とりあえず肉を食べる
で、調理を開始したわけだがエルノの手際は良かった。まぁ、それはいいんだが・・・
「全然ダメです。肉の旨味が逃げています。貴重な肉を何だと思っているのですか!?」
「えっと、はい。すみません。」
俺は壮絶にダメ出しをくらっていた。いや、別にサラダとかの調理に関しては穏やかだったし指摘も無かったんだぞ。肉だって見た目は美味そうだし、問題はねぇと思うんだが。今までの旅の中で俺が調理した時はカヤノたちも美味しいっていってくれていたし。
っていうか肉をなんだと思ってるって、肉だと思ってるわ!
まあそんなことを言える雰囲気ではなかったがな。肉を焼いているエルノは怖いくらいに真剣だ。何というか気難しい職人が自分の作品へと向ける視線のように肉が焼けるのを見ている。
「おい、カヤノ。あれが普通なのか?」
「お母さんは肉はもともと好きでしたけど、あそこまでじゃなかったような?」
こっそりとカヤノに聞いてみたが、カヤノ自身にも判断がつかないようだ。肉を自由に取れない生活が彼女を変えてしまったとでも言うのか?何と恐ろしい存在なんだ。肉よ!!
「出来ました。じゃあみんなで食べましょうか?」
そう言ったエルノの顔は先ほどまでとは一変して穏やかないつも通りの顔だった。そのことにちょっとほっとする。エルノの様子を少し離れた位置で見ていたミーゼとニーアが戻ってきてカコウが用意した丸太の椅子に座っていく。俺が土で作ったテーブルにはハイオークのステーキをメインにサラダとスープ、そしてちょっと固くなったパンと言うまあまあ豪華な食事が並んでいた。
「「「いただきます。」」」
「はい、どうぞ。」
カヤノたち3人が声を合わせて言った言葉を少し不思議そうにしながらも、エルノが言葉を返す。それを合図にカヤノたちが楽しそうに食事をしていく。エルノが焼いた肉は切れ目を入れると肉汁があふれ、確かに美味そうだ。食えないのが残念と思わせるだけの魅力がある。さすが言うだけはあるってことか。ちなみに俺の焼いた肉は調理中にエルノに食べられている。完食された上であの言われようだったんだがな。
カヤノたちの様子をニコニコと眺めながらも味わうようにハイオークのステーキを食べているエルノはいいとして、俺はカヤノたちの気をひかないように静かにカコウの元へと歩いていった。カコウは眉根を寄せた難しい表情でその食事風景を見ている。
「なんて顔してやがる。」
「貴様か。何か用か?」
「いや、何か用かってお前もうちょっと態度と言うか接し方と言うか何とか出来んのか?」
「・・・」
俺の言葉にカコウは目を閉じ腕を組む。そして目を開けゆっくりと話し始めた。
「わからんのだ。」
「?」
「どう接したらよいのかわからんのだ。我に子供が生まれるなど数百年ぶりなのだぞ。しかも生まれてすぐに別れたのだ。どんな顔をして会えばよいのか?」
「笑ってやればいいんじゃねえか?」
「んっ?」
「いきなり出てきて父親面するのもおかしいだろ。カヤノは良い子だから普通に受け入れそうな気もするがな。少なくとも今のしかめっ面よりは笑ってやった方がいいだろ。息子の成長を喜んでやれよ。」
カコウが俺の言葉を噛みしめるように考え込む。何というかこいつは考えすぎな気がするな。まあ自分自身の子供がいないから言えるのかもしれんが。
っと言うか長くね。考え込む時間長くね。だー、面倒な奴だな、こいつも。
カコウの無防備になっている額を目がけてデコピンをする。
「むっ?何だ?」
「だからそれが悪いんだよ。もうちょっと楽に考えろよ。カヤノに会えて嬉しいんだろ。それを素直に伝えれば良いじゃねえか。」
「いや、しかし、な・・・」
「だー、さっきから何だよ、お前は。うじうじしやがって。それに最初の挨拶、あれ何だよ。自己紹介して、覚えてないかもしれんがなってどんだけ消極的なんだよ。もっとかけるべき言葉があっただろうが。しかもその後もじろじろ見るくらいで話しかけもしねえし。どこぞの恋する乙女か、お前は!」
「貴様は当事者でないからそんなことが言えるのだ!!」
「そりゃそうだろ。だがな、俺はカヤノと一緒に過ごして、一緒に旅してきたんだ。どれだけカヤノが苦労してここまで来たと思ってやがる。せっかく母親だけじゃなく父親にも会えたのに当の父親がそんな態度じゃ可哀想だろうが。それともなにか?カヤノが可愛くないってのか?」
