とりあえず腕を作る
なんとネット小説大賞の感想がつきました。
幻じゃなかったんだ。
(カヤノ、お前の右手だが無いと不便だよな。)
「えっ、うん・・・」
ああっ、しまった。カヤノの表情が一気にズーンと重くなってしまった。もうちょっとなんか言い方があっただろ。俺!もうちょっと婉曲な表現を使うとか・・・えーっと、えーっと・・・駄目だ。俺の頭では思いつかん。
よし、さっさと話しを進めて誤魔化すんだ。
(俺がお前の腕になってやる。)
俺の言葉を見たカヤノの表情は面白かった。ぽかーんと口を半開きにしたままその文字をずっと見ているのだ。うむ、その表情だとさらにアホの子に見えるな。可愛いぞカヤノ。
「えっ、どういう意味?」
しばらくしてカヤノが絞り出すように声を発した。しかしその声は小さく揺らいでおり、自分の中で何も消化できていないことは明白だった。
(どういう意味も何も『義手』になるってことだが。)
「『義手』って何?」
えっ、まさか義手って言う概念が無いのか?でも片足を失った冒険者が木の棒を義足のように使って歩いているのを俺は見たことがあるぞ。カヤノが知らないだけか?
(『義足』は知ってるか?)
「うん、無くなった足の代わりの奴でしょ。木の棒だったり、高い魔道具の場合もあるって聞いたことがある。」
(魔道具なんてあるのか。良く知ってるな。)
「うん、一度その高い魔道具の義足の人にぶつかって殺されそうになったことが・・・」
うわ~、お前本当に運が悪いな。まあ殺されそうになっただけで実際には殺されてないんだから悪運が強いとも言えるかもしれないが、周りの不幸を引き寄せてるんじゃないかと思うほどだ。ひな人形かよ。
カヤノが過去を思い出して鬱モードに入りそうなので早々に話題を転換しよう。
(つまりその手版が『義手』だ。)
「無くなった手の代わりになる『手』ってこと?」
(そうそう。)
よし、何とか話題は逸らせたし、話も理解できたみたいだ。このカヤノの義手についてはカヤノが右手を失ってからずっと考えていたことだ。もしこの義手として俺が動くことが出来るならカヤノのフォローは確実にしやすくなるだろうし、カヤノにとっても無くなった右手が使えるようになれば今よりも過ごしやすくなるだろう。
もちろん片手では生きていけないと言うわけではない。しかし両手があれば出来ることもある。職業に就くとしても両手の方が採用されやすいだろう。
まあこんな世界だし、福祉事業なんてものは無いだろうからな。
この計画のため俺は密かに特訓を重ねていたのだ。昼夜問わず空いた時間に街の外の地中に縦横高さそれぞれ10メートルの真四角の空間を作り、その中でスリムなゴーレムの作成などと並行して、まずは義手としての形の作成から入った。わざわざ街の外に作ったのは地面が崩落しても被害が無いからだ。その辺はちゃんと確認している。
手の造形だがこれがなかなか難しかった。まあ色が土色なのは仕方がない。どうしても俺が地面だからそうなってしまう。大理石とかあれば白色で出来るのか?それも変な感じだが。
まず何が難しいって、指の造形が難しいんだよ。一応寝ているカヤノの左手を参考に作ってはいたんだ。でも手首から先の造りって簡単なようで難しいんだ。関節も多いしそれに指と掌のバランスが悪いと不格好で違和感が満載になるのだ。しかも関節に注意しすぎると指が太くなりやがるし。
満足のいく手が作れたのはつい先週のことだ。
よっしゃあ、これで動かせるぜ。と張り切って動かしたらぽっきりと指が2本折れた。あん時は正に開いた口が塞がらなかったね。俺は別に特別なことをしたわけじゃない。ただ指を曲げただけだぜ。もろすぎだろ!!
