とりあえず夢を見る(後半)
今までの話の誤字やらなんやらを修正しました。
それに伴いサブタイトルも修正しています。内容は変わりません。
僕は街にいた。お母さんと別れて長い間馬車に揺られて連れてこられたバルダックの街だ。あれっ?僕起きたのかな?
僕の目の前の地面が凹んで「おはよう」と言ってきた。
「あっ、リク先生、おはよう。」
うん、起きたみたいだ。先生は僕を助けてくれたり、文字を教えてくれるすごい先生だ。地面だけどすごく物知りなんだ。僕がこの街で唯一ちゃんと話すことが出来る存在だ。人じゃないけど。
背伸びして強張った体をほぐす。昨日の夜は食事がいっぱいあったのでお腹は空いていない。大丈夫だ。
「じゃあ行ってきます。」
(行ってらっしゃい。)
リク先生に見送られていつもの森へと向かう。ちょっと早足だ。リク先生にもっと文字を習ってもっといっぱいお話をしたい。だから勉強の時間をもっと取りたいからね。
森に入って薬草を採取していく。お母さんに教わったことを思い出し、自分と森が一体になったイメージをする。深呼吸して森に体を染みこませていくのだ。
うん、あっちだ。
お母さんほどうまくは出来ない。でも何となく方向はわかる。僕は歩き始める。しばらくして薬草の群生地を見つけた。そして綺麗な物を選んで採取していく。
この森は魔物がほとんどいない。いたとしてもゴブリンくらいだ。ゴブリンなら近づいて来れば音で気づくし、一匹くらいなら僕でも大丈夫だ。怪我をしちゃうから戦わないけど。
周囲を警戒しながら採取を続け、虫に食われていたりする物はお腹の足しに食べていく。
そういえばリク先生は薬草好きだったよね。
先日リク先生に薬草をあげた時のことを思い出す。物知りな先生なのに薬草で遊んでいるから駄目って怒ったんだった。食べ物を粗末にしちゃ駄目だよね。お母さんも言ってたし。
周囲を警戒しながら採取を終える。最初に群生地を見つけられたからいつもよりだいぶ早い。これならいっぱい勉強できるはずだ。ウキウキしながら街へと戻っていく。
街が見えてきたとき、そこに大きな×印があった。あれっ、先生だ。迎えに来てくれたのかな?嬉しい。そんなことは初めてだ。
大きく手を振り返す。先生も歓迎してくれるのかいっぱい×を作っていた。
その時、恐ろしい声が聞こえた。振り返って見ると大きなゴブリンがいた。僕の知っているゴブリンとは全然違う。僕の知っているゴブリンは僕より小さい。1メートルくらいなんだ。その威圧感に僕の足が震える。自然と悲鳴があがり一目散に逃げる。
先生の所に行かなくちゃ。逃げなくちゃ・・・殺される。
恐怖が僕を覆い尽くす。もうすぐ街だ。あそこなら先生が・・・
腕が熱い。痛いんだけどそれ以上に熱い。それなのに体は冷えていく。流れ落ちる自分の血。何なの、これ?
突き飛ばされるようにして倒れこむ。ステラさんだ。ステラさんは僕をぎゅっと抱きしめていた。ちょっとお母さんを思い出して安心した。でもすぐに気づく、ステラさんの背中から血が流れていることに。ステラさんの顔色がどんどん悪くなっていく。
死んじゃやだ、死んじゃやだ。死なないで。僕、ステラさんのこと大好きなんだ。街の片隅で死にそうな僕を助けてくれたのはステラさんだ。居場所をくれて、食事もくれて、食堂の残りが無い時は僕のために料理を作ってくれた。あんまり話してはくれないけどずっと見守ってくれたんだ。僕が生き残れたのは全部ステラさんのおかげなんだ。
だから死なないで!!お願い、お願いだから。誰でもいい、ステラさんを助けて。神様、僕が嫌いなら僕は死んでもいいからステラさんだけでも助けてください。お願いします。お願いしますから。
あたりが真っ暗になる。あれっ?ステラさんは?大丈夫なの?
うっすらと明るくなり、ぼんやりとした視界が広がる。そこにはあの恐ろしいゴブリンと三角の土の塊が戦っていた。リク先生だ。なぜかわからないけど僕にはわかった。リク先生がゴブリンをぼこぼこにしている。すごく強い。すごくかっこいい。
ゴブリンを倒したリク先生が近づいてくるのが見える。ありがとう、リク先生。お礼を言おうとしたけど体が動かない。そして突然、リク先生の体に穴が開き、先生が崩れ落ちて行った。先生、先生!!
