とりあえず種をまく
「ふー、ふっふーん。」
カヤノがご機嫌に鼻歌を歌いながら俺の作った畑へと種を蒔いていく。俺はそれをサポートするために畝に種を植えるための穴を掘ったり、土をかぶせたりする。
俺からお金を受け取ることを遠慮してかなり嫌がったカヤノだったが、俺が畑を作ってみたいんだと説得してなんとか種を買ってもらうことに成功した。ちょっと多めに渡してお釣りで屋台の串焼きでも買えと言ったんだがそれは断固拒否された。
八百屋には俺もついて行ったんだが、カヤノにとっては初めての買い物らしく、ガチガチに緊張していてこっちまで疲れちまうくらいだった。
八百屋の前をうろうろとさまようカヤノ。そしてそれを不審な目で見る八百屋の店主。頑張れカヤノ。ただ店に行って野菜の種をくださいって言うだけだ。お前なら出来る。
数分ほどカヤノはその場をうろうろした後、表情をキリッとさせ意を決し八百屋に向かって歩き始めた。ぼろいローブの不審人物が近づいてくることに八百屋の店主が眉をひそめる。そしてカヤノが店主の目の前に立ち、すっと息を吸った。
「やしゃいの種をくだしゃい。」
ズコッ。
まじかよカヤノ。めっちゃ噛んでんじゃん。あっ、自分でもわかってるのか下から覗くとカヤノの顔が真っ赤だ。ちょっとプルプル震えてるし。本当に可愛いな、こいつ。
「ああ、野菜の種だな。何がいるんだ?」
あっ、それは想定外だ。お金を渡して適当に見繕ってもらうつもりだったんだが。そういえばカヤノ、お金を見せるのを忘れてやがるな。それにセリフも「このお金で買える分の今の時期の」って言う部分が丸々抜けてるし。
カヤノがあわあわし始め、視線をさまよわせる。そしてすがるような視線で地面を見始めた。俺を見るな、俺を。頑張れ、お前なら出来る。大丈夫だ。地面に小さな〇を店主に気づかれない程度に作る。
カヤノはその〇を見て、ゆっくりと息を吐くと胸に左手を当て店主の方へと向き直った。そしてその左手に30オルを乗せて差し出す。
「このお金で買えるだけのこれから育てられる種を適当にお願いします。」
「あ、ああ。わかった。」
店主がお金を受け取り、店の奥の方にある種を売っている場所へと入って行く。
よし、良くやったぞカヤノ。ちゃんと出来るじゃねえか。
カヤノの頭を思いっきり撫でてやりたい気分だ。ただの買い物と言えばそうなんだが、その買い物さえしたことが無かったカヤノにとってこれは大きな一歩だ。こうやって少しずつお金を使うって言う練習もさせた方がいいかもしれねえな。
カヤノもローブの下で嬉しそうにしている。心なしか先ほどより自身に満ち溢れているような気もする。こうやって子供は大きくなっていくんだろうな。なんとなく初めて駄菓子屋で自分一人で買い物をした時を思い出した。あの時は大人になったような気がして嬉しかったよな。
店主が小さな布の袋を持ってきた。結構、種は安いみたいだな。袋にはパンパンとまではいかないがそれなりの量が入っているように見える。店主から種を受け取るとカヤノはぺこりと頭を下げそして意気揚々と宿へと向かって歩き始めた。
そしてその日はもう日も暮れてくるからと言う事で種まきはやめ、翌日である今日の朝、カヤノと一緒に畑へとやって来たのだ。
草原に綺麗に作られた畝のある畑、そしてその一角に書いてある『カヤノの畑』と言う言葉を見たカヤノは少し目を潤ませながら義手となっている俺の右腕をぎゅっと抱きしめた。
馬鹿っ。誰が見てるかわかんねえんだ。さっさと種まくぞ。
何となく恥ずかしくなった俺の催促にカヤノが笑いながら種の入った袋を取り出し、種まきをしようとして首をひねった。んっ、なんかあったか?
「あの先生、このぼこぼこって何ですか?」
カヤノが見ているのは俺が作った畝だ。えっ、畝って一般的じゃねえのか?
