とりあえず愛について考える
放心する俺、そんな俺を満面の笑みで見つめるカヤノ、驚きのあまり混乱するミーゼ、状況についていけずただただ見つめるだけのニーア。そんなカオスな状況だったらしいのだが、気が付いたら俺とエルノがいるだけだった。エルノがうまく対処してくれたらしくカヤノたちはもう寝てしまっているらしい。
うまくとりなしてくれたエルノには感謝しかないんだが、「カヤノをよろしくお願いします。」と言われてしまった。その時は良く考えずに「ああ、わかってる。」と返事をしたわけだが、エルノも寝に行き、一人になった今考えてみるとこれって噂に聞く婚約者の親御さんへの挨拶だよな。男と女が逆な気もするが。
俺は男だ。いや、外見上は女なんだが精神的には男のはずだ。しかしカヤノと結婚すると言われても嫌な感じがしないというのがちょっと恐ろしい。現実感がねえからなのか、カヤノが中性的な顔立ちだからか理由がよくわからんが。他の男と結婚しろと言われたら即行で拒否する自信はあるんだけどな。
まあ、カヤノはミーゼとも結婚するって言っているし、どちらかと言えばカヤノにとっては家族になって欲しいっていうことが強い気がする。小さいころに母親と引き離されたせいかもしれねえが、しっかりとした繋がりが欲しいんだろうな。あくまで予想だが。
とりあえず直近の問題は明日カヤノにあったときにどんな顔をすればいいのかってことだ。いや、いつも通りにすればいいって自分でもわかってる。わかってるんだがなぜかそれを考えると頭がぐるぐるしてきてなんとなく自分をぶん殴りたくなるんだ。
はぁ、どうすりゃいいってんだ。
考えがまとまらないまま時間は過ぎていき、そして夜が明けようとしていた。最初に起きてきたのはミーゼだった。最近は俺と一緒に朝食を作るのが習慣になっているため珍しいことではないがまだ朝の4時すぎごろのはずだ。こんな時間に起きてくるのは初めてだった。
「おはよ。」
「おう、おはよう。酷い顔だな。」
「お互いさまにね。」
ミーゼの目の下にはクマが出来ており、その表情は起きた直後だというのに疲れきっていた。まともに眠れていないというのがまるわかりの顔だ。そんな奴にお互いさまと言われてしまったあたり俺も同じような顔をしているんだろうな。
ミーゼが魔法で水を出し、顔を洗い始めたので俺も料理の準備に取りかかる。このままじっとしているよりかは気がまぎれるだろうしな。畑へと向かい食べごろの野菜をいくつか収穫して戻ってくるとミーゼが仁王立ちして俺を待っていた。
「負けないから。」
「はっ?」
「出会ったのはあんたの方が先かもしれないけど、結婚しようって言われたのは私の方が先だし、どちらが第一夫人になるかはこれから勝負だからね。絶対に負けないから。」
「いや、俺は・・・」
「言いたいことはそれだけ!今は負けているかもしれないけど絶対に追い抜くから覚悟しておきなさい。」
そう言うと俺が持ってきた野菜を奪い取って料理をし始めた。いつもなら俺がメニューを考え、ミーゼに教えながら作るわけだが、一人で作り始めている。確かに料理の基礎はおおよそ教えたし、俺が作ることのできる料理もある程度は教えているから別に問題はないが初めてのことに少し戸惑い、ミーゼが一人で作る様子をじっと見ていた。ミーゼの宣言に戸惑ったっていうのもあるが。
「何!?見ているだけなら邪魔だからどこか行ってくれる?」
俺の態度が気に食わなかったのか、こちらへと視線も向けないミーゼから厳しめの言葉が飛ぶ。何をこんなにいらいらしてやがるんだ、こいつは?
