とりあえず状況を把握する
地面に潜ってエルフの里へと入った俺が見たのは、数日前までの穏やかなエルフの里と同じとは思えないほど荒らされた風景だった。
木で作られた家々は軒並み焼き払われており、そこからくすぶった煙が立ち上っている。みずみずしい実をつけていた野菜畑や重そうに穂を垂らしていた小麦畑は見る影もないほど踏み荒らされており、その付近には食い散らかした後だろうかそのかけらが零れ落ちていた。幸か不幸か人影は見当たらなかったが。
ちっ、思った以上にやばそうじゃねえか。
毒づきながらハイエルフの里の方向へと進んでいく。静まり返ったエルフの里の中で、そちらの方向からのみ物音がしているからだ。
ハイエルフの里への門が見える地点まで来た俺は、思わずわが目を疑った。防壁の大樹に群がるように集まっている魔物の群れが見えたからだ。その数は千や二千じゃきかないだろう。一面を埋め尽くすように密集しているので最初は良くわからなかったぐらいだからな。
魔物の群れは防壁に群がり、一部は防壁を登ろうとしている。大樹の上から散発的に魔法や弓矢が飛んできて迎撃しているようだが焼け石に水状態だ。今はなんとか拮抗しているようだが、持久戦となっている現状、人数が圧倒的に少ないハイエルフたちの方が不利なのは明白だ。
いや、風の精霊がいるなら何とかなるんじゃねえのか?それにしてはエルフの里がこんな状態になってるのがおかしいと思うが。俺たちを探しに里の外へと行っているのか?タイミングが悪いな。
とりあえず状況を確認しねえと何とも言えんな。カヤノとミーゼに危害を加えやがったハイエルフたちと話すのは癪だがそんなことを言っている場合じゃねえ。事態は一刻を争う。
魔物たちをさくっと無視してハイエルフの里の中へと到着する。そこはさながら野戦病院のような様相を呈していた。簡易に作られたと思われる屋根の下では何人ものエルフたちが苦しそうな表情で倒れており、その間を数人のエルフたちがおそらくポーションを持ちながら走り回っている。怪我をしている様子はねえから魔力切れだろう。
防壁の上から降りてきたエルフがふらふらとそちらに歩いていくと、寝ていたエルフの内の1人が青い顔をしたまま歩き出し、防壁へと昇っていく。その足取りは下手をすれば足を踏み外すんじゃねえかと思うほど危うい。俺が思った以上にまずいようだ。
地面から姿を現し、奥の方でただ座っているだけの10代中ごろに見えるハイエルフへと近づいていく。
「おい、どういう状況だ。」
「あっ、これは土の精霊様。よくぞ戻られました。少々立て込んでおりまして申し訳ありませんが。」
「そういう御託はどうでも良いんだよ。何で里が魔物に襲われてる?風の精霊はどうしたんだ?」
こんな状況下なのにどこか余裕が見えるハイエルフの物言いが気に食わなくて少々言葉が荒くなる。
「2日前ほどから魔物の群れが執拗に里を襲ってきています。通常であれば結界に阻まれてそのうち帰っていくのですがね。雑魚とは言えどこれだけの量で来られますと結界の維持に回す魔力も不足してしまいまして、直接叩くことにしたのですよ。」
「大丈夫なのか。現にエルフの里はやられちまってるし、戦ってるやつらもギリギリっぽいが。」
「あぁ、彼らには失望しました。しょせんはエルフと言ったところですかね。しかしこれからは我々が指揮を執っているのです。安心してご覧になって・・・げふぅ。」
ハイエルフの男を殴り飛ばす。理由?ただ気に食わなかっただけだ。
指揮官が必要ないって訳じゃない。消防にも指揮車と言う指示を出すことに特化した車があって全体を把握しながら的確な指示を送るようになっているからな。
指揮官は冷静に判断し、熱くならないものだ。それは別に良い。しかしこいつの場合は冷静なんかじゃない。他人事なのだ。少なくとも俺は必死になってボロボロでも戦っているエルフたちとこいつが仲間には見えなかった。それが許せなかった。
部下に命を張らせて、自分は指示も状況把握もまともにせずに安全な場所で座っているような奴はいらねえんだよ!
「おい、誰かこいつの代わりになる奴いるか!?」
「えっと、私でいいですか?」
そう名乗り出たのはすぐ近くで調薬の指導をしていたハイエルフの少女だ。自分自身でもポーションを作っていたのかその服はうっすらと汚れている。
「状況は把握できているのか?」
「はい、かなりまずいです。今はなんとか特製のポーションを飲んでエルフの人たちが戦線を維持してくれていますが在庫も残り少ないですし、なにより彼らももう限界です。幸いまだ死者は出ていませんがこのままでは防壁を破られるのも時間の問題です。」
「さっきの奴には言わなかったのか?」
「言いました。でも聞き入れてもらえなかったんです。妖精付きでないお前は薬を作っていればいいんだって言われて。」
「ちっ、無能な上司ほどいらねえもんはねえな。」
舌打ちしたことでハイエルフの少女が怯えたので、謝る。状況は俺が思った通り最悪だ。いやいつ崩れてもおかしくないんだから俺の想像より悪いか。
「2号、3号。行って手伝って来い。無理はすんなよ。」
2号と3号が敬礼をしてから防壁を器用に登っていくのを見送る。焼け石に水かもしれんが多少はましになるだろ。
くそっ、人手が足らねえな。魔物がこの門だけを襲ってくるならやりようはあるんだが防壁を取り囲むようにして展開してやがるからこちらも人手を分散せざるを得ない。もはや俺とカコウの2人で済む問題じゃねえ。
「そうだ、風の精霊はどうしたんだ?あいつがいればもうちょっと何とかなったんじゃねえか?」
「風の精霊様には長老たちが助けを求めに行ったようですが、戻ってきていないところを見ると・・・」
「いねえか、断られてるかってことか。くそっ!もうちょっと待っててくれ援軍を連れてくる。」
正直こんな状況下にカヤノたちを連れて来たくはねえ。だがこの難局を乗り切るにはどうしても俺が万全の状態で戦えるようにする必要があるし、死にそうになりながらも頑張ってるやつらがいるんだ。そいつらを見捨てることなんて俺には出来ねえ。
ははっ、カコウのことを言えたもんじゃねえな。だけどここでこいつらを見捨てたら俺は自分のことが許せねえし、きっとカヤノも俺を許さねえだろう。だったらどんなことがあってもカヤノたちを守ってみせると覚悟を決めるだけだ。
そんな覚悟、カヤノと旅するって決めた時からとっくに決まってるがな!
じゃあ行こう。頼もしい仲間を迎えに。
今は死地だとしてもすぐに変えてやるよ。なにせ俺は土の精霊だからな。
魔物に囲まれ絶体絶命のハイエルフの里を救うために動き出したリクたち。しかし里の中心の大樹がゆっくりと動き始め、そこから何かが姿を現そうとしているのを彼らは知らなかった。
次回:方舟計画
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




