とりあえず大爆発する
「ミーゼさん!」
すごい血だ。早く治療しないと手遅れになる。必死にヒールをかけるけどあらゆる所に傷があるのでなかなか血が止まらない。いや、そうじゃない。傷の治りが異常に遅いんだ。なんで!?
「あっ、戸惑ってるね。傷が治らない?どうしてだろうねー?ねえ、早くしないとそこの子死んじゃうよ。せっかく死なないように手加減してあげたのに君のせいで死んじゃうんだ。ああ可哀そうに。」
返事をしている暇はない。刻一刻とミーゼさんの顔が青ざめていく。でも治らない。どんなにいっぱい魔力を込めても、何度ヒールを唱えても治ったと思った傷は再び開きそこからまた血が流れていく。
「なんで、こんな酷いことを・・・」
「えっ、それを君が言うの?土の精霊を縛りつけた君が?君たちの話は聞いたよ。ずいぶん快適な旅だったみたいだね。戦うときは土の精霊を前面で戦わせて、夜は見張りもせずに安全な場所で休めるんだよね。荷物も土の精霊にほとんど持たせて。ああ、食事も作らせてるんだっけ。良い身分だよね。」
「それはっ!」
「土の精霊が勝手にやった?違うね、君がそう望んだんだ。知ってるかい?精霊は純粋なんだ。だから人に利用されるし、そのせいでひどい目にあうことも多い。そう、昔のボクみたいにね。」
先ほどまでの楽し気な表情が嘘のように感情が抜け落ちた無表情で風の精霊さんは僕を見ていた。その瞳には光が全くなく、淀んだ暗闇に囚われているように僕には見えた。それがとてつもなく恐ろしくて、でもどうしてもその瞳から目を離せなかった。
「それ、もう少しで死んじゃうよ。いいの?まあ君にとってその程度の存在なんだよね。仲間なんて。」
「えっ、あっ。」
ミーゼさんの顔はすでに蒼白で、体温は下がり脈も弱くなっていた。流れ出す血も当初の勢いを失い、しかしそれでもまだたらたらと流れ続けていた。もう一刻の猶予もない。治癒魔法はかけ続けている。でも効果が無い。どうしたら・・・
「あーあ、君のせいで仲間が死ん・・・」
「勝手に・・・殺すんじや・・ないわ・よ。」
「・・・へえ、考えたね。確かに君の弱い魔法でも一点に連続で当て続ければボクの障壁も突破できるわけだ。新たな発見ありがとう。まあ全くダメージはないんだけどね。」
風の精霊さんが何かを言っているけれど、僕はうっすらと目を開けたミーゼさんから目が離せなかった。今にも閉じてしまいそうなその瞳は僕の顔を見つめ、そしてゆっくりと笑った。
なんで、なんでこんな時に笑えるんだ。
その弱弱しい笑顔を写した僕の視界は歪んでいき、そしてぽたぽたと涙が流れた。
「ごめんなさい、ごめんなさいミーゼさん。治せないんです。僕が、僕の力が足らないか・・・」
「違・・うよ。・・・カ・・ヤノ君・・のせい・・じやない。」
言葉を話すだけでも辛そうなのに、ミーゼさんがその笑顔を絶やすことはなかった。それが僕のためということがわからないほど僕たちの付き合いは浅くない。大切な仲間なんだ。
ミーゼさんの目がゆっくりと閉じていく。
「ミーゼさん!!」
「ボクを無視しないでほしいな。ボク、無視されるの嫌いなんだよ、ねっ!!」
「っ!!」
背後から感じる強烈な悪意にミーゼさんをギュッと抱いて身を固くする。これ以上ミーゼさんを傷つけさせるわけにはいかない。
(任せろ。)
「えっ!?」
低い男の人の声が聞こえた気がした。それと同時に僕の背後で何かがぶつかるドカッ、ドカッという重い音が聞こえる。恐る恐る振り返った僕が見たのは僕たちをかばうように立つ2号さんの小さな背中だった。
「ちぇっ。土の精霊のとこの妖精か。人形風情がボクの邪魔をするなんて許せないよね。」
(させんよ。)
風の精霊さんが腕を振るうごとに飛んでくる攻撃を2号さんが土の壁でぎりぎり防いでいく。削られた土くれが僕たちの周りを転がる。余裕がなさそうな2号さんに比べ、風の精霊さんは笑っていた。
「いっつまでふせげるかな~?」
(相手が悪いか。だが上司の命令は絶対なのでな。やらせはせんよ。3号準備は出来たか!?)
