。汚ぇな~。
そんな風に2人の言葉の意味はわからないが内容は大体想像できる様子を見続けているとぱらぱらと人が増え始めた。その中に黒目黒髪の日本人らしき人物はいない。と言うかさっきのおばちゃんの肌も白く、まるで雪の様だった。もちろん好みではないけどな。
これはいくらなんでもおかしい。全員が全員、訳の分からない言葉を話し、おそらく挨拶をしている。日がだんだん昇っていくに従って、通りを歩く人も増えてきた。
そいつらは俺の体の上をまるで俺が存在しないかのように平気な顔で歩いていく。そしてなぜか俺も踏まれたような痛みを感じない。身長が2メートル近くの大男も通ったが全く何も感じなかったのだ。おかしい、何かはわからんが、これはやばいぞ!!
言い知れぬ焦燥感が俺を襲う。実はどっきりでした~、とか夢でした~、と言う落ちを期待したいがわざわざ俺一人を騙すためにしては金がかかりすぎるし、って言うか俺は芸能人じゃなくてただの一般人だしな。しかし夢にしてはリアリティがあり過ぎる。
俺の身に何が起こったんだ?
必死に今までのことを考える。小学一年生の時に漏らしそうになったのを誤魔化そうと川に飛び込んで流されたりした記憶が蘇ってきたがお前は今呼んでねえよ!!
転生。
そんな言葉が響く。キュベレー様は転生の女神って言ってなかったか?
キュベレー様のことを思い出そうとするとあのおみ足が真っ先に思い出されてしまうがそれをぶんぶんと(気持ちの上で)頭を振って飛ばす。惜しいが今はそれどころじゃない!
そうだ、確かに転生の女神だって言っていた。そして俺が疲れと興奮と静電気で死んだって言ってなかったか?アレはもしかして本当だったのか?
ヤバい。俺、キュベレー様に望みを聞かれてなんて言ったっけ?確か・・・そう・・・
「貴方様を支える地面で私はありたい」
貴方様を支える地面で・・・地面で!?えっ、マジで地面として転生したのか!?
いやっ、ありえねえだろ。地面って生き物でさえ無いじゃん。転生って言うかむしろ生きて無くない?土は生きている・・・どっかの農家かよ!!
最悪だ、こんなの拷問じゃねえか。動くことも話すことも食べることも何もできずにただ見続けるだけなんて・・・。
激しく落ち込む俺の上をまた人が通過する。3人ほどのスカートを履いた綺麗な水商売風の格好をしたお姉さん方がさっきのおばちゃんの家へと吸い込まれていった。俺はそれを黙って見送る。
いや、うん。地面も捨てたもんじゃないかもしれねえな。
女神の策略により地面へと埋められてしまった主人公。乗ってきた宇宙船を取り返すため身動きの取れない主人公は行動を開始した。
次回:ミミズ太郎の逆襲
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。