とりあえず穴に入る
「本当にこっちで合ってるのよね。」
「当たり前だろ。たぶん。」
少し回復し、自分で歩けるようになったミーゼの問いかけに、最後の部分は小さな声で聞こえないように言いつつあの穴を探す。あの時は逃げるのに精いっぱいだったし、途中からは妖精の案内についていっただけなので大体の方向はわかるが正確な場所を覚えている訳じゃない。とは言え俺だってこの世界に来てから採取やなんかで森を歩き回っているのでおそらく合っているはずだ。
ちなみに肉の確保はもう済んでいる。途中で出会ったハイオークをさっくりと殺し、血抜きをして持ち歩いている。俺としては二足歩行する豚の化け物、しかもかなり大きい奴を食べるのには抵抗があるんだが、旅の途中でも普通に3人は食べていたのでやはり基準が違うんだろうな。ちなみに肉を切望されたことは言わずに、せっかく訪ねるんだからお土産が必要だろと言って誤魔化しておいた。まぁ、あとはエルノがどういう反応をするかが問題と言えば問題だがそこまで俺も責任は持てん。うまくいくことをお祈りしておこう。
「ほらっ、あったぞ。ここだ、ここ。」
「いや、あったぞって。あんた実は迷ってたでしょ。何度か同じ場所を歩いた気がするのよね。」
「そ、そ、そ、そんな訳ねえだろ。お、お、俺が迷うはず・・・」
「やっぱ迷ってんじゃない!」
「リク先生、ちょっとわざとらしいです。」
「まあ、着いたからいいよ。それにしても真っ暗だね。」
わざと動揺してみたんだが、カヤノに冷静に突っ込まれるとは思わなかった。ニーアに関してはスルーだぞ。ちょっと俺の扱いがひどくねえか?それに比べてミーゼ。お前はなんていい奴なんだ。ちょっと見直したぞ。
ミーゼの手をがっしりと握り、上下に振って感謝を伝える。
「一緒にお笑いの星を目指そうな。」
「目指さないわよ!」
握っていた俺の手をぺいっと投げ捨てるように離すとミーゼはカヤノたちの方へと向かっていく。ははっ、照れやさんめ。まあその相談はこの騒動が落ち着いてからだな。
3人は俺が落ちた穴を見つめている。あそこは日の光がほとんど入らないから真っ暗なんだよな。底の見えない穴に入っていくのはかなり勇気がいるかもしれない。俺の場合は覚悟なんてするまでも無く滑って落ちたわけだが。
「これ、大丈夫なんですか?」
「ああ。一応角度はきついがちゃんと斜めになってるし怪我はしねえと思うぞ。中は安全だし。不安なら俺から行くが。」
「リクは荷物があるしお土産のハイオークの肉を持っているんだから最後よ。服に血がついたらなかなか落ちないんだから。」
「へーい。」
いや、お前まともな服着てねえじゃんとは思ったが、何も言わないでおく。相方は大事にしねえといけないからな。いやっ、ここは突っ込むところだったのか?しまった、油断した。こんな普通の会話の中で突っ込みポイントを入れてくるなんてなんて高度なことをしやがるんだ。さすがお笑いの星を目指す逸材だぜ。
まあそんな感じで3人の話し合いに混ざれないさみしさを紛らせつつ待っているとどうも順番が決まったようだ。ミーゼ、ニーア、カヤノの順みたいだな。
「じゃあ先に行くわ。何かあったら大声で叫ぶから。」
「あっ、ミーゼ。」
俺たちの方を向いたまま穴に向かって一歩踏み出そうと足を上げたミーゼに声をかける。
「なに?ってきゃあぁぁぁ!」
「そこ、滅茶苦茶滑るんだ、気をつけろよ。って聞いてないな。」
俺の忠告は間に合わず、足を滑らせたミーゼは悲鳴を残して穴の中へと消えていった。残った3人で顔を見合わせる。戸惑いの視線が俺に向かっているがわざとじゃねえしな。俺は肩をすくめて返す。
「まあ、大丈夫なはずだ。とりあえず滑るからそこから座っていった方がいいぞ。」
「うん。」
「ミーゼさんに悪いことしちゃいましたね。」
「いや、あいつもカヤノとニーアを同じ目に遭わせずに済んで満足して逝ったはずだ。」
「なんか行ったの発音が微妙に違う気がする。」
ニーアの視線を適当にかわし、ニーア、カヤノが入っていったのを見届け最後に俺も穴を滑り落ちる。最初の時はびびったが2度目ともなれば慣れたものだ。遊園地にあるジェットコースターの方が怖いかもしれんな。
