とりあえず畑を作る
うんとこしょー、どっこいしょ。
あれっ、これって収穫の時だったな。うーん、何が正しいんだ?ここ掘れわんわんも違うしな。そういえば畑を掘る時有名なセリフってなんかあったか?
ヘイヘイホー。
うん、これは危険だ。なんかしらんが寒気がする。やめておこう。なんとなく兄弟船の上で祭りを開催しながらサブちゃんが突撃してきそうだ。
現在の時刻は草木も眠る午前2時、もちろん地面の俺は眠ってねえけどな。月明かりが優しく降り注いでいるので真っ暗で何も見えないということは無い。まあ地面になってからなぜか暗闇でも良く見えるから真っ暗でも俺としては問題ないんだけどな。
今俺がいるのは街の外の街道から外れて40メートルほどの所にある草むらだ。いや正確にいうなれば1時間ほど前までは草むらだった場所だ。この1時間の俺の頑張りにより雑草は見えなくなり、黒々とした土が顔を覗かせている。地面の俺からしてもなかなかの土だと自信を持って言える。
この土は俺が育てた。
うむ、しっくりくるな。
まあ俺がこそこそと夜中に何をやっているのかと言えば想像はつくかもしれないが畑を耕しているのだ。もちろん鍬や鋤と言った道具なんかあるわけないし、わざわざゴーレムになって目立つことをしないでも普通に地面をグルグルとかき回せば勝手に耕されるんだから問題は特にない。なんで1時間もかかったかと言うとそのほとんどの時間は場所の選定と草の排除に費やしていた。雑草ってその名の通りとんでもない生命力してやがるしな。始めが肝心だ。
ここで何をするかと言うともちろんカヤノの食べる野菜を作るつもりだ。昨日一緒に薬草の採取に行ってさすがにあの食生活な~、と考えたのだ。あっ、ちなみにこの場所にもウィードはいたぞ。一匹だけだったけどな。あいつら本当にどこにでもいるな。
本当は肉や卵、魚と言った動物性蛋白質なんかを食べさせてやりたいんだが、肉を手に入れても料理する方法がねえんだよな。カヤノは料理したことが無いらしいし、かと言って俺がゴーレム状態で料理するのも目立って仕方が無い。土の中に空気穴のある空間を作って火を起こしてってことも考えないではなかったが、そもそも火を起こす道具も肉をさばく包丁も無いんじゃどうしようもないと諦めたんだ。
俺としてはカヤノにあの胡散臭い男を見限って自分で薬草を売りに行ってほしいんだが(そうすれば余分なお金が手に入るしな)そんな俺の提案にカヤノは頑として首を縦に振らなかった。
理由を聞くと、昔カヤノが薬草を道行く人に売ろうとしたのだが誰も買ってくれず、途方に暮れていた時にあの男が買ってくれたらしい。カヤノはそのことにひどく感謝しており、カヤノの中であの男はいい人と言う扱いのようだ。最近のカヤノに硬貨を投げつけたりするひどい対応についても何か嫌なことがあったのかなと心配までしている始末だ。
お人好し過ぎるだろ!!
俺がカヤノに男と関わらないように強制することは出来なくはないと思う。ただなぁ、カヤノの意思を無視してまで俺がどうにかするのも違うような気がするんだよな。もちろん俺はカヤノがこのまま搾取されるような生活を続けていくのを良しとしているわけじゃない。もしそうだったらカヤノの食生活を心配して畑なんて作ろうと思わないだろ。
俺の引っかかっているのは一点。俺は地面であって人間じゃないんだ。そしてカヤノは人間だ。意思のある確固とした一人の少年なのだ。
人として生きていくならば俺とばかりじゃなく他人と接していく必要がある。その結果、カヤノが傷つくことになったとしても、それも必要な経験なんじゃないかと思うのだ。俺がカヤノに近づく人間を選んでいればカヤノが傷つく可能性は減るかもしれない。でもそんなかごの中の鳥のような、人形のような生き方なんて楽しくねえだろ。
傷つけて、傷ついて。失敗して、失望して。それでもその先にかけがえのないものがあると信じて生きてこそ人だろ。それが人生ってやつだろ!
