とりあえず正当防衛する
来るだろう衝撃に思わず目をつぶる。でも1秒経っても、2秒経ってもそれは来なかった。恐る恐る目を開ける。目の前には僕を守るように抱き着いているミーゼさんの姿。目をぎゅっとつぶったまま体を固くしている。そしてその先に見えたのは僕たちを覆うように作られた土壁だった。
「リク・・・先生?」
そんなはずはない。リク先生は今頃アルラウネの里へと行っているはずだ。アルラウネの里はここから半日くらいかかるらしいからそろそろ着く頃のはず。だからここにリク先生がいるはずなんてない。じゃあ、誰が・・・
その時、土壁の手前の地面からドリルが飛び出し、続いてその全身を現した。
「2号さん!」
「えっ、2号?」
姿を現したのはリク先生の妖精である棒サイちゃんズの2号さんだった。2号さんは僕の呼びかけに片手を上げて応えると土壁の維持に集中し始めたようだ。魔法によって削られていた土壁が見る見るうちに修復されていく。
僕の声に先ほどまで目をつぶっていたミーゼさんが目を開け、驚いた様子で2号さんのことを見ている。
「おやめください、妖精様。」
「土の精霊様は騙されておいでです。今その元凶を・・うわぁ!」
壁越しにハイエルフの人が飛ばされていくのが見える。たぶん戦っているのは3号さんだ。3号さんの戦い方は豪快で、素手で相手を掴んで相手を放り投げていく。リク先生が最初は教えていたらしいんだけど途中から自分でいろいろと考えて今の豪快なスタイルになったらしい。リク先生が嬉しそうに言っていたから良く覚えている。
最初のころは土壁にバンバンと当たっていた魔法も、次第に散発的になり、そしてしばらくして静かになった。ミーゼさんと一緒に恐る恐る壁から顔を出して覗いてみると、平然と立っている3号さんの周りにはハイエルフのみんなが死屍累々と横たわっていた。胸は上下しているから死んではいないみたいだけど。
土壁を消した2号さんがトコトコと3号さんのところへと近づいて行って2人がハイタッチを交わした。とりあえずの危機は脱したみたいだけどどうしよう。
「カヤノ君、逃げるわよ。」
「えっ?」
「今回は運よく撃退できたけど、里の全員が向かって来たら勝ち目がないわ。とりあえず里を出てリクと合流するわ。荷物はもうニーアに家には無いかもしれないわね。無かったら適当な家に押し入って最低限は揃えないと。」
「良いんですか?」
「良いのよ。あっちが仕掛けてきたんだし。敵地での物資の接収は軍にとっては普通のことよ。」
ミーゼさんがてきぱきと方針を決めていくのを聞く。そういえばミーゼさんはバルダックの街で兵士をしていたんだった。それに比べて僕はただ着いていくだけしかできない。そんなに年の変わらないミーゼさんがこんなにしっかりしているのに。そんな何の意味のない僕の感傷が足取りを遅くさせ、そしてそれが致命的なことになってしまった。
「うわぁ、ひどいや。2人で全員倒しちゃうなんてちょっと信じられないんですけどー。ハイエルフ弱すぎー。あっ、違うか。土の精霊の妖精君の仕業か。じゃあ手出しできないよね。納得、納得。」
「あんた!」
「あっ、どうも。土の精霊の腰ぎんちゃくのお2人さん。どう?びっくりした?ねえ、びっくりしたよね?」
風の精霊さんが僕たちの周りをくるくると回りながら楽しそうに尋ねてくる。ミーゼさんと2号さん、3号さんが僕を囲むように3方向を見て警戒している。僕はこんな時も役立たずなのかな。
思わず自分の右腕と義手のつけ根を握る。リク先生の核がある場所だ。不安になるとここを握ってしまうようになったのはいつからだったかな。リク先生の核はほんのりと温かくて、まるでリク先生が自分の中にいるようでとても安心するんだ。
そう、リク先生は優しい。いつも僕のことを一番に考えてくれるし、自分のことよりも僕の幸せのために動いてくれている。でもじゃあリク先生の幸せはどうなる?
