とりあえず穴に帰る
向かってきた敵を殴り飛ばして拘束していき、それももう終わった。捕まえた人数はカコウが倒した分も合わせて73名。もう少しいたはずだが逃げたかどこかに隠れているのか・・・まあ、いいか。俺が無理に探す必要もねえだろ。
2号と3号に里内の捜索を命じ、俺自身はアルラウネたちを守るために作った土壁を元の状態へと戻す。もうだいぶ暗くなってきているが、壁が無くなったのが光の変化でわかったのか蔦ボールがきょろきょろと動いている。
「おい、蔦ボール。ここにいたやつらは制圧した。あとはそっちで勝手にやっておけ。」
「つ、蔦ボールじゃと!儂を誰じゃと思って・・・」
「そういうのに興味ねえんだよ。ああ、それと近いうちに光の精霊と巫女を連れてくるからな。覚悟しとけよ。」
俺の言葉に蔦ボールがブルブルと震えだす。ははっ、いい気味だ、って思えたら良かったんだがな。完全に八つ当たりじゃねえか、かっこわりぃ。
しばらくして2号と3号が帰ってきて首を横に振った。どうやら残りは逃げたようだな。じゃあもう俺がここにいる意味はねえ。さっさと戻ろう。とその前に・・・
「知り合いのよしみだ。最後の願いぐらい聞いてやるぜ。」
フラウニとローズエッタを抱えて歩き出す。イェンは2号と3号が運んでくれている。時々地面にこすっているようだが、まあそこは勘弁してくれ。男だしな。
出入り口の蔦を開かせるなんて芸当は俺には出来ねえから地面に穴を掘って防壁を超える。あまり近場って訳にもいかねえし、少し歩くか。
適当な場所がないか探しながら歩くこと数分。少し開けた場所を見つけた。そこからは夕闇から夜へと移り変わっていく空がはっきりと見えた。ここならこのうっそうとした森の中でも見晴らしがいいだろ。
地面を1メートルほど凹まし、3人の遺体を丁寧に並べていく。
「じゃあな。俺が死んで、あの世でまた会うことがあったら約束通り白い薬草のことを教えてやるぜ。」
地面を埋め戻す。たぶん誰にも弔われることはねえんだろうが、俺だけでも覚えておいてやろう。気が向いたらお参りにも来てやるよ。だからフラウニ、あんまローズエッタに迷惑かけんじゃねえぞ。
地面を3か所、四角く盛り上げ、固めてそれぞれの名前を刻んでおく。これだけやれば十分だろ。その墓標に手を合わせ頭を下げる。成仏しろよ。
横にたたずんでいた2号と3号をなんとなく抱き上げてカヤノたちの元へ向かって歩いていく。通常の予定時間からはかなり遅れている。心配しているはずだから謝らねえとな。
森が闇に包まれる頃、俺はカヤノたちが待つ地下空間へとたどり着いた。
「ちょっと、リク。あんた酷い顔よ。」
「酷い顔ってのはひでえな。ちょっと疲れただけだ。こっちは変わりはなかったか?」
「無かったけど・・・本当に大丈夫?」
出入り口を見張っていたらしいミーゼが珍しく俺を心配してくる。ははっ、ミーゼが俺を心配するなんて明日は槍でも降ってくるんじゃねえか?
「おかえり、リク。あの・・・」
「おう、帰ったぞ。」
途中で言葉を止めてしまったニーアの頭を撫で、そして歩いていく。
「おかえりなさい。あらっ、カコウ様はどうされました?」
「おう、ちょっと暴走してな。力を使い果たしたから核に戻っているはずだ。ああ、アルラウネの里を襲ってきたやつは排除したから問題ねえぞ。」
「あらあら、困った方ね。」と言いながら、この地下空間を明るく照らし続けているカコウの核へとエルノが目をやる。きっと後であいつを説教してくれるはずだ。いい気味だと思わないでもないが、あんまり長くなるようだったら少しはフォローしてやろう。
「リク先生・・・」
「おう、カヤノ。ただいま。アルラウネの里はもう大丈夫だぞ。カコウが大暴れして大変だったわ。里のアルラウネたちも見た限りは大けがを負ってる様子もなかったしこれで一安心だな。」
俺を迎えに来たカヤノに出来る限りの明るい声で話す。カヤノは悲しそうに俺を見つめている。あれっ、どうしたんだ。喜ばしいことだろ。もっと喜んでいいんだぞ。
「あの、フラウニさんのこと・・・」
「ごめんな、カヤノ。フラウニは助けられなかったわ。あいつ自分で自分の体に毒針を刺しやがって。何とかしたかったんだがどうにもならなくてな。カコウもなんかすげえ治癒魔法使ってくれたんだけど効かなくて。あいつ、変な奴だったけどやっぱり調薬にかけては天才だよな。だってすぐに応急処置したんだぜ。その上、カコウが消えるほどの治癒魔法でも治らないってどんな毒だよ。やっぱ頭のねじが一本ぶっとんでんよな。」
