とりあえず反撃する
カヤノから発せられる緑の光は俺に温かさと懐かしさを感じさせた。なんというかガキのころに母親に抱きしめてもらった時のような、お気にのゆかりちゃんに圧し掛かられている時のような・・・。
んっ、温かいだと!?
マジか。俺、この体になって3年間過ごしてきたけど温度を感じたのなんて初めてだ。そうか、温かいってこんな感じだったな。懐かしすぎて涙が出そうだ。出るはずがないけど。
それにしても何なんだこの光は?
光に包まれていたカヤノとステラをじっと見る。すると徐々にではあるが2人の傷がまるで逆再生の動画を見ているかのように塞がっていき、そこを新しい皮膚が覆っていった。
なんだこれ!奇跡としか思えねえ。カヤノって実は魔法がつかえたのか!?
カヤノは自分のしていることに気が付いていないのか泣きながら叫び声を上げていた。そして傷が完全に塞がると、まるでろうそくの火が消えるようにふっ、と意識を失った。それと同時に光も急速に弱まっていきそして時間をおかずに何事も無かったかのように消え去った。
何が起こったかはわからねえが、これなら大丈夫だ。こんな奇跡が起こったならおばちゃんの内臓も治っているはず。血が流れなきゃ死にはしない。
あとは・・・このでか物を始末すりゃあいい!!
ぼうっとカヤノたちの様子を眺めていた巨大なゴブリンが、正気に戻ったのか再び2人に向かって剣を振り下ろそうとしている。その顔は純粋に獲物を傷つけることを楽しんでいる顔だった。
下種が!!やらせねえよ!!
ゴブリンのロングソードが2人に届くことは無い。俺の腕に半分埋まって止まっているからだ。ゴブリンの顔が驚愕に染まり、そして憎々しげに俺を見つめる。
そうだ、俺はその顔が見たかったんだ。
ゴブリンの目の前に現れたのは同じくらいの大きさ、つまり2メートルほどの土のゴーレムだ。もちろん作ったのも操っているのは俺だ。
なぜだかわからないが俺には出来るという確信があった。一応人間に似せて手も足もあるんだぜ。初めてだから不格好で巨大な三角のおにぎりから手足が生えているような何だこいつって言われるような体型だが、動きゃあいいんだよ。動きゃあ。
ゴブリンが俺の腕に刺さった剣を引き抜こうと必死に力を込めている。もちろん俺もそんなことを許すわけないので刺さっている部分をぎゅっと固めて抜けないようにして対抗している。
だが力比べはあちらの方が上なのか少しずつ剣が抜けていく。それをゴブリンも理解したのかそいつの顔に笑みが浮かんだ。
剣さえ抜ければこんな鈍重そうな俺なんか楽勝だと思ってんだろ。
馬鹿が!!
腕の土をいきなり柔らかくする。急に抵抗のなくなったゴブリンは自分の引っ張る勢いのままに後ろへとすっころんだ。ゴブリンって意外と表情があるんだな。抵抗をなくした時にえっ?って顔してたぞ。いい気味だ。
でもこれでゴブリンは剣をもって自由に動けるようになってしまった。ゴブリン自身もそう思っていたんだろう。嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
あ~、俺は確かにMだけどそっちの趣味はねえんだよ。男にされても気持ちよくねえし。はっきり言ってお前はノーセンキューだ。
ゴブリンが立ち上がろうとした瞬間、その場の地面が崩れゴブリンの下半身が地面へと埋まる。言うまでもないが俺の罠だ。
落とし穴が作れるなら最初から落しちゃえばいいのにって思うだろ。それじゃあ意味がねえんだよ。こいつが俺の教え子にしたことを後悔させてやるのが目的なんだから。
下半身が土に埋まったゴブリンは必死に剣で土を掘って脱出しようとしていたが俺が近づいてきたのを見て俺に向かってぶんぶんと剣を振り回し始めた。
みっともねえな。
俺はそれに構わずにゴブリンへと近づいていく。ゴブリンの剣が俺の体を傷つけていくが所詮は踏み込みもない手の力だけで振り回される剣だ。俺の腕や足の半分にも届かないし、俺はその痛みなんて感じねえ。
剣をものともせずに近づいてくる俺に恐れをなしたのかゴブリンの表情が今まで見たことがない焦ったような表情になる。その変化を俺はただ黙ってしばらく見ていた。
そしてゴブリンが剣を持っている右手に思いっきり土の拳を振り下ろす。
「ギャアアア。」
おう。いっぱしにゴブリンでも悲鳴を上げるんだな。
俺の拳はゴブリンの右腕を折り、骨が皮膚を突き破って青色の血が流れだしはじめた。既にゴブリンの手からは剣が落ち、地面へと転がっている。
まだまだだ。
俺は何度も何度も右腕に拳を振り下ろしていく。ゴブリンの耳障りな悲鳴がそのたびに上がるがそんなことに興味は無い。お前が、カヤノにやったことを思い知りやがれ!!