「おい、どうしたんだ。まだ体調が悪いなら無理して作る必要はねえぞ。カヤノのことだって俺は・・・」
「それ以上は言うんじゃないわよ。」
「なにイライラしてんだよ。俺は何もして・・・」
「キスした!キス・・したじゃない・・・」
こちらを振り返ったミーゼが俺を睨む。しかしそれは数秒も続かず、その顔が歪んでいきそして瞳からは涙が溢れ出てきた。それをぬぐおうともせずミーゼは俺を見ている。
その瞳の力強さに思わず息をのむ。
「好きな人が目の前で別の人にキスしたのよ。悔しくて、悲しくて、でもあんただから仕方ないかなって我慢したのに。もっと嬉しそうにしなさいよ!もっと・・・幸せそうにしてよ。お願いだから。じゃなきゃ、私がみじめじゃない・・・」
「・・・」
最後の方は消え入りそうな小さな声だったが、その言葉ははっきりと俺の耳へと入っていった。言い終わったミーゼは両手で顔を覆い、地べたへと座り込んでしまっている。
そうか、こいつは旅をしているうちにこんなにもカヤノのことを想うようになっていたのか。好きな人のために、カヤノのためにこれだけ涙を流せるものなのか。人を愛するってこういうことを言うのか。
だとしたら・・・
ミーゼへと近寄り、その肩へとそっと手を置く。びくりと体を震わせたミーゼと視線を合わせるように座り込んだ。
「ミーゼ。俺はカヤノのことが好きだ。でもな、俺の好きがお前の言っている異性としての好きなのか、家族愛の意味の好きなのかわからねえんだ。何せ男を好きになったことなんて生まれてこのかたないからな。」
俺の言葉を聞いたミーゼが顔をあげ、その赤い瞳で俺を睨む。ミーゼは何も言っていないがその瞳が雄弁に物語っている。ふざけたことを言ったら殴り飛ばすと。むしろ殴り飛ばせば幾分気持ちの整理も出来るかもしれねえが、俺が一緒に旅してきた仲間だからこいつは出来ねえんだよな。
本当に不器用で、優しい奴だ。
「男とキスするなんて考えたら吐き気がするし、男と女どっちが好きかと聞かれたら今でも間違いなく女と答える。むしろ女から責められるほうが・・・ってこれは関係ねえな。」
「何が言いたいのよ。」
「つまりわからんってことだ!」
「はぁ?馬鹿にしてんの!?」
ミーゼが腕で涙をぬぐい、こちらを見る。とはいっても俺も全く茶化す気はないのでその瞳を真剣に見返す。それだけで俺がふざけているわけではないとわかったのか少しだけミーゼの雰囲気が柔らかくなった。
「カヤノにキスされて気持ち悪いなんてひとかけらも思わなかったが、逆にそのせいで俺も混乱してんだよ。でもあそこまで言われてるのに自分の気持ちもわからねえうちに返事をするってのもおかしいだろ。だから俺はしばらく自分の気持ちを確かめてみる。で、その結果次第ではカヤノを泣かせることになるかもしれんがな。」
「・・・」
俺に出来るのはそのくらいだ。告白に対して誠実に返す。そんな当たり前のことしか出来ねえ。ミーゼは俺の言葉に嘘がないか確かめるようにまばたきもせずにこちらを見ている。
「ありがとうな、ミーゼ。」
「えっ?」
「お前と話せたおかげで決断できた。どれだけお前がカヤノが好きなのかわかったから俺もそのくらい真剣に考えてみようと踏ん切りがついたんだ。本当にありがとう。もし殴りたければ好きなだけ殴ってくれ。」
ミーゼに頭を下げる。
こいつと出会ったのは仕組まれたものだった。でも俺はミーゼと出会えて本当に良かったと思う。カヤノとは違った意味で俺の相棒だ。俺の、俺たちの大切な仲間だ。
一発ぐらい殴られる覚悟だったんだが拳が飛んでくることはなかった。俺が顔をあげるとミーゼは赤い目をしたまま挑発的な表情で俺を見ていた。
「あんたが迷っている間に差をつけさせてもらうから覚悟してなさい。」
そう言いきったミーゼはとてもきれいで、晴れやかな顔をしていた。
河原での殴り合いの末、互いに恋のライバルとして認めあったリクとミーゼ。一緒にカヤノの朝食を作ることにした二人だったがミーゼが作り始めた物に気づいたリクは顔を引きつらせるのだった。
次回:得意料理はエスカモーレ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