その後何回やっても同じように指が折れて全く使い物にならなかった。あえて指を太くしてみたり、逆に骨のように細くしてみたりしたが結果は同じだった。
どうすっかな?と3日ほど頭を悩ませていた俺だが、そこでふと思い出したんだ。あの三角ゴーレムの時は普通に指を折り曲げたりできていたことを。というか普通に殴ってたしな。って言うか最初から気づけよと1人で自分で突っ込みを入れた。他に誰もいないしな。
そして改めてゴーレムを作って動いてみることにした。前と同じ2メートルの大きさだ。
ゴーレムの形はだいぶ人間らしく変わってきている。暗闇の中で見れば人間と間違えるほどだ。もちろん土色なので光が当たった段階でバレてしまうが。うんうん、特訓の成果が良く出ている。とは言えその特訓は形を作りこんだだけで動かしてはいなかったからこれが初機動なんだけどな。
よし、動くぞ。
俺がゴーレムの体を動かそうとすると自然に腕や足が動いた。もちろん折れたりすることも無い。人間に近い形になったからか、それとも俺が成長したからか前よりも動きはスムーズになっていた。この分ならあのホブゴブリンキング程度の動きは出来そうだ。
その結果にちょっと有頂天になり義手のことを2時間ほど忘れたが、もちろん思いだし仮説を立てた。
ゴーレムとして作ると土の強度が上がるのではないかと言う事だ。
強度と言う表現が正しいかはわからないが、粘りと言うか滑らかに土を動かすためにはただ土を操るのではなくてゴーレムと考えて動かす必要があるのではないか。実際最初に作ったおにぎり山ゴーレムと今の人間型ゴーレムの間には雲泥の差がある。しかしその動き自体は両方ともしっかりとしており、歩いたり手を動かしたり出来ていた。
あとはこのゴーレムと言う概念がどこまで通用するか?
おれは再び研究を続けた。
そしてついにその研究が完成したのが昨日の晩と言うか今日の早朝のことだ。そしていよいよお披露目である。
(カヤノ、ここに寝て。目を閉じて。)
「うん。」
カヤノは素直に俺の言うことを聞き、地面に横になって目を閉じる。そこに俺を疑うような様子は一切見えないし、地面に寝転ぶ抵抗感も全くない。俺に全幅の信頼を置いてくれていることが嬉しくもあるのだがちょっと心配だ。いつか悪い奴に騙されそうな気がする。まあその時は俺が守ってやるしかないか。なにせ、先生だしな。
おっと、そんなことよりさっさとカヤノに義手を身に着けてもらわないと。
カヤノの背中から両足、左手に沿うように幅1センチ、高さ5ミリほどの土の層が出来、それがカヤノの体へと引っ付く。そしてそのラインと繋がるようにカヤノの右腕を想像していく。今日は実際のカヤノの左手があるので簡単だ。何百回、いや何千回と失敗した作業だ。今更難しいことじゃない。
目を開けてと文字で出そうとしてそういえば目を閉じてって言っていたことを思い出し、早速右手を動かしてみる。寝たままのカヤノの左肩をトントンと叩く。
その合図でカヤノは目を開き、目の前に広がったその光景が信じられないようで驚きの表情をしたまま声さえ出せていない。ふむ、サプライズ成功だな。
俺に顔があればドヤ顔の1つでもするんだが、まあそれは無理なのでお預けだな。とりあえず今はカヤノにわかりやすいように右腕をグーとパーに動かす。カヤノは自在に動くその土色の右手をまるで猫じゃらしを目の前に出された猫のように、少しの警戒と大きな好奇心の混ざった目で見つめていた。
「これは先生が動かしているの?」
(そうだ。)
やはり義手としてゴーレムを動かしながら文字を書くのはちょっと厳しい。かなり集中力を必要とする。まあ書けないとは言わないが長い文章はきつい感じだ。
カヤノはじっと義手を見ていたが興味が勝ったのか自分の左手でべたべたと土の義手を触り始めた。カヤノが満足するまで俺はそのまま動かなかった。
「すごい。やっぱり先生はすごいよ。」
カザハが義手へと尊敬の眼差しを向けている。うむ、敬ってくれて構わんよ。
はっはっはー。
「あ、そうだ。先生。これで自分と僕の名前を書いてみてよ。」
なんだ、そんな簡単な事か。文字を書くなんて俺にとってはお茶の子さいさいなのだよ、カヤノ君。
カヤノの左手からいつもカヤノが地面に字を書く練習に使っている30センチほどの木の棒を受け取る。そして木の棒を握りしめて文字を書こうとしたその時・・・
バキッ!
木の棒が真っ二つに折れてしまった。
奥手の研究生リクと言葉を話せなくなってしまった少女カヤノ。手話の画像解析の研究に協力することで出会った二人は交流を深めていく。今、話題のハートフルラブコメディ。
次回:手から始めましょう
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