これはカヤノの分、これもカヤノの分、そしてこれはカヤノの分だー!!
しばらくしてゴブリンの右腕はペラペラの布団のように平らで薄くなった。ゴブリン自身は痛みで気を失ったのか泡を吹いたまま白目になっている。だがまだ生きている。
俺はそいつの背中に回ると思いっきり拳を打ちおろした。ごふっ、と言う息の漏れる音と共にゴブリンの口から青い血が吐かれる。
まあおばちゃんは一発で許してやるよ。カヤノを助けてもらった恩があるから手加減抜きの体重を効かせた重い拳の一撃だったけどな。
ゴブリンはピクピクと動いてはいるが半殺しというか8割殺しってところだ。
ふぅ、カヤノとおばちゃんの仇はとった。ちょっとすっきりしたな。
ここまでやっておいてなんだがあんまりいたぶるのは好きじゃねえんだよな。だって俺Mだし。どちらかと言えば愛をもって美人のお姉さんにいたぶられたいんだ。でも今の体じゃあ感触も痛みもねえからそれは夢のまた夢だけどな。
ただこのままこいつをほかっておくことも出来ない。一応まだ死んでいないからいつ回復するかわからない。ここには気を失ったカヤノとおばちゃんがいるんだ。可能性は低いかもしれねえが念には念を押しておいた方がいいだろ。
俺は落ちていたゴブリンの使っていた剣を拾う。綺麗な細工が施された高そうな剣だ。これはライオンか?でも羽根もあるし何だろうな。まあいいや。とりあえず止めだ。
ピクピクと動いているゴブリンの胴体、人間の心臓の位置へと剣を突き刺す。まあ見た目が似てんだし急所も一緒だろ。
ゴブリンは小さくうめき声を上げただけでそのまま全く動かなくなった。終わったな。
俺はそのまま倒れているカヤノとおばちゃんの元へと向かう。慣れていないからか思い通りに動かないこの体が嫌になってくる、違うな、動けるだけましなんだ。調子に乗るな、俺。
やっとの思いで2人のそばへ着く。そしてほっと胸を撫で下ろした。
2人は呼吸していた。傷口は塞がり、カヤノの右腕は無いが切断面は綺麗な皮膚でおおわれており命に別状はなさそうだ。おばちゃんの方なんて服には斬られた跡が残っていたけど、背中の傷にいたっては全く傷口さえ見えなかった。これなら大丈夫そうだ。後は兵士か誰かが来るまで俺が守ってれば・・・
ヒュー・・・ドフッ
その音は真下から聞こえた。ゆっくりと自分の体を見る。胴体部分にまるでトンネルのように直径30センチほどの穴が開いている。
マジかよ。
俺の視線の先20メートル程のところに派手な赤色のローブを被った奴が立っていた。顔はフードで見えないがその手足は人間の物だ。なんで人間が俺を攻撃なんか・・・
ああ、そうか・・・俺は人間じゃ無かった。
再び飛んできた謎の攻撃により俺の胴体は真っ二つにされ崩れ落ちた。カヤノの泣き跡の残る、しかし穏やかな顔を見る。なぜか目があった気がした。
カヤノ、良かったな。せめて・・・
俺は最後の力を振り絞り、少しだけ動いた。そこに再び攻撃が飛んできてそれきり俺の意識は闇の中へと消えた。
ゴブリンとの死闘を制したリク。しかし審判団から異議申し立てが入る。観客が固唾を飲んで見守る中、審判長はマイクを持ち立ち上がった。果たして試合の結果は!?
次回:カラオケバトル開始!!
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




