とりあえず外出する
時間があったので本日2話目投稿です。
カヤノの義手として何とか問題なく動けるためにさらに1か月の月日を要した。最初はカヤノに何をして欲しいのか聞きながらその時のカヤノの視線や表情を観察し、そして次はその経験に基づいて自ら動いてみてカヤノに大丈夫だったか確認する。
普通の人にしてみればそんなこと面倒でやってられないと言われたかもしれない。しかしカヤノは俺がカヤノの為に動こうとしていることを喜んでくれて、そしてたくさん協力してくれた。
俺がカヤノを助けるつもりだったが、むしろカヤノに助けられているのかもしれねえな。
この1か月の訓練は俺にそう思わせるに十分だった。だからこそ俺はカヤノにもっと良い生活をさせてやりたいとますます思うようになったのだ。それが例え俺との別れを意味する可能性があったとしても。
くそっ、なんかしめっぽくなっちまったな。
それはそうと、今日はついに俺とカヤノの初お出かけの日だ。つまり俺が義手としてカヤノにくっついて街の外へ初めて出る日になる。
あれっ、100メートルの範囲外に出るのは1時間程度だったはずって思うだろ。違うんだよ。あれは範囲外でずっと俺が動き続けた場合の時間だ。今回は動くのはほぼすべてカヤノにやってもらうからもっと長時間動けそうなんだよ。今のところ2時間は大丈夫なことを街の中で検証済みだからな。その限界時間の検証って言う意味もある。
「じゃあ行きましょう、リク先生。」
おう。
カヤノの右腕の義手の付け根をコンと1回ノックして返事をする。そんな俺の様子にカヤノは微笑みながら街の外へ向けて歩き始めた。
俺が生まれた位置は街の外から大体20メートルくらいの場所だ。つまり今は街の外80メートルまでは自由に動けるってことだな。とは言ってもその範囲には草原や畑が広がるだけで何もないんだが。
あぁ、畑って言っても本格的なもんじゃない。外街の人間が勝手に作っている家庭菜園みたいなもんだ。本格的な農地は街の北方面に作られているらしいんだが、俺のいる場所とは全くの反対方向なので見たことはないんだ。
「街の外ではどこで魔物と会っても不思議ではないんですよ。」
そんなカヤノの解説を聞きながら街の外の風景を眺める。ちゃんと相づちをたまに打っているのだが、その度にカヤノは嬉しそうにするんだ。やっぱ可愛いなこいつ。
まあカヤノの解説を補足すると街の外って言うのは外街の外って言う訳じゃなくて防壁の外って言う意味だ。はっきり言えばしっかりした柵なんかが設置されていない外街の中まで魔物がたまに入って来るらしい。一応外街の住人が自警団のような物を作っていて、そいつらが夜に見回りをしているらしいんだが俺は最近までその存在に気づいていなかった。なぜなら俺の通りには自警団が来なかったからだ。
で、どこにいたかと言うと俺の通りの柵の外で2人が見張っていたらしい。どうもこの通りはこの外街にとっては交通の要所となっているようで重要な場所らしい。まあ確かに他の道と比べても道幅は広いし、人通りも活気も段違いだしな。
ふぅ、改めていい場所に生まれたぜ。
カヤノの世間話に付き合いながらどんどんと進んでいく。しばらく道なりに南に進んだ後、街道を外れ東へと進んでいく。カヤノが進んでいる道以外はあまり人が入ったような形跡のない野原を進む。この道を作ったのもカヤノだろうな。全く迷いなく進んでいるし。ケモノ道ならぬカヤノ道ってやつだ。
街道を外れて1時間もするとだんだんと木々が増え始め、そして目的の森へと到着した。
「じゃあちょっと集中しますね。」
カヤノが目を閉じ、何かに集中し始める。その顔は緊張しているようでもあり、リラックスしているようでもある何とも言い難い表情だ。邪魔しても悪いので俺はその間にその森を観察することにした。
薬草が生えている森なんだからアマゾンのジャングルのような鬱蒼とした場所なんだろうなと勝手に俺は思っていたんだがそんなことは全くない。木々の高さは20メートルくらいのものが最大で若い木もところどころに生えている。その木の間隔も比較的広く、広葉樹の葉の間から木漏れ日が地面へと落ちていた。地面には落ち葉と背の低い下草が生えておりそんなに歩きづらそうでも無い。
「うーん、たぶんあっちです。」
了解、と返事をしカヤノが迷いなく指差した方向に歩き出す。その歩みはこの森になれていることが俺にもわかるくらい堂々としたものだった。その姿に頼もしさを覚えつつ、俺はちょっとワクワクしている。なぜなら初の森の探索だ。しかも薬草の採取。これって異世界っぽいよな。3年以上も街の中から動かないじゃなくて動けないってなんて転生だよ!!
