カヤノととあるハイエルフ
手になじんでいない道具を渡され、ハイエルフに伝わるという魔力を回復させるポーションの作り方を習う。大丈夫。フラウニさんに教わったことから大きく外れていないから問題ない。
僕自身の使っていた道具はニーアさんが里長をしているエルフの里の家に置いたままなので少々使い勝手に苦労しながら調薬していく。作った薬はすぐに倒れている人のところへと運ばれていき、それを飲んだ人はよたよたとしながら防壁の上へと戻っていく。
本当にぎりぎりなんだ。
フラウニさんに調薬を習ってから自分なりにいろいろと研究もしたし、効率よく作れるように努力してきた。でもそれは時間に余裕があるときにしていて、こんな状況で作るのは初めてだ。
気がはやる。僕が作るのが遅くて迷惑をかけているんじゃないかと考えてしまう。無駄な力が入る。それが品質を低下させるとわかっていても。
「あっ。」
手が震えて容器を落としてしまった。落としたのは水の入った容器だ。良かった。まだ取り返しがつく。そのことにほっと溜息をつく。落としてしまった水を酌むために立ち上がると、魔力を回復させるポーションの作り方を教えてくれたハイエルフのお姉さんが魔法で水を出してくれた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。こちらこそあなたが手伝ってくれて助かっているわ。」
「いや、僕なんて・・・」
「ハイエルフやエルフには調薬の出来る者も多いけど少しでも戦える人は戦うしかない状況だから本当に助かっているのよ。素材も残り少ないし、基礎はしっかりと出来ているんだからマイペースでいいのよ。マイペースで。」
「マイペースですか。」
その言葉は僕に昔の記憶をよみがえらせた。
あれは、そう。僕がまだバルダックにいてフラウニさんに調薬を教えてもらっていたころのことだ。調薬を教えてもらっている時にたまたま調薬をするのに大事なことという話になった。その時フラウニさんが言っていた言葉は・・・
「調薬するのに大事なこと?」
「え、えっと、はい。何が大事なのかなって。」
フラウニさんは少し困った顔をしながら頬に手を当て、そして両手をパンと打ち鳴らして・・・
そうだ。僕は自分のペースで作ればいいんだ。僕にできるのは自分のペースで効果の高いポーションを作ることだけだ。材料が尽きそうな今、むしろ求められているのは効果の高いポーションのはずだ。
「可愛く、可愛く、細かくな~れ、ですよね。フラウニさん。」
「えっ?」
「いえ、何でもありません。」
小さな声で歌った僕の言葉を聞き返してきたハイエルフのお姉さんに笑ってごまかす。
リクにフラウニさんは死んでしまったと聞いた。実際に見ていないからかもしれないけれど、なぜか僕にはフラウニさんが死んでいるとは思えなかった。それはもしかしたら僕の心の中でフラウニさんが調薬という形で確かに残っていたからかもしれない。
僕の心の中で生きているフラウニさんが言うのだ。
「探求心とか凡帳面さとかいろいろ私も言われたけど、やっぱりマイペースでやることかな~。無理して良い薬を作ろうとするなんて私には無理だね。つまんないし。調薬は楽しまなくちゃね~。」
そうだ。調薬は楽しいものなんだ。少しの変化で劇的に効果が変わってしまい、少し素材を加えただけで毒になったり薬になったりする。同じ方法で作ったとしても僕とリクでは効果が変わってしまう。そんなところが面白くて夢中になったんだ。
ふっと肩の力が抜けた。荒くすりつぶされた薬草を見る。この状態からでは効果の高いものはたぶん出来ない。しかし今更再度すりつぶしてもあまり効果は変わらなかったはず。だったらこの状態からなるべく効果が高くなるように考えて・・・
「フン、フフーン。」
「鼻歌?」
「あっ、ごめんなさい。ふざけているんじゃなくて、えっと癖というか・・・」
「ああ、別にいいのよ。作り方は人それぞれだから。」
ハイエルフのお姉さんの声で自分が鼻歌を歌っていたことに気づいた。顔が赤くなる。全然自分では意識していなかったので自分でも驚いた。もしかしたら今までも歌っていたのかもしれない。後でリクかミーゼさんに聞いてみよう。
その後の調薬は自分の出来うる限りの技術で最高の品質のものを作った。マイペースといってもこの状況だから焦りはあった。けれどそのせいでいい薬を作れなくなっては意味がないと自分に言い聞かせた。
そしてついに調薬が終わった。戦いはまだ続いている。リクは頑張っているようだけどまだまだ魔物の群れは残っているそうだ。終わってしまったのは魔力を回復させるポーションの一番重要な素材の薬草が底をついてしまったからだ。
だからもうこれ以上は作れない。これ以上魔力を回復させることが出来ない。それは僕たちがもう詰んでいることを示していた。一緒に薬を作っていたエルフの人はもう出来ることがないからと防壁へと向かって行った。魔力切れで倒れている人はテントからあふれ、どんよりと重い空気が辺りに漂っていた。
この空気を僕は知っている。僕が小さいころパルダックの街で捨てられたときに自分自身が思った感情。生きることを諦めた絶望の感情だ。僕はステラさんに拾ってもらって何とかそこから抜け出せたけれど、この空気はまずい。
どうしたら、どうしたら良い?何か薬草の代わりになるものは・・・。そうだ!