そういえばと思って近くにある家庭菜園を見てみる。うむ、畝なんか全くない。ただの平らな地面に適当に野菜が植わっているだけだ。まあそれでも野菜は育っているんだが何となく萎れていて栄養が不足しているみたいに見えるんだよな。
(これは『畝』だ。ここに穴を開けて種を植えていく。)
「へぇー、リク先生はやっぱり物知りですね。」
感心したようにカヤノが畝を見る。そして畑へと入り2人でちまちまと種を植えていく。カヤノの楽しそうな鼻歌を聞きながらそう大きくない畑の種まきはすぐに終わった。
って言うか種がめっちゃ余ったな。畑を拡張するべきか?しかし管理するのも大変だしな。しばらく様子を見るか。
マイ井戸へと潜って水を酌み、適当に畑に水を撒くとカヤノと一緒に森へと出かける。畑に関してはしばらくは放置でいいだろ。収穫時期になったら盗まれないか監視しないといけないかもしれんが。
今日も今日とてカヤノは森への道をテクテクと歩き、たどり着いた森でいつも通り薬草を採取して回る。ウィードをポリポリするのもいつも通りだ。もうしばらくしたらまともな食事を食べさせてやるからな。
そして3時間ほど採取して、いつもの小川のそばで昼休憩だ。ちゃんと座れるような岩があるしどうもここがカヤノの休憩スポットらしいな。
「それにしてもリク先生は面白い畑を知ってますね。畝って初めて見ました。」
岩に座って薬草をむしゃむしゃと食べているカヤノが俺に言う。うむ、相変わらず顔に見合わぬワイルドさだ。しかしこんな生活をしていてカヤノが健康なのはこんな風に薬草を食べているからかもしれんな。
しかし畝を見たことが無いって、それはカヤノが世間知らずだからか?流石にあの家庭菜園は別として畝は存在すると思うんだけどな。しかし畝が無いとするとちょっと気になることがある。
(普通は種まきってどうやるんだ?)
「えっ、種まきですか?えっとこうやってぱらぱらーってまきます。」
カヤノが手を左右に振りながら適当に種を放り投げるような仕草をする。えっ、マジか?
(土はかぶせないのか?)
「何でですか?」
ええー、マジかよ。種まきって本当に種をまいているだけかよ。そんなんじゃ風に飛ばされたり鳥に食べられたりするだろ。異世界の畑作ってそんな感じなのか?いや、さすがにそんなことはねえよな。カヤノ自身が知らないだけでちゃんとした農家はしっかりと畑をつくっているはずだ。そうに違いない。
何となくこの世界に若干の不安を覚えないでもないが、まあ実際にその方法で作っていて問題が無いなら俺がどうこう言う事でも無いしな。ただし俺までその方法をとるつもりはないが。懐かしき地球の知恵、有効活用するぜ。
休憩も終わり、薬草を採取し終えてカヤノが街へと帰る。昨日までとは違いカヤノは帰りがけに畑を見に行った。もちろん芽なんか出ているはずはない。それでもカヤノは嬉しそうにしばらくその畑を見つめていた。
俺はその間にこっそりと畑の土の様子を見る。うむ、特に問題なく元気の様だ。地面に転生したおかげか、土の状態だけは俺は良くわかるからな。土マスターの俺が育てるんだ。うまい野菜が出来ること間違いないだろ。
その後はいつも通りの時間を過ごし、カヤノが寝静まった後、俺は地下の薬草畑へと向かう。一応この畑のことはカヤノには秘密だ。薬草を根ごと持って帰ったことはカヤノも当然知っているがまさか地下で育てているとは夢にも思うまい。いつかカヤノにサプライズしてやるつもりなのだ。
サプライズしてやるつもりなんだが・・・
どうすっかな、これ。
昨日、一昨日と薬草を地下畑へと植えたわけだが、少し困った事態になっているのだ。いや、萎れたわけじゃないし土も薬草も元気だ。元気なんだが・・・薬草の葉っぱの色が白くなってきてるんだよな。
今日持ってきた薬草より、昨日の方が色が薄く、一昨日の物はさらに白色に近くなっている。これは大丈夫なのか?
日の光が当たらないと白く育つってお前はモヤシかよ!!
暗い部屋、狭い世界で大切に、大切に守られて生きてきた彼ら。それは彼らから大事なものを奪っていき、それゆえに彼らは求められる存在へと変わった。
次回:葉緑素
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




