とりあえず脱出する
まあニーアが仲間になったのは良いことだ。俺たちを脱獄させるためにニーアが牢に入るなんて後味が悪すぎるからな。と言うか言っては悪いがニーアの手助けがなくても俺がいれば脱獄ぐらいできただろうしな。その心意気は嬉しいんだが。
「で、ニーア。ここはどこなんだ?」
「ハイエルフの里の外にあるエルフの里だよ。門とは反対の位置。」
「見張りはいるの?」
「いないよ。というより私が気絶させた。」
「気絶させたってことはすぐに脱出した方がいいな。お前の家に置いておいた俺たちの荷物はどうした?」
「長が持って行っちゃった。さすがに武器とかは無理だったけど家の中とかからかき集めて食料とか最低限、旅に必要な物は外に用意してあるよ。」
「ありがとな。」
ニーアの用意のおかげで何とか脱出できそうだ。武器がないってのは正直少し不安もある。俺の剣や防具、荷物なんかは光の精霊のカコウたちがいた穴に残っているだろうからあそこへ行けばいいのだが、カヤノとミーゼの武器や防具が無いのがちょっとまずいな。まあしばらくはカヤノとミーゼは十分に注意しながら後衛で戦ってもらうかな。
とりあえずふらふらしているミーゼをひょいっと背負う。少し抗議の声が聞こえた気がするがさすがに今は速さが求められるからな。ミーゼを歩かせるなんて論外だ。
階段を慎重に昇っていく。階段の終わりは粗末な小屋の一室であり、そこに2人のエルフの男が後ろ手に縄をうたれて倒れていた。2人だったのか。どうやって倒したんだろうな。そんなことを考えながら気づかれないようにこっそりとその横を通ろうとして
「ちょっと待ってリク。」
ミーゼからストップがかかった。
「なんだ?」
「とりあえずあのエルフの鎧と剣を持って行ってくれない?たぶん体格的に私と合うと思う。」
「こいつか?」
倒れているうちのミーゼと同じくらいの身長のエルフを指さす。首元でミーゼがうなずくのを感じ仕方がないのでそのエルフの装備をはがしにかかる。ちなみに装備をはがしているエルフは男なわけだが、まあ何も言わないでやるのが優しさってやつだ。
装備一式を脱がし、剣を奪い、ついでにもう1人の剣も回収しておく。何かで利用価値があるかもしれねえしな。
そこらにあった袋に装備と剣を詰め込み、外へ出ると、満天の星空が広がっていた。まだ夜が明ける気配はねぇな。助かった。
ニーアが用意してくれたバックをミーゼが背負い、さらにミーゼを俺が背負う。少しミーゼが押しつぶされて窮屈な感じがするかもしれんがさすがにカヤノとニーアに持たせるわけにもいかねえしな。むしろ良くこの量を持ってきたなってあきれるくらいの大きさだし。まあちょうどミーゼの服が使い物にならなくなってたから隠れてちょうどいいって考えておくか。
俺が先頭になり薄暗いエルフの里の外周を走っていく。しばらくして俺たちがいた牢屋の方から空に向かって光の玉が打ちあがり、バンっという大きな音が闇に響いた。それにつられてぽつぽつと光が暗闇の里を照らし始める。
ちっ、逃げたのがバレたみてえだな。
一応人家のない外周付近を走っているのでまだまだ俺たちは見つかっていないはずだ。しかし里のエルフが総出で探し始めれば見つかるのは時間の問題だし、門も固められちまっているだろうから強行突破もちょっと危険だ。俺だけなら攻撃されても無視すればいいんだが、さすがに3人を連れていくなら門を固める奴らを倒す必要がある。そうすれば時間もかかるし、最悪手加減できずに殺す必要が出てきちまうかもしれん。それは避けたい。
そもそもカヤノたちはハイエルフの里で風の精霊とかハイエルフたちに危害を加えられたわけだが、エルフたちがどの程度まで関与しているのかわからねえから判断に迷うんだよな。ただ駆り出されたとか門番の職務を全うするためとかのあんまり関係のない奴らまで倒してしまうのは違う気がする。