数秒滑り落ち、あの地下なのに光と緑あふれる空間へとたどり着く。カヤノたち3人以外には周囲に人がいる様子は無い。と思ったらミーゼに詰め寄られた。
「あそこが滑るって知ってたわよね!」
「いや、注意しようとしたんだが間に合わなかった。すまんな。」
「そういうことは先に言いなさいよ。ふぅ、まあいいわ。じゃあカヤノ君の母親に会いに行きましょ。あっちの畑の方?」
「あっ、ちょっと待て!」
「えっ?ってきゃあぁぁぁ!」
畑に向かって進んだミーゼの足元に隠されていたロープがミーゼの足を捕獲し、勢いよく上へと上がっていく。あぁ、この罠って第三者目線で見るとこんな感じなんだなと自分でもよくわからない感想が思い浮かぶ。現実逃避ってやつだ。そして鳴子のカランカランと言う音があたりに響いた。
4人の間に沈黙が訪れる。逆さまで宙にぶら下がっているミーゼから冷たい視線を受けながら俺もミーゼを見つめ返す。
「あんた、ちょっと何か言うことある?」
「・・・他人の趣向に関して俺は許容範囲が広いと思っているが、さすがに裸鎧で逆さまで宙にぶら下がってアピールされると引くな。」
「好きでこうなってんじゃないわよ!!」
「うわぁ、落ち着いてくださいミーゼさん。」
「そうだよ。私もちょっとその恰好はどうかなって思うけど言わなかったんだよ。」
「好き好んでこんな格好してんじゃないわよ!!」
「いや、照れるなよ。特殊な性癖があったとしても自分に嘘をつくのは良くないぞ。受け入れてやらねえと。」
「うるさい!ちょっとあんたそこに直りなさい。こらっ、避けるんじゃないわよ!」
逆さまに吊られたままミーゼが俺を殴ろうとぶんぶんこぶしを振り回している。不安定な姿勢から繰り出されるミーゼのパンチが当たるはずもなく、ひらりひらりと蝶のように舞いながら避けていく。ミーゼのパンチに合わせて鳴る鳴子の音が俺のファイトを讃える拍手のように聞こえる。ふはははは、もっと讃えるがよい。
「ちょっと待ってねー。」
聞き覚えのある声に先ほどまでの熱が一気に冷める。
「おいっ、ミーゼ。やめろ。これ以上やるのはちょっとまずい。」
「そう言ってまた何かはめるつもりなんでしょ。その手には乗らないわよ。」
「違えよ!」
慌てて止めようとするが、一転してミーゼがロープを不規則に揺すって俺から逃げるように動く。くそっ、無駄に器用に動きやがって。っていうか風魔法使ってんじゃねえか!そんな無駄なことをするくらいならさっさと足のロープを切りゃあいいだろ。
鳴子はミーゼの動きに合わせてさらに激しく鳴っている。ハハッ、鳴子の音がカウントダウンに聞こえてきやがった。
「くそっ、ちょこまか動くんじゃねえ!」
「全力でお断りするわ!」
「あの、リク先生。すごい速さで光が近づいてくるんですが。」
「マジか。前回より早いじゃねえか。くそっ、こうなったらやるしかねえ。」
もうこうなってはミーゼに構っている暇はない。カヤノが指さす方向を見れば確かに金色の光というか光の精霊のカコウが険しい表情で飛んでくるのが見えた。うわぉ、めっちゃ怒ってるよ。ていうかもう剣を抜いてやがるし斬る気満々だろ、あいつ。
くっ、仕方がない。今までのあいつの行動からして俺の頭を真っ二つにするつもりだろう。剣の軌道さえわかっていればやりようはある。
そう、日本人伝家の宝刀、SI・RA・HA・DO・RIだ!
出来るか出来ないかじゃねえ。やるんだ。
「エルノがちょっと待てと言っておろうが痴れ者が!!」
カコウの剣が俺の予想通りに脳天に向かって一直線に振り下ろされる。流れているはずもないのにアドレナリンが出まくったアスリートのように時間がゆっくりと流れているように感じる。見える、私にも見えるぞ!あとは手を添えて挟んでやれば・・・
「キャー!!」
「リク先生!!」
まあ、普通に無理だよな。知ってた。
遂に奥義の修得の修行に入ることになったリク。しかしその方法は師匠かリクどちらかが死んでしまうことが前提の方法だった。迷い傷ついていくリクが下した決断とは!?
次回:フタエノキ○ミー
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




