とりあえずじり貧になる
「管そう解除、2号、とび口モード。3号は回収に行け!」
持っていた土を放射する筒を変形させ、嘴のような形状が先端についている長い棒にする。この棒はとび口と言ってれっきとした消防の道具で、消火作業での障害物の除去や解体に使われるものだ。俺にとってもなじみ深い道具の1つである。
土を放射し何とか魔物の進行を食い止めていた俺だったが、問題が発生していた。まず1つはカヤノがどっか行っちまったらしく俺のいる場所が核の効果範囲外になっちまったことだ。つまりこの場にいるだけでエネルギーを消費する。この巨体を維持するだけでもかなり厳しい状態だ。1号から何の報告もねえし、背後から変な物音なんかもしねえから危険な目に遭っている訳ではなさそうなのが救いだな。とは言ってもエネルギー問題は喫緊の問題なので装備を変更し3号に魔石の回収を任せたのだ。そこらへんに腐るほどあるしな。
で、もう一つの問題ってのが・・・
「くそっ、やっぱ広がってやがる。お邪魔するなら玄関からってのが常識だろ、馬鹿野郎が!!」
とび口を振り回して俺から離れた位置の防壁へと向かおうとしている魔物たちを薙ぎ払っていく。数は確実に減っている。しかしそれは俺が倒したと言う理由だけじゃなく、俺を避けるようにして魔物たちが防壁へと向かうようになっていたからだ。先ほどまでの俺は核の効果範囲から出ないように注意していたからそのためだろう。
こんな動きをする魔物なんていないはずだ。これまで色々な魔物と戦ってきたし、この辺りの魔物とも結構戦った。今ここを襲っている主力はエリートゴブリンやハイオークなんだが、考えてみれば何で違う種族なのに何で仲良しこよしでこの里を襲ってきてるんだよ。森ではお互いに殺しあってたりしたくせによ。
今までは防ぐだけで考える暇もなかったが、俺に向かってくる魔物が減ってきたおかげで少しずつ考える余裕が出てきた。こいつらの動きは明らかにおかしい。このことが指し示すのは何者かわからねえがこの魔物を指揮している奴がいるってことだ。
そう考えると色々なことが納得できた。普通こんだけ俺に仲間が殺されれば逃げる奴だっていそうなもんなのにこいつらは恐怖心がねえかのようにただ向かってきていた。つまりそうさせるだけの何がしかの強制力がこいつらには働いているのだ。
「それがわかったとしてもどうしようもねえんだけど、なっ!!」
とび口を振るい、3号が持ってきた魔石を吸収しつつ戦い続ける。最初は多少はあった防壁からの援護射撃だが、今はほぼ無い。防壁の手前は魔物の死体が山になっており、それを足場にして新たな魔物が侵入を試みている。見た限り今のところ侵入は許していないようだがそれも時間の問題だ。
「おっ、カヤノが戻ったか。これで多少は楽になるが、そろそろ最悪の事態も想定しねえといけねえか。3号、魔石の回収は終わりだ。カヤノに伝えてくれ。最悪の場合はエルフたちの命を最優先にする。俺が戻ってエルフ用の避難所を作るから少しでも危ないと思ったら1号をよこしてくれってな。」
足元で魔石を回収していた3号が手に持っていた魔石を俺に渡し、敬礼してから土の中へと消えた。おし、これで伝わったはずだ。
しばらくして戻ってきた3号が○印を作った。よし、カヤノに問題はなさそうだし、伝言も伝わったようだ。んっ?3号が続いて自分の手首をトントンと叩き、そして腕を一度閉じてから開くを繰り返している。
「時間を・・・のばせ?」
そうだと言わんばかりに3号がうなずき、敬礼してからメガ棒サイちゃんの中へと入ってくる。よくわからんが起死回生の一手があるのかもしれん。なら・・・
「2号、3号、吸管モード。邪魔者を吸いつくせ。」
2号と3号が俺の作った蛇腹状になった長い筒へと溶け込んでいく。そしてその先端に空いた丸い穴から壁際に落ちている魔物の死体を吸い込んでいき、俺の持った先端部分からその吸い込んだ勢いのまま死体が吹き飛んでいく。
吸管とは消防のポンプ車へ防火水槽や川などから水を補給するための太い管だ。本来ならポンプでタンク内を真空にすることによって水を吸い上げるわけだが、吸い上げるのは水じゃねえし、真空なんて出来るはずもねえから2号と3号がその役割を果たしている。いまいちどう動いているのかは俺にもよくわからんが秘密特訓でも出来たし、現に今も出来ているんだから問題なしだ。
ちなみに吸管の中はらせん状になっているから吸い込まれた奴は程よくシェイクされて生きていようが死んでいようが柔らかボディになることが出来るんだぜ。欠点としては吸い口が決まっているので動いている奴にはなかなか効果があがらないってとこだが。
「壁に張りつく奴ぐらいならどうとでもなるぜ!」
2号と3号が主導で防壁のそばに溜まった死体を吸い込みながら、たまに防壁を上っている最中の魔物を吸い込んで飛ばしていく。その一方で俺はストンピングして魔物を踏みつぶしていく。倒す速度は遅くなったがこれでしばらくは時間をもたせることが出来るはずだ。
とはいえこれはあくまで延命処置だ。じりじりと俺は防壁の近くへと押されていく。まだか?まだなのか?これ以上はさすがにもたねえぞ。出来うる限り時間は稼いだつもりだ。でも後数分もすれば突破されるだろう。なら今すぐにでも人命を保護するために動いた方が良いのでは・・・
そう、俺が考え始めた時、防壁の向こう側から「わあ!」という歓声のようなものが聞こえた。間に合ったのか!?