笑え、笑ってくれ。頼むから。そんな悲しそうな目で俺を見ないでくれ。
その願いが通じたのかカヤノが優しく微笑んだ。でもその瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。そんなカヤノの背中をいつのまにかその背後にいた棒サイちゃんず3人が押す。そういえばいつの間にか俺の腕からすり抜けていたな。
カヤノが俺に一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。俺はそれを見つめるだけしかできなかった。近づいてくるカヤノが怖かった。何を言われるのか、呆れられるんじゃないか、いや、もしかしたら軽蔑されるかもしれない。
そして気づいた。
ああ、そうか。あの後味の悪さは知り合いのフラウニを死なせちまったからじゃない。それをカヤノに知られて今のこの関係が崩れちまうのが怖かっただけだったんだ。
最悪だ。命より自分の利益を優先するなんて消防士失格だ。
膝から力が抜け、そのまま座り込む。カヤノの顔を見ることが出来ない。そんな俺の前にカヤノが立ったのがわかった。
「リク先生。」
カヤノの声は優しかった。でも俺は体を震わせるだけで何もできなかった。
「2号さんと3号さんに話は聞きました。アルラウネの里のことも、フラウニさんのことも。」
「そう・・か・・。」
「フラウニさんのことは僕も残念だったと思います。アルラウネの里が助かってよかったとも。でもなんで先生はそんなに悲しそうなんですか?先生は精一杯頑張ったんですよね。だったらそんなに悲しまないでください。」
俺の視線の先の地面にぽたっ、ほたっと落ちた水によってしみが広がっていく。人の死よりも自分の利益を優先するような汚い俺に、カヤノが涙する必要なんてない。なにより・・・
「カヤノ、俺はお前に先生なんて言ってもらう資格はねえんだ。俺はフラウニが死んだことよりもそれをお前に知られてどう思われるかってことを考えちまったんだ。そんな最低な奴を先生なんて呼んじゃいけねえ。いや、近くにもいねえ方が・・・」
「嫌です!離れるのだけは絶対に・・・嫌・・です。」
カヤノが俺に覆いかぶさるようにして抱きしめてくる。温度なんか感じるはずもねえのにものすごく温かい。これはカヤノの心なのか?カヤノの涙が俺の背中を伝っていく。
「先生は自分を最低な奴って言ったけど、それだけ僕のことを考えてくれているってことじゃないですか!そんな先生のことを嫌いになるわけないじゃないですか!なんで何でもかんでも自分一人で決めて、勝手に自分を罰しようとするんですか!僕の気持ちを無視するんですか!?」
「いや、そんなことはない!」
「だったら!・・・だったらどこにもいかないでください。ずっと一緒にいてくれるって約束したじゃないですか。」
カヤノの両手が俺のあごに添えられ視線が上を向く。息がかかるほど近くにあるカヤノの顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃだったがとても綺麗だった。思わず見とれてしまうほどに。
ああ、俺は馬鹿だ。勝手にカヤノの気持ちを考えて、勝手に暴走した馬鹿野郎だ。カヤノはそんな馬鹿な俺自身を受け入れてくれているじゃねえか。生徒に教えられるなんて俺はやっばり先生失格だな。
「ありが・・」
「そうです!リク先生が先生って呼ばれるのが嫌なら僕のお嫁さんに、家族になってください。大好きです!」
「はっ?」「えっ?」「んっ?」「あらあら~。」
俺の感謝の言葉とか、いろいろな思いなんかがカヤノの一言ですべて吹っ飛ばされた。
オレ ガ カヤノ ノ ヨメニナル?
えっ、意味がわからな過ぎて頭が全く回らない。なんかカヤノの顔が近づいてくるんだけどなんでだ?えっ、えっ?
「あー!!」「あらあら。」
「えへへ、大好きです。」
カヤノの恥ずかしそうにはにかんだ顔が目の前にある。顔がかあっと熱くなったのは、体に全く力が入らないのはきっとその笑顔が魅力的過ぎたからのはずだ。唇に残った柔らかい感触のせいじゃない。回らない頭の中でなぜかそんな言い訳をぼーっと考えていた。
天然のたらしであるカヤノに唇を奪われてしまったリク。反発する理性とは裏腹にカヤノの自然なアプローチに次第に染められていく心。果たしてリクとカヤノの運命は!?
次回:ハチミツとクローバーを君に届けようと思ったけど君の名はわからないので愛を叫ぶ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




