とりあえず運が悪い
カヤノはいつも通りの歩調でテクテクと歩いてくる。人通りが無い事に気づいていないようだ。
あの馬鹿!!なんでこんな日に限って!
いつもカヤノが帰ってくる時間より2時間くらい早い。確かにそういう日もある。薬草の群生地を見つけたりして早く集まった時とかは早めに帰ってきて勉強する時間を延ばしたりしていたしな。
でもよりにもよってこんな時に!カヤノ、お前運悪すぎだぞ!!
とりあえず来るなってことを伝えなくちゃならない。初めての試みだがやるっきゃない。
俺自身地面を凹ますことはいつものことだが、逆に盛り上げる方についてはあまりやってこなかった。だってどうしても目立つしな。しかし遠くから見えるためにはそれをやるしかない。
地面が盛り上がっていくことをイメージする。ただ盛り上がるだけじゃ駄目だ。来たら駄目だと言う事を伝えないと。
出ろ!!
地面は俺の思った通りに盛り上がっていく。二か所の地面が斜めに伸び始める。そしてそれは交差し、そしてしばらく伸びた後止まった。よし、なんとか出来た。2メートルの×印だ。さすがにこんだけ大きければカヤノだって気づくだろ。
初めての試みに成功したことに俺が満足していると、さすがにカヤノも気づいたのか×印を見つめていた。
よし、気づいてるな。そのまま逃げろ。さっきまでの森の方が安全なはずだ。
何とか伝えられたことに俺はほっと胸をなでおろしたんだが、カヤノの行動は俺の予想を超えていた。なんでカヤノの奴、手を振りながら嬉しそうにこっちに来やがるんだ!!
お前を迎えに来たわけじゃねえよ。いや、迎えには来たと言えるかもしれねえけど歓迎してねえから。というか街がおかしいことに気づけよ。
カヤノに知らせるためにどんどんと×を作っていく。カヤノがぶんぶんとさらに激しく手を振りながら近づいてくる。違えよ!!×だよ×。駄目とか間違いってことだって教えただろ。お前はあほの子か!!
あっ、俺の教え子だったわ。
くそう。カヤノに伝える手段が無い。もういっそのこと×を消して文字で伝えるか?でもさすがに文字みたいな複雑なものがぶっつけ本番で出来るとは思えねえんだよ。どうして訓練してこなかったんだよ俺!!備えよ、常にだったはずじゃねえか。
仕方ねえ。カヤノがここに来たら俺が全力で守る。なあに、ゴブリン程度俺なら何とでもなる。最悪カヤノを土で囲んでしまえばゴブリンなんかに手出しは出来ないだろうしな。
でも悪い状況って言うのは、さらに悪くなるもんだ。
俺がカヤノを守る覚悟を決めたその時、そいつは突然現れた。
「ゲギャアアー!!」
その咆哮は聞いたことのないほどの大きさだった。怒り、苛立ち、そして圧倒的な暴力の匂いのこもったその声にカヤノの表情が、そして動きが止まる。
俺には見えていた。カヤノのそば数十メートル後ろに今までのゴブリンとは違う2メートルはあろうかと言う巨大なゴブリンがいることが。そいつは冒険者が着ているようなしっかりとした鎧と新品同様の意匠の凝らされた高そうな剣を持っていた。
ギギギギ、と油の切れたおもちゃのようにカヤノが後ろを振り返る。そこにあったのはカヤノを見ながら舌なめずりをしている醜悪なゴブリンの姿だ。
「うわぁああー!!」
カヤノが悲鳴をあげる。そして一目散にこっちに向かって走り始めた。巨大なゴブリンはそんなカヤノの様子をニヤニヤと笑いながら眺めている。
くそっ、早くこっちに来い!!
ゴブリンを倒したことでレベルアップしたのか俺の動ける範囲は30メートルにまで広がっていた。しかしまだカヤノが俺の所に来るまで50メートルはある。カヤノの足なら最低でも7秒以上はかかるはずだ。走れ、走るんだカヤノ!!
カヤノは時々後ろを振り返っている。そんなことはいいからさっさと前だけ見ろ!!
言葉が伝えられないのがもどかしい。動けないことがもどかしい。なんで俺は地面なんだ。
このままゴブリンが見逃してくれれば、そんな都合の良い願いなんか叶うはずが無かった。カヤノが逃げる様子に満足したのか巨大なゴブリンはその剣をキラリと光らせるとカヤノを追って走り始めた。
速い!!
身長が大きいこともあってカヤノとの距離がどんどんと縮まっていく。くそっ、来るんじゃねえよ。肉屋のウサギでも食べてやがれ!!
ローブがはがれ、カヤノの顔がはっきりと見える。今まで見たことが無いほど恐怖に染まり青ざめた顔だ。全力で走ったためか息も絶え絶えになっているがそれでも必死に足を動かしている。
このままならなんとか間に合うかもしれねえ。カヤノが俺の範囲に入った瞬間にカヤノを落とし穴に落とす。地面を柔らかくしておけば少し怪我をするかもしれねえが何とかなるだろ。
さあ、早く来い!!