自分でも甘いとは思う。これまでの旅で襲ってくるやつを殺したこともあるし、ついこの前も自分が直接と言う訳じゃあないが、アルラウネの里で襲ってきた正体不明の奴らを案内役のハイエルフたちと殺している。ただそれはあくまで相手が殺そうとしてきたからであって、自ら望んだわけじゃねえんだよな。
もちろんカヤノたちがされたことには腹も立っているし、関与した奴らにはそれなりの報復をするつもりだがな!殺しはしねえがもういっそ殺してくれと言わせてやろう。具体的な方法は全く決まってねえが。
とりあえずこのまま進むのは危険なので止まり、振り返ってカヤノとニーアを見る。
「逃げたのがバレたみたいね。」
「そうですね。」
「門は固められちゃってると思う。風の精霊さ・・精霊もたぶんそこにいるかも。」
「正面突破はしたくねえな。ニーア、抜け道とか裏門とかはねえのか?」
「あったらもう伝えてるよ。それにもしそんな抜け道があっても里の外は霧の結界があるから門以外から出ても迷うだけだと思う。」
「ああ、あの結界は中から外へ出るときも迷うようになっているのよね。なんでそんな面倒なものを。」
「子供が外に出て危険な目に遭わないようにってのがエルフ用に長たちが用意した言い訳で、実際は内と外で条件の違う結界を張るのが大変だかららしいよ。結界を維持するだけでも大変らしいから。」
「そんな裏事情聞きたくなかったわ。」
ミーゼとニーアのやり取りを聞きながら考えていたんだがなかなかいい案が浮かばない。いや、なにか見落としているような気がするんだ。喉の奥に魚の骨が引っ掛かったような気持ち悪さがあって、それさえ取れてしまえば思い浮かびそうなんだが。
そういえば話しているのがミーゼとニーアだけだなとカヤノのほうを向いてみると、何か考えているようでちょっと眉根を寄せている姿が見て取れた。
「あの、その霧の結界って地面の中まで効果があるんでしょうか?」
「うーん、ちょっとわかんない。私は結界の維持には関わったことがないし。」
カヤノの突然の質問に戸惑いながらも答えるニーア。そしてそのカヤノの質問のおかげで俺の中で引っ掛かっていたものが何だったのかが良くわかった。そうだよな、別に門だけが出口じゃあねえんだよな。
「カヤノ、サンキュー。うまくいくかはわからんが試してみる価値はありそうだよな。」
「そうですね。無理だったらまた何か考えましょう。」
よくわかっていない顔のミーゼとニーアの様子に俺とカヤノは顔を見合わせ少し笑った。そして実行に移すべく防壁の大樹へと近寄って行くのだった。
坂道を上り真っ暗だった視界にうすぼんやりとした光が映し出される。どうやら日が昇ったようだな。周囲を警戒するがうっそうとした森があるだけでエルフや風の精霊がいる様子はない。とりあえず一安心というところか。
「いいぞ。」
俺の合図にカヤノとニーアがゆっくりと出てきて、少しまぶしそうにしている。その表情には少し疲れが見えた。まあ真っ暗闇を手を引かれながら結構な時間歩いたんだから当たり前か。
「ニーア。どのあたりか予想はつくか?」
「見覚えのない場所だけど、さっきの位置からまっすぐ進んだならあちらの方向に進めばアルラウネの里だと思う。」
ニーアが右斜め45度くらいの方向を指さして答える。俺が予想していた方向とほぼ一緒の方向だ。おそらく大丈夫だろう。
「悪いが休憩は後にするぞ。今は少しでもここから離れたいからな。」
俺の提案に3人がこくりとうなずくのを確認し、俺たちはニーアが指さした方向へと歩き始めた。
カヤノに言われて、そういえばわざわざ正面から出なくても地面を通って行けばいいんだと気づいた俺は、防壁の大樹の根の下を通るようにトンネルを掘ってエルフの里を脱出した。霧の結界も予想通り地面の中までは想定していなかったようで問題無かった。もちろんそのトンネルは俺たちが通った後は元に戻している。いつまでも里の中を探しているがいいわ。
