とりあえずつけ回す
新章開始です。
あのゴブリン、いやホブゴブリンだったかの魔物かちこみ事件から2週間が経った。あの襲撃を知らせるために飛び込んできた冒険者のおかげもあり、人的被害は死亡8名、怪我35名(魔物による被害限定、逃げる時にけがをした人を含めると不明らしい)と驚くほど少なかったらしい。
俺としてはかなりの被害のような気がするが、ホブゴブリンキングに率いられた100匹以上の集団に対する被害としては奇跡的な数と言っていいらしい。基準が怖えよ。
というかホブってなんていうかボブに似てるよな。
ヘイ、ボブ!今日の商品は何だい?
今日の商品は寝ながらでも腹筋を鍛えられるこの腹筋マシーンさ。
ワァオ、これがあれば誰でもボブのように憧れのシックスパックになれるね。
お前のお袋の三段腹は無理だけどな。
なんでボブが俺のお袋の腹のことを知ってるんだい?
そりゃあ昨日一緒に寝たからさ。
なーんだ、そうだったのか。はっはっは!
黒人で歯が真っ白なナイスガイが商品を紹介しているのが浮かんでくるが違うよな。まあいいや。
街の復興としてはほとんど問題ない。ほとんど人がいなかったからホブゴブリンが家を荒らしたりすることも無かったらしいし、そっち関係の被害らしい被害は肉屋のオヤジが商品を食べられてしまったことぐらいだ。オヤジ、半泣きだったな。可哀想に。
あっ、そうそう。もう1つ被害の少なかった原因としては一級の冒険者の【魔弾の隠者】って呼ばれている奴がたまたまこの街にいたかららしい。俺に攻撃をぶち込んできたのは間違いなくこいつだな。噂話でもこいつがホブゴブリンキングと謎のゴーレム(まあ俺のことだ)を倒したってことになってたしな。
って言うか【魔弾の隠者】って恥ずかしくね?しかも隠者って言う割に真っ赤な派手なローブだったぞ。確かに顔は見えなかったけど。
俺をいきなり攻撃してきたことにちょっと思うところはあるが、そのおかげでカヤノとおばちゃんがすぐに発見されたからまあ我慢してやろう。俺に被害は無かったしな。でもマジで何されたのかわからなかったな。いきなり胴体に穴が開いてたし。
まあ街の話としてはこんな感じだな。宿のおばちゃんも帰ってきたし、通りにもいつも通りの活気が戻っている。すぐに元に戻れるこういうところは強いなと素直に感心する。
で、だ。街のことは良いんだが問題は俺自身の変化だ。
あの時、カヤノを助けようとして俺の中で何かが変わった。俺自身にも何が起きたのかはわからねえが。
具体的に言うとまず、俺の自由に行動出来る範囲は半径100メートルまで伸びた。この距離までなら今まで通り自由に動くことが出来るので喜ばしい限りだ。ちなみに動かせるのは10メートルほどに増えた。
そしてその100メートルを超えて行動も出来るようになったのだ。もちろん、ただしという条件が付く。
その条件は・・・俺が疲れるのだ!!
動けば疲れるのは当たり前じゃねえかって思うだろ。違うんだよ。俺が地面として生まれ変わってからこれまで一度たりとも疲れたって思ったことは無かった。いや、さすがに飽きたな~とか精神的に疲れる~とかはあったぞ。だがこの疲れるは肉体的な辛さなのだ。
しかもこの疲れの厄介なところは他にもある。あまり無理をしすぎると俺は意識を失ってしまうのだ。どちらかと言うと眠気が我慢できなくなって眠ってしまうって感じか?
