とりあえず夢を見る(前半)
20ブクマありがとうございます。
ああ夢だ。
僕はすぐに気づく。何度も見た夢だ。何度も見過ぎて夢の中なのにこれが夢だってわかってしまうくらい繰り返し見た夢だ。
目の前にあるのは懐かしい僕の家。森の奥に木々に囲まれるようにして一軒だけあった僕たちの家。僕の足は僕の意思と関係なくその家に向かって歩いている。木の懐かしい香りがする。そしてドアを開ければ・・・
「おかえり、カヤノ。」
「ただいまお母さん。」
お母さんがいつも通り優しい笑顔で僕を迎えてくれた。
改めて見てもお母さんは美人だと思う。僕と一緒の翠の瞳、そしてショートカットの頭にはいっぱいの花が咲き誇っている。大きなスカートにも見える赤い葉っぱをふりふりと動かしながら白いシャツ一枚と言う簡単な服装で、蔦の手を器用に使ってお母さんはご飯を用意している。
小さな僕はそれを楽しそうに食卓に座って見ているのだ。
幸せな時間だ。
僕と似ている。でもやっぱり違う。お母さんはアルラウネ。ちゃんとした人間だ。僕とは違う。忌み子の僕なんかとは・・・
僕とお母さんは生まれてからずっと2人で暮らしてきた。お父さんは見たことはない。赤ちゃんの頃には会ったことはあるらしいけど僕は覚えていなかった。お父さんのことを聞くとお母さんが悲しそうな顔をするから話題に出ることはほとんど無かったけど。
お母さんにいろいろな植物のことを教えてもらいながら僕はここで生活していた。僕にとってはこの森とこの家、そしてお母さんが全てだった。でもそれで幸せだった。
「うーん、ちょっと雲行きが怪しいわね。午後からは雨になるかもしれないから家で遊びましょうね。」
「うん。」
お母さんが窓から外の様子を見ながら言う。ご飯はもうすぐ出来上がりだ。僕は足をプラプラさせながらそれを待っている。
ああ、始まる・・・
外を見ていたお母さんの表情が突然変わる。あんなに怖いお母さんの表情なんて僕は見たことが無かった。僕が悪いことをして怒った時でさえお母さんの目は優しかったのだ。小さな僕はその急変に不安そうな表情を浮かべる。
「カヤノ、来なさい。」
「えっ?」
お母さんの手の蔦に掴まれながら、いつも2人で寝ている部屋のクローゼットの中に入る。ここにはなぜか扉があって小さな部屋に繋がっていた。小さな僕はかくれんぼの絶好の部屋としか思っていなかったけれど今ならわかる。お母さんはこの時のためにこの部屋を作っていたんだと。
音をたてないようにお母さんがそっと隠し扉を閉めるのと玄関のドアが乱暴にノックされるのはほぼ同時だった。
ゴンゴン、ゴンゴン、と大きなノックの音に僕の体がビクッと震える。そんな僕をお母さんは優しく包んでくれた。
「いい、カヤノ。絶対にしゃべっては駄目よ。お母さんが絶対にあなたを守るから。」
温かいお母さんの蔓に全身をくるまれ、お母さんの顔は見えなかったけど僕は首を縦に動かした。
しばらくしてドアを壊すような音がしてそして数人の足音が家の中に入って来る音が聞こえた。クローゼットの奥の小部屋なので何か喋っていることは聞こえたけれど何を言っているのかは全くわからなかった。お母さんの蔦が僕をもっとギュッと掴んだ。もしかしたらお母さんには聞こえていたのかもしれない。
しばらくして寝室に人が入って来る音がした。
「ヒッ!」
小さな僕の口から悲鳴があがりそうになるのをお母さんはそっと塞いだ。僕もそれでしゃべっちゃ駄目だと思い出して自分の手で自分の口を塞ぐ。そんな僕を見てお母さんがほほ笑んだ。
入ってきた人はベットなんかをひっくり返しているのか大きな音が聞こえていた。そしてついにクローゼットの扉を開く音が聞こえた。僕は自分の手で必死に口を押さえ、お母さんも体を強張らせていた。大丈夫だ。この部屋の扉は本当に外からはほとんどわからない。大丈夫なはずだったんだ。