しばらくすると先ほどまではほぼないに等しかったエルフたちによる魔法が飛び始め、そしてそれは次第に壁のような密度で飛んでくるようになった。防壁付近まで押し寄せていた魔物たちがその壁に押されて後退していく。
おお、これはすげえ。どうやったかは知らねえが、あんだけ魔力切れで倒れていたエルフたちを復活させたみたいだな。しかし俺が邪魔なのかもしれねえけど結構な数の魔法が俺にも当たってんだが。まあ効かねえからいいんだけどよ。
とりあえず戦線は持ち直したし、情報収集もかねて一度カヤノのところへ戻るか。メガ棒サイちゃんはちょっともったいねえが横倒しにして放置だな。さらばメガ棒サイちゃん。
棒サイちゃんを魔物をなるべく巻き込むようにして地面へと倒れこませる。それだけで結構な数の魔物が潰れたようだ。あれっ、これってもしかしてこのままゴロゴロと寝ころんだまま転がれば今までよりも楽に魔物を倒せたんじゃあ・・・。
うん、気づかなかったことにしよう。このままいけば終わりよければってことになりそうだしな。あれだけ色々戦い方とかを考えたのにこの結果ってのはちょっとショックだが。
少々凹みながらカヤノの元へと戻る。カヤノはキラキラと光る液体を一生懸命瓶に詰めているところだった。詰め終わったものは次々とエルフたちが寝ているテントの方へと運ばれている。
おお、あれが魔力枯渇とか疲労とかで倒れていたエルフたちを回復させた薬か。なんか見た目からして普通のポーションとは違うもんな。きっとエルフに伝わる秘薬なんかに違いない。そういえば風の精霊がエリクサーの作り方がどうこう言っていたような気もするしもしかしてそれか?
とりあえずカヤノに事情を聞こうと姿を現すと、カヤノもこちらに気づいたようで顔をあげた。疲れてばいるようだが、良い顔をしてやがる。男として一皮むけたのかもな。
「よう、カ・・・」
「ヒャッハー!!」
「こいつはご機嫌だぜえ!!」
「・・ヤノ?」
俺の言葉はそんな世紀末の雑魚キャラを思わせる叫び声にかき消された。思わずそちらを見ると先ほどまで寝ていたはずのエルフが口の端からキラキラとした液を垂れ流し、完全にいっちゃってる目をしながら飛び跳ねるようにして防壁へと走っていき、まるで黒いあいつを彷彿とさせるカサカサした動きをしながら防壁の上部へと昇っていく。
エロくない、決してエロくはないんだがこれはR指定がかかる光景だ。俺が親なら絶対子供には見せたくねえ。
ぎぎぎぎ、と自分の首から音が鳴ってるんじゃねえかと思うほどぎこちなくカヤノの方へと振り向く。
「あの、カヤノさん。これは何でしょうか?」
なぜか丁寧な感じになってしまったが、これは仕方がねえだろう。むしろ逃げ出さなかったのを褒めてほしいくらいだ。カヤノが少し首をかしげながら近づいてくる。普段通りと言えば普段通りなんだがそれが今は逆にそれが恐ろしい。
「お疲れ様です、リク。良かった~。間に合ったみたいですね。」
カヤノのふにゃっとした笑顔に若干癒されつつも俺にはこの事態を放置することなんてできなかった。
「ああ、なんとかな。で、その薬何なんだ?飲んだエルフたちがすげえ感じになってたが。」
「これはハイエルフの里に伝わる秘伝の薬らしいです。元気ジュースの白い薬草が素材なんですよ。なんでも飲むと24時間戦える戦士になるそうなんです。」
「ちなみにその薬の名前は?」
「タッフマンっていうらしいです。」
「おい、それ色々な意味でヤバいだろ。」
「?」
くっ、小動物のように小首をかしげやがって。かわいいじゃねえか!
ついに禁断の秘薬タッフマンに手を出してしまったエルフたち。その効果は絶大であったが、またそれ故にその反動に彼らは苦しめられることになるのだった。
次回:もう働きたくないでござる
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




