とりあえず服を買う
(なあ、カヤノ。もういいんじゃねえか?)
「・・・はい。」
男が消えてから一週間経った。最後の言葉通りあの男はそれからカヤノの所には現れなくなった。俺も気になってたびたび男の家を見に行ってみたのだが、人が出入りしているような気配は無かった。一応扉の前に小さな土の塊を置いておいたんだが動いた様子も無かったしな。どこかに行っちまったのかもしれん。
そしてカヤノの方と言えば、まあ予想通りと言えば予想通りなんだがずっとあの男を待ち続けていた。いつも通り薬草を採取に行き、そしていつもの路地で男を待ちながらため息をつくカヤノを俺はじっと見ているしかなかった。
一応男の言葉と様子から本当に来ないだろうと言う事と、危険が迫っているかもしれないということはカヤノに伝えたが、それでもここで待つとはっきりとカヤノは言った。カヤノがそう判断したなら、地面の俺がどうこう言う事じゃねえ。今の俺に出来ることは最大限注意を払いつつ、いざと言う時はカヤノを守ってやるくらいだ。
とは言ってもさすがに一週間も来ないんだ。せっかく摘んだ薬草ももったいねえし、このままただ待つって言うのも無駄なだけってことはカヤノも重々承知している。まあ摘んだ薬草はカヤノの朝食になっているので完全に無駄って訳じゃねえが、さすがに落ち込んだ顔で朝から薬草をむしゃむしゃ食べられるのはな、ちょっと・・・。
宿代は男が200オルもくれたので当面の問題は無い。いらないと言ったが俺から借りたお金も返してもらったしな。ついでなので細かいお金を使って買い物の訓練も始めた。とは言っても足し算、引き算に毛が生えた程度だが。まあ少しでも気がまぎれればと思ったのと今後を考えてだ。
(じゃあ、行くか。)
「はい!」
カヤノが気合の入った声を出して立ち上がり、路地を出て通りを歩いていく。顔がこわばっているし、右手と右足、左手と左足をそろえて歩いてやがる。傍から見ても緊張しているのが丸わかりだ。
いや、そんなに緊張するもんじゃねえし、気合入れるもんじゃねえよ。そう思うのは俺が前の世界で普通の生活をしていたからかもしれねえな。まあ前に比べればましか。前は何もないところですっころんでたしな。
俺はそんなカヤノの後をついて通りを進んでいく。こんな昼の時間に通りを歩くのは久しぶりだ。義手として動けるようになってからは毎日カヤノと薬草採取に行っていたからな。
あい変わらず人がごった返しており、通りは喧騒に満ちている。まあ外街のある意味メインロードでもあるんだから当然と言えば当然か。その割にはぼろい家ばっかりって言うのはご愛嬌だな。
目的の場所はそう遠くない。もったいつける必要もないが、目的地は服屋だ。まあ服屋で何を買うかって言えばもちろん俺の服なんかじゃない。当たり前だがカヤノの服を買うのだ。
とは言っても新品が売っているような店じゃない。中古品、リサイクルとでも言うのか、まあお古を売っている店だ。まあ、新品の服を売っている店を俺が知らないだけだが。一応外街はいろいろと探索したはずだがそんな店は無かった。あんまり新品の服を買うって言うのは一般的じゃないのかもしれないな。
俺がカヤノに服を買うように言ったところ当然のごとくカヤノはいらないと言った。まあそうだよな。何年もの間、そのぼろいローブだけで生活できていたんだ。これ以外の服なんて必要ないと思っているだろうことは想像がついていた。しかし今回に限っては少し強引に話を進めさせてもらった。
カヤノはまだ実感できないかもしれないが、あの男がいなくなったからにはカヤノはお金を得るために他の人と関わらなくてはならなくなる。その時に第一印象って言うのはかなり重要だ。いかにカヤノがいい子だとしても、初めて会う人はその中身がわかるわけじゃないから外見から判断する。それによって対応も変わってくる。それは日本でもここバルダックでも、まあ風俗でも一緒だな。
カヤノのローブはもうボロボロで下手をすればゴミと思われて捨てられてしまっても仕方がないほどだ。そんな恰好をしている奴にどんな対応をされるかは想像するまでも無い。良くて門前払いか都合よく利用され、悪ければ暴力を振るわれる可能性さえある。それは避けたい。
しぶるカヤノを、結局俺が普段から義手として一緒に居ても問題ない服が欲しいんだと説得することで何とか了承してもらえたのだ。
