とりあえず義手になる
「えっ!?」
なん、だと。
カヤノの呆気にとられたような声が他人事のように聞こえる。そうしている間にも俺の手をすり抜けるように真っ二つになった木の棒は地面へと落ちていった。
ちょっと気合いが入りすぎちまったかな。てへつ、失敗失敗。
しかし失敗を繰り返さないのが俺と言う男。今度は折らないように慎重に・・・
スカッ。
マジか!!
折れた片方の枝を掴もうとして持ち上げた俺の手には何もない。折れた木の枝は地面にそのまま横たわったままだ。こいつ俺の失敗を笑ってやがる。小癪な野郎め!
こんな小枝程度に舐められたままじゃあ俺の名がすたる。うおぉぉぉー!俺の本気を見せてやるぜ!!
数分後・・・
そこに残っているのはもはや枝とは言えないほどバキバキに折られた俺を舐め腐った憎き宿敵の姿だった。
ふう、戦いはいつも悲しみしか残さない。むなしいな。あばよ。
「あの、リク先生?」
うわぁ、やめて。見ないでカヤノ。俺の事をそんな蔑んだ目で見るなんて・・・ちょっと癖になるかも。
って違うよ。これはまずい。尊敬されるリク先生としてはこの状況は駄目だ。なにか誤魔化す方法は無いか?
(物を掴むのには訓練が必要そうだ。)
「ああ、訓練だったんですね。僕はてっきり枝で遊んでいるのかと思いました。」
そうだ、カヤノ。お前はいい子だ。これは訓練、非常に重要なミッションなのだ。凄腕の捜査官でも失敗するような高難易度なものだな。決して遊んでいたわけでも意地になって我を忘れていたわけでもないぞ、うん。
さっきとは一転して俺を尊敬する目で見ているカヤノの視線がグサグサと俺の心を突き刺していく。カヤノ、その視線をやめるんだ。俺のHPはもう0だ。
とりあえず練習台となる木の枝が無くなってしまったので今日の訓練は終了だ。俺はカヤノからするりと外れ地面へと戻ると今回の失敗について考察し始める。カヤノは俺がばらばらにした木の枝を集めている。なんかすまん。後で埋めとくからちょっと待っていてくれ。
俺の作った右手は俺の思う通りに動いた。実際木の枝を掴むまでは全く問題なかったのだ。しかし掴んだ木の枝はあっさりと折れた。この理由は明白だ。俺が木を掴む力が強すぎたんだ。しかし俺としてはそこまで力を入れたつもりは無かった。木が折れてしまうような感じなんて・・・
感じ・・・感じ・・感触が無いからか!!
そうだよ。人間だったときと何が違うって俺には触覚が無いんだ。だから掴んだものが硬いのか柔らかいのか、壊れそうなのかどうなのかと言う事がわからないんだ。視覚はあるからある程度の想像はつくが、初めてと言う事とカヤノの期待に応えようと力が入り過ぎてしまい、その後慎重になり過ぎて力が足らず、その結果ムキになって力の調節もうまくいかずに木の枝をバキバキにしたと。馬鹿か、俺は。
そこまで考えてふと気づく。もしこれが木の枝じゃなくてたとえばカヤノと握手しようとしていたら・・・。握手じゃなくてもいい。カヤノの体のどこかを掴んでいたらひどい怪我をさせていたかもしれん。
カヤノとの訓練はしばらく中止だな。少なくとも俺一人で物をしっかり掴むことが出来るようになるまでは。これは絶対だ。
「あっ。」
(どうした?)
カヤノの何かに気づいたようなその声に俺の思考が現実へと戻される。カヤノは残念そうな顔で集め終わったバキバキの木の枝を見ていた。
「文字の練習、今日どうしよう。」
本当にすまん!!