「そんな訳ないだろうが!!実の息子が可愛くないわけがない。エルノが1人で戻され、どれだけカヤノのことを心配したか!ここから出られたならすぐにでも探しに行ったものを。どれだけ我々が苦しんだと思う。無事に成長した姿を見せてくれて嬉しくないはずがなかろうが!!」
「じゃあ、それを言ってやれよ。ほらっ。」
カコウの尻に蹴りを入れて体の向きを変えてやる。激高してカコウは気づいてなかったようだが、俺たちの会話はカヤノたちには丸聞こえでしばらく前から食事を止めてこちらを見ていたのだ。
カヤノが席を立ち、カコウの前へと行く。カコウは少し気まずそうにしながらもその場を動かなかった。
「カヤノ。」
「はい。」
「無事に成長し、会いに来てくれたこと嬉しく思う。」
「はい。」
「お前にとって我は初対面の他人かもしれぬ。先ほどそこの馬鹿が言ったように父親面をするつもりはない。しかし紛れもなく私がお前の父親だ。何か困ったことがあれば相談してくれ。」
「はいっ、お父さん。」
「っつ。」
ぎこちない笑みを浮かべるカコウに、カヤノは満面の笑みでお父さんと呼んだ。それを聞いたカコウが言葉に詰まり、空を見上げている。ほんと馬鹿だな、あいつ。そこは黙って抱きしめてやるところだろうが。
エルノが席を立ちカコウとカヤノをその手でぎゅっと抱きしめる。まだちょっとカコウがぎこちないが家族が始まった瞬間を俺は目にしたのだった。
まあそんな感じの交流もありつつ食事は穏やかに過ぎていった。カコウもカヤノとエルノのそばに立って、たまに会話を交わしている。まあしばらくしたら慣れるだろ。「せっかくの肉が冷めてしまいました。」とエルノが言った時にカコウがちょっと顔を引きつらせていた気がするがまあそれには気づかなかったことにしようと思っている。
「で、だ。今後の方針なんだが、少しここで休ませてもらって体力が回復したらアルラウネの里へ行こうと思う。よくわからんがなんか占拠されているっぽいしな。」
「アルラウネの里ですか。」
「我が愛しのエルノとカヤノを迫害した里の者は気に食わんが、仮にも我が子孫だからな。助けてくれると助かる。」
「あれっ?アルラウネはお父さんの子孫なんですか?」
他にもちょっと気になることがあったが、とりあえず先にそっちを聞いておくか。っていうかカヤノにお父さんと呼ばれていちいち嬉しそうにすんじゃねえよ。
「カヤノには話してなかったかしらね。私たちアルラウネの始祖はカコウ様とマンイーターであらせられるサラセニア様の子供として産まれたのよ。」
「ああ、美しい花を咲かせた彼女に我は心奪われ、そして相思相愛の末、奇跡がおき、子を成したのだ。それがアルラウネの始まりだ。」
「だからアルラウネの里ではサラセニア様を讃えるためにマンイーターを植えているのよ。ほら、そこにも。」
エルノが指さした方向を見ると、紫色の毒々しい花を咲かせた2メートル以上ある巨大なウツボカズラがそこに生えていた。見間違いかと思ってエルノの指の方向を再び追ってみたが残念なことに結果は変わらない。
「あっ、そういえばお肉が手に入ったのだからおすそ分けしなければ。」
そういうとエルノがハイオークのあまり食用に適していない顔や爪などを持ってマンイーターへと近づいていく。大丈夫なのかと少しはらはらしながら見ていたのだが、マンイーターはお辞儀をするようにこうべを垂れ、その入り口にエルノがハイオークを投入していく。全部投入し終わるとマンイーターはゴキュゴキュと言う音を立てながら体を震わせ始めた。おそらく消化が始まったんだろう。その様子を俺とカヤノたち3人は何とも言えない表情で見守っている。
「うむ、喜んでいるな。」
「ええ、久しぶりのお肉ですからね。またきれいな花をいっぱい咲かせてくれるでしょう。」
カコウとエルノは何というか嬉しそうだ。常識の違いってやつだな。うん。
ダメだ。何とか自分を納得させようとしたが無理だ。
何でこいつに心奪われるんだよ!しかもなんで子供が産まれるんだ、というかどうやって産んだんだよ。わからん、何もかもがさっぱりだよ!というかそんな産まれなのかよアルラウネって!!
さすがに当事者を前に声に出せない突っ込みが心の中で乱舞する中、マンイーターのゴキュゴキュと言う音がただ続いていくのだった。
カコウのまさかの性癖暴露に驚きを隠しきれないカヤノ。そんな中、夜にカコウが一人で出かけることに気づいたカヤノはこっそりと後をつける。そして見た衝撃の光景とは!?
次回:浮気相手はハエトリグサ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