だったら人でもない俺が余計な手出しはするべきじゃねえ。カヤノが傷ついたときにそっとそばに居たり、不必要な悪意に晒されないくらいに守ってやるくらいでいいんじゃねえかとそう思うんだ。まあ危害を加える奴とかにはもちろん容赦しねえがな。
なんか湿っぽくなっちまったな。ああ~、やめやめ!!
そんなことはともかく畑だ、畑。
一応今日、カヤノと薬草採取から帰って来たら勉強の時間の前に八百屋で野菜の種を一緒に買いに行く予定だ。
お金はどうするのか?って思うだろ。
ふっふっふ。俺を舐めるなよ。伊達に3年以上ここで地面として生活してねえぞ。俺にかかれば金を稼ぐくらいお茶の子さいさい・・・嘘だよ。でも俺が多少はお金を持っているのは本当だ。
もちろん店から盗んだりしたお金じゃねえ。まあ働けるわけもねえから運にもよる不定期収入なんだが。その方法とは・・・誰かが落とした金を回収したのだ!
一応俺が動けるようになったら旅の資金にでもしようと思って回収しはじめたんだが、まあカヤノのためならいいだろう。前のホブゴブリン騒動の後なんかは特に多かったので今現在の俺の所持金は1523オルだ。実にカヤノの250倍くらいの金持ちなのだ。あっ、違うわ。今カヤノはおばちゃんに宿代を払った後だから無一文だ。ってことは無限倍だな。
いや~、自分の運の良さが怖いわ。
と言うわけでこのお金を使って種を買って畑で育てるつもりだ。このバルダックの街のある地方は冬でもそこまで寒くない。まあ俺は気温がわからないから住民の服装から想像してなんだが。実際カヤノが屋外であんなぼろローブ一枚で過ごして問題ない程度の寒さなのだ。霜とか野菜に被害が出そうなこともあんまりねえだろ。
今の時期ならハクサイ、ホウレンソウ、玉ねぎってとこか?鍋してぇな~。そしてこたつに入って熱燗をキュッと一杯。いいねぇ~、日本の冬だね~。
こっちはこんなもんだな。一応畑の片隅の地面を硬くして『カヤノの畑』と書いておく。まあ字は読めねえかもしれねえが、誰かが作った畑だってことはわかるだろ。家庭菜園っぽい近くにある畑なんて何にも書いていない木の看板が立ててあるだけだったしな。これで十分のはずだ。
じゃあもう一方の本命を見に行きますか。
俺は地面へと潜り、地下50メートルほどの所にある空間にやってくる。そこは既に土が柔らかくほぐされた特製の畑が出来上がっている。その片隅に植えられているのは昨日森から根ごと持って帰った薬草だ。つまり俺は薬草を栽培するつもりなのだ。
俺が薬草採取に踏み切ったのは、この薬草って奴がなんていうか不可思議な植物だからだ。日の光の入らない倒木の洞の中に生えていたり、群生しているかと思えば、孤立して生えていたりと全く植生が不明なのだ。だからもしかしたら地下の光の無い場所でも育つんじゃね?と考えたのだ。
薬草を育てるメリットはいくつかある。
例えばカヤノが怪我や病気をして薬草採取に行けなくなってしまった時、育てた薬草を売ればお金を手に入れることが出来るし、その怪我や病気の治療にも使えるかもしれない。薬草畑がうまくいけば森へ行かずに、勉強や他の仕事を探す時間としてカヤノの生活を変える手助けになるかもしれないのだ。
これはやるっきゃないだろ。失敗してもデメリットもねえし。
ほーら、大きく育てよ。
たまたま地下部屋を作ったら水が染みだしてきて出来てしまったマイ井戸から水を汲んで薬草へと振り掛ける。よし、いっちょ頑張りますか。
そこは幾多の生命が産まれ、それて滅んでいく宇宙のような場所。無限の可能性と絶望が表裏一対となって存在しているユートピア。その場所の名は。
次回:HA TA KE
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