しばらくごそごそと探すような音が聞こえ、僕とお母さんは息さえ潜めて見つからないように祈りながら早くどこかに行ってと思っていた。
「いないな。」
クローゼットから人が離れていくのがわかった。お母さんの蔦が緩み、僕もお母さんと顔を見合わせて2人で笑った。もちろん声は出さないけど。
その時だった。
クローゼットにあったお母さんの服が自然にドサッと落ちたのだ。僕もお母さんも何もしていない。多分探した時に動いてしまい、ほとんど引っかかっていただけになっていた服が落ちたんだと思う。最悪のタイミングだった。
僕の心臓がギュッと締め付けられる。
「んっ?」
人が戻ってくる気配がした。大丈夫、きっと大丈夫。そう思っていたと思う。でもその思いは叶わなかった。
「これは扉か?おい、こっちだ。隠し扉がある!!」
見つかってしまった。開こうとする扉をお母さんが必死になって押さえていた。この部屋には他に出口なんてない。見つかってしまったらどうしようもないのだ。
お母さんの必死の抵抗もむなしく、数人の人が部屋に入って来る音が聞こえ、そしてついに扉は開かれてしまった。僕とお母さんは引きずられるようにして外につれ出される。僕は恐怖のあまり泣いていた。そんな僕を1人の男に掴まれたお母さんが必死に抱きしめようとしているのが見える。
そこにいたのはお母さんと同じアルラウネの男性3人だった。初めてみたお母さん以外の人に僕は怯え、ただ泣くだけで動けなかった。
「ようやく見つけたぞ。さあ里に帰るんだ。」
「いや。私はカヤノとここで暮らすの!!」
「お前は自分の役目の重要性がわかってないのか!?そんな忌み子などどうでもいいだろう!!」
「カヤノは私とあの人の子供よ。私の大事な大事な子供なの!!」
お母さんが必死に僕に向かって手を伸ばしている。でも届かない。僕は泣きじゃくりながら抵抗するお母さんを見ているしかなかった。
「おい、そいつを殺せ。そうすれば大人しくなるだろ。」
「えっ、子供ですよ。忌み子とはいえ・・・」
「神に愛されない愚かな存在だ。殺しても我らが神は許してくださる。」
僕を掴んでいた若い男のアルラウネが迷いながらも剣の柄に手をかける。カチャっと言うその音を聞いてああ、僕は死ぬんだなって理解してしまった。お母さんの顔が絶望に染まる。
「待って。カヤノだけは、カヤノだけは助けてください。お願いします。何でもしますから!お願いします。」
お母さんが必死に頭を下げ、それを僕を殺せと命令した偉そうな男の人が満足げに見てうなずいた。
「いいだろう。この忌み子はどこかの街まで責任を持って送り届ける。それ以降のことは知らんがな。」
「そんな!!」
「ここに放り出しておいてもいいんだぞ。ここにたった1人で生きられるのか?」
お母さんが苦悶の表情を浮かべている。ここでは僕1人では生き残れない。食べ物だって探すのは大変だし、その辺りには魔物もいる。直ぐに見つかって殺されてしまうだろう。
お母さんはうなずき、そして拘束を解かれて僕のそばに来て僕をギュッと抱きしめた。
「必ず見つけるから。あなたがどこに居ても私が必ず見つけるから。だから待っていてね。私の愛しいカヤノ。」
お母さんの腕がゆっくりと剥がれていく。景色がぼんやりと歪んでいく。ああ夢が終わるんだ。早く起きて薬草を取りに行かなきゃ。
・・・
・・あれ?
明かされるカヤノの壮絶な過去。そしてそんな悲劇の原因である母の役目とは!?
次回:勤務先は給食センター
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