「すみません。僕たちの荷物ってどこにありますか!?」
この中で唯一知っていそうなハイエルフのお姉さんに詰め寄る。
「確か、里長の家の倉庫に入っているって聞いたけれど。」
「里長さんの家の倉庫ですね。ありがとうございます。行ってきます。」
「あっ、待ちなさい!」
お姉さんの答えを聞くが早いか里長さんの家へと向かって走り出す。
僕たちの荷物の中には、リクのリュックの中には元気ジュースを作るために持ってきた白い薬草が残っているはずだ。それにリクがアルラウネの里に出かける前に作った元気ジュースも。
僕は調薬師としてその白い薬草について一つの仮説を立てていた。白い薬草は魔力を増やす効果があるんじゃないかって。
僕もミーゼさんも魔力が桁違いに多いらしい。ミーゼさんは成長期だからって言っていたけれど、最初は僕もミーゼさんも普通だったはずだ。それが急に魔力が桁違いに増えた。これは普通じゃない。
ミーゼさんと僕に共通するけれど、他の人とは違うこと。それを考えるとダブルであることと元気ジュースを飲んでいることだけだった。ダブルであることが原因なら生まれた時からそうだろうし、そう考えると原因は元気ジュースしかなかった。でも確証なんてない。ニーアさんも旅の途中から飲み始めたからもう少ししたらはっきりするかもと少し思っていたけれど、今は確かめるすべがない。
でも可能性はある。だったら最後まであがくんですよね、リク。
里長さんの家を目指して里の奥の方へと走っていると僕の隣にハイエルフのお姉さんが並走してきた。
「待ちなさいって言ったのに。あなた里長の家はわかっても倉庫の場所なんてわからないでしょ。」
「しらみつぶしに当たればなんとかなるかなって。」
そう返すとお姉さんは小さくため息を吐いた。呆れられちゃったかもしれない。でも他に方法も思いつかなかった。動けそうなのは僕だけだったし。
「私が案内するわ。里長の家の倉庫っていうけどどちらかと言えば里のみんなの倉庫になってるから。」
「えっ、いいんですか。責任者なんですよね。」
「いいのよ。どっちにしろお飾りだし。それにニーアを、ニリアルーアを救ってくれたお礼もしたかったし。」
「ニーアさんのお知合いですか!?」
「幼馴染かな。よく話すようになったのは最近だけれど。」
矛盾した言葉に首をかしげると、お姉さんは苦笑いをしていた。
「変よね。でも事実なの。昔のあの子は風の精霊様に傾倒していて話しづらかったのよ。」
「・・・想像できません。」
「でしょうね。あの子はこの里を離れて変わったから。たぶん昔のあの子を見たらびっくりするわよ。」
改めて風の精霊に傾倒しているニーアさんを想像する。僕とミーゼさんを襲ってきた里長さんみたいな感じのニーアさんか。うーん、イメージに合わない。
眉根を寄せる僕を見てお姉さんが小さく笑う。
「その話はこの戦いが終わったら聞かせてあげるわ。だから今は先を急ぎましょう。何か打開策があるのよね。」
「はい!」
走るスピードを少し上げる。里長の家まではもう少しだ。本当にあるのか?あるとしてちゃんと効果のある薬が作れるのか?それさえわからない。でも・・・
「僕は僕なりにがんばります。だから皆、頑張ってください。」
小さな声で今もそれぞれ戦っているはずの大切な仲間たちにエールを送った。
ねぇ、カヤノ。僕のことを忘れてないかい?里長の倉庫で白い薬草を探すカヤノは聞こえてきた不思議な声に導かれるようにしてフラフラと歩きだす。そしてそこで衝撃の再会を果たすのだった。
次回:植物系マスコット ウィード登場
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