俺は心の中でカヤノに土下座した。
初のカヤノの義手作戦は失敗に終わった。手の形と動きにばかり気を取られて実際に何かを掴んでみようと考えていなかった俺の責任だ。
カヤノにはしばらく訓練するから義手はもう少し後と伝えた。カヤノは残念そうな顔をしていたが、それでもしばらくすると期待した顔で「待っています。」と言ってくれた。生徒の期待には応えねばなるまい。
それから感触も無しに物を掴むと言う訓練が始まった。
最初に考えた解決方法は掴むのではなく、それを土の手に取り込む方法だ。
確かにこの方法なら物は持てた。いや、持つと言うか突き刺さったまま持ち上がると言った方が正確かもしれん。
まあ当然のごとく却下だな。俺が目指しているのはカヤノが自然に右手を使えるようになることであって、こんな人外な行動を毎回するようでは確実に誰かの目につく。それは良くない。
次に試したのが持ち上げる対象の掴む部分をあらかじめ俺の土でコーティングしたうえでそれを持つと言う方法だ。コーティング部分をしっかり作っておけば力を入れても壊れることも無いし普通に取扱いすることが出来た。
しかしこの方法も却下だ。いや、普通の木の棒とかならいいかもしれんが、例えば喫茶店とかでコーヒーを飲むとしよう。その時にカップを土でコーティング出来るか?そんなことしたら悪目立ちすること間違いない。
それにもう1つの理由として、俺の作る義手はどうしても土だからその色が目立ってしまう。だから最終的には俺の義手部分については手袋と服とかで覆い隠すつもりなのだ。そうするとこの方法は使えなくなってしまう。
思いついた時は良い方法だと思ったんだがな。仕方がない。
で、結局何度も何度も繰り返して感覚を掴むしかないという結論に達した。
感触が無い事を視覚と経験による勘で補うってことだな。もちろんこれには膨大な訓練が必要だ。この場所では見ることのない初めての物もたくさんあるはずだし、それを触るときに同じような物から類推するしかないから色々な物で訓練する必要がある。
カヤノはあれから俺の訓練の為に薬草採りのついでに木の棒なんかを持ってきてくれているし、俺自身も捨てられたお椀や商人の荷馬車からたまたま落ちたゴミ、冒険者が食べ終えてそこらに捨てた串など何でも集めていた。そしてそれを使ってまた1人、暇な時間を見つけては持つ訓練を続けるのだ。
訓練は困難を極めた。折れずに持てたとしても持っていると言う感覚が無いからいつの間にか気が抜けてぽろっと落としてしまったりするし。こんなことを何も考えず自然に出来る人間ってすごかったんだなと妙なところで感心したりした。
ただ俺もこのままで終わる男じゃねえ。範囲内なら何回繰り返しても全く疲れないんだ。まあ飽きたな~とは思ったりするが、可愛い生徒のカヤノの生活向上のためにはそんなことは言ってられねえ。やるときゃやるぜ。
そして物を持つ訓練開始から1か月後・・・
「おぉ、さすがリク先生。」
満を持して再び行ったカヤノの義手体験。今回は失敗することなく木の枝を持つことが出来ていた。その木の枝が折れるような様子は全くない。
ふふっ。カヤノの視線が熱いぜ。
そして俺はそのまま地面に文字を書き始める。そんな俺の様子をカヤノは期待した目で見ていた。俺の書いた記念すべき初めての文字は、「カヤノ、リク」だ。
「先生、覚えていてくれたんですね。」
カヤノが嬉しそうにその文字を見つめている。
そりゃあ、生徒にお願いされたことを忘れるわけがねえよ。それによ、俺もそう書きたかったんだ。俺がこの世界に生まれ変わって初めて出来た友人であり生徒であるカヤノの名前をな。
カヤノはしばらくその文字を眺め続け、そして左手でごしごしと目の辺りをこするとニコッと笑った。その顔に残った涙の跡について俺は何も言わないことにした。だって野暮だろ。
そのあとも色々な物を持ったりして実験は終了した。ただその中で問題も発覚していた。それは当たり前すぎることだったが1人では気が付かないことだった。
この右腕を操るのは俺だが、体はカヤノの意思で動いている。それに合わせるように自然に動かなくてはいけないし、カヤノの意思を酌んでその通りに動く必要があったのだ。二人羽織みたいなもんだな、目が見える分ましだが。
「先生、一緒にがんばりましょうね。」
(おう!)
まだまだカヤノの快適な義手生活は先になりそうだ。
科学の粋を結集させ、ついに人工知能を搭載した義手を開発した研究者たち。しかしその開発は人類の未来へと大きな影響を与えるものだった。
次回:ターミ・・あっ、ちょっと止めてください
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