「先生!!」
跳ね起きた僕は辺りをキョロキョロと見回す。見たことのない場所だ。大声をあげた僕を周りの人が怪訝な顔で見ている。そしてすぐに蔑むような表情へと変わる。僕は慌ててローブを被ろうとし、それが無い事に気づいた。
僕は地面に敷かれた綺麗な毛布の上で寝ていた。こんないい場所で寝るのは家にいた時以来だ。周りには僕と同じように毛布の上で寝かされている人がたくさんいる。皆怪我をしていた。その隙間を縫うように兵士さんやシスターが忙しそうに歩き回っている。
「気がついたようだな。」
そう声をかけてきたのは剣を腰に提げた兵士さんだ。僕はビクッと反応してしまう。あのことがあって以来、剣を持つ人を見ると体が強張ってしまうのだ。返事をしないのもまずいので小さな声で「はい。」と返事をする。
「君は街の外で女性と一緒に倒れていた。ああ、その女性についても大丈夫だ。服は破れていたけれど怪我は無いよ。」
その言葉に僕はほっとした。ステラさんは無事みたいだ。
「君たちは運がいい。君のそばにはホブゴブリンキングと正体不明のゴーレムがいたらしい。たまたま通りかかった1級の冒険者がいなければ君たちは死んでいただろうね。」
兵士さんが丁寧に説明してくれる。この人はあんまり僕を嫌っていないみたいだ。ちょっと嬉しい。
・・・えっ、ゴーレムって!!
「あ、あの。そのゴーレムって!?」
「ああ、残念ながら君たちを助けるために魔石まで吹き飛んでしまったようで種類までは確認できなかったが無事に倒せたことはこちらでも確認している。お、おい、君!!」
兵士さんの言葉の途中までを聞き、僕はお礼も言わずに走り始めた。後で怒られちゃうかもしれないけどそんな時じゃない。
ゴーレムって先生のことだ!!
僕が見たのは夢だけど夢じゃない。先生が僕を助けてくれたんだ。あのホブゴブリンキングって言う強いゴブリンから僕とステラさんを守ってくれたのは冒険者さんなんかじゃない先生だ。
そんな先生が倒されたってどういうこと!?
必死に走り回り、なんとか見覚えのある路地にたどり着いた。いつもより人通りは少ないけれどいつもの商店街だ。肉屋のジーボさんが泣きそうな顔をしているけれどそんなのは関係ない。人の間を縫うように走って街の外へ出る。
ホブゴブリンキングの死体はもうそこには無かった。黒ずんだ地面のそば、そこに大きな三角形の土の塊が二つ折りになっている。
「先生、リク先生!!」
僕が必死に呼びかけてもその塊は全く動かない。ねえ、動いてよ。いつもみたいにおはようって言ってよ。文字、教えてくれるって言ったじゃないか。僕、先生にありがとうって言えてないんだ。だから・・・
「先生・・・」
涙が僕の頬を伝って先生へと落ちる。でもそれはちょっと黒いしみを地面に作っただけで消えてしまう。土の塊を必死で揺らしながら泣いている僕を街から出て行く人が奇異の目で見ていた。
「先生・・・」
とぼとぼとした歩調でいつものステラさんの宿へと戻る。まだステラさんは戻っていないらしい。宿に泊まっているお姉さんたちが心配しているのが聞こえた。
たぶん今はお昼くらい。3時間くらいずっと先生を呼び続けたけど駄目だった。リク先生は動いてくれなかった。
いつもの路地裏に座る。今は薬草なんて取りに行きたくない。
すとん、と腰を下ろす。視線の先にリク先生に文字を教えてもらった地面が映る。
「先生、リク先生・・・」
それを見て枯れてしまったはずの涙が再び溢れてくる。リク先生がいない。それがはっきりと感じられてしまった。悲しさで胸が押しつぶされそうだ。でも生きなくちゃ。お母さんに、ステラさんに、リク先生に助けてもらったんだから何としてでも生きなくちゃ。
「ありがとう、リク先生。」
涙を堪え、地面に向かってお礼を言う。聞こえていないかもしれない、でもきっと聞こえている気がする。だってリク先生だから。
必死に笑おうとする僕の目の前の地面が凹み、リク先生と初めて会った時のあの笑った笑顔が作られていった。
これにて一章が完結しました。
引き続き二章へと移っていきます。ちょっとガラッと場面が変わります。
次章:給食大戦争
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