ホブゴブリンキングと戦った後、【魔弾の隠者】に攻撃されて意識を失ったのもどちらかと言えば無理やりゴーレムを作って戦った疲れで眠気が我慢できなかったんじゃないかと俺は思っている。その証拠に俺、ピンピンしてるからな。
一度、実験でどのくらい動けるのか試していてそのまま眠ってしまい、俺がいなくなってしまったと思ったカヤノに後でめっちゃ怒られたので今は無理しない程度に実験を続けている。しかもカヤノに事前に相談した上でだ。
泣きながら怒るって最強だよな。何にも言えねえもん。
とりあえず実験の結果、100メートルの範囲外をただ移動するだけなら1時間くらいは自由に動けるようだ。もちろんその範囲外で地面を動かしたりするとその時間は短くなっていくので注意が必要だが。
この2週間で検証できたのはそんなもんだ。
カヤノは右腕を失って最初のころはかなりぎこちなくて、食事を食べるのにもかなり苦労していたんだが、一週間ほどで何とか慣れてきたようだ。薬草摘みも再開し、時間は今までよりもかかってしまっているが問題なく採取出来ている。
だがさすがに片手の生活は不便だと思うので俺にちょっと案があるんだが、それはしばらく後にしようと思っている。具体的に言うとカヤノが文字を完全に覚えたあたりだな。意思疏通が出来ないとさすがにきつい。
そして今俺が何をしているかと言うとスニーキングミッション中だ。今日は文字の練習はしないとカヤノに伝えたらブーブーと文句を言われたが仕方がない。こっちの方が優先なのだ。しかし最近のカヤノは俺に素直に感情を伝えてくれるようになってきて可愛い。俺にも子供がいればこんな感じだったのかもしれん。いや、転生しちまったことを考えると親と兄弟以外に残された家族がいなくて助かったと言うのもあるんだけどな。さすがに妻と子供がいたら死んでも死に切れんだろ。
しまった、脇道に逸れたな。まあ俺が誰を絶賛スニーキング(いや、人だからストーキングになるのか?まあどうでもいいや。)しているかと言うとカヤノから薬草を買っているあの男だ。
あの男は今のカヤノにとって生命線だ。気に食わない奴ではあるが必要な人材って奴だな。そうなのだが最近あの男の様子がおかしい。常にイライラとしていてカヤノにも無駄に暴力を振るおうとする。銅貨を投げつけることまであったんだぞ。俺がどれだけあいつを殴るのを我慢したかわかるか?
当のカヤノは表面上平気な顔をしていたが、心の中でどう思っているかはわからない。でもあんな態度を取られて傷つかないはずはない。
それで俺は考えたのだ。あいつを介さずにカヤノ自身が売ればいいんじゃねと。カヤノ自身、おばちゃんの宿付近以外はほとんどこの街について知らないらしい。と言うか貨幣についての知識も俺より無かった。それじゃあ騙されもするわと逆に納得してしまったくらいだ。
いきなり薬草を男に売らなくなったらちょっと危ないかもしれないが、その時は俺が守ればいい。逆に言えば、今あの男がいなくなったらカヤノが現金を手に入れる方法が無くなってしまう。それが一番まずいからな。
カヤノから薬草の入った袋を受け取った男がそれを持ってふらふらと歩いていく。やはりイライラしているのか唾を吐いたり、地面に落ちているゴミを蹴飛ばしたりしている。
ふぅ、俺の範囲じゃなくて良かったぜ。
カヤノと俺がいる場所からどんどんと東の方へと男が歩いていく。俺が行ったことのない方向だ。街はどんどん雑多、と言うか路上のごみが増え、昼間だと言うのにネズミも走り回っている。何となく空気も淀んでいるような気がする。街にも活気が無く、通りを歩いているのは数えるほどしかいない。
流石にこんな場所にカヤノを来させるのはちょっとな、と思うくらいの場所だ。
男が一軒のぼろ屋へ入って行き、そしてまたすぐに出てくる。薬草の袋は持ったままだ。うーん、こいつの家か?
そして男が元の道を戻り始め、男の家の場所よりは少しましなところまで戻ってくると一軒の薬屋らしき店へと入って行った。
店の床は木の板が張られているためさすがに俺でも見ることは出来ない。仕方がないので少し待つ。早く出て来い。お前がちんたら歩いているから残り時間があんまりねえんだよ。
俺の思いが通じたのかそう時間もかからず男は出てきた。その手には・・・おい、それ小銀貨じゃねえか!!
男が握っている手から見えたのは100オル硬貨だ。そのほかにも銅貨が見えているから少なくとも100オル以上で売っていると考えていい。カヤノに男が払っているのはいつも6オル。20倍近くもらってんじゃねえか!中抜きなんてもんじゃねえぞ。
男は少し機嫌が良くなったのか足取りも軽く先ほどの自宅への道を戻りそのまま出てこなかった。
ふふっ、店の場所はわかった。もうお前は用済みだ。覚悟してやがれ。
ついにストーカーになってしまったリク。しかし彼は気づいていなかった。自分もまたつけ回される存在であったことに。
次回:螺旋の如く
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