カヤノは俺が動ける範囲を正確にわかっている訳じゃねえ。それでもこっちに走ってきたってことは俺のことを信頼してくれているからのはずだ。それなら信頼に応えるのが男ってもんだろ!!
あと5メートル。もうすぐだ。頑張れ。
あと4メートル。後ろは気にするな。
あと3メートル。逃げ切れるぞ。まだまだあいつとの距離は2メートルはある。
あと2メートル。よし、これで大丈夫だ。休ませてやるからな。
あと・・・
「うわああああー!!」
俺の目の前でカヤノの悲鳴があがる。その薬草入れた袋を掴んでいた右手が地面に落ちて転がっている。
おかしいだろ。何で右手が落ちてんだよ。俺みたいに切り取ったり出来ないはずだろ。何でだよ!!
カヤノの右腕は二の腕の部分から切断され、そこから血が止めどなく流れている。カヤノは痛みに悲鳴を上げながら左手で右腕を押さえ、うずくまってしまっている。そんなカヤノの様子を巨大なゴブリンが愉快そうに眺めながらその剣に付いた赤い液体を舐めとっていた。
テメエェ!!
カヤノがいる位置は俺が動ける範囲のちょうど1メートルほど手前だ。あとちょっと、あともう少しだったのだ。あと一秒あればカヤノは逃げ切れたはずだ。何で、何でなんだ。
苦しむカヤノに剣に付いた血を舐めとり終わったそのゴブリンが笑いながら剣を振り下ろそうとする。カヤノにそれに気付くような余裕はない。
くそっ、カヤノもうちょっとだ。もうちょっとこっちに来い。そこじゃあ俺は何にもできねえ!!
カヤノへ振り下ろされていく巨大なゴブリンの剣がゆっくりに見える。
これは無力な俺への罰か?お前の無力さのせいでまた人が死ぬのか?お前はやっぱり人が死ぬのを見ているだけなのか?
違う!!
何もできないただの地面のくせに、自己弁護だけは必至だな。
違う!!
でも結果としてカヤノは死ぬ。それはお前に力が無かったからだ。
違う、違う。それにまだカヤノは死んじゃいない!俺が助けて・・・
無理さ。自分でもわかってるだろ。
・・・。
運が悪かった。それだけのことだ。自分は生きてるんだから次の教訓にすればいい。そうだろ。
・・・違えよ。
何?
俺は学んだんだ。次はきっと後悔しないって。絶対に助けて見せるって。だからこそ俺はオレンジになったんだ。人を助けられるように、その力をつけるために!!
動けよ、俺の体。今動かないでいつ動くんだ。お前も地面なら俺の言う事を聞きやがれ!!
体の中で何かが弾け力が漲る。動ける。そう確信する。しかしそれは少し遅かった。既にカヤノの首のすぐそばに剣は迫っており、俺がどう動いたとしても間に合わなかった。
そんな俺の横を風が通り抜けた。それはカヤノのことをがばっと包むと迫りくる剣をその身で受け、そのまま倒れこんだ。
「ステラさん、ステラさん!!」
カヤノのくぐもった声が聞こえる。カヤノは無事だった。カヤノの命を奪うように振るわれたそのゴブリンの剣は、飛び出してきた宿のおばちゃんであるステラの背を大きく切り裂いていた。ステラはそのままカヤノを押しつぶすようにして倒れこむ。
もぞもぞとカヤノがステラの下から顔を出し、ステラの背中の大きな傷から流れる大量の血を見て、涙を流している。カヤノは自分自身の怪我も忘れてステラを庇おうとしているのだが片手ではなかなかうまくいかないようだ。
「何で僕なんかを庇うんですか?僕は忌み子なんですよ!!」
カヤノの目からはとめどなく涙が流れ続けている。その涙がカヤノの薄汚れた顔を伝い地面へと流れていく。そしてそれはステラの血だまりを少しだけ薄くした。
「ああ・・・馬鹿やっちまったもんだよ。でもね、あんたは私の宿の客さ。あんたが忌み子だろうが・・・客は守る。それが宿屋の主人の誇りさね。」
つっかえつっかえしながらステラがなんとか話す。いつものような威勢は無く、弱弱しい声だ。そして話し終えると口からごぽっと血を吐いた。まじいな。内臓まで傷がいってる証拠だ。すぐに治療しねえと助からねえぞ。
ステラがカヤノの頭を優しく撫でる。その行動にどんな思いがあったのかは俺にはわからない。しかしステラは満足そうに微笑むとそのまま体の力を抜き意識を失った。
「ステラさん、ステラさん、やだ、死んじゃ嫌だー!!」
カヤノの慟哭が響き渡る。その様子を巨大なゴブリンは面白そうに眺めていた。しかしその表情はすぐに驚愕に変わった。
カヤノの体から緑色の光が放たれカヤノとステラを包み込んだのだ。
血だまりの上に咲いたその緑色の光の花を俺と巨大なゴブリンはただ見ているだけだった。
せっかく覚醒したのに見せ場をおばちゃんにとられてしまったリク。ひっそりと涙を流す彼の肩にそっと手がおかれる。
次回:脇役の定め
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




