とりあえず陰謀らしい
ギシギシと言う何かがきしむ音が薄暗い部屋の中で響いている。その部屋は雑然としており、それでも今日の為にとりあえず整理したのだろうと言う事がすぐわかった。なぜなら部屋の隅の一角に明らかにゴミと思われるものが積まれているからだ。廃退的、そんな言葉がよく似合うそんな場所だ。
部屋には一組の男女がいた。
赤髪をショートカットにしたその女は、金色の瞳を楽しげに歪めながら自ら体を動かしてその薄汚れたベッドをギシギシと揺らしている。その体は緑色の鱗に覆われ、その鱗の表面を月明かりが照らしていた。
「あんた、言ったわよね。外なら大丈夫だって。」
女は顔を愉悦に染めながら体に力を入れていく。ベッドのきしむ音が更に大きくなり女の体も大きく揺れていた。
「ううっ、言った。だが・・・」
「何?簡単じゃなかったの?」
男の表情は何かを我慢するかのように苦しそうだ。女が動くのに合わせて男の体も動いているのだが、我慢することで精いっぱいの様でまともな言葉さえ返せていない。そんな男の様子に女が更に笑みを深める。その笑みは蠱惑的であり官能的だった。
「ねえ、いいのよ。無理しなくても。」
「無理なんかじゃ・・・」
女が体をかがめ、男の耳元でささやく。その誘惑に男は思わずうなずいてしまいそうになりながらも、慌てて自分を戒める。その誘惑に乗ったが最後、どうなるか男は良く知っていた。
そんな男の態度に女は呆れたのか、先ほどまでの笑みが嘘のように冷たい視線で男を見下ろす。
「無能はいらないのよ。」
そして自分が今まで踏んでいた男の生殖器の片方をそのまま踏み潰す。男が声にならない悲鳴を上げ、その下半身から謎の液体が流れだした。股間を押さえたまま動かないその男に興味を失い、それよりも自分のブーツの裏についた液体が気になるのか女はしきりに靴を床にこすり付けている。
「グラモ、あんたは私に言ったわよね。3年以内にバルダックの外街を壊滅させて見せるって。それが何?もう4年近くなるけど。」
「・・・東と西はうまくいってる。」
グラモはベッドから転げ落ちるように降り、そのベッドの下に隠してあった箱から緑色の液体の入った瓶を取り出し、自らの股間へとかけた。グラモの痛みに歪んでいた表情が少しずつ落ち着いていく。女はそれを面白くなさそうに眺めていた。
「この外街で最重要なのは門のある南でしょ。東や西なんてついでじゃない。」
「違う、最初はうまくいっていたんだ。ブラックラットを増殖させ、街を汚染させていく。南も同様に少しずつ汚染は広がっていった。しかしある時から急にブラックラットが減り始めたんだ。西や東から補充してもそいつらもすぐに消えちまう。だから・・・」
「その言い訳はもう聞いたわ。火をつけようとしたんでしょ。私たちの目的わかってんの?あんた馬鹿でしょ。」
「うっ。」
男が言葉に詰まる。女の言うことがまさしく正論だからだ。バルダックの外街を壊滅させるとは言ったがそれは自然に見えるように壊滅させなければ意味が無いのだ。確かに火事が起これば街の一部は壊滅状態になるかもしれないが、それは故意であれ偶然であれ人の手が入っていることになる。それでは彼女たちの目的を達成したことにはなりえないのだ。
むしろ火事にならなくて助かったとも言える。
「しかも私がせっかく手に入れてあげた魔道具も無駄にするし。」
「あれは、【魔弾の隠者】なんてイレギュラーがいたからだ。あいつさえいなければもっと・・・」
「それを調べるのもあんたの仕事だよ。つくづく使えない奴だね。」
悔しげに自分を見る男に女は呆れた目で男を見下す。それは明確に彼女の方が上位の存在であることを示していた。男は何も言えない。立場が下だからというだけでなく、自分の工作がうまくいっていないことは十分に自覚しているからだ。
さらに女からもらった魔道具。魔物を操ることが出来る呪いの魔道具とも呼ばれるそれは非常に希少な物だった。再利用することが出来ないわけではないがそれにはかなりの手間が掛かることを男は受け渡しの時点で十分に聞かされていた。男にとってはとてもではないが出来ないことだ。