しばらくして、ニーアが見覚えのある場所を見つけたと言い、俺もアルラウネの里へ向かうときに見た風景と同じ風景を見つけたことで俺たちが向かっている方向が正しいと証明された。そして2時間ほどそのまま歩き、完全に日が昇り、少々カヤノたちの足取りに疲れが見え始めたところで休憩することに決めた。
追っ手を警戒して地上で休むのはやめ、わざわざ地下室を作った。一応空気穴以外は外からはわからないようになっているのでよほどのことがない限り見つかることはねえだろ。
ミーゼの様子を見るが特に顔色が悪くなっていたりすることはない。せっかく心配して見てやってんのに「見るんじゃないわよ」と言うくらいの元気さだ。おそらく大丈夫だ。
残念ながら着替えはニーアが持ってきた荷物の中には無かったので、ぼろぼろの服で大事な部分だけを隠し、その上から見張りから奪った鎧をつけてしのぐつもりのようだ。肌色が大部分の上に鎧を着る女。ああ、まごうことなき特殊性癖だな。いや、俺はそういったものには寛容だからあえて何も言わねえけどな。裸エプロンならぬ裸鎧か。ビキニアーマーとかじゃねえし、新しいジャンルが開拓されちまったかもしれねえな。厳密には裸じゃねえけど。
作業するミーゼの横ではカヤノとニーアがもしょもしょと口を動かしている。本来はニーアがカヤノたちを家で歓迎するために用意した食材らしいが、食料は詰め込んだが調理道具がないのでそのまま生で食べているのだ。体の栄養は補給できそうだが、心の栄養は補給できなさそうだよな。
「あっ、これっ。」
「うん。これだけは持ってきたんだ。」
カヤノの弾んだ声に目をやれば、ニーアの手には見覚えのある水筒があった。
「カヤノとミーゼのは持っていかれちゃったけど私のはあったから。」
水筒に入っているのは俺がアルラウネの里に旅立つ前に作っておいた元気ジュースだ。ニーアからリクエストがあったのでわざわざ夜中に調薬の道具を借りて作った一品だったりする。ハイエルフの里に向かう旅の最中に、ニーアに案内してくれるお礼代わりに飲ませたんだが、かなり気に入っていた。まあ俺としても自分の作ったもので喜んでくれるのは嬉しかったのでホイホイ作っていたわけだが。
元気ジュースのおかげもあり、すこしわびしかった食事風景にも笑顔が見えるようになった。裸鎧のミーゼも合流しワイワイ楽しそうだ。
まあ俺はそんな輪の中に混ざらず、外を警戒しながら途中で倒した魔物から採れた魔石をバリバリと食べて棒サイちゃん2号と3号の回復に努めている。2号も3号も全快とはいかないが動くのに支障はなさそうだ。この先は面倒なことが多そうだからな。なるべく戦力は確保しておきたい。
1時間程度の少し長めの休憩のおかげか3人の表情にも余裕が戻ってきている。もういいだろう。
「よし、そろそろ行くぞ。日が暮れる前にカヤノのお母さんのいる穴へ着きたいし・・・」
「どうかしたんですか?」
言いよどむ俺をカヤノが心配そうに見つめてくるが・・・言えねえ。そんな純真な目をされちゃあ言えるわけがねえよ。
「まあ、なんだ。・・・追手が来るかもしれねえしな。」
適当にごまかしながら考える。肉を確保するための時間が必要なんてことは言えない。カヤノにとっての優しい母親のイメージが大幅に崩れそうだしな。はあ、どうやって肉を確保すっかなあ?
苦労の末、肉を確保しカヤノの母親がいる穴へと向かったリクたち。親子の感動の再会に皆が喜ぶ中、エルノの放った一言が場を凍りつかせる。
次回:お土産の肉は300キロが基本
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