はぁ、まあ今は動けるからそれはいいか。
やっと異世界っぽいことが出来るんだ。いや、まあホブゴブリンの襲撃も異世界っぽいっちゃあそうなんだが、アレは受動的なもんだしな。自分から冒険に行くってのがいいんだよ。
しばらく歩いていると突然カヤノがしゃがみこんだ。なんだ!?どこに薬草があるんだ!?
俺は周囲を見回したがどこにもハートの葉っぱは見えない。カヤノの視線を追うとぽつんと生えた一本の草を見ている。おうっ、これを抜けばいいんだな。
右手の義手を動かしてその草を掴む。
何だ!?風か?今、草が動いたような気がしたんだが。ま、いっか。
そのまま一気に草を地面から引き抜く。
「ギャギャギャ!」
うおっ、びっくりした。
地面から引き抜いた草には球根のような物がついており、そこにあった人間の顔のような皺から動物の叫び声のような物が聞こえてきたのだ。気持ち悪いな。なんか必死に抵抗しているのか腕に巻きついたりして来るし。
そいつはしばらくバタバタと動いた後、葉っぱがしおしおと萎れていき動かなくなった。あのー、カヤノさん?
「そいつがこの森に多くいるウィードって魔物です。前に話しましたよね。」
ああ、そういえばそんなことも聞いたな。カヤノが行っている森には脅威となるような魔物はほとんど住んでいなくて、いたとしてもコブリンくらいらしい。だからこそ冒険者などはそんな森には入らないし、街の人も反対側の西にある森の方がよほど近くて食料も豊富に採れると言う事でこの東の森に来るのはカヤノくらいのものだそうだ。
そんな話の中で、脅威にはならないが面倒な魔物として聞いていたのがこのウィードだったはずだ。
カヤノの話ではウィードは雑草に擬態して相手を待ち伏せし、その笹のような葉で切りつけるらしい。ほとんどは問題ないがうまくいくと(と言うか運が悪いと)すっぱりと皮膚が切れるらしい。もちろん表面から血がにじむ程度ではあるのだがやっぱり痛いのでカヤノは見つけ次第抜いていると言っていたはずだ。そうか、こいつがそうなのか。
そうやって思い出しながら、その不思議生物をしげしげと見る。そしてぽいっとそいつを捨てた。
「あっ、何するんですか師匠。もったいない。」
カヤノが慌てて俺の捨てたウィードを拾いパンパンと土をはらっている。いや、そんなことしても元々土に生えていたんだし関係ねえだろ。そんなことを考えている俺にカヤノが駄目な子に叱るような優しい声で言った。
「良いですか?食べ物を粗末にしちゃあいけないんですよ。」
まるで誰かを真似するようにいつもとは違う大人びた口調のカヤノがちょっとドヤ顔をしている。誰の真似をしているんだろうと少し気になるところではあるんだが、今はそれどころじゃねえ。
お前、これ食うのかよ!!
食の探求。簡単なようでこれほど難しいことはない。その中でも一流と呼ばれる変人たちはまだ見ぬ食材を切望し秘境へと向かっていく。そんな変人を目指す者どもの名前とは!?
次回:トリコロール
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