「ネズミしか使えないケチなテイマーのあんたを取り立ててやった私の期待をこれ以上裏切るんじゃないよ。」
「はい、ボス。」
女がグラモから視線を外しそのまま部屋の外へと出て行こうとする。そしてブーツを床にけつまずかせ、転びはしなかったが少し体勢を崩した。女はチッと舌打ちしグラモの方を睨んだ。
「この部屋も気持ち悪い。汚いし傾いてるんだよ。そんなことにも気づかないからあんたは失敗するんだ。」
八つ当たりのような言葉を残し女は出て行った。1人残されたグラモは、カヤノと薬草を取引している胡散臭いとリクに言われたその男は女がいなくなったことを確信すると持っていた空き瓶を思いっきり壁へと投げつけた。
空き瓶はパリンと言う音を残し砕け散ったが、グラモの表情は苛立たしげな顔のままだった。
あの男の家を突き止めてから2週間。俺の一日のスケジュールに1つの行動が追加された。それは昼、カヤノが薬草採りに出かけている間に行うことだ。それが何かと言うと・・・
フハハハハ。男の家を少しずつ傾かせてやるのだ。
俺は毎日あの男の住んでいる家へと向かうと、斜めに傾斜するように毎日5ミリずつ家の下の地面を傾けていった。
何で5ミリかと思うだろ。それはな、一気に動かしたらさすがに家に異常があったってすぐに気づいちまうからだ。少しずつ動かすならたとえ男が家の中にいたとしても気づかれる可能性は低くなるし、急に動かして家が崩壊して他の人に被害が出るなんてことになったら申し訳ないしな。
ふっふっふ。平衡感覚がだんだんと狂う恐怖を味わうがいいわ。
いや~、こういう地味なストレスが一番嫌だと思うんだよね。本当なら1ミリくらいにしようかなと思ったんだが、カヤノに対する態度が以前にも増してひどいからちょっと5倍しちゃった。しかし後悔はしない。
一応今のずれは7センチだ。借家かもしれないから家を壊す気は無いのでそろそろやめ時かなとは思っている。もし異常に気づいて魔法とかで元に戻したなら速攻でまた傾けてやるんだけどな。
まああんな男のことは割とどうでも良い。と言うよりはあいつが薬草を売っている店がわかったんだから、そこにカヤノを行かせてやりたい。今みたいに朝から夕方まで薬草を採取して6オルをあの男からもらうよりもはるかに良い暮らしが出来るはずだ。
しかし問題点も多い。まず、カヤノにそういった経験が全くないと言う事だ。金銭に関しての知識がほとんど無かったことからもわかるようにカヤノは店で買い物と言う事をしたことが無いらしい。現代人ならどこの箱入り娘だよと言った所だが、カヤノの場合はその真逆の理由だから笑えねえ。
次にカヤノからその店が本当に適正価格で買い取ってくれるのかと言うことも問題だ。
カヤノは見た目も年齢も子供だ。薬屋で物を売り買いするのは何となく年齢制限があるような気がする。まあこれは前世のイメージが大きいから違うのかもしれないが。
後は子供だからと言って取引金額を低く見積もられたりしないかと言う不安もある。搾取されるのがあの男から薬屋に変わりましたでは意味が無いのだ。
最後にこれが根本的な問題なのだが、薬屋の場所をどうやってカヤノに教えるのかと言う問題だ。
俺が地面をぼこぼこさせて教えると言う方法も無い事も無いし、地図を書くと言う方法もある。ただぼこぼこさせれば人に見つかる可能性があるし、地図はカヤノが正確に理解できたのであれば良いが、カヤノの人生でおそらく初めての地図だ。絶対無理だろ。
大丈夫、と言って迷子になる予感しかしねえ。
カヤノの文字を読む練習も一段落したし、そろそろ次の段階に移るか。
(カヤノ、ちょっといいか?)
「んっ、何?リク先生。」
俺は左手で慣れない文字を書く練習をしているカヤノに声をかけた。
その男は重い宿命を背負っていた。自らを助け、そして将来へと繋げるために男は無謀な挑戦を続けていく。数億の犠牲の上に自分が生かされたことをその男は知っていたからだ。
次回:勇者カタタマ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