優しくて面倒見が良くて、ちょっと変なリク先生。そんな先生を縛り付けているのは頼りない僕自身だ。そんな僕が先生の好きにしてくださいと言ったってきっと先生は僕のそばにいる。一番恩返ししなくちゃいけない僕が一番先生の足を引っ張っている。きっと先生はそんなこと言わないだろうけど。きっと先生は僕の離れてほしくないという思いを見抜く。だって先生だから。
だから・・・
だから僕は、だからこそ僕は先生に頼っちゃあダメなんだ。先生に僕は一人でも大丈夫だと思ってもらわないとダメなんだ。
だからこそ一歩踏み出そう。怖くて、苦しくて、今にも逃げ出したいけれど進むんだ!
僕を守るように立っているミーゼさんの肩に手を置く。ミーゼさんの体は震えていた。こんなに震えているのに僕を守ろうとしてくれていたんだ。僕はそんなことにも気が付かなかった。びくっとしながら振り返ったミーゼさんは精一杯笑みを浮かべていた。とても不自然で、強張っていて、無理をしているのが一目でわかってしまうけれどとてもきれいだなと思った。
「ありがとうございます。」
「えっ?」
ミーゼさんにお礼を言い、そしてその前に立つ。笑ったつもりだけどうまく笑えていたかな?どうだろう?よくわからないや。
風の精霊さんはくるくると楽しそうに飛んでいる。でも僕たちが少しでも動こうとするとそれを邪魔するように風の刃が飛んでくる。逃がす気はないみたい。風の精霊さんにとっては僕たちはおもちゃなのかもしれない。リク先生が出かけるときに風の精霊さんには近づくなと言っていた意味が今になって良くわかった。
僕の出来ることはほとんどない。だからこそ僕はそれをしなくちゃあいけない。
「ねえねえ、君。びっくりしたよね?」
「はい、とてもびっくりしました。」
「カヤノ君!?」
「そっかー。やっぱびっくりするよねー。いきなりだもんね。」
ミーゼさんが普通に話しはじめた僕の肩をつかんだけど、無言で首を横に振って答えた。
僕が出来るのは風の精霊さんと話をして現状を知ることだ。だからどんなに嫌でも話し続けるしかないんだ。
「どうしていきなりハイエルフさんは僕たちを襲ってきたんですか?」
「あっ、気になる?やっぱり気になっちゃう?」
「はい。とても気になります。昨日はものすごく歓迎してくれたのにいきなりでしたから。」
「そうだよねー。でもよくわかんないんだよね。ただちょっと、土の精霊とハーフの君たちが一緒にいるなんておかしくない?ハイエルフと一緒にいたほうが土の精霊も幸せなのにねって個人的な感想を言っただけなのにねー。」
「あんたっ!」
僕が止める間もなくミーゼさんが放った風の刃が風の精霊さんへ上下左右から襲い掛かる。しかしその風の刃は当たる手前1メートルほどのところでパシュっという音とともに消え去ってしまった。
「うわぁ、風の精霊であるボクにウインドカッターとかチョーうけるんですけどー。君たちってアレだよね。魔力量は異常に多いのにそれを制御しきれてないよね。こんな風にさ!!」
僕の目には風の精霊さんは手を振っただけに見えた。でもその瞬間に僕の真後ろから何かを切り裂くような音とドサッと何かが地面に倒れる音がした。慌てて振り返った僕の視線の先にあったのは全身から血を流し地面へと倒れ伏しているミーゼさんの姿だった。
風の精霊の攻撃により意識を失ったミーゼ。その血が大地へと吸い込まれたその時、棒サイちゃんずが真の正体を顕現させる。
次回:ブラッディ スティック サイ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