(ああ、いつでもいいぜ。)
いつの間にか僕の隣にいた3号さんと視線が合う。つぶらな瞳はいつもと変わらないはずだ。だけどどこか違って見えた。3号さんが僕から視線を外し、2号さんの横へと並び立った。
(我々は素晴らしい上司と仲間に恵まれた。今その仲間が死に瀕しているなら・・・)
(なんとしてでも助け出す。それが消防士としてのプライドだぜ。)
(悪いな1号、後は頼んだぞ。)
(カヤノ、ミーゼ。聞こえてねえだろうが言っておく。お前たちとの旅、楽しかったぜ。じゃあな。)
「ま、まって・・・」
僕が止める間もなく2号さんと3号さんが風の精霊さんに向かって弓夫のような速度で飛んでいく。そして風の精霊さんの体へと貼りついた。それと同時に僕の右腕が自分の意志とは関係なく動き地面に振り下ろされ、僕たちを守るように土の壁のドームが出来上がった。日の光が遮られ暗闇の中、僕とミーゼさんの弱弱しい息遣いだけが聞こえる。
ドォーン!!ビリビリビリビリ!
急に響いた爆音と体が震えるほどの衝撃が僕たちを襲った。パラパラと僕たちを覆うドームに何かが当たる音が続いていたが、しばらくしてそれがやんだ。土壁のドームがゆっくりと開いていく。
先ほどまでの整った公園のような姿は見る影もなく、茶色い土のむき出しになった荒れ果てた光景がそこにはあった。遠くにハイエルフの人たちが倒れているのが見える。でもそこにいるはずの、そこにいてほしいはずの仲間の姿はどこにも見えなかった。
「2号さん・・・?3号さん・・・?」
どこかに隠れているんじゃないかと必死に探す僕の視線に、ひらひらと舞う2色の布が目に入った。その青と黄色の布はダンスを踊るように宙を舞い、そして僕の目の前へと着地した。
一目でわかった。それはスカーフだった。僕がリク先生にお願いして買ってもらったものだ。せっかくの仲間なんだからちゃんと見分けてあげたいですと言って棒サイちゃんたちに買ったものだ。プレゼントしたときには3人で敬礼してくれて、それ以来ずっと身に着けていてくれたあのスカーフだ。
でもそのスカーフを身に着けるべき2号さんと3号さんの姿はどこにもない。それが意味するのは・・・
涙が溢れる。なんで、なんでみんないなくなっちゃうんだ。なんで役にも立たない僕が残ってしまうんだ。なんで・・・
(泣いている場合か!!)
その言葉とともに頬を張られた。僕の目の前には1号さんが手を振りぬいた姿勢のまま立っていた。
(2号と3号は仲間を守るため覚悟を持って爆発した。カヤノ、君はそれを無駄にするのか?)
「でも、僕の魔法じゃあ・・・」
(君に足らないのは覚悟と自信だ。君なら出来ると信じたから2号と3号はいったのだ。それとも2号と3号が信頼した君を君自身が疑うのか?君にとって彼らはその程度の存在だったのか?)
「違います!」
(じゃあやって見せるんだ。2号と3号、そして私が信じた君なら出来る。私たちはチームだ。君には君にしか出来ないことがある。それを証明してくれ。)
「はい!」
僕は自信がない。リク先生やミーゼさん、棒サイちゃんず。みんながすごすぎて本当に僕が必要なのかわからない。でもそんな僕を信頼してくれる仲間がいる。そんな僕に希望を託してくれた仲間がいたんだ。
仲間の、ううん、家族の期待を裏切るなんてそんなこと出来ない!
何より僕の大好きな人をこれ以上死なせたくなんかない!!
「お願いします、治って、治ってください!!生きてください、ミーゼさん!!」
僕の全部をあげるから、だから・・・だから・・・これ以上僕の家族を、僕の大好きな人を連れて行かないでください。お願いします。力を貸してください、癒しの女神フランドール様!!
トクンと心臓が鳴り、視界が金色に染まった。何が起きたのかはわからない。でも体の中からものすごい勢いで何かがなくなっていくのを感じる。体がだるくなり目を開けておくのも難しい。
でもまだ、ミーゼさんが・・・
閉じそうになる目を必死に開け、ミーゼさんを確認する。ミーゼさんの体はキラキラとした光に包まれていて、そこにあったはずの傷口は全く見えなかった。首に手を当てて脈を測る。指先に確かなトク、トクという振動を感じた。
良かっ・・・た
それ以上は何も考えられないまま僕はミーゼさんに折り重なるようにして意識を失ってしまった。
3号に続いて2号までが仲間を助けるために自爆してしまった棒サイちゃんず。3号の替えはあらかじめ用意してあったが2号までは用意してないぞ。どうなる、棒サイちゃんず。
次回:棒サイ補完計画 ~私が死んでも代わりはいるもの~
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