問題は服屋に入らせてもらえるかってことなんだけどな。
種を買った時と違い、少しは慣れたのか服屋の前で一度深呼吸するとすぐに店の方へと向かった。幸い朝で開店直後と言う事もあり店内には客の姿は見えない。よしっ、これならカヤノでも対応はしてくれるはずだ。
「すみましぇん。」
あっ、また噛んだ。話すことに慣れてないからな。これもなんとかしないと。俺と話すときは普通なんだがな。
店の外からカヤノがちょっと大きめの声で呼びかける。店の中に入らないのは俺の入れ知恵だ。ボロボロのローブのカヤノが店の中に入ることを店員が嫌がるかもしれないし、下手をしたら勝手に商品を触って汚したと言って難癖をつけられるかもしれないからな。
「はいはい、何の御用・・・」
出てきた小ざっぱりとした服装の30代ほどの男性がカヤノを見て声を詰まらせる。うむ、服屋だけあっていいセンスだ。清潔感があり、そのちょび髭とマッチしている。カヤノを見て少しだけ眉をしかめたが、それでも笑顔は崩していない。それもプラス評価だ。
「すみませんでした。何の御用ですか?」
「あの、僕が着れるくらいの服を一通りお願いします。」
「失礼ですがご予算はどのくらいで?」
「えっと、500オルなんですが、無理でしょうか?」
男性はカヤノの細い腕や足をしげしげと見ると「少々お待ちください。」と言い残して店内へと消えていく。男性が消えてすぐにカヤノが深く息を吐いた。
なんとか服は買えそうな感じだな。とりあえず良かったな、カヤノ。
そわそわと店の中を見つつカヤノが待っていると、男性が小奇麗な白のシャツと黒いズボン、そしてカヤノが今着ているようなフードつきの茶色のローブと同色の靴を持ってきた。シャツやズボンはアイロンでもかけてあるのかパリッとしているし、ローブや靴には当然のごとく穴も開いていない。今のカヤノの格好と比べれば雲泥の差だ。
「こちらすべてで本来ならば520オルですが、まとめ買いと言う事で500オルにさせていただきます。」
「あっ、ありがとうございます!!」
カヤノがピョコンとおもちゃのように頭を下げる。そのせいでカヤノのフードが取れてしまいカヤノの顔と頭が丸見えになった。それに気付いたカヤノが慌ててフードをかぶりなおす。
男性の視線がカヤノのそれを追い、そして視線が突然きつくなる。そしてその雰囲気が急に変わった。
「ああ、申し訳ございません。計算が間違っておりました。こちらは合計すると900オルになります。」
「えっ!?」
突然のことにカヤノが固まる。というか俺もだ。
いや、さっきまで500オルって言ってたじゃねえか。いくらなんでも倍近くまで計算間違いをするなんてねえだろ!!
責任者出せ、責任者!ってお前か!!
カヤノが困った顔で視線をさまよわせ、地面と言うか俺を見ている。
どうする、ここで買わねえと他にはかなりレベルの落ちる店しかない。カヤノの今のローブよりましって程度だ。さすがに900オルは厳しいが背に腹は代えられねえ。
カヤノの足元の地面を動かしコンコンと2回カヤノの足を叩く。「はい。」と言うあらかじめ決めてあった合図だ。予算はかなりオーバーしてしまうが仕方がない。例えここで損をしたとしても、後々稼げばいいんだ。そのためにこの店の服は絶対に必要だ。
カヤノはしぶしぶ懐の中から小銀貨9枚を取り出し男へと差し出した。カヤノが払えると思っていなかったのか少し驚いた顔をした男は、なぜか少し悔しげに服をカヤノへと渡す。そしてありがとうございましたとも言わず店の中へと入って行ってしまった。
店の前には買ったばかりの服を持ったカヤノと俺が取り残された。カヤノはしばらく寂しそうに店を眺め、そして宿へ向かってとぼとぼと歩き始めた。当然俺もその後に続く。
それにしてもカヤノの顔を見た後のあの態度の変わり様はおかしい。カヤノ自身もそれを承知しているみたいだし、気は進まないが聞くしかないだろうな。
カヤノの悲しい宿命の告白に動揺するリク。そして今までのカヤノの不可解な行動の意味を知る。果たしてリクはその呪縛から解き放つことができるのか!?
次回:命を繋ぐウィード
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




